第33話 プレゼント
黒猫幼女:「………たくさん改稿してる、らしい。………でも、ストーリーは、おなじ」
駆け足で階段を登る。
胸がドキドキして妙に落ち着かない。
感じたことのない興奮だけど、不思議とそれが嫌いじゃない。
「そんなに緊張しなくていいですよ〜。ハルくんもきっと喜んでくれます〜」
「うむ、彼奴は何かとヘレンに甘いからの」
「ちゃんと上手に出来てるから大丈夫だよ!」
「ラーニャの指導は完璧ですから」
「そーだぜ!」
「ハルキが羨ましいべ」
「………」
わたしは、無言で振り返って、何故かコソコソとついて来るみんなに言った。
「あっち、行って」
「「「「「「—っ!?」」」」」」
……いや、そんなショックを受けた顔をしなくても。
むしろ、こんな大勢で行ったら別の意味で緊張しちゃう。
全員が硬直してる隙に、素早く二階の部屋の前まで行く。
ハルキの部屋だ。ほとんどわたしが使ってるけど。
ドアの前で一旦立ち止まって、深呼吸で心を落ち着かせる。
最後にもう一度、手に握った物を確認してから、取手に手をかけた。
「ぴーよ」
頭の上でルナちゃんが応援してくれる。
よし。
ガチャ
目に飛び込んで来たのは、上半身裸で鏡の前でマッスルポーズを取ってるハルキの姿だった。
………。
何も言わず、急いで扉を閉じて、ルナちゃんと隙間から中を覗いた。
思わず、反射的にそうしてしまった。
ハルキは、すごく夢中になってるせいか、わたしに全く気付いていない。
いつもは、ちょっと近付いただけでも反応してくれるのに、ちょっと寂しい。かも。
後で聞いたら、それはサイドチェストと言うポーズらしい。
パンパンに膨れる大胸筋、くっきり割れた三角筋、二頭筋と三頭筋。
昨日までは、わたしと同じようにプニプニしてたのに凄く変わってる。
ハルキ、背もいきなり伸びたし、修行頑張ってるんだ。
自分の姿をてっぺんからつま先まで観察したら、次はベッドに脱ぎ捨てられてたTシャツを着て同じポーズを取った。
「………」
数秒、無表情で鏡の中を凝視してからまた上を脱いだ。
更に今度はズボンにも手を掛けて……
きゃーっ
キャーッ
パンツ一丁でラットスプレッドと呼ばれるポーズをするハルキ。
「ふーっ、ふーっ」
あれ?
どうしてだろう、わたし、鼻息が荒くなってる。
ルナちゃんが頭の上でピョンピョン跳ねてるけど、目がハルキから離れない。離そうとも思わない。
ピクピクと嬉しそうに震える腹直筋、みっちりと詰まってる腹斜筋、鋭い溝を作る大腿四頭筋。
何より、後ろから見えるギュッとしたお尻が……
そう夢中になってる間にハルキは観察を終えて、服を着直してしまった。
残念だ………え?なにが?
そのままもう一度腰に手を当てて、ラットスプレッドで立つ。
そして、膝から崩れ落ちて四つん這いになった。
「くっっそぉぉおおおおおお!!!」
「ぴ!?」
「ひぅ」
家を震わせるほどの怒声が爆発した。
いきなりの事に自分もルナちゃんもびっくりしてしまう。
「着痩せ、する、だと!?! そんな馬鹿な!?筋肉たちよ!これでは男の娘から男女になっただけじゃねぇかっ!! そんあバカなアアア!!」
床を何度も殴り付けて、悔しそうに、本当に悔しそうに嘆くハルキ。
時々彼は、「しょた」とか「おとこのこ」とか、よく解らないことに拘る。
なんでだろう?
前のハルキは可愛かったし、今の背の伸びたハルキもとても綺麗だと思うんだけどな。
でも、今は悲しそう………よし。
ここは、第二王女のわたしが励ましてあげる。
最後に「こうなったら、髪を短く切るしかねぇか」とか言ってたけど、勢い込んだわたしには聞こえてなかった。
思いっきりドアを開けた。
「ハルキ!」
「うお!? どうしたんだ、ヘレン?部屋に入る前はノックしろと教えただろう」
………そうだった。
一瞬反省しかけたけど、今はもっと大事なことがあると自分に言い聞かせて、面食らったハルキのそばまで行く。
そして、手に握ってた物を差し出した。
「ん」
「え?何?」
「………プレゼント、ハルキに」
「へ?」
少し間の抜けた声が頭上から届く。
一方、わたしは顔が熱くなりすぎて俯いてしまっていた。
むぅ、こんな大事な時に。
あげるのは、髪を結ぶためのリボンだ。
濃い緑色で、葉っぱの刺繍で飾られてる。
さっき、わたしが作った。
ハルキは、毎朝ボオボオになったわたしの髪をキレイに整えてくれる。
でも、自分のは適当にそこらへんの紐で結んでいる。
サラサラでキレイなのに勿体無い。
だから、昨日、ラーニャ先生に勉強以外に裁縫を進められた時に思いついたのだ。
そういった成り行きをぽつりぽつりと説明した。
ハルキは、静かに聞いてくれた。
彼は今、どういう顔をしてるだろうか。
いつもの様に、優しく笑ってるのだろうか。喜んでくれてるだろうか。
不安と期待を持ちながら、恐る恐る視線を上げると………思いっきり引き攣った顔が見えた。
「えっと、ヘレン、これ、どうしても使わなきゃダメか?」
「…………え?」
途端、冷えた手で心臓を鷲掴みにされたような気がした。
え?
どうして、そんなこと言うの?
なんで、イヤそうなの?
リボン、ダメだった?下手だった?
わたしのこと、嫌いになった?
自然と目頭が熱くなって、視界が霞んだ。
すると、ハルキが凄く慌てて手を振った。
「いや!違う!そういう意味じゃなくて!ほらっ、俺、修行で毎日服とかズタズタにするから、せっかく作ってくれたのに悪いかなーって!マジで!」
「………すん……だいじょうぶ。ラーニャ先生にたのんで、強いぬの使ったから」
「へ、へー、そんなスゲー物プレゼントしてくれるのか!ありがとな!うん、嬉しい!ちょー嬉しい!めちゃくちゃ嬉しい!!」
そう叫びながら、リボンを受け取って、その上抱っこまでもしてくれた。
彼の胸に頭を寄せて、キュッと服を掴む。
よかった、喜んでくれた。
安心して、胸の中で暖かいものがポッと灯る。
「あー、でも、せっかく初めて作ったんだから、自分で使った方がいいんじゃねぇ、かな?」
「…………え?」
「使わせて頂きます!不遜な身ながら謹んで使わせて頂きますとも!」
「………うん、じゃあ、むすんであげる」
「ああ、もうこりゃ運命なんだな」となぜか諦めた顔をするハルキをベッドに座らせて、後ろに回って髪を結んだ。
初めてやるので、ちょっと手こずったけど、ちゃんと出来た。
うん、似合う。
それから、二人でしばらく顔を見合わせてたけど、やがてハルキの方がぷっと吹き出して少し笑った。
「?」
「いや、なんでもねぇ。それじゃあ昼飯にすっか」
「うん、ごはん」
そうやって、わたしたちは部屋を出て、一階へ降りた。
途中、まだ固まったままの六人に会った。
ハルキは不思議な顔をしてた。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
俺は今、どうしようもない不満を抱いている。
いや、不満なんて通り越して怒りを覚えるほどだ。
ヘレンがいる限り、自分のオカマキャラが確定してしまったことじゃない。
それに関しては、一応だか諦めが付いた。
だが、漢には手放しちゃいけねぇモンがある。
「なんで」
なんで。
「なんで、もう筋トレがねぇんだぁあああ!!?」
「いや、なんで悲しんでるんですか」
俺の絶叫に、思わず真顔で地でツッコむラファエラさん。
うるせぇ!テメェなんかに一体何が解るってんだ!
「俺は約束したんだ!夢の筋肉のために一緒に頑張るって、そう誓ったんだ!エカテリーナ、ジェニファーちゃん、ジェシカ、ダイアナさん、クローディアちゃん、エリザベスのみんなに誓ったんだよ!!」(※全部グラブスチールの重りです)
ガタ
ドスン
ゴト
ドサ
ゴン
ボト
「なんか増えてるぅ!?」
「クローディアとエリザベスは異母姉妹で、親の再婚相手と仲が悪く、小さい頃よく俺と公園で遊んで……」
「あ〜!聞きたくありません、聞きたくありませ〜ん!」
ラファエラさんは、いやいやと頭を振った。
彼女たちの波乱万丈な人生に聞く耳も持たないのか!
鬼畜!外道!ペチャパイ!ロリババア!
「も〜っ!だからハルくんの修行に関わるのは嫌なんですよ〜。次の段階に筋トレはありませんけど〜、そんなにやりたかったら暇な時に勝手にやってくださいよ〜」
「なーんだ、そういう事か。驚かせやがって。聞いたかみんな!これからも頑張ろうぜ!」
………………。
………………。
………………。
「だね!」
「いや、何も言ってませんよ!?」
筋トレの女神に恵まれなかった軟弱天使はさておき、俺たちは今、メープル・スプラウトの一片に広がる松林に来ていた。
何故そんな物が農村にあるかというと、松の実を育てるためだそうだ。
ツッコミ満載この上ないが、今更なのでそこはスルーである。
朝やった例の診察がどうなったかと言うと、昼飯後に『前例がなさすぎてわかんねー(゜Д゜)』と言う頼りない診断がアリア便で届いたのだった。
それでまた少し話し合ったのだが、現在際立った問題は見当たらないので、結局手探りでこのまま「農家(辺境の)流修行・フェイズ2」に移行することにしたのだ。
つまり、新たな修行場がこの場違いな植物相と言うことだ。
ちなみに、何故ラファエラさんが一緒かというと、単に他の奴らの作業事情で彼女に白羽の矢が立ったのである。当の本人は、とんでもなく嫌そうな顔をしてたが。
十分に離れて粛然と立つ松の木々。
地球のやつより倍以上でかいが、一見なんの変哲も無い松である。
地面は枯れた針葉で覆われて、所々に大きな松ぼっくりが転がっており、雨上がり特有の香りが鼻孔をくすぐる。
正に静止した自然の光景だ。
昨日まで筋トレしてた【異領域】と比較してみよう………めちゃくちゃ怪しいじゃねぇかっ!?!
なに!?今日、俺、殺されるの!?
「はい、ちゅ〜も〜く!今から何をするか説明しますね〜」
「………ああ」
「……なんで、後ずさってるのですか〜?」
ちょっと全力で逃げる準備をしてるだけだ。気にせず続けてくれ。
「では〜、まずぅ、今日までの修行でハルくんは体作りをしました〜。そして生まれ変わったように強くなりました〜。なら〜、次はその力を正しく使うために〜、ちょっと武術の極意を習ってもらいま〜す 」
「いろいろすっ飛ばすな!おい!」
「時間がありませんからね〜」
極意を短時間に習得させる修行。もう警戒心がビンビンです。
「ここで質問〜。全ての武術には〜、共通点がありま〜す。それはなんでしょう〜?」
「敵を最も効率的にぶちのめすことです」
「わーお、即答〜、物騒〜。まあ、それもアリですけど〜、欲しかった答えは『己の肉体を意のままに動かすこと』でした〜」
そんな殊勝な武術知らんな。っていうか、使われたことないな。
「そこで〜、ハルくんには綱渡りをしてもらおうと思いま〜す」
「ん?綱渡りって、あのサーカスとかでやってるやつか?なんで?」
「体のバランスを微調整することで〜、自分の重心とか〜、手足の位置とか〜、動きとか〜、いろいろ解るようになるので〜す」
「ふーん?」
なんか、まーたどっかの格闘漫画でやってそうな修行内容だなぁ。一応、理屈は分からんでも無いが。
でも、これって基礎を熟してないと意味なくね?………深く考えるのは辞めるか、どうせやらされるんだろうし。
「了解。んじゃ、早速縄を張るか?」
「もう張ってありますよ〜」
「え?」
縄を貰おうとしたらそう指摘されて、キョロキョロと辺りを見回す。
でも、そこには松ばかりしかなかった。
「ハルくんハルくん、上ですよ〜」
上………何もねぇな。
「もっと上で〜す」
グッと背を返らせて、目を凝らす。
すると、遙か上空に紐が何本も枝の間に結ばれてるのを見付けた。
靴ひもほど細い紐。加えて木の枝同士を繋いでるので、水平なやつなんてほとんどない。
一番低いので………30メートルってとこか。
当然命綱なんてない。
俺は十秒間、ニコニコするラファエラさんと目を合わせた。
「さらばっ!」
「アリアちゃん!」
「シィィィット!!」
一歩も踏む事もなく、アリアちゃんに首根っこを咥えられる。
いやいやいや、待て待て待て待て!
「落ちたら死ぬだろうが!」
「身体強化で頑張ってくださ〜い」
「それでどうにかなっても高すぎて怖えよ!」
「それも身体強化で頑張ってくださ〜い」
え?それどういう意味?
哲学的な返しに一瞬あっけにとられるが、ラファエラさんは気にせず六枚の翼をバサァと広げる。
ああ、強引に上に連れて行く気まんまんだよこの人。
ちくしょう、やっぱりまともな修行法じゃなかったよ!
心の中で悲惨に嘆く。
だが、俺は知らなかった。正にここからが「フェイズ2」だということを。
「だーっ!解った、やってやるよ!今更これくらいの高所なんざぁ 「えいっ!」 あああああああ!!??」
己を鼓舞しようと声を上た隙に、容赦情けもなく、凶悪な足払いをかける外道天使。
両足が勢い良く吹っ飛んで、ヘソ辺りを中心に360度球状に回される。
止めてくれたのは、たっぷり三十秒回転した後だった。
もちろん、その頃俺は……
「わ〜、てんしらいっぱいら〜」
世界がー、虹色にー、泳いでーるー。
「さらに目隠しをして〜、はい、行きますよ〜」
そのまま素早く布で視界を塞がれて、抵抗する余地もなく空へと攫われる。
「先ずはここらへんから〜」と紐らしき足場の上に降ろされる。
言うまでもなく踏み外す。
ヒュウウウウウウ
ズダアアアアアン
「いってええええ、フゴッ!?」
悶えながら何とか起き上がろうとした拍子に、顔ほどデカイ松ぼっくりが追い打ちとばかり頭n
『カチカチカチ
鑑定結果(緊急略式):
【グレネードボックリ】:
瞬発信管、でゴダんす。』
チュドオオオオオン
「…………………けふっ」
「これぞ、『農家(辺境の)流修行・フェイズ2』で〜す」
「盛りすぎじゃね!?!」
何故か誇らしげに薄い胸を反らすラファエラさんにやっとツッコめた。
えっ!?なにこれイジメ!!?
ツッコミを入れる暇もなかったんですけど!?今一瞬、元中での日々がデジャブったんですけど!?
【異領域】での筋トレはそれなりの効果が出るからギリギリ許容できるけど、今の明らかにいろいろと不要だったよね!!?
「人間は〜、視覚情報と三半規管でバランスをとってるんです〜。だからそれを潰すんです〜」
「やっぱりイジメじゃねぇか!?もっとやりようがあるだろうが!勘で綱渡りしろとでも言いてぇのか!!」
「ご名答〜、えいっ!」
「アアアアアアア!!?」
まーたー、世界がー、まぜまーぜ。
天高く飛んでー、おーちーるー。
芸術はー、ばーくはーつだー。
それから暫くの間、日が暮れるまで松林で少年の悲鳴と落下音と爆発音が木霊し続けるのだった。




