1話「はじまり」
三人姉妹の長女で、姉妹の中で唯一珍しい青い髪を持って生まれた私アズリーは、まだ幼い頃に女神の力をその身に宿したいわゆる『聖女』である可能性が指摘された。
だがすぐにどうということはなくて。
いたって普通の娘として家で育った。
ただ、周囲からは異端だと思われている部分は少なくないため、仲良くしてくれる人は限られていた。
父は次女と三女ばかり可愛がっていた。
母は表向きには三人ともを可愛がっているように見せてはいたものの裏では私に対してことあるごとに嫌みを言ってきていた。
ただ、そんな私にも婚約者はいて、バーンという二つ年上の青年だったのだけれど――その関係も穏やかそのものではなく。
「アズリー、悪いが君との婚約は破棄とさせてもらうことにしたよ」
ある夏の日。
当たり前のように告げられてしまった。
「君は聖女だと言うが、結局は普通でない女ということ、つまり魔女だろ?」
「違います」
「否定しても無駄だよ。僕はすべてを知っているからね。聖女なんて聞こえがいいようにしているだけ、所詮呪われの女」
バーンはこちらを見下しているような目つきで笑う。
「僕の妻には相応しくない」
ああ、そうか、彼は私から離れたいんだ……。
表情を見ればすぐに分かった。理由なんてどうでもいいのだ、多分。私と結ばれることが嫌、それがすべてなのだろう。普通じゃないとか魔女だとかそんなことをあれこれ言っているのは後付け。
「じゃあ、そういうことだから」
「本気で仰っているのですか?」
「もちろん。本気だよ。こんなややこしい嘘をつく人間なんていないよ。……そんなことも分からないなんて馬鹿だね」
バーンは心ない言葉を吐き出して去っていった。
その後バーンが浮気していたことが発覚。
ある時酒場で知り合った女性と親しくしていたそうで、バーンは、私との婚約を破棄した直後その女性と婚約した。
複雑な心情で迎えた夜、窓辺に佇み夜空を見上げる。黒く塗り潰したような空には無数の星が煌めいていて。多数の宝石をつけた高級な漆黒のドレスを眺めているかのよう。
そんな時だった。
『悲しんでいるのですね』
背後に半透明の女性が立っていた。
「え……」
『恐れることはありません。私は女神。貴女を護っています』
お化けかと思ったがそうではないようだ。
『貴女を傷つける者を私は許しません。ですから安心して。貴女を傷つけた者たちにはやがて天罰が下るでしょう』
「何を言って……いるのですか」
『今はまだ分からないかもしれませんね。でも事実なのですよ。女神は無礼者には厳しいものなのです』
「そう、ですか……」
『貴女は安心して進んでください。大丈夫、今は辛くとも、必ず希望に巡り会う日が訪れますから』
半透明の女性はそこまで言いきるとふわりと消えた。
(な、何だったの……?)
そんな思いだけが胸に残った。
――数日後の朝、バーンの訃報が耳に飛び込んできた。
バーンと婚約者の女性は一緒にお出掛けしていた際に食べた料理が腐っていたために体調を崩しそのまま命を失ってしまったそうだ。
婚約者を切り捨ててでも手に入れたかった女性と婚約できて、バーンはきっと幸せだっただろう。しかしその幸せは長くは続かなかった。最高の未来へと続くはずの道には大きな落とし穴があって。彼らはその穴に落ちてしまった。
旅行先で食あたり、というだけでも不運なのに、しかも命を落としてしまうとは……なんとも恐ろしい話だ。
だが同情はしない。
なぜなら彼は心ない人だったから。
『聖女なんて聞こえがいいようにしているだけ、所詮呪われの女』
彼からかけられた心ない言葉を思い出せば。
『……そんなことも分からないなんて馬鹿だね』
同情する気持ちは溶けてなくなる。
バーンがどうなろうが知ったことではない。その道を選んだのは彼自身なのだから、どんな結末が待っていたとしても自業自得。たとえそれが破滅でも。
「……さよなら、バーン」
彼はこの世界から消えた。
もう彼と会うことはない。
ならば私もいつまでも彼という存在に縛られている必要はないだろう。
もう少し、諦めず頑張ってみようと思う。




