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episode102

 クーシの口から放たれたのは、光り輝く1筋のレーザーだった。本来生物から生成されるものではないはずなのだが、それは進化個体だからという単調な理由で解決するのだろう。

 とにかく、2機にめがけてレーザーが迸る。空を裂く小口径レーザー。

 かわす暇はなかった。

 が、運よくと言うべきか、レーザーはハルファスの右頬を、クーフーリンの左頬をかすめながら直進していった。回避したのではなく、外れたのだ。


《ハズレ……タ》


 クーシが飛翔する。翼を羽ばたかせ、天高く舞い上がる。

 上空に昇り、一気に急降下。

 クーシの鞭のような鋭い回し蹴りが放たれ、対してハルファスもまたキマイラを振るう。

 斬。

 クーシの足は確かに斬り裂いた。

 だが、それではダメなのだ。

 失策だった。

 彼は右足を犠牲にした。

 その代用として放たれるは、外れようのない0距離レーザー。

 照射。

 かわせない。

 絶対かわせない。

 だから、かわさない。

 斬。

 光断。

 レーザーを斬り裂く特殊技巧。

 キマイラはレーザーの中心を確実に捉え、レーザーは2つに分断されながらそれぞれ別の方向へ進む。


「よし……」


 そのまま接近し、キマイラとユニコーンを巧みに使い、さらなるダメージを与える。

 とにかく消耗させなければ。

 これは仮定でしかないが、仮定以上の信頼要素がないことが何よりの不安要素となっている。


(斬る……)


 斬。


(斬る……)


 斬。


(斬る……!)


 斬、斬、斬、斬。

 ひたすら斬り続ける。

 無我夢中で斬り続ける。

 絶え間なく斬り続ける。

 途中に入るクーシの反撃は、クーフーリンの遠隔斬撃によって無効化され、ついでにさらなるダメージを与える。

 しかし、いくら高度学習能力を有していないとしても自我を持つ個体だ。散々痛めつけられれば対抗策を編み出す。

 口からレーザーが放射された。だが今回のレーザーは細い直線状ではなく、起点から広範囲に放たれる拡散型だ。


「くっ!」


 Bバリアを展開する余裕はなく、背後に回り込みながら回避する。それでも完全回避は不可能で、左腕の肘から下が消し飛んだ。

 背後まで移動を完了した、その時。

 正反対の方向から向かってきた拳の餌食となり、再び吹き飛ばされた。


『クソがぁ!』


 クーフーリンが攻める。一気に距離を詰めつつ槍を振るって切り裂くが、ついに一振り一振りが避けられるようになってきた。


『なら、これなら!』


 拳をギリギリでかわしながら、その拳を足場にして跳躍、上空で槍で空を突く。例の遠隔斬撃だ。対策のしようがない、必殺ではないが必中の攻撃。


《見切ッタ》

『んなっ⁉︎』


 かわされた。本来胸に穴が生じるはずなのだが、それはクーシがその身を小さく横に逸れるだけで無効化された。


《ソノ攻撃ハ、レーザーヲ槍カラ放ッテ照射シタママ、槍ヲ動カスコトデアタカモ、切ッタカノヨウニ、見セテイタ》


 レーザーはその構成物質であるベルリオーズ粒子の密度によって口径、貫通性が変わる。高密度なら細く、低密度なら大きくなる。

 極限まで高密度圧縮すると、レーザーはシャープペンシルの芯ほどになる。以前傷裏が戦った木村楽人の駆るホークが持っていた『LIGHTNING』がまさにそれだ。

 しかし、それが技術の限界というわけではない。上には上がいる。

 それがクーフーリンの槍、ゲイボルグだ。これは槍とレーザーライフルを一体化させたという稀有な武器であり、遠近両用の万能な武器と化している。

 ただ、ゲイボルグを強いと言わしめる要因は遠近両用という点ではなく、その銃口から放たれるレーザーが現代兵器のどれよりも粒子を高密度に圧縮できる点だ。

 極限を超える極限まで圧縮されたレーザーは、もはや視認することができない。

 視認できない武器ほど怖いものはないのである。普通ならば、それに対応するということは不可能だ。

 いや、しかし、この男は普通ではなかった。


《ナラ、槍ノ動キニアワセテ回避スレバ、イイ》

『簡単に言ってくれちゃって!』


 再び距離を詰め、何度も槍を振るう。

 上段、中段、下段、切り払い、切り上げ、振り下ろし、フェイント、突き。

 読まれないよう、細心の注意も払った。隙を作ることもなく、1欠片の躊躇もなく。

 だというのに、かわされる。全て回避されるわけではなく数撃は当たっているのだが、数を重ねるにつれ、どんどん攻撃が浅くしか当てられなくなっていることを市原は認識していた。


「このっ!」


 そこにハルファスが乱入する。クーシは2機から繰り出される激しい斬撃の嵐を最小の動きでかわし、ハルファスに蹴りを叩き込み、クーフーリンには拳でなぎ払う。市原は回避に成功したが、傷裏は再び攻撃を受けてしまった。


『チッ……自我があるってだけでこれほど厄介な奴になるとはな』

「そうだね『タイガ』。再生に限度があったとしても、当たらないんじゃどうしようもない、っていう感じかな……」


 クーシは高度学習能力を有していない。それはレクイエムというバックアップがないためだ。

 しかし、その代わりに彼は自我を有し、人並みの知能を持ち、言語を介する。これにより、彼は高度学習能力に頼らずに『現実的思考で』柔軟に学習、理解、対応できる。

 加え、彼が元々有していた進化個体の特性は『指揮能力』だった。これはつまり、見方を変えれば『個々の実力を把握、有効活用することに長けている』ということに繋がり、それはクーシが参加する戦闘でも発揮される。

 個々の能力とは、何も味方に限定した話ではなく、敵の能力を見極める際にも有効活用することができる。

 観察し、分析し、解析する。

 力と脳。

 その2つを手にしたことで、クーシの優位性は至高のものとなった。


『面白いことになってきたな。この絶望的な状況を君がどうやって乗り越えるのか、楽しみで仕方ないよ』


 イチハラの小さな笑い声が響く。

 それと同時、新たな音が2人の耳に侵入してきた。大量の羽音、そしてそれとは別の、聞いたことのない音。

 その音は、クーシの体内から発せられていた。ボコボコと、沸騰したお湯のように沸き立ち、不気味な低音を鳴らす。


『話は変わるがね、傷裏君。私は絶望に染まっている人間をさらなる絶望に叩き落とすことが大好きなんだ。その程度を絶望と誤解されちゃ困るな、という警告なんだ』

「…………」

『だからな、傷裏君。ここまで勝ち目のない戦況において、新たに一手を投じればどうなるのか、私としては非常に興味があるのだよ


 直後だ。傷裏たちの周囲4方向の地面が突如として崩壊、その中から数十、いや、確実に3桁に到達する数のメガネウラが出現した。

 それとタイミングを同じに、沸騰のように膨張と収縮を繰り返していたクーシの肉体が破裂、毒々しい血を撒き散らしながら、中から4足歩行の生物が3体現れた。

 アースガルズや進化個体の異形と同様に禍々しく不気味な灰色でドロドロとした肉体。その様相は狼と酷似しているが、アースガルズ同様にサイズが規格外だ。バーバリアンを人間と仮定した場合の大型犬のサイズに相当する。


『学習機能はオミットしたと言ったが、新たな機能をつけ加えていないとは言ってないだろう? それはクーシ君の肉体を母体として生成、成長させた生物だ。メガネウラのような速度は持ち合わせていないが、それでもバーバリアンと渡り合うだけの俊敏性はあるし、なおかつ狼の犬歯はトンボのそれとは比較にならない』


 マズイ。これは本格的に、冗談抜きで、軽口どころか怒りの一言すら出せないほどマズイ展開だ。

 これは、勝てる見込みがない。

 どれほどの戦略を巡らせても。

 どれほどの戦術でぶつかっても。

 勝てない。

 どうしようもない。


『龍、頼むから、もう少しの辛抱だから、諦めずに粘ってくれ。諦めないでくれ』


 市原の言葉に安心性はなかった。この状況を打破できる可能性など、万に一つどころか億に一つもない。メガネウラのソニックウェーブの弾幕に八つ裂きにされるか、狼に噛み砕かれるかの二者択一だ。


『では、ゲーム再開といこうじゃないか』

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