episode101
『博多港に落ちていた残骸を回収したと言っただろ?さすがにあれほどの超高度学習能力は有していないが、圧倒的な再生能力は健在だ。さぁ傷裏君、そして愚息よ。これにどうやって足掻くか、見せてもらおう』
アースガルズが着地する。それだけで踏みしめた地に円状のヒビが入り、クレーターが生じる。
傷裏はケルベロスシステムを起動、そして加速。とにかく先手必勝。それが最善と考えた。
地を駆け、跳び、アースガルズの背後を取る。
斬。
アースガルズの背を切り裂く。悲痛と憤怒の咆哮が発せられ、虫を払うように振るわれる豪腕をバク転でかわす。
しかし、今斬ったはずの傷は、もう既に消えていた。確かに再生能力は異常らしい。
次に動いたのはクーフーリンだ。例のごとく槍を振るう。真上から一気の振り下ろした。
次の瞬間、アースガルズの体が左右に真っ二つに両断された。叫ぶことすら許されず、肉片は地に落ちる。
だが、それでもだ。2つの肉片の断面から細い糸状の繊維が大量に発生し、それぞれがもう片方から放たれる繊維と結合、まるでプラモデルを接着するような安易な動作で、アースガルズは再生した。
『チッ! おい龍、これを潰す方法はねぇのか⁉︎』
「福岡で戦った時は、中核となる最上位システムであるレクイエムの高度演算能力を支えにしてなんとか形を保っていたはずなんですが、それも今はもう壊れてるはずです。あんなもの、もう生まれるはずがないのに……」
『その問いに答えてやろう』
イチハラの声と同時、アースガルズの拳が振り下ろされる。それを跳躍により回避、頭蓋にユニコーンを叩き込む。風穴を空けたが瞬時に再生される。
クーフーリンは瞬時にアースガルズの懐に飛び込み、拳を切り裂く。それもまた、同様に。
『これは劣化版アースガルズといったところだ。レクイエムによる補助を得ずに自立させることを目的に作ったんだが、そのせいで学習能力やその他いくつかの能力はオミットさせてもらった。いい出来栄えだろ? 1ヶ月足らずで作り上げるのは苦労したよ』
イチハラの解説を聞きながら、傷裏の脳裏には不穏な予想が巡っていた。
アースガルズは進化個体の成れの果てだ。身体的進化を続け、誰にも手のつけられなくなった化け物だ。
仮に、仮にだ。
もし今目の前にいるアースガルズが、同様の製法で生まれた存在だとしたら……。
『あぁ、ちなみに1つ教えておこう。それは以前君たちと戦ったクーシ君をベースに作らせてもらったよ』
クーシ。
ここで聞くはずのなかった名前。
アウラが殺したはずの名前だ。
しかし、驚いてばかりではいられない。そんな時間的猶予はない。
アースガルズ……いや、クーシの拳が放たれる。それをかわし、新たな一撃を加え、また再生される。
「クーシが生きていた? 嘘でしょ?」
『残念ながら真実だよ、傷裏君。彼は博多港で殺されたかに見えたが、実は想定外の進化を果たしていて、見事生き延びたんだよ。そこに私が手を差し伸べた。進化個体の性質を研究させてもらう代わりに、力を与えてやろうと、な』
「力ですって? 何を馬鹿なことを言っているんだあんたは! そんな醜い姿にしたことを、あんたは力を与えたというのか! ただの自我なき生物兵器に作り変えただけじゃないか!」
『私は嘘は言っていない。確実な、彼が求める物理的な力を与えた。ただな……』
イチハラの声が震えた。きっと笑いを堪えているのだろう。
『自我の有無なんて、契約には含まれていないんだよな、これがまた』
もう、我慢できなかった。
今まで平静を保ってきた傷裏ではあったが、ここまでの非道な行為を見せつけられては黙っていられない。
「……ならせめて、僕が殺す。僕が……介錯してやる。そんな姿……惨めなだけだ」
《……イゾ》
「っ⁉︎」
声だ。
傷裏でもなく、『タイガ』でもなく、市原でもイチハラでもない声。
ノイズがかかったような、野太い男性の声だと思った。
《……ソン、ナ、コトハ……ナイ、ゾ》
声の主が目の前にいるクーシの成れの果てだと理解するには時間がかかった。
『なんと……君は人語を理解するだけの知能を得ていたのか。これはさすがに想定外だ。これが進化個体の神秘か』
驚きを見せるイチハラの言動から察するに、目の前のコレはまさしくあのクーシであり、彼は人間らしい思考能力を有していると考えられる。
《カッ……ハハ…………キサマノ、モルモットニサレ、タ、トキハ……サスガニ、シヌカトオモッタ……ゾ》
その特徴的な笑い方、まさにクーシだ。彼が生きていることにも驚きを禁じ得ないが、それ以上に、彼の声から憎悪らしきものが一切感じられないことが何よりも恐怖だった。
むしろ喜び、快感、安らぎや達成感の方が充実している。
《シカシ、イマハ、コウイッタコトバヲ……オクロ、ウ……》
アリガトウ。
カンシャ、シテイル。
クーシは確かに、そう言った。
その一言一言が。
一文字一文字が。
一呼吸一呼吸が。
傷裏に、多大なる嫌悪感、そして恐怖を与え続ける。
《コレガ、オレノ、モトメテイタ、チカラ……ダ。ダレニモ、ナンピトニモ……サシズ、サレズ、ミオロサレズ、クップク……シナイ、アットウテキナ……カンプナキマデノ、チカラ。アァ、アリガトウ。ホントウニ、アリガトウ。オレハツイニ、ネンガンノ、モノヲ……テニイレタ》
壊れていた。
福岡で出会った時から苦手意識は存在したが、それでもこれほど気持ち悪い感覚はなかった。
だが、彼が異形の姿に身を堕として、ようやくわかった。
彼を人間と称してはいけないと、この時本気で思った。
今まで『これを人間と称していいのか』と不安に思うような存在には何度か出会った。実際、彼らは少しベクトルのズレた存在であったため仕方ないだろうし、まだ人間に近しい存在であると思い、認識を踏みとどまらせた。
しかし、この男に対しては違う。
傷裏龍はハッキリと認識できる。
彼は人間ではない。
《ト、イウワケデ、キズウラリュウ》
クーシが傷裏を見据える。赤い瞳が彼の狂気を物語っていた。
《オレハマダ、シヌワケニハ……イカナイ。ダカラ、キサマヲ……コロス》
戦況が、動く。
そう気付いた時には、既にクーシは目の前にいた。
行動は単純だ。
拳を振りかぶり、なんでもないストレートを叩き込んだ。
それだけで、ハルファスは後方遠方へと弾き飛ばされた。
「がっ……⁉︎」
『龍!』
まるで少年誌のバトル漫画のようだった。たかが拳1つを食らっただけでノーバウンドで吹き飛ばされた。衝撃がコックピットを襲い、フレームに軽度の損傷を与える。
「くっ……大丈夫、まだ動く」
急いで体勢を立て直すと、クーフーリンとクーシが戦っている様が見えた。クーフーリンは槍を振り回しながら例のごとく不可視の斬撃を与える。1振り1振りがクーシの肉体を容赦なく断つがその度に再生される。
『クソッ、これは無限ループじゃねぇか!』
これではただの消耗戦だ。何か明確な勝つ手段を見つけなければ。
自立ということは、前回のように何か中核を叩けばそれで終わりということではないだろう。
だが逆に考えてみる。イチハラは本来アースガルズが持つべきいくつかの能力を排除したと言っていた。それはつまり、福岡でのあの個体よりは再生能力が低いということに繋がるのだろう。
そうなれば勝機はある。粘りに粘り、とにかく攻撃し、再生させ、消耗させる。そうなれば勝機は見えてくる。
「市原さん! とにかく攻撃を続けてください! 最小の力で最大のダメージを与えるんです!」
『そうは言っても……なぁ!』
もう一閃。
首を切り落とすが、やはり前例通り再生する。
『弱点に気づき出したか、仕方ないな。このままでは負けるぞ、クーシ君』
《ナラ……アレ、ヲ……》
首を再生し、腕を払ってクーフーリンとの距離を開き、ハルファスと同じ射線まで移動した、次の瞬間。
クーシの口の中が、激しく光瞬いた




