episode107
『バーバリアンは革新的な兵器だ』
『タイガ』の問いに対し、イチハラはそう切り出した。
『汎用性が高く、単純に性能が高く、何より人型ロボットなんて、男のロマンの結晶だとは思わないかね?』
「…………」
『だんまりか、まぁいい。しかしだ、やはり人の作る機械と言うべきか、どの面においても限界は存在する。人を乗せているゆえに叩き出せる速度は限られ、最大限人間の骨格に近づけたフレームも動ける範囲には限度がある』
彼が言っていることは常識でありどうしようもない話だ。人間が酸素を吸って食物を口にして最期には死ぬことと同じぐらいの常識的事実だ。
それを踏まえた上で、イチハラは「しかし」と逆説を唱える。
『やはりな、限界とは越えるために存在しているとは思わないか?』
その一言だけを聞くと、彼は向上心の強い男だと捉えることができるだろう。
だが、違うのだ。
彼にとってそれは、自らの器にワインを注ぐようなことなのだ。
永遠に埋まることがない空虚で渇ききった無情な器に、だ。
欲望を、満足感を満たすため。
それだけの、たったその程度の自己的な目的のために、彼は……。
「だから、人間の肉を使ったのか?」
『そういうことだ。どうかね? 上にいるあの肉ダルマと違い、かなりスマートにまとまったいい出来だと思うのだが』
よく見てみるとわかるのだが、装甲の隙間から覗くフレームは確かに機械的というよりは生物的な印象を多大に有していた。
「それはクーシのものか?」
『あぁ。彼の血肉を何度も何度も剥いでフレームを形作るに最適な部位、形状、分量を何度も試したよ。幸い時間はあったからな、童心に帰って楽しむことができたよ』
ということはその間、彼……クーシはずっと肉を剥がれる痛みに耐えてきたということだろう。イチハラのことだ、たとえクーシが自我を持っていたと知っていたとしても非道な実験はやめなかっただろう。
彼にとってクーシの血肉を採取することは、子供が虫採りやプラモデルに夢中になることと同義なのだ。
『よし、解説は終了だ。これより第2ラウンドに……』
イチハラの言葉が途切れた。彼のアクションが発声ではなくその場からの退避に移行したのだ。
直後、アルカナが元いた一帯の地表が綺麗に裂けた。なんの音も衝撃もなく、ただ鋭い裂け目が生じた。
それがなんなのか、傷裏は知っている。つい先ほどまで見ていたのだから知っている。
それは傷裏と同じように、昇降機からやってきた。身を低くした姿勢で真紅の槍を構えた白銀の機体。
クーフーリン。
『試合再開のゴングはまだ早いんじゃないか、親父』
「市原さん!」
『……やはりお前が私の前に立ち塞がるか、斗真』
『あぁ、当然だ。俺はあんたを潰すために、この2年間を費やしてきたんだ』
2年間。それは当然ながら傷裏と密接した重要な時間だ。
『兼六園焼失事件。あれの犯人があんただってことはすぐにわかった。書斎に犯行計画の資料が適当に置かれてりゃすぐにわかるに決まってんだろうに、どうせ誰かにバレても問題はないとか思ってたんだろ?』
『実際、問題はないからな。俺のバックには世界という後ろ盾があるんだ、何かあれば適当にもみ消すことができるさ』
『……俺があんたを殺す可能性は考慮しなかったのかよ?』
『考慮ぐらいしたさ。した上で、それはないと判断した。お前は臆病だからな、実の父親を殺すなんて大それたことはできないと確信していた』
『今更父親ヅラされてもなぁ!』
クーフーリンは不可視の一閃を放ちながら加速する。アルカナはそれをかわしつつ、同様に距離を詰める。
槍と大剣が激しくぶつかり合い、刃のカケラに粒子のカケラがそこら中に散らばる。
『あんたが正しくない人間なのは知ってた! でもまさかあんな大量虐殺するまでの人間だとは思っちゃいなかったさ!』
『俺は自分のために最善となる行動を取っただけだ。それに、そんな過去の話を今更ほじくり返すなよ、大人気ないぞ』
『そういう罪を罪と認めないところが、俺があんたをを嫌いに思う理由なんだよ!』
クーフーリンが振り払うとアルカナは身を捻りながら後退し、周囲に立ち並ぶ柱と柱を蹴って数回のフェイントをかけた上で加速、大剣を振るって一撃離脱を仕掛ける。
『だからお前は私を潰すための戦力集めを始めた。傷裏君を手元に置いたのもそれが理由だろ?』
『え?』
唐突に自身の名を呼ばれ、傷裏は困惑した。
『傷裏君の有するパイロット適性は常軌を逸していることは私も知っているよ。あの時知っていればお前より早く回収して実験材料にでもしていたかもしれないな』
クーフーリンによる鋭い突き。それを大剣でいなしながらその身を回転、遠心力を加えた一振りが放たれるが、今度は上半身を後方に反らすことが回避され、一旦距離が開いた直後に再び刃の打ち合いが始まる。
『しかし傷裏君。君は彼に恨みを持ってもいいのだぞ? こいつは復讐させるという言葉で君を釣り、利用したのだろう? 実の父親を潰したいという目的のためだけに。これは自己中心的な欲望ではないのか? 私と大して違いはないじゃないか? 人を騙し、利用、好きなように使う。まるでオモチャのように。少年に人殺しをさせるとは、なんたる愚行だ』
『……あぁ、認めるさ。俺がやってることは浅はかで誤った愚行だ。だがな、それでもだ!』
クーフーリンの攻撃の重みが増す。それにより、アルカナの動きがわずかに後退気味になった。
『俺はエゴを通してでも、あんたをどうにかしなきゃならない! 父親の間違いは息子が正してやんねぇとダメだろうが!』
『ならば同時に、息子の罪は父が清算してやるとしよう。しかし私の場合は、極刑によってのみ行為が施行される!』
『あんたがそうやって極端な行動しか取れねぇから、息子が尻拭いしねぇといけねぇんだろうが!』
『そんなことを頼んだ覚えはない!』
アルカナもまた攻撃を強めていく。
一進一退の攻防。両者ともに速度を緩めることはなく、何人もの介入を許さない
『俺はあんたを止める!』
『殺すか? 息子の手で父親を殺すか!』
『いいや、殺さない!』
『何っ⁉︎』
そこで初めて、イチハラが驚きの感情を露わにした。
アルカナの動きが止まる。
クーフーリンはその懐に拳を叩き込んで動きを止め、追撃となる槍を構えた。
『俺はあんたを、止めるんだ!』
槍の穂先がアルカナを捉えた。
……いや、違う。穂先はコックピットのギリギリ横を貫いた。確実なダメージになっただろうが、決定打には至らない。
『……惜しかったな』
動揺を含んだ言葉だった。
大剣が容赦なく振るわれた。
対し、市原は攻撃の直後という隙だらけのタイミングでありながら、ギリギリ身をズラして両腕を前面に押し出して盾にすることで直撃コースは回避した。
両腕はもちろん、さらに大剣の延長線上にいた右足も激しく斬り裂かれ、その衝撃か後方へ押し飛ばされ、戦闘の余波で既に半壊していた柱の1本に背中から倒れ込んだ。
『……斗真、お前は私を殺さないと言ったな?』
『……あぁ、言ったよ』
『それはなぜだ?』
『あ? そんなの決まってるだろ』
間を置き、市原は薄笑いを浮かべた。
『家族だから、そんだけだ』
直後、再三の衝撃によりダメージを負っていた柱の上部が頭上から落下、身動きが取れないまま瓦礫の下敷きとなった。
『市原さん!』
『……あぁ……あれじゃあ助からんな。仕方ない、あいつはこのステージをセッティングする犠牲になったのだ。さぁ、傷裏君それに「タイガ」君。残るは私たちだけだ。先ほども行ったが時間がないのでな、パパッと楽しく済ませるとしよう』
アルカナが大剣を振るい、それを背で背負うような挑発的な構えを取る。
対して『タイガ』もまたケルベロスシステムを起動、獣のような構えを取る。
しかし、それと同時に相棒からの声かけが入る。
『「タイガ」、悪いけど少しだけ、僕に表を譲ってほしい』
「……大丈夫なのか?」
『心配してくれて嬉しいけど、大丈夫。僕は今、とても落ち着いてるよ』
「市原を目の前で殺されてるのにか?」
『そこも大丈夫。あの人はまだ生きてる。ほら、微弱だけど生命反応が検知されてる。多分重症だから、この勝負は早めに終わらせたい』
「……わかった。ただし、無理すんなよ」
『うん……ありがとう』
今の言葉を聞いて、『タイガ』は確信した。
彼はもう大丈夫だと。
自分がいなくても、彼はやっていけると。
この戦いの中で、彼は何かを見つけた。それはきっと、真っ暗な夜空の中で光り輝く一番星のように純粋で、正しい。
もう彼は、過去に囚われることはない。
復讐を生きがいにすることはない。
そう理解し、『タイガ』は後の全てを、相棒に託すことにしたのであった。




