真白
蓮華目線です。
「ふざけんじゃないわよっ!!」
腹の底から絞り出すような声なんて、窿にずっと当ててきたから慣れてはいる。
だけど、窿と違うこの世界の奴らなんかに心を許した覚えはない。
「レンカ!落ち着け」
「落ち着けってなによ!あいつらが窿を見殺しにしたのに!」
今朝、城内が騒がしくなった。
第三皇子率いる騎士達が帰ってきたのだ。
だけど、そこから帰ってきた生徒はたったの3人だった。
その3人は突然才能が開花して、騎士達と合流できたらしい。
その中に窿はいなかった。
クレバスに落ちた痕跡から、遭難ののち穴に落ちたのだろうと。
そう、王子は言った。
「助けることができなかった・・・。魔獣にパニックになった彼らが遭難してから三日が経ったんだ、どれだけ探しても見つけることは不可能だった・・・無念だ」
などとほざいたのだ。
許せるわけがない。
何のための騎士だ。
何のための訓練だったのだ。
訓練っていうのは、監督下の安全の下に行われるものであって危険を予測するのが責任者の仕事でもある。
それを生徒が勝手にはぐれて無念?
ふざけるんじゃない。
「ここの奴らは情ってものがないの!?」
バリンッ!
テーブルの上に出されていた、貴族用にあしらわれた高価な紅茶のカップを、悠真を振り払った際にぶつけて割ってしまう。
「くーちゃん、騒がないでくださいっ。ここで問題を起こせば天野っちがしてきた努力が無駄になるんですよ!」
邪魔だった悠真を押しのけて、扉に手をかける。
なによ。
これ以上根性が腐った奴らにこれ以上こっちが我慢する理由なんてなのに。
そう思っていた。
それでも、扉を開けようとする私の腕を鳴海が抑えて、絞り出すような声で止めた。
その言葉に私の頭は一瞬固まる。
「アイツの努力?」
私の腕から力が抜けたことに安堵したのか、振り返れば鳴海がため息をついていた。
失礼ね。
私はそんなに凶暴じゃないわよ。
まあ、おかげで視界が広くなった気がするけど。
「ちゃんと説明しなさいよ。なにを隠してたの」
「それは俺も聴きたいな。あいつは今回はなにをしでかしたんだ?」
「オレもオレも!」
皆高・・・いたのね。
手を勢いよく挙げた彼を一斉に見た全員の心が一致した瞬間だった。
その視線に皆高がショゲていたので、そっとしておこう。
鳴海はこちらの世界に来てから、彼女と霳太郎が影でなにをして来たのかを話した。
鳴海がスキルを使ってこっそり情報を集めていたこと。
騎士や魔導士の動きを観察していたこと。
ここの奴らが生徒たちを利用しようとして奴隷化させようとしていたこと。
霳太郎が人質を取られずにここから逃げ出す方法を考えていたこと。
全部。
「処分ってなによ・・・」
森や今回の登山の訓練は、役立たずを処分するためだってことも含めて。
鳴海は限界まで話した。
今まで話せなかったのは、どこに目や耳があるかわからなかったから。
紙や証拠が残る何かでやり取りするには、危険が伴ったのだ。
現在も従者などが忍んでるかもしれないが、それは鳴海の闇魔法である隠蔽で防音膜を張っているから大丈夫らしい。
今更このメンバーで話していることがバレたとしても、友達の死を労っているだけだと勘違いしてくれるだろう。
と言うのも、彼女の推論だ。
便利なスキルね。
それにしても、鳴海たちが得た情報は私が想像していた以上に最悪のものだった。
「だからこそのレベル分けだったのか」
悠真が何か納得したように頷くけど、何でそんなに冷静なの。
私は今にも騎士達に殴りかかりたい衝動を抑えるのに必死なのに。
・・・こんなこと言ったら、アイツに暴力反対!って言われそうね。
顔を思い出しながらため息を吐くと、騎士達の言葉を思い出した。
「てことは。騎士が言ってた遭難って・・・」
「嘘でしょうね〜」
「殺す」
「だ〜か〜ら〜」
ずっと立ち上がるのを、またも鳴海が制する。
いい加減、1人くらい殺っちゃってもいいんじゃないかしら?
蓮華はその育ちから情を持ち、それ故に権力や金の事しか考えない人間が大嫌いだったのだ。
「ダメです〜。天野っちが最低ランクだった理由知ってますか??」
「なによ。そんなの魔力の問題でしょ。鳴海までアイツを弱いって言うの?」
「違いますよ〜。だって、天野っち、わざと最低レベルに見えるようにしてたんですから」
「は?」
ていうか、なんであなたがドヤ顔してるの。
「確かに天野っちがどの魔法を使えるのかは分かりませんが一度も失敗なんて見た事ないですよ〜」
失敗すればその反動で少なくとも破裂音がなるのに、霳太郎が演唱しても何も起こらなかったという。
「それって、どういう意味よ」
「つまり、何らかの方法で演唱を中断していたということですよ〜」
「なんで?」
「そりゃ、最後までいくと成功するって知ってたからじゃないですかね〜?くーちゃんが、魔導士に診てもらう前に天野っちに演唱方法教えてましたよね?」
「あ」
確かに教えた。
どうやって見分けるのか、テストをするのかを聞かれたから。
馬鹿正直に演唱を唱えて見せたのだ。
そしてその場で火の魔法を発動させた。
だが、蓮華は初めに魔導士から聞いた言葉を思い出す。
「でも、普通は魔法陣が無いと唱えても無駄だって……」
「くーちゃんは出来てますよね〜?」
「それは、悠真だって!上級クラスのみんなは出来るわよ!なのに」
「なのに?」
あれ?
蓮華の疑問に気がついたのか。
鳴海がニヤリと笑う。
そう。
ここに居る全員は魔法陣無しでも演唱さえすれば魔法は使えるのだ。
中には無演唱という固有スキルを持つ生徒もいる。
だが、中級クラスの子達からそんなことが出来るとはは聞いたことがない。
むしろ、より大きな魔法陣を用いたことに誇りを持っていたようだった。
「ってことは……アイツも本来なら上級クラスの人間?」
「って事になりますね〜」
鳴海が嬉しそうに頷く。
悠真は最初からわかっていたのか、肩をすくめるだけで何も言わない。
「なによ、悠真も知ってたわけ?」
「以前、高嶺先輩に窿の魔力量を調べてもらったんだ。ほら、彼女は鑑定眼が使えるから」
「……それで?」
「窿の魔力量は赤ちゃんレベルって言われてたよ」
「ぷふふっ!一般市民以下ですね〜」
「はぁ?なら、魔法が使えなくて当然じゃない!4大魔法は魔力量に比例してるんでしょ!?」
「そう。だから、皆、魔力量が少なすぎて失敗の反動すら無かったんだと思い込んでたんだよ。勝手にね」
「でも、おかしいんですよね〜」
「だから、何がよ!!」
いい加減、出し惜しみをしている2人に苛立ちが募る。
アイツのことを何にもわかって無かった自分にすら腹立たしいというのに。
腸が煮えくり返りそうに捩れている感覚に吐き気を覚えながら、爆発して吠える。
「早く言いなさいよ!」
すると、鳴海はおちゃらけた薄ら笑いを取り去った。
「普通はですね。赤ちゃんが魔法を行使すると、死ぬらしいんです」
「は?」
蓮華は、鳴海がなんの話しをしているのか、全くわからなかった。
しかし、彼女は真剣な表情で蓮華を見つめ返す。
「魔法は、その者の持つ魔力を適量使って具現化できます。例えば、初級魔法ならコップ1杯分の魔力量、中級魔法ならその3倍、上級魔法ならさらにその5倍。という風に」
「だから、魔力量がコップ1杯分にも満たないほど少ないとすると、行使するはずの魔法が具現化する前に魔力が空っぽになるんだ」
「そして、魔力がなくなると、今度は生命力を削り出すんです。それは、とてつもなく激しい痛みが伴うそうですよ?」
「生命力は魔力と異なり回復しない。それを無視して使い続けると、死に至るという訳だ」
鳴海と悠真の説明は、ほぼ無機質なものだった。
「あ、赤ちゃんは生命力が乏しいから死んじゃうのは分かるわ。でも!窿は10年以上の生命力があるじゃない!それに、痛みが伴うなら…………はっ!」
蓮華は、自分の言葉で矛盾点に気がついた。
生命力を削ってでも行使する魔法は、痛みを伴う。
それに、鳴海は『とてつもなく激しい痛み』と言った。
その痛みを、窿太郎は1度として訴えたことは無い。
「で、でも、痛みを我慢してた、可能性も……」
「それは有り得ません。その痛みで魔法具現化の直後にショック死、または気絶するほどの痛みが襲うと本では書いてありました。それに、普通は生命力を削る前に魔力が空になった瞬間、気を失うらしいです。自己防衛が無意識に働くんでしょうね。これはセイ=ガーナンドにも確認は取ってあります」
「なら、どうやって……」
「そう、そこなんだよ。鳴海ですら答えは分からなかった。窿がどうやって魔法を中断していたのか」
鳴海によれば、セイ=ガーナンドの目の前で魔法テストをした際は、ハッキリと演唱をしていた。
しかし、千里のように弾かれた訳でもなく、ただただ何も起こらなかったらしい。
だが、それはありえないのだ。
成功して発動するか。
失敗してバシンッと弾かれるか。
生命力をも削って痛みに倒れるか。
高嶺先輩もセイ=ガーナンドの観察眼も一致していた。
窿の魔力量は一般市民より低い。
「その中断方法だけは、天野っちも教えてくれなかったんですけどね〜」
いつもの、へらりとした表現に戻った鳴海がお手上げ、と言うように肩をすくめる。
中断は、普通、演唱の中止、魔法陣を破る、魔力切れしか知られていない。
「天野っちの固有スキルと関係があるんだと思いますよ〜。念入りな計画ですよね〜。こんなに前から先手を打っていたとは思いませんでした〜。それに、剣技のクラスでも手馴れてる感がありましたしね〜」
本当はかなり強いんじゃないですかね、と鳴海が含んだ笑いで悠真を見上げた。
?
なんでそっちを見るのか分からないけど、悠真も目をそらしていた。
その雰囲気に耐えきれずに私は口を挟んだ。
「なによ、また隠し事?」
「私には分かりかねますね〜。でも、天野っち、魔法レベル判別の時わざと低レベルに行ってたので、力を隠してたのは確かですよ〜」
能天気に残った紅茶を入れて飲み始めた鳴海。
その余裕が少し羨ましかった。
蓮華は体術には自信があるが、反面あまり深くは考えない性格だったのだ。
「それはさっき聞いたからわかったけど。何でそんなことするのよ。素直に上のレベル行っておけば今回の登山だって・・・」
俯いて割れた陶器を見つめる。
反論が来るかも、と思ったけどそれは意外なところからだった。
「じゃあ、スズはどうなるんだよ?」
声を上げたのは皆高だった。
「スズ・・・?」
「オレらが森で会った1コ下の涼倉深涼、っていうらしいぜ。アイツ、森ん中で囮にされそうになってたから助けたんだ。それからは一緒に行動してた」
「まさかその子のレベルって」
「“1”ですね〜」
まさか、そのスズって子を1人にしないために登山に行ったの・・・?
「なんで」
「あの夕食での自己紹介の際、レベルが1なのは彼と天野っちだけでしたしね〜」
「それに、初めは千里もレベル1だと思われてたみたいだし」
「霳はその涼倉くんを昔から知ってたみたいだよ。だから……」
だから、見捨てられなかった?
「霳らしいよね」
「バカじゃないの、そんなんで自分が死んでたら意味ないじゃない」
「たとえ蓮華が霳の立場だったら、同じように守ったんじゃないかい?」
そうだとしても、私はレベルを偽るっていう考えはしなかったと思う。
影から支えるんじゃなくて、正面からぶつかったほうが性に合ってるから。
でも、他人のこと言えないじゃない。
「悠真こそ」
せめてもの反撃に投げかけたら、悠真はただ苦笑しただけだった。
お通夜みたいな雰囲気の部屋に居るのも辛くて、早々に自室へ戻った。
途中で側仕えの人がやたらと構ってきたけど、丁寧に対応する気力もなくて適当にあしらっとく。
ボスッと枕に顔を埋めた。
天蓋付きのベッドは高級で、何人寝れるんだってくらい広い。
そんな中一人でいるのが寂しいなんて、この時ほど思ったことないんじゃない?
と思えるくらい人肌が恋しくなった。
泣けなかったのは実感がなかったから。
悼むよりも怒りの方が強かったから。
アイツならひょっこりまた帰ってくるんじゃないか、って・・・。
この部屋。
こんなに暗かったっけ・・・?