第一話 見守られる人気者
小説家でありながら、歌動画の配信者でもある狂人正気。
その中の人である大仏閃歌は現役の中学二年の女子中学生。
彼女はその人気ゆえに多くの者に狙われる。
このお話は彼女を見守る者たちの活躍を描いた日常の記録である。
可愛らしい内装の無人の部屋。
それは現実の部屋では無く、モデリングされたCGである。
その部屋を映した映像の端にはたくさんの視聴者のコメントが表示されては流れていく。
部屋の中の時計が8時を指すと、
「狂人正気の歌チャンネル~。」
派手なエフェクトと共に部屋の中にCGの少女が出現する。
デフォルメされた狼を模したフードを被ったその少女は決めポーズと決め台詞をキメていた。
『正気ちゃんキター』
『正気ちゃん狂おしいほど好き』
『正気ちゃんに会えた喜びでおかしくなる』
何種類かのコメントが流れていく。
いずれもこのチャンネルでお決まりの定型文である。
「マトモな君もマトモじゃない君もこんばんわ。
ある時は天才小説家、またある時はイケてる歌姫、その実態はみんなに娯楽を提供する事が大好きないかれた配信者、狂人正気だよ。」
狼フードの少女‥‥‥狂人正気は天真爛漫という言葉がふさわしい明るさで喋っている。
前置きはそこそこに視聴者が最も求めている事について口にする。
「今日の新しい歌は名付けて、少子化の歌。
けっこう自信作だから、みんなの期待を上回ると思うよ。」
『少子化の歌って何だろ』
『みんなの期待を上回るのはいつもの事』
『聴かせて聴かせて』
期待に満ちたコメントが重なっていく。
「それじゃあ歌うよ、少子化の歌。
ミュージックスタート。」
音楽が流れ始め、どこからともなく取り出したマイクを手に狂人正気が歌い始める。
「どんな人がムリ♪醜い人がムリ♪
いつまで経っても選ばれない♪醜い人たち♪
どんな人がムリ♪愚かな人がムリ♪
いつまで経っても選ばれない♪愚かな人たち♪」
それは斬新と呼ぶにはあまりにも残酷すぎる歌詞だった。
何より恐ろしいのはその残酷さが当たり前であるかのように受け入れられている事であろう。
歌が始まっても、狂人正気を批判するようなコメントは一切流れない。
「どんな人がムリ♪貧しい人がムリ♪
いつまで経っても選ばれない♪貧しい人たち♪
どんな人がムリ♪弱い人がムリ♪
いつまで経っても選ばれない♪弱い人たち♪
社会に出れば♪いろんな人がいる♪
世界を見れば♪いろんな人がいる♪
どんな人がムリ♪全ての人がムリ♪
誰もが誰も選ばない♪そうして滅ぶの♪
誰もが誰も選ばない♪そうして滅ぶの♪」
そうして歌が終わり、音楽がストップする。
「少子化の歌でした。
みんなは滅びないように、身近な人と仲良くしてね。
正気ちゃんとの約束だよ。」
『悪魔のように残酷な歌詞を天使のような美しい歌声で歌う正気ちゃんはまさに女神』
『隣人愛の大切さを説く正気ちゃんは聖女でしょ』
『ピュアジャスティスの新刊はまだですか』
視聴者たちの思いのこもったコメントが流れていく。
その後は過去の配信で歌った既存の歌の数々をリクエストに従って、歌っていった。
そうしているうちに配信終了の時間が近づき、
「今日はもうおしまいの時間だね。
次回に間に合うように新しい歌を考えておくね。
ピュアジャスティスの新刊は気長に待ってくれると嬉しいな。」
『ピュアジャスティスファンに悲報。新刊延期決定』
『ピュアジャスティスファンに慈悲は無い』
『正気ちゃん。そんな調子じゃ文豪王になれないよ』
小説家としての狂人正気の活動に言及するコメントが流れていく。
「それじゃあみんな、また今度ね。
バイバーイ。」
次の日の朝、住宅地の道路脇に停まっている黒いワゴン車。
その車内で二人の男が話をしていた。
「それで兄貴、正気ちゃんの中の人があの家に住んでいる事は確かなんすか。」
黒いワゴン車から少し離れた場所に建っている『大仏』と書かれた表札の家を見ながら、後部座席の男が運転席の男に問う。
「間違い無い。
心淵中学校二年の女子生徒、大仏閃歌。
ネットリテラシーが低いのか自分が狂人正気である事を周囲に公言していて、配信で初お披露目される前の正気ちゃんの歌を歌っている所を目撃している者が多数いる。
むしろ、俺らのモノにした後に常識を教える苦労を心配した方が良いかもな。」
運転席の男は懐から出した隠し撮りした大仏閃歌の写った写真を眺めながら、弟分に自信たっぷりな調子でそう言った。
「兄貴、正気ちゃんを拐った後は俺にも正気ちゃんで遊ばせてくれるっすよね?
一人占めしないっすよね?」
「俺とお前の仲だろ。
ちゃんとお前にも良い思いさせてやるよ。」
「流石兄貴、優しいっすね。」
兄貴分である運転席の男は笑みを浮かべながらも内心では弟分を切り捨てるつもりだった。
スムーズに拐うための人手として呼んだが、俺が正気ちゃんを独占する為に邪魔だからな。
正気ちゃんを拐った後でタイミングを見て、殺して適当な場所に埋めよう。
そして、その後に心置きなく正気ちゃんに俺の想いを刻んでやるのだ。
想像したら興奮してきた。
そんな事を考えていると、
コンコンコンと後部座席のドアを外側から叩く音がした。
驚いて二人がそちらを見ると、いつの間にかワゴン車の真横に一人の老婆が立っていてドアを叩いていた。
弟分がドアを開けて老婆に詰め寄る。
「何すか婆さん。
俺らになんか用でもあるんすか?」
「ここに車を止めてると近所の迷惑になるので移動して貰えませんかね。」
老婆は男を恐れる様子を見せずに要求を伝える。
「婆さん。
どこに停めてようが俺らの勝手だろ。
痛い目にあいたくなきゃ回れ右して家に帰りな。」
警察を呼ばれてもその前に正気ちゃんを拐って、トンズラすれば良い。
正気ちゃんが登校するために家から出てくる時間までもうすぐだ。
この婆さんをすぐに追い払えば何も問題無い。
そう考えていた弟分の男の首筋にスタンガンが叩きつけられた。
「ぐっ‥‥‥」
老婆が男の一瞬の隙をついて、信じられないほど機敏な動きで袖口から出したスタンガンを叩きつけたのだ。
弟分の男が道路に倒れるよりも速く、流れるような動きで老婆は開けたままになっていたドアからワゴン車の中に踏み込み、運転席の男にもスタンガンを叩きつける。
「がっ‥‥‥」
二人の男は何が起こったのか理解する間もなく、意識を刈り取られた。
「縄に正気ちゃんのリアルの写真。
正気ちゃんを拐う気だったと見て間違い無いね。」
後部座席にあった人間を拘束するために用意されたであろう縄の束といくつかの使いやすい長さに切り取られた縄の切れ端。
運転席の男が落とした写真。
それらを見て、老婆はやっぱりとでも言いたげにつぶやく。
「この私。
正気ちゃんファンクラブ会員No.11、
早乙女都芽の目の黒いうちは正気ちゃんを拐かそうなんて輩の好きにはさせないよ。」
狂人正気を推している老婆‥‥‥都芽は世界そのものに宣言するかのようにそう言い放ちワゴン車から外に出る。
道路の向こうからマッチョな男がワゴン車を目指して歩いてくる所だった。
「健悟さん。
こいつらは黒で間違いないよ。」
マッチョな男‥‥‥健悟は都芽のその声を受けて、こういう場合の決まり文句を口にする。
「じゃあ僕が処理係さんの所まで運びますよ。」
「いつもすまないね。」
「僕は荒事だとやりすぎちゃうので、適材適所ですよ。」
そう言うと健悟は二人の男を手際よく拘束して後部座席に押し込み、兄貴分の男のポケットから車のキーを取り出して、そのままワゴン車を運転してこの場から立ち去っていったのだった。
狂人正気の中の人である大仏閃歌が自宅の玄関のドアを開けて、中学校への道のりを歩き始める。
「いってきまーす。」
ストレートの黒髪が心淵中学の制服とマッチしてとても美少女的な雰囲気が出ている。
歩き始めて、すぐにゴミ捨てのためにゴミ袋を持って、ゴミ捨て場に向かって歩いている老婆‥‥‥早乙女都芽さんを見つけて挨拶をする。
「おはようございます都芽さん。
今日もいつも通り平和だね。」
「おはよう閃歌ちゃん。
平和すぎて張り合いがないくらいだよ。」
「きっと平和って口でいうほど簡単ではないんだと思うんだ。
だからこそ、こんなにも平和は尊いんだろうね。」
「平和は全ての問題を解決してはくれないけどね。」
「流石は都芽さん。
解ってるね。」
そうして二人は笑いあう。
ついさっき近所で荒事があったと思えないほど、澄んだきれいな青空が広がっている。
そんな朝だった。
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劇中作紹介コーナー
純善戦姫ピュアジャスティス‥‥‥‥狂人正気が書いたライトノベル。あらすじは、地球に迫る異次元からの侵略者『マリスター帝国』、人類の危機に純善戦姫ピュアジャスティスが立ち向かうというもの。
この話を読んだ人のほとんどは、
『皇帝陛下はクズだけどかわいそう』
『皇帝陛下の能力はピュアジャスティス相手だと実質デバフ』
『皇帝陛下の視点の時が、一番おもしろい』
という感じの感想を持つようになるそんな小説。




