第38話 最終奥義 後編
「オーバーディスチャージ?」
「んだべ!」
どうだと言わんばかりに胸を張るバルズークさん。
大胸筋で顔が隠れるという奇怪現象に驚愕。
訳あって少々取り乱してしまったが、遂にこの狂気の修行の到達点が明かされたのだった。
因みに、二馬鹿は後ろで正座中である。
エクザ○ル風にグルグルしながら襲い掛かってきた所、ドン引きしたバルズークさんのダブルビンタで強制的に正気に戻された。
ありえない勢いで吹っ飛んで、コロッサルトルントを四、五本ぶち抜いてたので、ちょっと強制的過ぎたのではなかろうか。本人達は、涙目で頬を摩りながら普通に帰ってきてたが。
因みの因みにだけど、貫通されたトルントは微動だにしてないが、あれは多分近くの絶対強者をやり過ごすための生存本能だと思う。無風なのにユサユサしてる辺り相当痛そう。
さて、話を戻して農家(辺境の)の唯一名を持つ技にして奥義、オーバーディスチャージ。
その正体とは。
「つまり、全力の魔力で…」
「全力で身体強化すっべ!」
「………」
「………」
「帰るか」
「ちょっ、待つんベェ!」
今夜の夕食の献立を考えながら踵を返す俺を赤毛巨人が引き止める。
だが、凄まじい期待外れと脳筋感染注意報でこれ以上この場にいたくない。
そもそもの話、最大出力の身体強化ならフェイズ5で既に試してる。だから邪魔すんな。
「違ぇべ! オーバーディスチャージは、もっとこう、ブワーっグヴァーってなんべさ!」
「はいはい、そんなことより今晩はカツ丼がいい?それとも親子丼?」
「カツ丼最強だべ!」
「オケオケ、んじゃあお仕事ヨロシク」
「ちょっと待ちなさい。全く、バルズークさんは相変わらず説明下手ですね」
そこで溜息を吐きながら、猫耳プリンスが眼鏡をクイッとさせた。
おい、誰が立っていいと言った。そこで直れや。
「わざわざ貴方の為に説明をするのですよ。有難く思いなさい」
「おい、止めろにゃんころ!そんな奴に教える必要なんてねぇだろうがよ!」
「関係ありませんよ。彼がどれだけ強くなろうと、ラーニャの心は私だけの物です。それは、貴方も同じですよ?」
「ハッ!上等じゃねぇか、ラーニャはオレの女だって分からせてやっぜ。分ぁったかハルキ!」
「なぁに満ち足りたツラでライバル宣言してんだコラァ!! ぶっ飛ばすぞ! バルズークさんがっ!!」
バルズークさぁん!もう一発、いや、百発お願いしまーっす!
え?なに?カツ丼食いたい?
甚だ遺憾だったがロドリゲツさんの話を聞くことになった。
「つまり、身体強化に注げる以上の魔力で…」
「そう、身体強化を行うのです」
「いや、あんたも変わんねぇだろうがっ!」
身体強化に注げる以上の魔力で身体強化するって、どう言うことだよ!
伊達メガネか!? 伊達インテリメガネですか、この野郎!
「人聞きの悪いことを。そのままの意味ですよ。本来、身体強化魔術には【ステータス】由来の上限が存在します。その限界値にぶつかり、その上で魔力を足すことで原理を超えた力、即ちオーバーディスチャージが発動するのです」
「いや、だからそれをどうやるかって話で……」
「気合に決まってるでしょう」
「気合だぜ」
「気合だべさ」
「なんだよ、先にそれを言えよ」
気合か、やっと合点行ったぜ。
まどろっこしい点は抜きで話はシンプルに纏めるべきである。
「まっ、かと言って、さあやれっつってもムリだろうからさ。バルズーク先輩、ここは予定通りお手本をお願いしゃっす」
「任せるべ!」
リッチャールドさんの頼みにバルズーずさんが張り切って答えた。
どうやら、オーバーディスチャージを実演してくれるらしい。
彼は俺の前に立って、二人は後ろ、村の手前まで下がった。
この位置どりに一瞬疑問を感じたが、それは瞬く間に掻き消されることになった。
「なっ!!?」
暗くなる風景。それは、一度体験した出来事だった。
三人の存在で忘れかけていた、微かな危機感。それが悪寒に変わる瞬間。
【異領域】では然程珍しくもない空間変動現象に起因する、災害の到来。
気が付いた時には、ソレは既に目と鼻の先に、いた。
『ゴーーーン
鑑定結果:
コンティネンタル・ベヒモース(巨大種)【LV:3200】』
天辺の見えない体高、端が伺えない体長。
忘れる筈もない、この世界に来た日に自分を死の間際に追いやった八目の巨獣………横っ腹になぜか巨大なばんそうこうが貼ってあるので間違い無いと思われる。
伝説の神獣は、四つの小さな姿を捉え、その内二人を認識し、地を慄わす怒りの怒号を上げた………筈だった。
「バアアッ、ぉぅぁ、ああ、アアア゛、ガアアああアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
人間に出せる声だと思いたくない。
その瞬間、全ての音は掻き消されて、世界は紅蓮に染まった。
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空間歪曲現象で常に位置座標が定まらない【異領域】にて、一度取り逃がした獲物と再び遭遇するのは天文学的にレアなケースである。
故に、その『獣』の運勢はすこぶる良いとも言えるし、箸にも棒にもかからないとも言えた。
【神結界】と異なり、神の権能が完全に及ばない【異領域】では存在定義が安定しない。
そうありながら、ここでは曲がりなりにも生物が存在し、曲がりなりにも多彩な植物連鎖が成り立っている。
弱肉強食の大原則に基づき、それが何を意味するかと問われれば、力に限度が無い『化け物』を生み出す蠱毒に他ならない。
表層と言えど【異領域】に巣食う『獣』も、間違いなくそのバケモノの内の一体であった。
悉くを蹂躙する、地形とも見間違える巨体、暴風を呼び起こす炎のブレス。コンティネンタル・ベヒモースの名に相応しい暴威。
化け物を前にして恐れるのは人であって、同じ化け物は恐怖なんて感じない。相対した時点で唯一許されるのは、五臓と魂をすり潰す闘争のみである。
故に、獣は赤鬼を認識した時点で滅ぼすのを躊躇わなかった。
数日前に手痛くあしらわれた事実など、何の抑止にもなり得ない。格上を相手取るのは決して初ではないし、強者を退けてこそ獣はより強者として君臨して来たのだから。
さあ、開戦だと、コンティネンタル・ベヒモースは偉大なる怒号を上げ、
バアアッ、ぉぅぁ、ああ、アアア゛、ガアアああアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!
臨戦態勢のまま惚けるといった、間抜けた死に体を晒した。
怒りや破壊衝動を通り越した、困惑。
ちょっと待ってほしいと、長き生で獣は初めて理性的な思考に至った。
人間なんて詳しくないが、あれはもう人間でも何でもないのでわないだろうか、と思った。
次の瞬間、世界の色彩が朱に変る。天が、地が、見渡す限りが赤色に染め上げられる。
それが赤鬼の魔力だと判断するのに数秒有した。
続いて、殆ど衝撃波のような爆風が赤鬼を中心に発生した。
信じられないことに、それだけで500メートルもある己の巨体が押し退けられていたのだ。
このままでは終われない、せめての反撃と、コンティネンタル・ベヒモースは意地を見せて踏みとどまる。
『ヴォ、ヴォルア…』
「んぐゥ、ゥ、ゥ、ウルオおおオオ!! ぇヴァあエああ゛あ゛あ゛!!!」
が、もうなんかもの凄い気合の叫びで風圧が第二起爆し、あっさり吹き飛ばされる。
辺りに群生していたコロッサルトルントも雑草の如くに薙ぎ倒さて、空はなぜか雷雲に照らされていた。
正しく天変地異の中心地と化したその場で唯一被害をま逃れてたのは、青鬼と黄鬼の後方であった。
二人はそれぞれピッチフォークとシックルを前方にかざして、膨大な暴力の一切を食い留めていたのだ。
つまり、その前に立っている黒髪は暴力のすべてを受けてることになる。なんか、大声で罵詈雑言を吐いてるが、誰も聞こえてない模様。
「ダラッシャアアアアっっ!!! ホァッヴァアアアアアア!!!」
次第に、全世界を覆い隠してるのではないかと思える魔力は、赤鬼の周囲に収束していく。
然し、暴風は収まるどころか増す一方。
大気は放電し、膨大すぎるエネルギーは熱に変わり、地表は沸騰しながら吹き飛ばされ、赤鬼を中心に巨大な盆地が掘られていく。
黒髪は青鬼黃鬼の後ろに避難しようとしてるが、爽やかな笑顔で蹴り飛ばされて、もう大変なことになっている。
「クリムゾンッ!! オーーバーーディスチャージぃいいいいいい!!!」
最後に、赤鬼は言葉らしきものを吠えた。
もうこれ以上何を破壊したいのかと思わなくもないが、取り敢えず凝縮した魔力が叩かれ、目が眩むような閃光と爆発が起こる。
盆地の縁で瀕死の状態で横たわるコンティネンタル・ベヒモースが意識を手放す直前に見たのは、全身が烈火の如く輝く、生物の粋を超越した『鬼神』の姿だった。
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軽く蹲ったうつ伏せの姿勢、片腕を体の下に敷いて、反対の肩で顔が隠れるようにして、全身から煙を立ち昇らせるのが上級者ならではの拘りである。
どこに出しても恥ずかしくない、爆死したカマセのポーズは誇らしくも思うのだが、爆発はしたが死んでいないので、一先ず立ち上がることにした。
後ろに振り向くと、そこには既に三人が揃っていた。
バルズークさんもさっきは変な感じに光ってた気がしたが、今は通常の状態に戻っている。少々息が上がってるのを見ると、どうやら最終奥義には相応の負荷が伴うみたいだ。それか単に叫び疲れたのか。今はすこぶるどうでも良いが。
俺は、瞬きせず、三人をじっと見詰める。
能面で、じっと、ミツメル。
最初に折れたのは、バルズークさんだった。彼は紅潮した顔を真っ青にして、下を向きながら正座した。
翻って、ロドリゲツさんとリッチャールドさんはこちらを嘲るようにニヤニヤと笑っていた。
なので、近くまで歩いてジィィィっと下から二人を覗きコンダ。
すると、始めこそそれがどうしたと言う風に見下してたが、やがて額から脂汗が滲み出て、瞳孔がブレて、ッハアッハアと過呼吸になり、動悸を堪えるように胸を抑えて、咳き込み、痙攣して、終いには跪くように正座をした。
……………さて、と。
三十分後………
「んで、もうこれ以上魔力を注げないと思ったら、気合を入れて更に魔力を引き出すんだな?」
「そうですべ」
「なるほど」
魔力操作がチートレベルと言うことは、関連的に魔力の感度もチートレベルと言うことである。
詰まり、オーバーディスチャージがどんな仕組みかは見ただけで一応は確認出来ていた。
だが、認識したからと言って理解出来た訳ではない。と言うより、内心混乱している。
何せ、先程の魔力の上昇具合をグラフにするとしたら、途中からバグって全く別グラフにトんだって言うか、全く別物に変化してたのだ。
なので、ただいま足元の地面から生えたバルーズークさんの鎌首とレッスン中である。
「それは恐らく、力技で【ステータス】の限界を超えたことによる変質でしょう。変身の際発生する余波も、純粋な物理現象というより世界その物の抵抗や反発だと、昔アルファさんが推測してました」
「ほーん、で、ソレってどれくらいヤバイの?」
「……………まあ、多少、かなり、大分」
「あ?じゃあ何でやったんだ」
「ごめんなさい」
「ねえ、何でやったんだよ。ん?」
「すいません」
「謝って欲しいんじゃねぇよ。俺は理由を聞いてんだよ」
「勘弁してください」
そのついでに隣で埋まってるロドリゲツさんを尋問。更に横で生えてるリッチャールドさんの首も青ざめて目を逸らしている。
こうして並べられて地面から首を突き出してるのを見ると、砂浜での遊びに見えなくもないが、ちゃんと西部劇に習って縛ってから垂直に埋めたので問題ない。天空を舞うハゲタカがいれば誤解を防げるが、流石に贅沢だろう。チキンローストになりそう。
無論、このバケモノ共なら本来これしきの拘束屁でもなかっただろうけど、それは到底無理な話だ。
子供の頃から杭に繋がれていた象が、成体になっても縄を引きちぎれないと思い込むのと同じ理屈である。
小学の時に似たような事をされて、今回ぶっつけで試して見たが、中々良い塩梅に仕上がって何より。
「ふーっ……」
と、そんな訳でそろそろ俺の方もオーバーディスチャージなる物を練習して見ますか。なんだかんだ言って一回で習得出来そうな気がするけども。
ビクッて反応する三人から少し距離をとって、既に発動済みの身体強化に魔力を足し始めた。
「ハァアアアアアアア!!!」
身体強化魔術は、術式が無いため大変安定し難い魔術らしいが、その分全身体能力を強化できる応用の幅広い技術である。
筋力は勿論、五感、反射神経、代謝を強化して毒物を無効化出来たりもする。
本来なら各機能に当るバフ魔術が存在し、この世界の魔術師の殆どはそっちの方を使うそうだが、俺には関係ないのでどうでも良い。
「アアアああああああ!!!」
どうでも良いが、今やってるのはその全機能を同時に強化するフル強化という奴だ。一種のハイパーモードとも言える。
バフ魔術には重ね掛けの限界があるので、同じ芸当は不可能。
当然メチャクチャ難易度が高いのだが、精神力10億超えの俺には問題ナッシング。えっへん。
「ぅおらああああああ!!!」
つーか、本当に自然過ぎて魔力を使ってる意識すら曖昧だからな。
今だって、体感的にはただ力んでるだけなのに狂う事なく身体強化の度合いが高まってるし。
日常生活で変に誤射しないか心配するレベルだ。蚊を叩こうとして壁が吹き飛んだら洒落にならん。まあ、ありえないが。
「おんどりゃああぁ、あ、あっ………あ?」
と、そんな感じにフォースしてたら、限界に達する前に魔力が切れた。ぷすんって感じ。
……………。
「どう言うことだコラあ!!」
「「「ンがっ!? や、やめろ!鼻にタバスコはヤメロ〜ッ!?」」」
不思議なことにポケットに丁度六本入ってたので有効活用する。
「だ、だぶん、魔力がだらないんだど思いまずぅ!」
「ああ゛!? もっと、ハッキリ、喋れや! ハイ、鼻から息吸ってーっ!」
悲鳴混じりに話を聞けば、今の俺だと奥義発動に要する魔力総量が不足してるらしい。
足りないと言うか、魔力操作が精密過ぎてオーバーフローする分が出てないそうだ。
なので、オーバーディスチャージどころか現在身体強化の最高点すら達せてない様子だ。
マ・ジ・か・よ。
イヤだ、今、割とノリノリで叫んだんですけど。
魔力も殆ど使い切ってすんげぇダルい。最悪だ、あ?
「あ、れ?」
気が付いたら、膝が崩れて、地面がどんどん近付いていた。
「あ〜、ラファエラにもらったムーンシードの効果が切れたべか。オーバーディスチャージできんだが、毒物は無効化しちゃったべな。って、ハルキ! 寝るなさ! 寝るならオラ達を出してから寝ろ! この状況で寝るとてーへんだぞ! おいっ!」
焦った感じに叫ぶバルズークさんの声を耳にしながら、寝ちゃいけないと思うと余計に眠くなる理屈で、俺は久しぶりの睡魔に攫われるのだった。




