制御は死を覚悟せよ
「ごめんなさい、無理なんです。あなたの傷が酷すぎて治療に集中するあまり、私がそちらにかける魔法が強くなりすぎて制御が難しく…」
「うっ、けほっ!ちょっ、ちょっと待て。それって、今までにも、そういうこと、あった?」
「う……はい」
「つまり、あんた、って……」
「そうです……暴走体質なんですっ!ごめんなさい!」
「それを、先に言え!!」
息も絶え絶えの窿太郎にごめんなさい、ごめんなさい、とひたすら繰り返す少女が取り乱す。
しかし、そのたびに静電気がより強烈なものへと増大していった。
その火花が皮膚へと当たるたびにピリッという刺激が加わる。
ちょっと、待って、ほんと。
落ち着いてくれ。
いつ爆発するかわからない爆弾を抱えている様でヒヤリとするが。
とにかく、感情の起伏と連動するように火花が悪化していくので、落ち着かせるのに必死になった。
止まれ止まれ止まれ、と呪文の様に繰り返している少女の両手首を掴んで意識をこっちに持って来させる。
危険は承知の上だ。
少女はハッとした表情で窿太郎を見つめる。
その目は涙で揺れていた。
「鳴海たちと、の、考察で、考えるなら!っけほ!治癒は、魔力、譲渡のことだ。だから、あんたの、魔法の大きさの分、俺の魔力も、増大しているはずだ。はぁ、はっ。だから、段階を踏んで、小さくして、いく、から。合わせていって欲しい」
「ナルミ?……とはなんでしょうか?」
「それは、今どうでもいい!早く。このまま、じゃ、お互い体が、壊れそうだ」
「は、はい」
汗が止まらない。
指先も震えているが、それが少女に危機感を与えたのだろうか。
本気で倒れそうな顔色をしている少女は、力強く頷いた。
そして、窿太郎は、吐き気よりも魔力の方へと意識を集中する様に、深呼吸をする。
「いいか?けほっ。一段、抑えるから、合わせて」
「が、頑張ります」
「頑張る、んじゃなく、やるんだ!うっ!……できなければ、どちらとも、死ぬと、思え!」
「は、はい!」
声が裏返る少女に、厳しくはあるが死を匂わせる。
できるだけ低い声で真剣に話しかける様努めた。
少女が深呼吸をして目を閉じたのを見て、窿太郎も魔力を下げるため視界を遮断する。
意識を体の中に向けると、何かが引っかかる。
いや、もうこの際、なぜ分かるのかとかいう疑問は放っておく。
だが、予め、鳴海や皆高に魔力について享受しておいて良かったと、今心から感じていた。
そのお陰で、魔力を感じる抵抗が無かったのかもしれない。
ここにきて初めて、魔力の流れを本格的に感じたが、気を感じるための瞑想に入っているような感覚だ。
窿太郎は、今まで魔力量が少なすぎた事で感知すらできなかった自分の魔力を、ハッキリと感じることが出来ていた。
頭のてっぺんから足の指先まで流れている何か、水よりも重く、血よりも軽い流れのものが体を駆け巡る感覚は慣れないとむず痒い。
それが少女の手を介して適度を超えた治癒魔法が入ってきて自分の魔力へと変化しているのを感じた。
というか、見えた。
第三者の視点を借りて自分の中身を見ているみたいに。
しかし、元々、窿太郎の魔力量の許容範囲はコップ1杯分よりも少ない。
治癒によって、コップよりそれが溢れかえってしまったことが体調不良の原因だろう。
要は、極度な過食と同じだ。
だが、魔力の場合、増えすぎると器が壊れる。
つまり、体の機能がショートして死に至るという訳だ。
まず、傷口から体内に入ってこようとする少女の魔力を抑えるために、窿太郎自身の魔力の流れを少し抑えた。
高速道路で120キロ出していたブレーキの効かない車が、道路の壁に側面を擦り付けて速度を落とすように。
だが、その摩擦によりさらに吐き気が高まる。
「っうぅ……」
顔を真っ青にしながら、窿太郎は耐える。
流れに乗れなかった少女の魔力の大半が弾かれて外気へと流れていってしまったため、同じように抑えさせる。
「俺のを、少し抑えたから、……あんたも下げて」
「ど、どうやって……」
「どう、って。はっ、はぁ。やったこと、ないのか」
「お、抑えられたことなかったから」
「……そっか。じゃぁ、車を、想像して」
「クルマ?」
しまった。
こっちの世界に車はなかったのを失念していた。
「……間違えた。さっきの、ランプ、想像して」
「は、はい」
「何かを、押して作動、してた、よな?」
「はい。あれは特注品ですが、突起部分のレバーを下ろしたら容器内にある魔石の魔力を火魔法魔石が吸い上げて着火できるんです」
「着火した、火、がこの、治癒魔法だとして、その火を、抑えるには?」
「レバーの反対側面にネジがあるので、それを絞って魔力の吸い上げを弱くします」
「そう。魔力が、多いから、火が大きくなるんだ。その、ネジ、みたいに、あんたの、魔力を絞ればいいんだよ」
「で、でもそれができなくて……魔石もないし……」
……そうか。
暴走はそのネジが壊れているから暴走なんだった。
ネジの代わりになるものは、他にないか。
でも、そのネジ役は確か、少女が唱えていた呪文のようなものが担っているはずなのだ。
その呪文に合った魔法が最初は発動していたのだろう。
それが魔法陣とかだったら、書き換えとかして絞れるんだけど。
呪文はどうやって絞れるのか。
効果を薄められるんだろうか。
「あの、さ。治癒魔法を、使う時に呪文、を言ってたみたい、だけど」
「演唱ですか?」
「そう。それって、一部省略、するとどうなる?」
「どうって……その魔法は中断されます。だから簡約化は許されてな……え、まさか」
「それだ。省略して、言って見て」
「で、でも。それじゃぁ、魔力をそもそも抑えたことにはならないんじゃ…」
「魔法の、大きさは、体を駆け巡る速さ、が、尋常じゃなく、速くなって、増大するって、事だ。だから、上乗せの魔法で、魔法を、書き換えれば、つっかえて、魔力にも、ブレーキが、かかるんじゃ、ないかな」
「な、なるほど」
「わかって、る?」
「も、もも、もちろんです!」
「……そっ、か。とりあえず、演唱を、最初の魔法に上乗せ、する要領で、簡略化して」
「はい」
そう言って、少女が先ほど魔法をかけた部分に重ねて、より短めの演唱を終えると。
手から出ている光は今までよりも薄く感じられた。
それにより、窿太郎の方に入ってくる魔力も少しだけ小さくなったような気がする。
先程よりも緩やかな流れに安堵した窿太郎は、ほぅ、と息を漏らす。
胃の締め付けがマシになったようだ。
だが魔力過多はまだ収まらない。
魔力は消費しないと減らないようなので、初級魔法で発散させた。
まぁ、失敗して弾かれたんだけどね。
静電気のようなピリッとした刺激が指先に訪れたと同時。
コップ1杯分しか魔力の無かった窿太郎は、今度は魔力欠陥で力が頭痛と吐き気に襲われた。
しかし、もともとの窿太郎の魔力量を知らない少女は傷の痛みだと勘違いしたのか、早急に治癒を施した。
それが、初級のものだとしても、窿太郎にはまた魔力過多に陥らせるだけだった。
それによる吐き気、また魔力を発散させて魔力欠陥による頭痛。
それを何度も繰り返してようやく治癒は終わった。
少女は成功した事で自信が付いたのか、それを繰り返すたびに落ち着きを取り戻していた。
が。
窿太郎にとっては、そのサイクルは地獄以外の何物でもない責苦であり、少女とは正反対に気力を失っていた。
「ありがとうございます!抑えられたのなんて、初めてで、私…」
「い、いいよ。直してもらった、お礼だと思ってくれれば。……さっきので、腹の怪我もほとんど治ってるし」
顔が真っ青でも、表情を取り作れば暗闇のおかげか、少女は納得してくれた。
「あ、でも。まだ足が」
「はぇっ!?」
あの苦痛をまた味わわなければならないと宣告された言葉に、情けない声が出てしまった。
「あ……」
しかし、何を思ったのか、少女は返事をすることを躊躇っているようだ。
でも、怪我人を放っておくわけにはいかないという気持ちから断ることもできない。
板挟み状態で焦っている少女に、不憫さを感じて、自分の痛みを押し殺して声をかける。
「じゃあ、初級魔法の治癒ならなんとかなると思う。それでお願いできるかな?それに、美人さんに治療をしてもらって嬉しくない男はいないから」
窿太郎は、そう言って今までずっと掴んでいた、ポカンとした少女の手首を離す。
微笑を浮かべる窿太郎は、その反対に内心では荒れまくっていた。
うおぉぉぉぉぉぉ!!
何だ今のは!
いくら説得させるためとはいえ、恥ずかしい!
自分の口からあんな言葉が出るなんて!!
悠真の落とし文句を真似てはみたものの、砂糖を吐きそうになる窿太郎であった。
一方、少女は目をまん丸に開いた後、ぱちぱちと瞬きをして赤面しだした。
言われ慣れていないのかな、と思ったが。
この少女は身なりから貴族っぽいし、こういう声掛けは失礼な行為だったのかもしれない。
だが、はにかんだ表情の少女はどこか嬉しそうで。
元気よく治癒を再開してくれた。
そして、窿太郎はその貼り付けた笑顔の裏に、あの地獄をまた味わう覚悟を決めたのだ。
「あ、自己紹介がまだでした。私はマリー=オリヴィエと言います。よろしくお願いしますね!」
「霳太郎。リュウって呼ばれてる。こちらこそよろしく」