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「街のこっち側は、ナンテーネ城の裏側にあるから裏通り、昔はもう少しきれいだったらしいけど、今はさびれてご覧の通り。近頃はかってに旧市街なんて呼ばれてるんだ」


 裏通りの古巣に戻ってきた私は、古くて薄汚れた建物の並ぶ路地を歩きながら陽気にここの成り立ちを説明した。

 所帯染みたおばちゃんたちが、あけすけで品のないうわさ話に花を咲かせている水路脇の洗濯場を通り抜けて、あちこち崩れかけの石階段を上ったり下ったり、入り組んでだまし絵みたいになった道のりをどんどん進んでゆく。歓迎ムードで盛り上がっていた表通りと違い、こちらはいつも通りだ。


 そんな、見るからに表通りとは違う様子の場所へ入っていくので、バラッドが不安がってるんじゃないかと思ったのだが、バラッドは私の話を頷いて聞きながら大人しく私の後をついてくる。


「つまり君のたくましさは、ここで培ったという訳だ」

「安心しなよ。変な所には連れて行かないからさ」

「んっふふふ。ぜいたく言わんよ、屋根があれば上等ってなもんなんだから」

「よかった。それ聞いて安心したよ」


 だんだんバラッド節にも慣れてきた。

 私は少し歩いたところで、前方にある民家の向こうに見える教会を指さす。


「ほら、あそこの教会なら、今晩泊まれるよ」

「教会ね。そりゃいいんだけど、君の家ってひょっとして訳あり?」

「ああ、うち孤児院なんだ。来ても雑魚寝になるから、こっちの方がいいと思って」


 愛の女神セレスティーナ様を祀る教会は、その教えによって旅人には親切にすべしとされている。この裏通りの教会も例外ではなく、簡素ながら宿泊施設が用意されているのだ。

 しかしこの賑やかな日でも、わざわざ寂れた裏通りへ来て泊まろうという輩は少なく、宿泊目的だけならこの教会は穴場である。

 と、思っていたのだが。

 私の予想に反し、教会はなんだか慌ただしい気配に包まれていた。

 見知った顔ぶればかりの人だかりができて、教会の庭を取り巻いている。私とバラッドは何が起きているのかと、興味津々にその輪に加わった。輪の真ん中には、この教会の司祭様が立っていて、驚いたニワトリのような有り様で、あわあわと取り乱している。


「えらいこっちゃ~」と司祭様はくり返していた。

 この人はいつもこういう、オッチョコチョイな振る舞いをする。見た目にもコミカルな外見をしており、大きな瞳に大きな鼻、小太りの丸っとした体はまるで風船のようだと評判だ。


「大騒ぎして、どうしたっていうんです司祭様?」誰かがそう言うと、司祭様はぴたっと動きを止め、握った拳を振り回しながら真面目ぶった顔つきで集まった皆を見回した。


「えらいこっちゃですぞ! 聞いてびっくり、おったまげ。なんと皆さんお聞きなさい!」


 司祭様の真剣なまなざしに、みなが固唾をのむ。


「本日我が国へまいられたマジマージ王国のチョコザイン様が、な、な、な、なんと! この教会を訪問されるとお達しがあったのです! わしゃもうプレッシャーで、ひっくり返りそうですわい!」


 その言葉に観衆はどよめいた。私は青ざめた。バラッドは、ヒュウと口笛を吹いた。


 ここで、この世界の神殿と教会の違いについて説明しておこう。

 簡単にいえば、神殿は女神様が住まう、もしくは降臨するとされている建造物のこと。

 教会は、信者が教えを受けるために建てられた施設のことである。


 似て非なる意味合いを持つこの二つの違いは大きい。このナンテーネにある神殿は、城に近い場所に鎮座しているが、その神聖さゆえ出入りできる者も限られており、その歴史はこの国よりも長いという。それぐらい重要な場所なのだ。教会とはわけが違う。


 今回この国へ訪れたチョコザインの目的は、神殿の視察のはずである。そりゃあ、マジマージ王国の神官長が来るのだから、教会を訪れて教えの一つも説くこともあるだろう。 しかし、それだって表通りの大きくて立派な教会へ行くであろうと、誰もが思っていたのだ。

 そもそもここの住人たちは、一般庶民からすると雲の上の存在であるチョコザインの事は、見物には行っても身近に関わる存在としては見ていなかったのである。


「なあんで、急にこんな小ぢんまりした所へ、お偉いさんが来るんだよ?」

「わからん。余程の真面目か変わり者なんだろう」

「えらいこっちゃ~」


 口々にそんな言葉が飛び交う。急な話に裏通りの人々は困惑した。しかしその内、ともかく準備をしようと誰かが提案し、みなで手分けして教会を掃除することになった。

 こうなると、地域住人の妙な結束力が発揮される。私とバラッドの手にも、いつの間にか箒がにぎらされており、バタバタと大騒ぎする大人たちの勢いにまかれて追い立てられて、気がつけば二人で道端を箒ではいていた。


 アニメならここで「トホホ。なんでこんなことに」とか言い出していそうな状況である。


「お兄さん、ごめんね。ここの人でもないのに」私はバラッドに詫びた。

「いやあ、一宿一飯の労働と思えば……と、あの様子じゃ泊めてくれるか怪しいかもね」

「心配しないで、私が責任もって泊まれるところ探すから」

「いーのよ。気にしない気にしない、俺ってばタフだからね。その辺でも寝られちゃうんだからさ」


 バラッドはそう言って朗らかに笑った。いやでもこれは手紙のお礼だから、ちゃんと宿を探さねば。バラッドとガルザを会わせたくないので、孤児院へはあまり連れて行きたくないのだが、さてどうするか。


「それにしてもチョコザインが、ここへ来るとはね。おたくさん、やけに物知りな感じだけど。もしかして、お偉いさんがこの教会に来る理由、何か知ってるんじゃないの?」

「えっ」


 不意打ちのようなバラッドの質問に、箒の柄をギュッと握りしめて、私は思わず裏返った声を上げた。しまった。チョコザインの話題につい反応してしまった。


「……おっ、怪しい反応だ。俺は勘がいいって、言ったっけね」


 バラッドは私の反応に、ずい、とテンガロンハットのつばが触れるほど顔を近づけて、目を覗きこんでくる。どんな嘘も見逃さないぞというかのような仕草に、私はじりじりと後ずさった。


 しかし、バラッドのこの感じ……ひょっとすると彼は彼で今回の件について、私の知らない情報を掴んでいるのではないだろうか。

 先ほどの口笛、トレジャーハンターのバラッドは、何かヒントを掴んだ時に口笛を吹く癖がある。どう繋がるかは不明だが、バラッドの持つ情報がチョコザインに関する何かなら、ぜひとも知っておきたい。


 私は後退するのを止めて、真顔を作った。


「そっちこそ、ずい分訳知り顔じゃないか。今ので解ったよ、お兄さんがここに来たのは、チョコザインが目当てなんだな? この訪問にはなにか妙なところがあるって、知っているんじゃないの」


 それっぽく問いただすと、今度はバラッドの目がさっと泳いだ。おお、当たらずとも遠からずか? 是が非でも聞き出したいのを堪える。

 便宜上ミステリアス振っているが、実はこちらの中身はすかすかだ。それを悟られぬよう、私はわざと別にどうでもいいけどね、という態度をとることにした。肩をすくめ、掃除を再開する。


「教会の秘密が知りたいなら、あそこに泊まるのが一番だろうね。今は慌てているけど司祭様はいい人だから、きっと寝床を用意してくれよ。あとでお願いするから、少し待ってて」


 道の脇にたまった落ち葉やなんかを掃いて集めながら、素っ気なく言い放つ。と、バラッドの手が、私の箒の柄を掴んだ。見上げると、バラッドと目が合う。

 その瞬間、彼からついにおどけた仕草が消え、奥底に眠る熱いものがむき出しになったような気がした。力のこもった瞳が瞬きすら許さぬような迫力で私を見据える。


「釣れないねえ。少しぐらい教えてくれてもいいじゃないの」


 ひょうひょうとした声にも凄みがこもっている。

 やっべえ。これが雑魚を片手で蹴散らす男の本気か。だが、私だって伊達にガルザの幼なじみではない。あいつの無言のプレッシャー以外なら勝てる自信がある。

 まともにその顔を見返しながら、私はその視線を逸らすまいとした。


「教えろっていっても、何について知りたいの」

「たとえば、お宝の話なんてどうだい」

「お宝か、悪いけどそんな話は聞いたことがないな」

「そうかい? それじゃどんな話なら知ってんのかな」

「別に、大した事は知らない。お兄さんの聞きたいことによるよ」


 私がそう答えるとバラッドは、思い巡らせるように視線を上に向け、それからパッと思い出したようにまた私の方へ顔を向けた。


「名前は?」

「ん?」

「名前だよ、まだ聞いてなかった。教えてくれないか」

「あっ、ああ、そういえばそうだね。私はシオン、お兄さんの名前は?」

「俺はバラッドだ。よろしくな、シオンちゃん」


 少しだけ茶目っ気の戻ったバラッドが、気さくに私をちゃん付けで呼んだ。普段そんな風に呼ばれたことがないので新鮮だが、このままそうやって呼ばれるのは、恥ずかしいのでやめてもらいたい。


「で、だ。シオンちゃん」私の思いを見透かしたようにバラッドが言い。


「あんた何者?」


 そう聞いた。

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