第37話 最終奥義 前編
「ふー……」
腰を落として、完全に脱力しながら意識を集中させる。
景色は色彩に欠き音は無くなり、世界は凪いだ湖面の如く真っ平らになる。
そこで深く深く、ひたすら深く、底なし沼に引き摺られるように瞑想に沈み込む。
綱渡りをしていた時に、時々感じていたあの感覚を呼び覚ますために。
『待チ侘ビタゾ、我ガ半身。世界ガ憎イカ。力ガ、欲シイカ』
……いや、誰だよテメェ。
どうやら集中が足りなかったらしい。リラックスリラックス、静まれ内なる俺。
やがて世界が自分一人になった時、身体が水風船に置き換えられた錯覚を覚える。そう、この感覚だ。
手、足、頭。至る箇所をほんの少し動かすだけで内側に波紋が起こり、反共し相殺し合い、別の箇所から逃れて行く。
それは、動作によって激しくなったり緩和したり、あるいは形が変わることもある。
この領域に至るとなるほど、普段から如何に自身の肉体を非効率に操作してるかが分かる。
そして、正しい突きがどのような形なのかも、だ。
「フンッッ!!」
『静』の状態から、地を割らんばかりの勢いで脚を打ち付けて踏み込む。
水風船の中で爆発か起こり、流水がうねり、巨大な、何より恐ろしく速い力が発生する。
衝撃が固体に伝わる、音速の何倍もの速さのエネルギーは捉えるすら至難の業だ。
だがっ、それが出来なければこの試練は永遠に越えられない!
「おおおおおっ!!!」
起点は丹田、全筋肉は増強装置。関節を通る度に強まる暴力を、雄叫びを上げながら留め切る!
今日まで、何十回、何百回も試みて失敗した、究極の攻撃。
非情な現実に打ちのめされ、何度も諦めかけた理想の必殺技。
しかし、膨大なエネルギーが手首から拳に達した瞬間、切望は確信へと変わった。
今なら、今の俺なら、成功できる!
「いっけええ!! かめ○め波ああああああッッ!!!」
「どうしたんですか〜?いきなり叫んだりして〜」
…………………
…………
……。
「異世界ぃ! お前なんて、灰になってしまえばいいんだあああ゛!!」
「………だからどうしたんですか〜」
悔しさに任せて地面を殴る男の娘と、それを呆れ顔で眺める天使の絵が、そこにあった。
拝啓、地球の少年諸君。お元気でしょうか。
こちらは、相変わらず全力でロマンをぶち殺しに来る異世界に大変失望しております。
だめだったよ………異世界でも試したけど、だめだったよ。
だけどまあ、それ以外なら元気だ。不安になるほど健康的だ。
フェイズ3の開幕から三日目になるが、怪我を負うことなく、死ぬ思いをする必要なく、いっそひと思いに殺してくれと叫ぶこともなく。
今までの修行は何だったのか、いや自分の存在意義は何なのかと自問したくなるほど平穏な三日間を過ごしている。
何せ、本当に文字通りひたすら突きと蹴りの反復練習である。しかも、今回は師範係のカッサンドラさん達が仕事する傍らでやるので、【異領域】に出向くこともない。
怪しい薬品を調合するカッサンドラさんの隣で、回し蹴り。
怪獣にしか見えない家畜に餌をやるラファエラさんの隣で、正拳突き。
鼻息を荒立てながらにじり寄ってくるラーニャさんに、ドロップキック。
夜は、未だゲロリババアに盛られた興奮剤が効いてるので一人黙々と素振りを繰り返す。異常な点と言えばそれくらいだろう。
決して気が散ってる訳ではないが、そのお陰でこの数日間女集のメープル・スプラウトでの日常生活なる物も見学できた。
結論から言うと、なんか俺の知ってるカントリースローライフと違う。
気が狂った量の魔力を素材に込めて薬を作ったり、数百メートルの生地を片手間に織ったり、規模も速度も尋常じゃない。
にも関わらず、本人達は『今日も忙しいな〜』くらいのノリである。流石は変人、頭がおかしい。
チャリティーが溢れて豪華な料理を振る舞ったりもしたが、明日もっと頑張るぞー的なオチになったので末期と言える。
大体あの生産量は一体何処に流れてるのだろうか。
余裕で相場が崩れそうなのだが………うん、深く考えるのはやめよう。
後、こんな事もあったりした。
『え?ヘレンも練習するって?体術の?』
『ん、ハルキもやってるから、やる』
『いや、やるってお前……つーか、そのちっさいの木人ってやつだよな?どっから持ってきた?』
『バルズークに、作ってもらった』
『特注品!? ま、まあ、よかったな。ちゃんとお礼言ったか?』
『………』
『……後でちゃんとお礼言おうな』
『うん』
『ぴ〜よ』
相変わらず避けられてるなぁ、バルズークさん。
余談だが、ヘレンのカンフーは世紀末を生き抜けるキレだった。ヒャッハーVS幼女、アメージングシュール。
以上が近況報告の全てとなる。本当に良いのだろうか。
確かに日に日に上達してるのは感じる。
修行を見てくれる彼女達の指示も的確だ。その大半がもっと腰を入れろな気がするが、おざなりな感じはしない、かもしれない。
しかし習慣とは恐ろしいもので、時折上腕二頭筋から『血ガ、足リナイ。殺セ、モット血ヲ吸ワセロオオオ』とか聞こえてくるので何かと心地悪い。いろんな意味で。
そろそろ素手で剣を刃から叩き折れくらいの無茶振りが欲しいと思う俺は、取り返しの付かない所まで極めたドM野郎ではない、きっと、多分、そうだといいなあ。
「は〜い、そこ、もうちょっと腰を入れましょうね〜」
「え?こう?」
ヒュボッ
「お〜っ、できましたよ凄いじゃないですか〜。はい、これでフェイズ3完了ですね〜。拍手〜」
「………」
本当に、これで良いのだろうか。
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さて、山あり谷ありでは到底済まされない険しい道のりだったが、いよいよ『農家(辺境の)流修行最終段階、奥義伝授フェイズ6』である。
え?カウントが狂ってるって?
ああ、フェイズ4と5ならさっき終わったぜ。ちょうど昼飯後の休憩がてら。
俺自身、心の中で『なぬ〜っッッ!!??』と仰天してる状態なので順を追って説明しよう。
先ず、攻撃の次は回避ということでフェイズ4は回避技の修行だった。
具体的には魔術で作られた半径1メートル、高さ50メートルの柱の上に立たされて、360度空を舞うカッサンドラさんからの猛攻を回避させられた。
今更高所から転落した程度でくたばる俺ではないが、掠っただけで魂を食われそうな槍を使って来たりそれでビームを放ったり、例の如く全力でぶっ殺そうとしてらっしゃる。
『ぴろり〜ん
鑑定結果:
【神滅槍=ディヴァインリッパー・バイデント】:
汎ゆる存在の根幹を打ち砕く概念兵器。嘗て数多の星を天蓋から消したことから、黒夜槍とも呼ばれる、でゴダんす』
うんうん、いいねぇ、この半歩間違えれば首と胴体が離婚してしまいそうなギリギリ感。
けど、そんな感じで小一時間ほど槍を躱したり魔術を躱したりを繰り返した結果、カッサンドラさんから頂いたお言葉が、
『汝………今までどんな生き方をして来たのじゃ』
ドン引きされた。理解不能なナニか見る時の視線を向けられた。
もう慣れたから得になんとも思わんが、一撃も当たらなかったからって大人気ない。
『いや、先程から今の汝では反応すら出来ない速度で打ち込んどるのじゃぞ!? 何故避けられる!?』
それを言うならお前、フルオートのカラシニコフだって人間には躱せないさ。
けど、世の中にはやむを得ないっつー状況が沢山ある。俺の場合は毎日あった。日直のようなものだった。
まあ、アレは多分エアガンだったからセーフだったろうがな。やけに火薬臭かったりコンクリを貫通してたりしたが、絶対エアガンに違いない。
良く解らないが、何処か乾いた目をした悪魔さんに合格を言い渡されてしまった。
彼女はこの日に備えて徹夜で急造した違法薬物の樽一ダースを悲し気に見詰めてたが、俺も残念である………え?何が?
しかしながら、その次のフェイズ5ではこれまでで最大の肩透かしを食らうことになった。
その内容は、身体強化魔術の完全習得。
以前もちょこっと述べた気がするが、身体強化は魔術であって魔術じゃない、らしい。
なぜなら、元来魔術とは詠唱や陣を媒介に発動するのに対して、身体強化にはそれらがないからだ。
無かったらどうなるかと言うと、術の制御が格段に難しくなる、らしい。
魔力操作のみで超常現象を起こすのは、例えるならフリーハンドで機械の設計図を引いたり、口笛でバロック音楽を演奏するような物、らしい。
それが生体機能の保護強化となると、どんな鬼畜難易度かは大方想像できる。
腕一本強化するにも、先ず骨、筋肉、関節、神経、血管、その他全ての強度から上げないと自爆する。たとえ成功したとしても体幹が脆かったら尚自爆する。
つまるところ、身体強化魔術の完全習得とはそう言った疎かな部分の修正作業である。
ここで一つ、俺が持つ使えないチートのを思い出して頂きたい。
そう、封印されしギフト:【内ナル邪神】………ちゃうわ!なんだそのマジックカード見てぇな能力!
【精神力】10億超の方だよ、勘違いすんじゃねぇ!
精神力イコール魔力の適正。結論から言うと十分で終わった。
普通なら強化が安定するまでに骨が折れたり筋肉が剥がれたりで大変らしいが、一発でマスターできた。初めてチートに恵まれた気がした。
使う必要なくて良かったな、とエリクサーの樽を蔵に片付けてたカッサンドラさんはやっぱり優しいお方だ。俺ではなく樽に向かって喋ってたなど些細な問題。
フェイズ5、クリアだぜ。
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「フェイズ1との落差よ!?」
これまでの経緯の回想に耽ってた俺は、堪らずセルフツッコミを入れてしまった。
とは言え、ビフォアアフターを伺えばこの約二週間の成果は明白である。
ほぼ小学生の体格のなよっちい男の娘から、脱げばスゴイ長身ポニテの男の娘である………あれ?なんか、ちょっとエロくなってね?
不安になってシャツを脱いでサイドチェストをすると、ちゃんとフェイタルマッチョボディが現れた。
うん、大丈夫だ。シャツを着直すとどう気張っても見えなくなるのは悲しいが。
そんな俺が今立ってるのは、地獄の筋トレを熟してた時に毎回通った道。神樹の結界の端、即ち【異領域】の一歩手前だ。
そう、農家(辺境の)流修行ファイナルフェイズは【異療域】で行われるのである。
辺りには、俺以外誰もいない。穀物豊かな畑が微風に揺れてるだけだ。
まあ、その気になればアリアちゃんが一瞬で瞬間移動して後頭部を噛じりに来るだろうが、恐らくそれもないだろう。
今回は一人で行きなさいと、しっかり明言されてるんだから。
「あなたは私達の想像以上に強くなってくれました、なのでこの最後の試練もきっと成し遂げると信じれおります。強者となって帰ってきなさい」とか、ラファエラさんにものすげえ違和感のする神妙な顔で送り出された辺り、今度こそ覚悟しないといけないのかもしれない。
しかし、横のソファでカッサンドラさんがふて寝してたのでそうでないのかもしれない。
「あなたの帰りを、何時までも私は待ってます」と潤んだ目で見上げてたラーニャさんは………どうでもいいか。
ともあれ、異領域の環境は電子レンジの中より生存に適してないのでどの道気を引き締めなければなるまい。
「フル強化」
アップグレードした身体強化魔術を発動し、遂に最後のステージへと踏み出した。
一拍子の内に景色が変わり、今で感じる魔力濃度がビシビシ肌を打つ。
お馴染みの地獄絵が待ってるかと思えば、目に入って来たのは初めてメープル・スプラウトに来たときに通った、異様に馬鹿でかい樹木の森林だった。今更ふざけんじゃねぇぞと思わなくもない。
『チャラチャラチャラチャーン
鑑定結果:
【コロッサルトルント】[LV:2800]』
うん、思わねえわ。聞いたことねぇぞ、こんなレベルの高いトルント。
早速帰りたくなってたら、キラーンと古い表現で頭上がきらめいた、ような気がした。
ズドオオォォォォン
次の瞬間、眼前の空間が爆撃される。
異領域では別段珍しくもない不自然現象だが、何故か全身から冷たい汗が止まらない。
立ち上る煙が晴れた時現れたのは、
「ハーッ、ハッハハハー!!! やっとオラの出番だっべぇーっ!!!」
鮮血色のサロペットを、先程の俺とは比べるのもおこがましいステロイドボディーでパッツンパッツンにさせた、地上最強の生物赤髭バージョンだった。ポージングは、フロンタルバイセップス。
視覚情報が、脳髄に受信されるより早く。
脊髄反射が、作動するより早く。
生存保脳が、MAYDAYッMAYDAYッと絶叫するより、早くっ! 俺はっ!! 逃げたッッ!!!
って、あれ?なんか違和感がするぞ?
なんかこう、地に足が付いてないような………振り返ると、オロオロするバルズークさんの足元で俺の体が白目向いて横たわってた。
…………。
『ファアアアアアッックゥ!!!』
うっかり幽体離脱した体を芸術的な盗塁ヘッドスライディングで回収して、心配そうに覗き込んでいたナマハゲ面に時間稼ぎの目潰しを食らわせてから再びクラウチングスタート。
突き指したように痛む手に絶望しか感じない。
しかし、俺の行く先を阻む者がいた。
「オラァてめぇを………逃さないぜ?」
瞳孔から光を消した金髪のイケメンが、ぜんぜんイケメンじゃない筋肉をモストマスキュラーでモンスターマスキュラーなさってた。
ヒッティングマッスルっつーか完全にキリングマッスルである。
最早縋る思いで速度を殺さないクロスオーバーステップで方向転換を試みるが、案の定そこにも、
「フ、フフッ、フフフ………一体どれほどこの時を待ち望んだことか」
ちょっと恥じらうプリンス?ざーんねーん、サイドトライセップスでしたー、みたいな演出で登場する猫耳イケメン。
こちらもビクンビクンするエイトパックが高らかにオ前ハ、今日、死ヌと訴えていやがる。
クソッタレ! 囲まれたっ!!
「はっ、早まるんじゃねぇお前ら!これ以上罪を重ねるな! どうしてこんなことを!? なんのために!?!」
「なんのために、ですって? ええ、ええ、貴方のような人間には理解できないでしょうね。我が女王の愛を取り戻す為に直径30センチのひよこ豆を献上して、返ってきたのが貴方の惚気話だった時の、あの切なさをッッ!」
「オレ様の一粒10キロの小豆が無視されるたぁ、どういうことだコラァ!!」
「いや何かオカシイことになってんぞこいつら!?」
ラーニャさーん!?
あんのアマ!! そういえば、最近この野郎共に背後から包丁で襲われたりしてるが、そう言うことだったのか!?
血走った目元にくっきりと隈を浮かべ、口端から泡が滲み出る相貌からは理性の欠片も感じられない。眼力だけで殺せそうだ。
くそっ、だがそうは行かねぇぞっ!
「………おまんら、何やってんべ?早よ修行すっぞ?」
そんなカバディしてる俺達を、バルズークさんは不思議そうに眺めるのだった。




