episode105
「セェィラァァァッッ!」
『タイガ』のかけ声と共に放たれたキマイラは、アルカナの大剣型粒子ブレードの一振りによって弾かれる。
「おい! 黒崎をどこにやった!」
『心配はいらない。君が地下に侵入した時、彼女を黒道の移送ポットに入れて送り出した。あと10分もすればBP機関の地下辺りに到着することだろう』
「だったら上等。これ以上何を壊しても、あいつを巻き込んじまうことはねぇってことだよなぁ!」
ここは調圧水槽と呼ばれる施設だ。ここでは洪水などによる冠水を防ぐために水を貯蔵、放水する役目を果たしている。太い柱が何本も立てられ、身を隠すには十分だ。
柱と柱の間を移動しながら距離を詰め、キマイラの一撃。
『どうした? 当たってないぞ?』
「チッ!」
グリフォンを乱射するが、それすらもかわされる。かわしきれないものは大剣を振るって溶解させているのだ。
「1つ、てめぇに聞きてぇことがある!」
『何かね?』
互いに刃を振るい、互いに回避を続ける中、『タイガ』は問う。
「なぜわざわざ兼六園を焼き払った!フール・ネットワークが欲しいだけならそこまでしなくてもよかったはずだろうが!」
『冬馬から聞いたんだな。だったらその理由も聞いているだろ。どこに隠されているか、わからなかったんだ。だったら一帯を燃やす方が手っ取り早くていい』
「関係ねぇ一般人が巻き込まれてんだぞ!」
『あぁ。だが仕方ないんだ』
「……なんだと?」
アルカナは距離を取り、大剣を手の上で数回回す。まだ余裕がある、ということだろうか。
『彼らは偶然あの場所にいてしまった。それが災難だった。それだけだ』
「被害者たちの自己責任だって言うのかよ! それはてめぇの傲慢だ!」
『何を言うんだ「タイガ」君。人間誰しも傲慢さは持ち合わせている。私はそれを表に出したにすぎない』
「自分のためだけに人が死んでいいはずがない!」
『なら、君の相棒はどうなのかね?』
『タイガ』の口が止まった。
同時に、ハルファスの動きも一瞬止まる。
その隙をついたアルカナの蹴りが容赦なく叩きつけられる。
『君がどうかは知らないが、君の相棒……傷裏君は違うだろ? 聞いた話、というより私が生命をもって実体験した限りだと、彼は私のことを誰よりも恨んでいる。仕方ないといえばそうなのだが、これは君が私を罵倒する理由と同義なんじゃないのか?』
わかっていた。そんなこと、『自分自身の半身』のことなのだからわかっていた。
『それについて、君の相棒の意見を聞きたいのはやまやまなんだが、残念ながら時間がないようだ』
「時間?」
『上の方がなんだか騒がしい。そう時間も経つことなく決着がつき、すぐに君の救援にくるだろう』
「ご自慢のクーシはどうなんだよ?」
『あれはダメだな。失敗作だ。身体的性能はバーバリアンと追随できる代物だが、彼は力に溺れている。あれではダメだ。もう長くは保たない。というわけで……』
アルカナは片足で跳ねる。その間に手首を捻って大剣を回し、リズムを生む。
対してハルファスは両足のキマイラを展開、獲物を見定める獣のように、前傾姿勢で静止、構える。
動と静の対峙。
2つは対極であり、同時に似通っている。
互いが求めるものは同質。
目の前の障害を排除する。その1点のみ。
『潰す』
直後、アルカナが消えた。
視界から消えた。
いや、姿が消失したわけではない。単にアルカナの機動性にカメラアイが、肉眼が追いつけないだけだ。
だとしたら、探すべき場所は……。
「……上か!」
『ご名答』
上空から大剣が振り下ろされ、それを寸前で身を引くことで回避する。
3、いや4回、大剣が振るわれる。それらをかわすと、今度は鋭くしなりのある……まるで鞭のような蹴りの連撃が見舞われるが、それは片手で弾くことで相殺した。
このままでは防戦一方だ。それを悟った『タイガ』は、一瞬の隙を狙う。
狙うべきは、バーバリアン……人型という性質上対処できない部位。上宇治兄弟戦でも作った戦法だ。
結局はロボットなのだ。人間と同じように動くことができるといっても、所詮は限度がある。
「ッ!」
キマイラを足元で振るって足払いを狙うが、アルカナは軽くジャンプしてかわす。
そのまま再び繰り出される振り下ろしの一撃をキマイラで弾いてかわす。
「クソッ、なんでだ……粒子ブレードなんだから質量がないはずなのに、1発1発が重く感じるぞ……」
『そういう錯覚も狙って、わざわざでかくて危なっかしい大剣型を選んだんだ。でかいくせに重くないのが逆に祟ってな、力は必要ないんだが軽過ぎるせいでどうにも扱いづらい。仕方ないが、君と上の奴らを殺すまではこれで我慢する……か!』
アルカナが血を蹴る。激しい水しぶきを上げながら水平に滑空、振るわれる大剣をキマイラでギリギリいなしながら、なんとか機会を探る。
上空に弾くと、アルカナは柱や天井に手足をかけ、それを足場にしてさらに加速する。これでは機会を狙うどころではない。
だが、やらなくては。
限りある一瞬を探す。
最善のカケラを拾い集め、勝利への切符を掴み取る。
「…………ッッ!」
そして見つけた。
アルカナが跳躍と同時に大剣を振るった時だった。それをギリギリで、右腕を半分削らせながら接近、大剣の当たらない0距離への侵入を果たす。
この距離、タイミング、双方の姿勢から、アルカナに回避の術はない。
「…………」
タイムラグなどなかった。
ただ、単純に、明確に、正確に、油断なく、キマイラで横に薙いだ。
バーバリアンの駆動系では回避は不可能。
技術的な面ではなく、物理的な面でだ。
だが。
「なっ⁉︎」
『甘い、とだけ言っておこう!』
アルカナは回避した。つい数瞬前まで振るっていた大剣をその場で放棄し、ハルファスの頭部を両腕で掴み、その身に推進剤を加えたきりもみ駆動によって真上に回避、そのまま背後をとった。
「なんっ⁉︎」
背後を取り、放棄された大剣を逆手で回収、一気に振り上げる。
「やばっ……⁉︎」
回避された。その事実をその目で認識した直後から、彼の反撃に対する対抗策は講じられていた。
即座にケルベロスシステムを解除、それと同時にSPAシステム本来の仕様である粒子供給率全マニュアル化を実行、脚部の推進機器に粒子を最速かつ最大まで供給しつつ最大点火、超加速でなんとか無事を確保する。
あまりにも急過ぎた加速だったためにその動きは暴走列車に近く、数回地面の上を跳ね、なんとか停止に成功する。幸か不幸か、それによってある程度の距離を離せたようだ。
『ほぉ、今のをかわすか。君……いや、君たちは末恐ろしいとは思っていたが、まさかこれほどのものとはな』
イチハラは素直に賞賛しているようだったが、『タイガ』にとってはそんなことはどうでもよかった。
SPAシステム。高過ぎる応用性を持つゆえに操作系統が複雑に複雑を極め、人間では扱うことは不可能となったシステム。そのためハルファスにはそれえを簡易化したケルベロスシステムが内蔵されているのだが、『タイガ』はそれでは先ほどの攻撃は回避できないと考え、SPAシステムを解放した。
初めて使ったが、やはり尋常ではないレベルの難易度を誇る機能だった。秒単位で無数の情報をシステムに送り込む必要があり、さらにそれを敢行した上で機体の駆動も行う必要がある。普通に考えれば無理な話だ。ぶっつけ本番となればなおさらだ。
だがしかし、『タイガ』は実践した。今はその事実が大事なのだ。
いや、それより。
重要なのはそこではなかった。
「……イチハラ、1つ聞くぞ」
『なんだ?』
「てめぇ、その機体のフレームに何しやがった」
『と、言うと?』
「今の回避の動き、あれはバーバリアンのフレームにできる動きを超えていた。人間そのもの、いや、それ以上だ。絶対何か仕込んだんだろ?……いや、もう検討はついてるがな」
質問ではない。
これは確認だ。
「そのフレームに、進化個体の細胞を移植した、つううこったろ」
それは、人間の細胞を移植したという衝撃的な事実を示していた。




