戦いの予感
「武田が不審な動きをしている?」
小田原の茶会でそんな話が出た。
発信元は今川家の当主・氏輝。
今川家は北条家の唯一の同盟国である。
西へ進出しようとする駿府の今川家・東へ拡大を続ける相模の北条家。
後方の安全を確保し、侵攻方向へ集中したい。
両家の軍事的な利は一致していた。
しかしその両家を悩ませるのが甲斐・武田家である。
武田家は両家の国境からちょうど北に位置し、たびたび両家の後方を脅かしていた。
(また武田か)
氏綱はそう思った。
氏綱は氏輝と別室に移動した。
氏輝は具合が悪いらしく、茶会の席でもゴホゴホとせき込んでいた。
氏綱は氏輝を気遣うが、何を言っても
「大丈夫です」
と、返って来る。
なので氏綱は氏輝といると、常に心配して気を使ってしまうのだった。
その後も氏綱が氏輝を……
氏輝が氏綱を……
氏綱氏輝……
氏氏……
氏……
……
…
……唐突だが、戦国大名は名前が似ている。
それは”通字”という定められた一文字を、家の男児が代々継承する文化があるからだ。
例えば江戸時代に徳川家は”家”を通字としていた。
主に当主となる嫡男が継承するもので、徳川”家”光などといった形で使用した。
なんと十五代続いた将軍のうち十一人が”家”の字を受け継いでいる。
(つまり十一人は徳川家○)
また、有力な家臣などに自分の名前から一文字を与える”偏諱”という文化もある。
二人の”氏”は氏輝の父・氏親からの通字と偏諱であり、これが名前が似る原因となった。
なお、北条家では氏綱の子孫のほとんどに”氏”の字がみられるので非常に混乱しやすい。
なので今作の登場人物が混乱しやすいのは仕方ないことなのである。
……仕方ないことなのである!!
とにかく、その後も氏綱が氏輝を気遣いながら話は進んでいく。
「では、我らに向けて侵攻を始めると?」
「そのようです」
「甲斐から我らに侵攻するには道は二つ」
氏輝はゴホゴホとせき込んだ。
「富士川沿いに下りてくるか。御殿場方面に下りてくるか」
ちなみに甲斐から他国へ通じる道はあと三本ある。
信濃中央・諏訪へ通じる道。
北信濃・佐久へ通じる道。
三増峠を降りて八王子へ通じる道。
この三本は武田の同盟国に通じる道なので、この二本のどちらかを下る。と、考えてよい。
「なので攻め込まれなかったほうは」
氏輝はまたせき込んでしまった。
氏綱は氏輝に近寄ると背中をさすった。
なんとか落ち着いたようだ。
「援軍ですかな?」
そこで出たのは氏綱が予想もしなかった言葉だった。
「いえ、攻め込まれなかったほうは甲斐本国へと向かいましょう」
「信虎がどちらかを攻めている間に、もう一方が本拠・躑躅ヶ崎館を落とす」
病弱の体に鋭い光を氏綱は見た。
「武田はこれで終わりといたします」
さて、歴史通りなら武田は”まだ”滅びぬはずじゃが、滅んでしまいそうじゃぞ?
氏綱はこれが歴史を確かめるいい機会だと思った。
「今日は楽しかった」
「この同盟が末永く続きますようお願いします」
そう告げると、せき込みながら氏輝は帰っていった。
氏輝を見送ると氏綱はつぶやいた。
「さすが氏親殿の嫡男。いい策を練られる」
しかし……
「あの病気、絶対ヤバいじゃろ……」
とにかく氏綱は後手必殺の作戦を受け入れたのである。




