第36話 フェイズ3の胸威(脅威)
『……それでは!これより(地上)150メートル目隠し綱渡り、男子の部が開催されます! 解説はB氏、実況は私A氏が行わせて頂きます!
さて、早速ですが!この(地上)150メートル目隠し綱渡りとは、遠心力で選手の三半規管を破壊してから文字通り150メートルの高所に吊るされたロープを歩くと言った、絶賛流行りの新競技らしいですが!スポーツ評論家のB氏はどう思われますか!?』
『帰っていいですか?』
『言葉にするまでもない、と言うことですね!
そして、こうしてる間にも選手の準備が整いました!一人目の犠牲…選手は、モリ・ハルキ選手、日本!
ご覧ください、高層ビル並みの高所を見ても竦まない胆力!目隠しの似合う勇姿!見当違いの方向を向いてるのは余裕の証!
軽いホッピングで体を解して……行った!行きました!歩いてます!紐の上を!目隠しのまま!150メートルをっ!!危ないっ!!
どうですかB氏!?』
『両腕を使ってバランスすら取ってない。アレはもう、恐怖によって無意識に彫り込まれた感覚で歩いてますね。相当な高さから何回も何回も何回も何回も何回も落下を経験したのでしょう………可哀想に』
『すばらしい努力の結晶!行くか!このまま渡り切るかあ!?
って、あーーーっとお、ここでアクシデント発生!地上から飛来した謎の光弾により、モリ選手の綱が揺らされましたあ……っ!
一体誰の仕業だ!あそこにいるのはっ、なーんと!
天使です!純白の天使です!天使が楽し気に次々と光弾をモリ選手の方に打ち込んでます!!
なんたる鬼畜の所業!あれは最早天使ではないっ!魂までが腐ったロリババア!ゲロリババア!ゲロリババアですっ!!
ゲロリババアの妨害により、モリ選手は無念にも落、下、してないだとぉぅ!!??』
『あれは……人間に出来ることじゃないですね。と言うか人間じゃないですね。断じて』
『何と言うことだっ!モリ選手、魔弾の嵐の中を平然と歩いてます!
いや、上半身は全くブレてませんが、下半身だけが目にも留まらぬ腰振りで荒れ狂う縄を乗りこなしてる!?こ、これは!!?』
『凄まじく気持ち悪い、悪夢に出てきそうな光景ですね』
『モリ選手!止まらない!止められない!もうゴールは間近っ!
おっと、今、頭上から降ってきた巨大な松ぼっくりが偶然頭に当たりました!しかし、この程度では怯まないモリ選……松ぼっくりが爆発した!!?何故だっっ!!!?』
『ええ………何故でしょうね』
『モリ選手、たまらず吹き飛ぶ!なす術なぁし!!
ここで日本の夢は終わるのk……なんッ・だッ・とッ!!??』
『ああ……物理法則が……物理法則が………』
『落下したはずのモリ選手!別の綱の上を疾走中!!目隠しのまま!!
何と、何と、何とッ!!彼は生きていた!!彼は吹き飛んでいなかった!!別の縄に飛び移っていたのだ!!目隠しのまま!!
あっ、またです、また別の綱に飛んで爆風を回避!目隠ししたままっ!!
こちら実況のA氏、もう訳がわかりません!!
行けっ、怪物!行けっ、人外!行けっ、化け物!』
『………もうやだ』
『行きましタァァァ!!ごおおおるぅううう!!!』
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バルズーク家(+その他)家族会議から早くも三日。
その間、相変わらず俺は…………その、すまん、ちょっと失礼。
「ぅるおっっっししゃああああアアッッ!!!やってやったぞ、このクソッタレめがあああっっ!!!!」
「「ひっ!?」」
っふー、オーケー、気を取り直して。
異世界に関して色々な事実を教えてもらった家族会議から、今日で三日目。
まあ、教えてもらったと言っても、この三日間でその内容の九割九分九厘が吹っ飛んだんで、意味があったのか疑わしいがな。
いや〜、マジで中学時代を思い出したがらな、この三日間。
あらゆる逃避行為で現実から目を背けまくったっつーか、なんつーか。
だって、30メートルの所で漸く立てるようになった途端、いきなり100メートルにネクストステージさせられるんだぜ?
そこでよちよち歩けるようになったら魔弾が飛んでくるんだぜ?松ぼっくり大爆発するんだぜ?
毎回食らうジェットストリームアタック(体験版)と目隠しは、この際置いといて、ちょびっと人格が昔に戻っちまったわ。
あの頃も日常的に体験してたことだが、人間って過剰な達成感を味わうと自然と怒りも込み上がってくるものらしい。
お陰で今でもちょっと気をぬくと
「ぅるおっっっししゃああああアアッッ!!!やってやったぞ、このクソッタレめがあああっっ!!!!」
「「いやあああああ〜!!?」」
と、不意に心の咆哮が漏れてしまう。もちろんダイナミックなガッツポーズも忘れない。テニス選手がやると即刻退場を叩き付けられるレベルのヤツだ。
さて、揺れる縄の上を走ったり飛び移ったり出来るようになったことで、『農家(辺境の)流修行・フェイズ2』は完了とされた。
農家関係ないよね?と思った諸君の誤解をいい加減改めよう。
農家じゃない、農家(辺境の)だ。同じ職種どころか同じ生物ですらない。ないのだ。あってたまるか。
本来ここまで来るには最短でも三ヶ月は要するので皆驚いていたが、こんなアルティメットマゾプレイを三ヶ月以上もやる奴の方が逆に驚異的だと俺は思う。
そして、フェイズ2が終わって必然的に次のフェイズ3をこれから始めるわけで、現在バルスーク家の裏庭にいる。
「ぅるおっっっししゃああああアアッッ!!!やってやるぞ、このクソッタレめがあああっっ!!!!」
「「ひょええええ〜!!?」」
おっと、やる気があるのは確かだが、変な感じに誤爆してしまったみてぇだ。これじゃあやる気じゃなくて殺ル鬼万万だ。
でも、数日経てばこのテンションも治るだろう。
そんなことより気になるのは、さっきから変な悲鳴をあげてるカッサンドラさんとラファエラさんだ。
蹲ってブルブル震えて、一体どうした……ああ、なるほど。
「あ〜、二人とも。居候の身で家主に指図つもりはねぇが、いくら自分の庭だからって野ションはダメだと思うぞ?」
「誰が野ションじゃこらぁ!!って、ハルキか!?ハルキなのか!?」
「あ?なんだよ藪から棒に」
「ハルキじゃよな?暗黒邪天王の使徒、ベーリン・ルシファー・キングスレイ卿ではないのだな!?」
「逆に誰だよそいつ!?!」
「この三日間、ずっと其奴を名乗って不気味な祭壇を建てて不気味な儀式を捧げてたぞ、汝」
そう言いながら、カッサンドラさんは庭の隅にある見覚えのない白骨の祭壇を指差した。なぜかその一角だけ黒紫のおどろおどろしい靄がかかっていた。
………。
「よし、修行再開と行きますか!」
「うむ、後でちゃんと片付けるのじゃぞ?」
そんな感じでラファエラさんも宥めて、いよいよ「農家(辺境の)流修行・フェイズ3」の火蓋が切られるのだった。
ここまで来れたのなら、最早悟りの境地だ。
いかなる苦痛も苦痛と認識しない、己を更なる高みへと押し上げてくれる糧として取り込む崇高な心構え。
でもまだ死にたくないのでそこん所よろしくお願いします。
「フェイズ3は、正しい突きと蹴りの反復練習、所謂道場稽古じゃ」
………………なるほど。
「んじゃ、早速岩山に移動するか」
「は?岩山?何を言っておるのじゃ?」
「いや、だから素手のパンチとキックだけで岩山を掘り抜くんだろ?」
「違うわ!普通に突きと蹴りの練習をするのじゃよ」
………………なるほど。
「んじゃ、海パンでも用意するか」
「だから何故じゃ」
「ん?だって、拳圧で汚水を吹き飛ばしながら猛毒沼を往復するっていう修行だろ?せめて海パンは着けさせろよな」
「なんか意思疎通に問題でもあるのか?吾輩達が突きと蹴りのを教える、汝はそれを繰り返す、殴る物も相手もない、動きさえ正しければいい、オーケー?」
………………なるほど。
気がついたら、俺はカッサンドラさんにタックルを決めて押し倒していた。彼女の表情は困惑とそれ以上の恐怖で塗りつぶされていた。
「救ぅう急ぅう車を呼べえええええええ!!!!」
「何しとるんじゃ貴様ああああ!!?」
こうしちゃいられねぇ!!
「カッサンドラさん!どうした!?しっかりしてくれ、どこが悪いんだ!??」
「どうかしたのは貴様の方じゃあっ!って、いゃん、何処触っておるのじゃ!?」
「頭を打ったか!?いや、胸が痛いのか!!?」
「や、じゃから、そこ…」
「心臓マッサージ開始!一二三四、一二三四、一二三四ぃっ!!」
「やん、やめ、て、あんっ」
「ぐへへへ、ここか?ここがエエんか?」
「ぃい加減にしろよ貴様あ!!」
「ヘブうっ!」
- 少々お待ちください -
「全くもう、貴様ときたら全くもうっ」
目尻に涙を滲ませて、こちらを睨みながら身だしなみを整える巨乳悪魔。
対する俺は、頰に紅葉を印刷されて正座させられていた。未だ状況整理の最中である。
「……つまり、ごく一般人もやる道場稽古様式で初歩的な格闘技を習得……」
「はあ、やっと納得してくれたか」
「と、そう見せかけてからの地獄の試練」
「じゃから違う!深読みするでない!」
「……まさか、本当の本当に、命の危険どころか怪我する心配もない、普通の鍛錬なのか?」
「さっきからそう言っておるじゃろうに」
「そうか……残念だ」
「え?」
「え?」
え?
なんで今、本気で残念だと思ったんだ?そこは喜ぶ所だろう、普通。
狼狽える自分の姿に、カッサンドラさんは哀れな被害者を見るような目をする。
やめろ、概ね間違ってないが、そんな目で俺を見るんじゃねぇ!
そこで、今の今まで傍観に徹していた、というか見ない振りをしていたラファエラさんが哀愁を払うように話を進めてくれた。
「まあまあ〜、今までの感じだと〜、疑心暗鬼になるのもしょうがないですよ〜。ここはちゃんと説明した方がいいと思いますよ〜」
「ふむ、それもそうじゃが。って、ラファエラ、本来今日は汝の当番じゃろうが。人を呼んでおいて、何他人事の顔をしておるのじゃ」
「いや〜、だって〜、最初のお手本は私よりドラちゃんの方が適任ですよ〜」
確かに、格闘技ならロリ体型のラファエラさんよりカッサンドラさんの方がサマになる気がする。
でも、なんだろう、同志のヘラヘラした態度には何か含みを感じるな。
カッサンドラさんの方は、気付いた素振りもなく頷いてるが。
「それもそうか。であらば、納得も得るために先のフェイズの目的から説明するとしよう」
「え?目的って、俺をぶっ殺すことだろ?」
「そんなわけ無いだろう……いや、反論し難い点が辛いが……一先ず、話の腰を折らず聞け」
頭痛を堪えるようにこめかみを抑えながら彼女は続ける。
「そもそも正しい突きの打ち方と言ったが、それが具体的に何だか分かるか?」
「敵をブッ殺すつもりで打つことです」
「だから話の腰を折るなと……違う、此奴、目が本気じゃぞ。なあラファエラ、今更だがこんな危険人物に力を与えても良いのだろうか?」
「あはは〜、その時はバルちゃん達に任せましょう〜」
人類は、なぜ四足歩行から二足歩行へと進化したのか?それは他の人間を殴り殺すためだ。
と、以上か中学の担任から習ったダーウィンに付いての全てである。
「こほんっ、良いか?拳にしろ足にしろ、一番重要なのはパワーでも気迫でもなく『型』じゃ」
「型?」
「全ての質量は、加速すればエネルギーが起こる。無論人体もその例外ではない。理想の突きとは、即ち挙動のエネルギーを寸分のロスもなく四肢に伝達させて放つと言うことじゃ。その為には、動きに正しい形が必要となる。修行の第一段階では汝の膂力を作った。第二段階の綱渡りではバランス感覚、己の姿勢や動作の影響を理解してもらった。そして、この第三段階でそれらを武術に収束する。どうだ、納得できたか?」
「ドラちゃんドラちゃん、そこは実際見せてあげた方がいいと思いますよ〜」
「む?百聞は一見に如かず、か。ならラファエラ…」
「だからお手本はドラちゃんの方が分かりやすいですよ〜。ハルくんはちゃんと見てて下さいね〜」
俺はまだ中学に食らった武術と今し方教えられた武術の差異に戸惑ってたんだが、早くもフェイズ3開幕の雰囲気。
指名を受けたカッサンドラさんは、腰を低くして拳を引き絞る。空手の正拳突きに似た構えだと思う。
彼女はいつも通りに露出度の高いドレスを身に纏ってるが、不思議とその体制は不恰好に見えず、気品すら感じ取れた。
顎を引いて、地平線を見通す姿は正に歴戦の武士と言っていい。
そして、
「シッ!」
ヒュボッ、と炸裂音と共に放たれる突き。
「す、すげえ!」
思った事をつい口に叫んでしまった。
それは、素人目で見ても完璧だった。
踏み込みが、ではない。
腰の入れ方が、ではない。
脇の締め方が、ではない。
動きの運動エネルギーが全て拳に伝わって、
「乳が全っ然揺れてねぇ!!」
パーフェクトな残心にいたはずのカッサンドラさんはずっこけた。
「ほ〜ら、やっぱりドラちゃんは分かりやすかったでしょ〜」
「ああ、同志ラファエラ!一体どうやったらあの巨乳を揺らさずに動けるんだ!?」
「そこは違いますよ〜、あのムダ肉を揺らさないように練習したから完璧なパンチを打てるようになったんですよ〜」
「なるほど、逆の発想か。しかし、重心が集まる腰を入れないと拳に体重が乗らないと言うが、カッサンドラさんの場合パイオツもあってバランス悪いんじゃないか?」
「そこは大丈夫ですよ〜、ドラちゃんはケツの方もでかいんですよ〜」
「ほうほう、言われてみれば確かに」
「き、貴様らぁ」
「「ん?」」
意図せず同志と熱弁を交わしていると、見れば顔を真っ赤にしながら肩を震わせる話題のオッパ……カッサンドラさんが立っていた。
「貴様らあああああ!!!」
「「逃げろー!」」
レッツエスケイプ。『農家(辺境の)流修行・フェイズ3』は、まだしばらく待つのだった。




