第二話 愛犬文太郎
休日の朝、大仏閃歌は自宅のある住宅地を抜けた先にあるそこそこの大きさの川の河原に愛犬である文太郎の散歩で立ち寄っていた。
ボルゾイの文太郎は閃歌と歩調を合わせて、隣を歩いている。
そのため、リードを持っている閃歌に負担は全く無く、むしろ快適で気分が良いのか歌を口ずさんでいる。
「どんな犬が好き♪小さい犬が好き♪
一番先に買われてく♪小さい犬たち♪
どんな犬が好き♪大きい犬が好き♪
一番先に買われてく♪大きい犬たち♪
どんな犬が好き♪賢い犬が好き♪
一番先に買われてく♪賢い犬たち♪
どんな犬が好き♪強い犬が好き♪
一番先に買われてく♪強い犬たち♪
人間の都合で♪いろんな犬がいる♪
処分されるほど♪いろんな犬がいる♪
どんな犬が好き♪全ての犬が好き♪
みんなとっても♪カワイイよ♪
全ての犬たち♪
みんなとっても♪カワイイよ♪
全ての犬たち♪」
己の主人が人間と犬の関係性を皮肉る歌を歌っている事を知ってか知らずか、文太郎は尻尾を激しく振って、ワンと鳴く。
「名付けて、犬の歌。
我ながら良い出来。
やっぱりアタシは天才ね。」
閃歌は歌を歌い終え、そんな感想を口にする。
そして、自分たちの後に河原にやって来た存在に目を向ける。
それは空中を移動するドローンだった。
操縦の練習でもしているのか、円を描いて飛んだり、水面すれすれを飛んだりしている。
「そういえば最近は自立型ドローンの開発の規制についていろいろ話し合われてるって、キョウ兄ちゃんが言ってたな。」
閃歌はうろ覚えの知識をつぶやく。
ふと、川と反対側の空を見ると飛行機が飛んでいるのが見えた。
「一家に一台空飛ぶ車みたいな時代にはまだまだ遠いんだろうな。」
そう言いながら飛行機を目で追い続ける。
その様子を見て、好機と判断した者がいた。
河原を飛び回るドローンを遠隔操縦している操縦者である。
吉田飛酔という無職の男は職探しに疲れ自殺を考え、一人で死ぬのは寂しいから誰かを道連れにしようという発想に至る。
そんな時に自分が推している配信者であり、敬愛する小説家でもある狂人正気ちゃんがこの河原に愛犬との散歩でよく訪れるという話を風の噂で聞いた。
自分の住んでいるアパートから近い距離にある河原だったのでドローンを使って、それらしい人物を探してみた。
配信でお披露目される前の正気ちゃんの歌を歌っている閃歌に遭遇したことで、割とあっさり見つかった。
その後も、何日もかけて調査を続けて、土日や祝日のような休日には朝の決まった時間に愛犬の散歩で河原に来る事がわかった。
ここまで調べて、飛酔はこれだけ分かっていれば正気ちゃんを殺す事は容易いのではと考えた。
自分がこんなにも愛している正気ちゃんならあの世への道連れとしてふさわしい。
彼女を殺した後なら、きっと自分はためらいなく死を受け入れられるだろう。
そして今、吉田飛酔は準備を整えたドローンを遠隔操縦して操縦の練習をしているかのような動きをして本当の狙いを隠しながら隙を伺い、飛行機に閃歌の注意が向いている様子を見て、いけると判断しドローンを死角から近づけた。
射程距離まで近づくとドローンの下部が開き、違法改造によって機体内部に取り付けられた小型ボウガンから矢が発射された。
矢が狙い通りに閃歌の背中に突き刺さる寸前で、間に入った文太郎が口で矢をキャッチした。
文太郎はキャッチした矢をすぐに放り捨て、ドローンに視線を向けてくる。
閃歌は自分の背後で行われた事に気づかずに、まだ飛行機を見ている。
ドローンのカメラで、その一連の出来事を見た飛酔は驚愕した。
バカな、フリスビーじゃないんだぞ!
そんな簡単にキャッチできるはずがない。
第一、今の矢に対する対応は矢が放たれる前から、このドローンにボウガンが装備されている事に気付いていなければ無理なはずだ。
内部にボウガンが隠されている非発射時の状態のドローンを遠目に見て、分かるはずがない。
それとも、それを可能とするほどの鋭敏な五感と優れた知性に常軌を逸した運動神経を合わせ持つ犬という種族の中の天才だとでもいうのか。
ともかく、このドローンのボウガンは一回矢を発射すると人が手動で新しい矢をセットしない限り、次の矢を発射出来ない。
ここはドローンを帰還させて、その後じっくり次の襲撃計画を考える事にしよう。
そうして、飛酔のドローンは逃げるようにその場から去っていった。
住宅地に建つアパートの三階の窓が一つ開け放たれている。
その窓に向かって、ドローンが飛んで来る。
窓から部屋に入ったドローンは床に着陸する。
部屋の主である男‥‥‥吉田飛酔はドローンのコントローラーをドローンのカメラの映像を映していたモニターが置かれた机の上に置くと窓を閉じるために、窓に近づく。
その時、窓から何かが部屋に飛びこんできた。
それはさっき入ってきたドローンとは型が違うドローンだった。
飛酔のドローンは一機だけなので、このドローンは当然飛酔が知らない他人が操縦しているドローンだろう。
それも不法侵入を行うような危険人物のドローンである。
侵入してきたドローンは間髪入れずに機体下部を開き、そこから何かを飛酔に向けて発射する。
それは飛酔の肩に当たった。
見れば小さなトゲのような物が肩に刺さっており、そのトゲはドローン本体とワイヤーで繋がっている。
これはまさかテーザー銃か!
飛酔がそう思った次の瞬間にはワイヤーを伝って電撃が送り込まれ、飛酔の意識が刈り取られ仰向けに床に倒れこむ。
飛酔と床が激突した音が響く。
それに一瞬遅れてワイヤーがトゲごと巻き取られ、肩から外れたトゲがドローンの機体に収納される。
そうして飛酔を無力化したドローンは、次にこの部屋の玄関の方に向けて移動する。
今居るリビングは玄関と直接つながっていて、扉などで玄関へのルートが遮られていないため、そのまま問題無く玄関のドアの前までたどり着き、そしてドローンの側面部分がスライドし、そこからロボットアームが伸びてドアのチェーンを外しドアノブのツマミを回してドアのロックを外した。
「健悟さん。
ドアのロックを外しました。」
ドローンに内蔵されたスピーカーがこの場にいないドローンの操縦者の声を届ける。
その音声を聞いたドアの向こうのマッチョな男‥‥‥健悟はドアを開けて入って来る。
「住人を無力化し、玄関のロックの解除まで便利な物ですねドローンという物は。」
感心した様子でドローンを称賛する健悟の言葉にドローンの操縦者は、
「いいえ、全く便利ではありません。
この『窓から襲撃くん3号』は窓から侵入するというコンセプトにも関わらず、開け放たれている状態の窓でなければ侵入出来ず、窓が閉まっていたら何も出来ない。
さらに、ロボットアームで簡単なロックを解除できますが、扉を開閉するほどのパワーが無いので、窓から玄関までのルートが閉じた扉で遮られていれば当然玄関までたどり着けず味方の突入を補助できません。
つまり、『窓から襲撃くん3号』は限定的な状況でしか活躍できない。
控えめに言って失敗作です。
うう、こんな失敗作を作ってしまう私は正気ちゃんファンクラブのメカニック失格ですよね。
すいません。」
自分と自分の作品に否定的な言葉を並べ、落ち込んでいく。
この話題を振るのは不味かったかと健悟は思ったが、すぐにやってしまったものは仕方ない精一杯フォローしておくかと気持ちを切り替えた。
「万能な道具など無いから人は道具を使い分けるんですよ。
巧子さん。
仮に万能の道具を作れても、かかる費用がとんでもなく莫大だったりしたら、そんな物を運用するのは実質的には無理なわけですし、
限定的な状況で仕事ができるぐらいの性能があれば道具として合格点で良いと僕は思いますけど。」
「でも私、メカニックとしての腕だけじゃなくて、今日の正気ちゃんの見守り担当としても正気ちゃんが襲われた時に適切な対応ができずに文太郎くんに頼る形になっちゃって、
ファンクラブの会員番号9番を背負ってる資格が無いんじゃないかって思っちゃって。」
「大丈夫です巧子さん。
誰も一人に巧子さんにそこまで期待してません。
巧子さんが何かミスをしても文太郎くんがフォローして正気ちゃんを守る事前提で今日の配置を決めてるんで、もっと肩の力を抜いて見守り担当をやってもらう感じで問題無いです。」
「うう、やっぱり私は期待されて無いダメな奴なんだ。
ううう、もう死にたい。」
健悟は思った。
今日の僕の配置が決められた時にもっと異議申し立てをしておくべきだったかもしれない。
しかし、そんな後悔をいくらした所でどうにもならない。
慰めないとさらに面倒な落ち込み方をするから慰めるしかないんだよな。
そして、健悟は諦めの境地で巧子を慰めつつ、気絶した飛酔を処理係のもとに運ぶのだった。




