episode11・リフレクト
閃光が煌めいた。
予想通り3人目がいたのだ。
レーダーにすら映らない超遠距離からの狙撃。
『タイガ』はBバリアを展開しながら回避運動をとる。
視認可能速度を超えた極細のレーザーはBバリアに接触。
そして。
左腕が撃ち抜かれ、肩から下が地に落ちる。
「なっ⁉︎」
これにはさすがに驚いた。
Bバリアは確実に展開されていた。
だが、それを物ともせず、貫通した。
「チッ、おいおいおいおい! あのショタコンマッドサイエンティスト、不良品押し付けたな!」
『いや、違う。今のレーザー、あの速度と口径は……LIGHTNINGだ』
左腕を肩の付け根からパージして姿勢制御装置を調整、それと同時に鉢模様とバッタ脚の射撃を回避する。
「LIGHTNING? それってEUCで開発されたっつうあれか?」
『うん。超精密射撃砲、LIGHTNING。ベルリオーズ粒子を超圧縮して生成される極細レーザー。口径を捨てて極限の貫通力と弾速を得たというあれだ』
レーザー兵器はベルリオーズ粒子を圧縮、放射する兵器。圧縮率が高いほど貫通力が高く、空気抵抗などによる熱量分散が起きにくい。
「つまりあれか? LIGHTNINGにBバリアは無意味だと?」
『そういうこと。でもLIGHTNINGはリロード時間が長い。その間にこの2機を倒して、あとはかわしながら接近戦。できるね?』
「1対1ならそれぐらい容易だがよぉ、こいつらを潰すのはちと面倒だな」
鉢模様に照準を合わせればバッタ脚が妨害し、逆の場合もしかり。
「なぁ龍、ちょっと危険なこと試していいか?」
『危険? 一体何を……』
言い切る前に警報アラームが鳴る。
「ちょっ、なんだ⁉︎」
『ロックされてる……のか。さっきと同格の熱量。ということはLIGHTNING。まさか2丁持ってるのか? 面倒な』
「チッ!」
直後、閃光が疾駆する。
Bバリアを前面に展開。
レーザーがBバリアに触れ、『屈折しつつ』貫通、右肩の端を焼いた。
即座にバリアを停止、消費粒子を最大限に抑え、2機の攻撃を紙一重でかわす。
『「タイガ」、今のは一体……』
「悪い相棒、今は仲良く喋ってる暇はないぜ?」
「嘘……だろ?」
木村楽人は愕然とした。
LIGHTNINGによる2射目、確実にコックピットを狙ったはずだ。あの運動性能は脅威だが、それも想定に含めた狙撃だった。
「かわされた……いや違う。屈折か?」
何であれ、今はあの紅い機体を狙撃することだけを考えればいい。
LIGHTNINGの弱点である長いリロード時間に対しての苛立ちを静め、ゆっくりと引き金に指をかけ、照準を定める。
『ヤマタの集い』のメンバー間で最年少かつメンバー入りが最も遅い木村は、基本的に温厚な態度で皆に接し、微笑以外を見せることはほとんどない。
だがそれは体面の話であり、素の木村は非常に気性の荒い性格をしている。
体面という仮面。
そんなものには飽き飽きしていた。
表の世界では、どうあがいても仮面を被る必要がある。
そのことに激しい憤りを覚えた木村に『ヤマタの集い』から勧誘があったのは僥倖としか言えなかった。
が、ここにいてもそれは同じだった。
仮面の生活。
そんな仮面を唯一外せるのが狙撃の時だ。
狙撃はいい。痛みを感じる暇を、命乞いをする暇を与えず潰す。これほどの快楽を木村は知らない。
「リロード完了」
左右の脇下からくぐるように姿を見せているLIGHTNINGを、改めて構え直す。
一旦左のLIGHTNINGを地に置き、右側のLIGHTNINGだけをスッと構える。
「これで仕舞いだぜ」
照射。
狙撃手の管理下から解放された熱線は猟犬がごとく迸り、人間の視認速度を一瞬にして過ぎ去る。
失敗だった。
力を蓄えすぎた猟犬は、文字通りの意味で主の意向を無視した行動をとる。
レーザーが放たれた以降の出来事を、事実だけを簡潔に述べよう。
紅い機体を貫くはずのレーザーは、触れる直前に急カーブを描き、予想した射線とは全く違う方向へと飛んだ。
朝垣の乗る、ホッパーへと。
「…………………………は?」
レーザーはホッパーのコックピットをいともたやすく突き抜ける。
胴体に空いた、溶解した空洞。
当然パイロットも……。
この状況を1番理解できていないのは、誰でもない木村自身だった。
『木村、あんた何やってるの⁉︎ 裏切るつもり⁉︎』
「あ、いや……違います! 自分は……」
『くそっ、だからこんな青くさいガキをメンバーに入れるのは嫌だって言ったんだ!』
吐き捨てるように戸田は毒づく。
その言葉をきっかけに、木村の仮面は粉砕される。
「ごちゃごちゃうるせぇ! そんなに裏切ってほしかったら今ここで、俺の意思で! てめぇのその体に風穴開けるぞオラァ!」
『なっ⁉︎ ……なるほど、あなたはそういうキャラなわけね』
「てめぇは黙って俺の狙撃をアシストしてりゃあいいんだよボケが!」
『冗談じゃないわよ。仲間を後ろから撃つやつを信用できるとでも思う? あんたはここで除名。あたしはトンズラするわ』
クイーンビーは紅い機体に対し右腕のミサイルを放つ。
ミサイルが四散、苔のような深緑のスモークが放出される。
紅い機体はたちまちスモークに覆われ、やがて動きを止めた。
「ジャミングスモークか。あんな隠し球を持ってるとはな……」
ジャミングスモーク。効果範囲に入ったバーバリアンのアイカメラやレーダー、そして駆動系を一時的に停止させる。
クイーンビーは戦域から離脱する。
それを確認し、左のLIGHTNINGを紅い機体に向ける。
「スコープヘッド、暗視モードに切り替え」
ガション、と頭部を覆っていた装甲が変形、装甲から無数の小型アイカメラが姿を見せる。
それにより、スモークにより見えなかった紅い機体の姿をアイカメラははっきり視認した。
逃走した戸田は狙わない。そんなことをすれば、本当に裏切り行為となってしまう。
標的を倒し、誤解を解きに行く。それしかないだろう。
もう木村には、『ヤマタの集い』以外に居場所はないのだから。
「余計な仕事増やした罪は重いぞ、貴様ぁ」
紅い機体がどうやってBPEを無効化したかは定かではない。が、そんなことを考える必要はない。
今、紅い機体は動けない。レーダーとアイカメラ以外の機器、ミサイルぐらいなら撃てるだろうが、そんなもの当たるはずがない。
「アディオ〜ス、イレギュラー」
照射。
レーザーは紅い機体に直進する。
そこから先、何が起きたか、木村は知らない。
ただ最後に、自分が撃ったはずのレーザーが逆走したのだけはしっかりと目に焼きついていた
ベルリオーズリフレクト。
それが『タイガ』が行った技法だ。
Bバリアの粒子展開率を調整、ベルリオーズ粒子の運動ベクトルを操作したのだ。
それは、開発者である室井すら想定していなかった機能だ。
「2人目排除、と。じゃあ3人目を潰しにいくか」
『最低1人は捕虜にって言われてること忘れないでね』
「あいあい」
ベルリオーズリフレクトと同じ要領で粒子を操作、周囲のジャミングスモークをかき消す。
システムの復旧を確認し、加速。戦域を離脱したと思われるは蜂模様の制圧に向かう。
周囲の粒子量から逆算、逃げた方角を推測する。
やはりと言うべきか、数分足らずで蜂模様を視認した。ミサイルを大量に積んでいるゆえ、その機動性はお世辞にも高くない。
「見つけたぜ」
『タイガ』の口元が緩む。
急に、蜂模様が滑りながら反転、と同時にミサイルを斉射。
「気づかれたか」
マズイ、とは思っていない。『タイガ』は蜂模様を完全に舐め切っていた。
「あんたらは確かにすげぇコンビネーションだったよ。それぞれの役割をこなし、確実に標的を潰す。あぁ、いい作戦だ」
通信回線は開いていないので、当然声も届いていないのだが、語りかけるように、嗜虐的に笑う。
蜂模様の脚部に向け発砲、ブースターを破壊して動きを止める。
「でもなぁ、お前らの機体はどれもチーム戦を前提としている。つまりだなぁ……」
蜂模様がミサイルを発射。未だ一度も使っていなかった左腕ミサイルだ。
視認、理解する。
左腕のミサイルはBPEを引き起こすBPEミサイル。それが4発同時。その威力は計り知れない。
そこで『タイガ』は、本来なら回避行動を取るであろうこのタイミングで、前に出た。
フェニックスの手がBPEミサイルにそっと触れる。
結果、BPEミサイルは不発に終わる。掌にのみBバリアを展開し、ミサイル内部の粒子の流れを正常に調整したのだ。
豪雨が如くミサイルの雨が放たれ、それら全てをかわす。
ゼロ距離まで近づき、ライフルを排熱口に突きつける。
「お前ら、単品だと弱いんだよ」
1発の弾丸により、戦闘は終了した。




