第12話「健也とおじさん」
時々、この作品の名前を忘れる時がございます。
疲れた。
荒蒔 健也が真っ先に思った事がこれだ。
毎朝三人の女子高生が自分のアパートにやってくる。
そして、どれだけ残業とかで遅くなっても毎晩三人の女子高生が自分の帰りを待っていてくれている。
正直うんざりしていた。
仕事で疲れているのに、ほぼ毎日朝と晩会いに来る。
女子高生が大好きな人にとっては嬉しいシチュエーションかもしれないが、何度も言おう。
「俺は女子高生に興味がねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
だが、基本お人好しである健也は、彼女達を傷付ける事を恐れて追い出す事ができず、毎日悩み続けていた。
〇 〇 〇
「おーい荒蒔、社長がお呼びだぞー」
「はーい、この仕事が終わったら行きます」
健也が勤めてる会社では、一ヶ月に一回はここの社長に健也だけ呼び出されるのだ。
別に仕事でミスしたとかでも、何か新しい事を頼むわけでもなく、単に彼の様子を知りたいがために健也を仕事中に呼び出すのだ。
「……ねぇ周防君」
「なんだ心城」
「僕ここに入社してまだ半年ですけど、なんで荒蒔君はいつも社長に呼び出されるんだい?」
「あーお前知らなかったのか? 荒蒔とうちの社長は親戚同士なんだよ。荒蒔をここに入社させたのも社長本人らしくてな、仕事が嫌になっていないか心配で月に一回は様子を伺っているって訳だよ」
「ふーん、親戚、ですか」
〇 〇 〇
健也は社長室の前に来て、その扉をノックした。
「おぅ、入れやぁ」
とても低い声が扉の向こうから聞こえてきたのを確認してから、健也は扉を開けた。
「失礼します」
「健也ぁ、別にそないに堅苦しくせんでえぇで、ワイとお前の仲やろがぁ」
「……そうだねおじさん」
中に入ると、机の向こうに社長が座るような椅子に腰掛けた12歳ぐらいの小柄で中性的な顔立ちの美少年が高級そうなスーツを着こなして鎮座していた。
「お前がここに入社してから早三年。どや? 仕事には慣れたか?」
「うん、お陰様でね。おじさんには感謝してるよ」
とても見た目からでは想像できないくらいのドスの利いた声と喋り方で話すこの少年こそがここの社長。
遮光器通信工業株式会社代表取締役社長
『荒捜 意志男』
信じられないが実年齢は46歳である。よく見た目詐欺だと言われる。
今風に言えば合法ショタだ。
だが、いくら外見が美少年でも、声が低すぎてがっかりする人も居るそうだ。
「仕事の方は順調で良かったわぁ。んで、一つ聞きてぇ事があるんだけどよぉ」
「何?」
「お前ぇ、今三人の娘に言い寄られとるようやのぉ」
「ぶほぉ!?」
今はその話をしたくなかったのに……。
会社ではあの三人の事を親戚の子だと嘘をついているが、本当の親戚である荒捜おじさんには当然のごとく見抜かれていた。
「な、なんで言い寄られてると判ったの?」
「この前の窓ガラス乱入事件の時に現れた三人の娘の事が気になってのぉ、部下を使って調べさせたら中々おもろい状況になっとるやないかい。それにおめぇもまだまだ若いけぇのぉ、女選べる時はぁ、しっかり決めて身ぃ固めとけやぁ」
全てお見通し、このおじさんを前にして隠し事は通用しないのかもしれない。
それでも健也は全力で否定した。
「いやおじさん! 別にあの子達はそんなんじゃないから! 単に俺の事を慕ってるだけで、別に結婚したいとか……じゃないから………」
「あぁ? なんだおめぇ、あないにべっぴんな娘っ子どもに囲まれて何も感じんのか? はぁ、これだから童貞はあかんのぉ」
童貞は関係ない……と、言いたいところだが、今まで一度も恋愛経験がないせいで、彼女達を異性として意識するのは難しく感じているの事実だ。
「やれやれ、ワイなんか高校生の頃は六人の女と同時に交際してた時があったでぇ」
「え!? おじさん六股してたの?」
「おぅ、やけどな、最後には六股してるのがバレて六人全員に囲まれてワイをナイフと包丁で滅多刺しにしやがったんやぁ」
まさかの衝撃の事実。あまりにも修羅場すぎるおじさんの過去に驚愕してしまう健也。
「おじさんよく生き残ったね……」
「凄いやろ? ワイは不死身やからな……と言いたいところやが、あの時はマジで生死の境を彷徨ってもう駄目やと思うとったが、瀕死の状態のワイを救ってくれたのが姉貴、つまりお前の母親や」
話によると、おじさんの双子の姉である健也の母『荒蒔 火盧理』が偶然現場に通りかかって、弟であるおじさんを抱えて病院まで運んだらしい。
それが30年前の話で、この一件で懲りたおじさんは28歳の時にその六人とは別の人と結婚して、一人の女性を愛するように誓ったそうだ。
「まぁ、ワイがモテすぎたのも原因やけどな、そんなワイからお前に一つ助言しといたるわぁ」
健也は固唾を飲んでおじさんの助言を聞くことにした。
「選ぶんやったら女は一人だけにせぇ、複数の女と付き合えば、必ずどこかで嫉妬や憎しみが生まれ、最後にはワイみたいに滅多刺しの未来が待っとるけぇのぉ」
「き、肝に銘じておくよ……」
おじさんの話を聞いて、それが他人事とは思えなくてしょうがなかった。あの三人の愛情は本物だ。
十年前の約束が嘘だったとは言え、実質健也は三股してしまったようなものなのだ。
あの三人の中から一人選ぶ。おじさんみたいに全員と交際する道を選んだら男女間のトラブルの果てに何かしらの事件に発展する可能性だってある。
なのでここはきっぱりと一人を選択すべき……なんだけど。
どうしてもまだあの子達を異性として見れない。
いくら三人とも可愛いとは言え、それだけで選んでしまうと後々後悔しそうな気がする。
「まぁ、なんや、お前がどーしても選べんゆうなら、ワイが女紹介したろうか?」
「……いや、それは駄目だ。そんなことしたら彼女達を傷付け、いたっ!?」
健也がいつまでもうじうじした態度にイラついたのか、おじさんは健也の額にボールペンを投げ付けた。
「おい健也ぁ、お前のそれは偽善や、自分も他人も傷付けたくない、優柔不断のくそったれな思考や、このままうじうじダラダラと返事を長引かせる事の方がよっぽど酷いと思わんか? 思えんのやったらお前の腹に一発キメてやるけぇのぉ」
この外見からでは想像できないが、おじさんのパンチは一撃で骨を砕けるくらいの威力があるから冗談であっても勘弁してほしい。
「いやおじさん! 暴力よくない! ちゃんと思ってるから!」
「……ならええ、さっさとあの三人の中から選ぶか、もしくは他の女選ぶか、男らしく決めぇやぁ」
なんで自分が誰かと結婚するような流れになってるんだろ?
そう思っている時に、おじさんは時計を見てそろそろかと思って健也に仕事に戻るように命じた。
「ま、これ以上話すとお前の業務に支障が出てまうな、そろそろ戻ってもえぇで」
「……うん、俺なりに答えを決めておくよ、それじゃぁね」
健也がおじさんに背を向けて社長室から退室しようとした時だった。
「のぅ健也、最後に聞きたい事があるんやが」
「? まだ何か用?」
「三年前、何があったのかまだ話す気にはなれへんのか?」
「……ごめん」
「謝るこたない、しかし三年前にお前と再会した時は驚いたでぇ、路地裏のゴミ捨て場で血塗れのボロ雑巾みたいに捨てられてたお前を発見した時は目を疑ったわ」
三年前、健也は全身ボロボロの状態で路地裏で発見された。
本人は何があったのか話さなかった。「言えばおじさんや、他の人達を巻き込んでしまう」の一点張りで事情を話してくれない。
後におじさんが健也の母である火盧理から聞いた話だが、健也は今から五年前に行方不明となり、その二年後におじさんに拾われる。
この空白の二年間で何があったのか、健也は頑なに口にしなかった。
「……お前が何に巻き込まれとるか知らんが、お前がワイの元で働いとる間は安心せぇ、何がなんでもワイがお前を守ったるわぁ」
「ありがとうおじさん、それじゃ仕事に戻るね」
少し後ろめたい表情を浮かべながら健也は退室していった。
それを確認した後におじさんはとある人物に連絡した。
「おぅ、アヤナの嬢ちゃん。そっちの調査はどないになっとる?」
『オーウ! 荒捜社長、残念ながら何の進歩もごじゃいませーん。甥っ子さんが行方不明となった二年間に何があったのか、証拠が少なすぎて捜査が難航してマース』
「そうかぁ、何か少しでも手掛かり見付けたら連絡してくれや、ほな頼んだで」
『合点承知の助デース!』
電話を切った後に深い溜め息をつきながら、おじさんは憤りを感じていた。
「姉貴の息子はワイの息子も同然、息子を危険に晒すバカタレが居るようやったら、ワイが直接ぶちのめしたるわぁ」
荒捜おじさんは基本面倒見がよく、甥っ子や自分の娘には過保護です。
学生時代は女癖が悪く喧嘩にも明け暮れていたのですが、姉に対しては今でも頭が上がりません。
次回、そのお姉さん、つまり健也のお母さん登場!