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彼の名は、バラッド。凄腕のトレジャーハンターだ。気まぐれな性格をしており、その時々によって雇い主を変え、時には悪人の手先になっていたりと、敵にも味方になる謎めいた態度で主人公たちの前に現れては、いつのまにか姿を消してしまう。
しかし、実はその行動はすべて、妹の病気を治す方法を探すためのもので、情報を集めるために、どんな相手からの仕事も引き受けていたという事情が、のちに明らかとなりる。
そして色々あって妹の病気が治った物語後半からは、はれて主人公たちの頼もしい仲間の一人となるのである。
以上が、アニメに登場していた際のバラッドのざっくりとした経歴だ。
ちなみに、妹の名前はソネットといい、憂いのある可憐な美少女だということを付け加えておこう。
私がおもわず彼を追いかけたのは、その妹の病気の件もあるが、もう一つは単純に彼に会ってみたかったのだ。子供の頃に憧れたヒーロー。前世の私にとって、バラッドはそういう人物だったのである。
パレードでばら撒かれたチョコレートの香りが、町の中をふんわりと甘く漂っている。
先ほど見かけた姿を追って、町の一角へ行くと、人混みの中にバラッドを見つけた。ああ、やはり見間違いではなかったのだ。
バラッドも、当然ながらアニメに登場していた頃よりまだ幼い、私より一つか二つ年上といったところだろう。しかしながら、アニメで見た時の面影をのこした出で立ちと、独特の雰囲気というかオーラのある少年であった。
はっきり言ってしまえば、私はガルザの事だけを考えて行動している。それ以外の人のことは誠に申し訳ないが、眼中にはない。薄情だが私には、見知らぬ他人の事情にまでかまけている余裕などないのだ。バラッドの事もこうして目の前に現れるまでは、何もしようと思わなかった。だからせめて、その辺りはネタバレを報告した際に、すべて女神セレスティーナ様へゆだねたのである。
しかし、ここへバラッドが現れた事で、またなにか事態が動き出している予感がした。チョコザインだけなら偶然で済ませられたが、私が出会ったアニメで見た第三人目の人物もこれから(一応立ち回りとして)悪役になる人物というのは、偶然にしては出来過ぎている。
彼に会えば、何が起こるかわからない。しかし、悪役であると同時にバラッドは私が初めて会う正義の側の人間なのだ。いやまあ一応、このタイミングに現れた彼を怪しむ気持ちもあるにはあるのだが、しかし大人で身分もあるチョコザインと接触するよりは、こちらも対抗手段があるというもの、向こうが何かしてきたら……その時はやるだけの事はやってやろうと思う。
それにしても、果たしてバラッドに、妹の病気を治す方法を伝えて良いものだろうか。もちろん私はその方法を知っているのだが。いや、伝えるにしても初対面の相手にどうすればいいんだという話か。ここまで追いかけてきて、何を今更という気もするけれど。
そんなことを考えながら、遠くに見えるバラッドの姿を追いかけていたのだが、ふいに、群衆の波をはなれて、バラッドの姿が人気の薄い角へ消えた。その動きを見た時、私の脳裏に閃くものがあった。
これは……この感じは、こちらの尾行がばれたっぽいな! 気配に気がついて恐らく、こちらの出方を伺って、待ち伏せしている可能性が高い。
なにせ相手は、あのバラッドである。脳裏にアニメの映像がよぎる。隠れた敵に一番初めに気がつくバラッド、そしていつの間にか敵の背後に現れるバラッド、とどめの必殺技で敵を倒すバラッド。
私は歩みを止めずに、バラッドの後を追って、建物と建物の間にできた細い路地へ入った。
「どうした、こんなところで迷子かい」
すると何歩も歩かない内に、ひょうひょうとした熱のない声が、すぐ後ろから話しかけてきた。声変わりはしていないが、バラッドの声である。ほっ、本当に出た。しかもやっぱり背後からきた。おもわず戦慄を覚えるタイミングである。
「ここは私の地元だから、帰り道はわかってる」
私は落ち着いて答えながら、立ち止まって体をすこし後ろへひねった。バラッドは路地の入口を塞ぐように、壁に体を傾けている。影が降りた貫禄のある佇まいである。
くたびれたポンチョを体に巻き付け、革のテンガロンハットを斜めに傾けた荒野の無法者のようなその格好。こんな少年が歩いてたら、そりゃ人混みの中からでも見つけられるという話だ。
向こうも私がただの子供ではないと気がついたのか、二人の間に、お互いを探りあうような沈黙ができる。私が物怖じせずに向かい合うと、本題を切り出してきたのはバラッドの方だった。
「……なんで俺の事をつけてきたんだ?」静かな口調でバラッドは聞いた。
「あんた……いや、お兄さんを見た時、知ってる人に似てる気がしたんだ。気のせいかもしれないけど、追いかけたら分かるかと思って」
私がそう答えると、バラッドは壁から体を起こして近づいてくると、私の目を覗きこんできた。私の言葉も嘘じゃない。まっすぐ見つめ返すと、こちらの真意を探っているらしいバラッドの顔には、少し面白がるような表情が浮かんだ。
「その年にしちゃ度胸があるのか、それともただ鈍くさいのか。変な子だな」
「それ、この間幼なじみからも言われた」
「んっふっふっふ。成ある程ね、それで俺は君の知ってる人だったわけ?」
「どうだろう。お兄さんは、私のこと知ってる?」
「……さあて。俺には覚えがないねえ」
バラッドは肩をすくめた。まったくもって、お互いの年齢を疑う会話である。
この人を喰ったような不敵な態度、流石はバラッドだ。
かつて『魔装鎧伝ユウマ!』を見た大勢のチビッコ達が彼のマネをして遊び、そのうちモノマネ芸人の持ちネタの一つにもなっていただけの事はある。濃ゆい。その独特の立ち振舞いを前にした私は、ごくりと唾を飲みこんだ。
「お兄さんの方こそ、変わってるね」
「あらら、バレちゃった。そうそ、俺は変わってるついでに、勘もよくてね」
「ふうん」
「見るからに、何かあるって感じね。おたく」
そう言って、バラッドはチョンチョンと指で私の肩をつついた。
私はその手に視線を落とし、考えこむ素振りをしてから、またバラッドの顔を見上げる。
「……頼みたい事があるんだ」少し迷ってから、私は口を開いた。ほら来た、というようにバラッドが首を傾げる。うん、よし、この方向で行こう。
「ある人に、手紙を届けてほしくて、だからよそから来た人を探してた」
「ふん。手紙ね、よっぽと大事なお手紙らしい」
「そう。とても大事なものなんだ。だから、信用できる人にしか頼めなくて」
「ははは、信用できる人ときたか。そりゃ、ただごとじゃなさそーね」
「ねえ、お兄さんは東には行かないの?」
「さてねアテのある旅じゃなし。けど、悪いが俺は郵便ポストじゃないんでね。使い走りなら、他の人に頼みな」
片手を上げてひらりと振ると、バラッドは踵を返そうとする。
しかし、ここからの粘り方ぐらい、私も知っている。このバラッドという男、アニメの通りの性格なら、妹の事があって少女のお願いに弱いはずなのだ。
「頼むよ。報酬は、出せないけど。私にできる事ならするから、だから、お願い。お願いします!」
そう言って、私は精一杯、頭を下げた。何なら土下座しそうなぐらいの勢いだ。
「お、おいおい」頭の上でバラッドのギョッとした様な声がする。
私は膝に頭がつきそうになるまで礼をしながら、バラッドがこの話に喰いついてくれるように願った。私は薄情者だ。しかし自分の態度一つで、病気の少女がどうにかなるかどうかの瀬戸際になりふり構うほどのプライドもない。
「女の子に必死になられちゃあ、弱いねまったく。俺ってばフェミニストだもんで」少しの間が開いた後、観念したようにバラッドが言った。「まあまあ、頭を上げなさいよ。……それで、その手紙の宛先はどこなんだ?」
私はホッと息を吐いた。頭を上げて、一つ頷く。
「東にあるモグモグ山の、ガンセキ仙人のところ」
モグモグ山のモグラ族が暮らす集落に隠れ住んでいるガンセキ仙人。
頑固だが、この世界屈指の人格者であり、私もいざとなったら頼りにしようと思っている人物。そこへ、バラッドを託そうというのが私の考えである。
ここで、解説を加えておこう。
バラッドの妹ソネットを助けるためには、<光の花>という花が必要だ。その花の花弁から作られる薬しか、ソネットの病気には効果がない。
しかしアニメでは、その花の咲く秘密の谷を守る妖精たちが、魔王のせいで凶暴化し、人を寄せ付けないため、バラッドを含めた主人公たちはその花を手に入れるのに、それはそれは苦労することとなる。だが、今の平和な世なら話は別であろう。
しかし、悩ましいことに、この世界では妖精の存在を、知る人しか知らないのだ。私が直接この事を伝えても、バラッドは子供の冗談だと思って本気にしないだろう。
これだけ何でもありの世界だというのに、魔王も女神様も妖精も、多くの人は伝説かおとぎばなし程度にしか認識していないのである。
ならば、確実に妖精のいる場所へ導ける人のところに、バラッドを送り込むしかない。と、私はそういう結論に達したのである。そしてガンセキ仙人ならそれができる。
「仙人……ガンセキ仙人ねえ。そりゃ、他の人は本気にしないわな」
「ちゃんと実在する人だよ。辺鄙なところに住んでいらっしゃるけど、どうしても手紙を届けてほしいんだ」
「うーん。まあいたいけな少女の頼みだ。一丁引き受けてあげましょ」
「あっ、ありがとう! 絶対に本人に届けてね。絶対に」
「それだけ念押しされると、どんな内容なのか気になるじゃないの。大体、そんな所に一体なんの要件があるってわけ?」
「それは、私とガンセキ仙人にしか解らないことだよ。説明のしようがないんだ」
「おりょりょ、謎めいてるねえ。これでもし、俺をからかってるだけってんなら、承知しないぜ」
「あのね、からかうならもっとマシな嘘をつくよ」
「どうだかねえ」
胡散臭そうに言うバラッドの目に、一瞬だけ真剣な光が走ったような気がした。妹の病気を治す手がかりを探すために必死な彼は、なんだかんだ言って、ガンセキ仙人の存在が気になったんじゃないかと思う。頼むからそうであれ。
「それじゃ行きましょ」
ひょい、と肩をすくめてバラッドが言った。「どこへ?」と私が尋ね返すと、バラッドは片目をつぶってニシシと白い歯を見せながら笑う。
「手紙のお礼に今晩泊めてちょうだいよ。俺、宿なしなのよ」
「報酬、そんなのでいいの? いいよ、ついて来て」
「話の早い子って好きだよ。お利口ちゃん」
軽口に笑い返しながら、私は路地を出て歩き出した。
という訳で、私はこの一癖も二癖もある男を、裏通りへお連れすることになったのである。




