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 私は勉強してこの世界の知識を身につけることにした。


 ナンテーネ王国にもきちんとした学校はあるし孤児院でもそれなりに教育は受けられるが、裏通りに暮らす貧民層の子供は教会の日曜学校に通う者が大半だ。授業内容は簡単な読み書きと計算に聖書や歴史の話ぐらいのものだが、お金がなくてもきちんと礼拝をすれば誰でも、受け入れてもらえるからである。


 教会の日曜学校に通って歴史や字を覚えたり、捨ててある新聞を拾って理解できる部分だけでも目を通してみるなど、ここ最近はそうした事を続けている。

 前世の記憶がある分知識は増えたが、この世界の文字は一から習わなくてはいけないので、自由に読み書きができるようになるには時間はかかりそうだ。


 わくわくワールドの文明発展率は地域によってピンからキリだが、新聞が手に入る事を考えると、ここはわりと近代化が進んでいる地域のようだ。御存知の通りの身の上なので本なんてぜいたく品は買えないが、拾った新聞なら元手がいらず最新の情報が手に入るのだからありがたい。


 さて、なぜこんな事を始めたかというと、一つは前世で見たアニメの記憶と合致する所を見つけて私の記憶が勘違いじゃない証拠を探したかったのだ。


 すぐに私の記憶は間違いじゃないとわかったが、正直に言うと<シオン>が知らないはずの人物や土地を確認するたびに心が変に震えた。私は本当は自分が間違っていた方がいいとどこかで思っていたのかもしれない。


「お前、神官にでもなるつもりか?」


 拾った新聞を読んでいる私に、ガルザがそう言った。裏通りの壁にもたれながら、マジマージ王国のチョコザイン神官長の顔写真と睨めっこしていた私は、眉根を寄せたまま顔を上げた。すぐ横にいるガルザは腕を組んで、じとっとした目で私を見ている。


「バカ言え。神官なんて堅苦しい仕事はごめんだね」

「けっ、そう言ってこの頃やけに熱心にお勉強してるじゃねえか」


 <お勉強>なんてわざと嫌味っぽい言い方をするのは、私が急に教会に通いだしたせいだろう。ガルザは無神論者だ。神様がいるならどうして不幸な奴らを救ってやらないんだとその存在を否定したがっているのだ。それにガルザは神様だけではなく、身分社会の不公平な世の中に反発を抱くロックな精神にあふれた少年なのである。


 私も臨死体験する前はそうだったが、今は違う。

 セレスティーナ女神様にはいてもらわないと困る。でないと世界がやばい。


「いいか、ガルザ。私は賢いやつになりたんじゃない、物知りな奴になりたいのさ」

「同じことじゃねえのか」

「違う。全然違う。勉強できる奴と物知りな奴は別だ。私が目指してるのは計算はできないのに、珍獣の名前はスラスラ解説できる。そういう知恵のある奴だ」

「……そりゃあ、変わった目標だな」

「おう」


 私が勉強を始めたもう一つの理由がそれだ。

 普段は役に立たなくても、ここぞって時に知恵を使って活躍できる。そういう人に私はなりたいのだ。


 決意に満ちた私の顔を見ていたガルザは、考えこむように顔を背けて黙り込んだ。

 私は新聞のページをめくり、また記事に目を戻した。「おい」とガルザの声が掛かる。


「シオン。お前、何を隠していやがる」


 その言葉に思わずギクッとした。ガルザの声は淡々としているが鋭さを帯びている。なにしろ私の行動は不審なことだらけだ。そりゃ、変だと思うだろう。私も自分を変だと思っているんだから。今までガルザがそれを聞いてこなかったのは、私の事を信頼してくれていたからってだけだ。


 私は新聞を読むふりをしながら返事をした。


「……答えたくない。お前に嘘つきたくないが、本当のことも言いたくない」

「へえ、小難しい事を言うじゃねえか」

「気に入らないか?」

「そうだな。お前らしいぜ」


 そう言ってガルザは黙り込んだ。こいつのズルイ所である。私の口の割り方をガルザはよく心得ている。だてに付き合いの長い間柄ではない。私は、こういう無言のプレッシャーにとてつもなく弱いのだ。


「……」

「……」


 だが残念だったなガルザ。前世を思い出した私の中身はもう子供じゃない。大人だ。社会人だ。いわゆるロリババアだ。お前のその刺すようなプレッシャーなんかちっとも効かないのさ。


 ……横目でそっと相手の様子を伺うと、ガルザは俯き加減に目を閉じていた。ダメだ。睨まれるより怖い。きっと怒ってるくせに何も言ってこないし突き放してもこないから、勝手に焦ってしまう。いかん、完全に相手の思う壺だ。


「……」

「……」


 うう。くううう。沈黙が辛い。


 私は<シオン>なのだ。私の中の二つの記憶は今世の記憶の方が遥かに鮮明で強い。他人に責められるならいざしらず、ガルザは私の家族なのだ。

 あれだ。何歳になっても兄貴に勝てない妹の気分だ。暴力を振るわれるわけでもない。喧嘩なら殴り返せばいいだけだ。口喧嘩なら上手く誤魔化せばいいだけだ。だけど、こういう無言の圧力でこいつに勝てたことは一度もない。


 真実を話すことはできないが、胸の中に溜まったものをぶち撒けてしまいそうになる。


 それでも推定七歳児にはヘビーな内容になるだろう。いや、七歳児にしてはガルザは達観してる気がするけども。そういえば、子供が主人公のアニメって、子供が全体的に年齢詐欺かというぐらい大人びている事があるよな。


「ま、まあ。あれだ」


 耐え切れず私は思わず口を開いた。ごほん、とわざとらしく咳払いする。


「……確かに最近の私の行動はおかしな事だらけで、お前が疑問に思うのも無理はない」

「お前が変なのは、今に始まったことじゃねえがな」


 一刀両断するようなツッコミが入った。

 どういう意味だとガルザを見れば、横目でこちらを睨む瞳と視線がかち合う。

 ガルザは手を前に持ってきて、指を一本ずつ折りながら述べだした。


「カマキリの繭を集めて生まれた幼虫を軍隊に調教しようとした。穴を掘って世界の裏側に繋げようとした。その途中で化石を掘り出そうと……!」

「もういい、忘れろ! 記憶をなくせ! それ以上言うな!」


 私は慌ててガルザの口を手で塞ぐ。恥ずかしい幼少時代の話に沸騰しそうなぐらい顔が熱い。絶対真っ赤になってると思う。

 幼少といってもここニ、三年内の話ではあるが、無垢な子供の柔軟な発想からなる珍妙な行動を引き合いにだされて心が折れそうだ。ああそうだよ得意満面に穴掘ってたよ。集めたカマキリの繭は春には大変なことになったさ。私だってしょせんこの呑気なわくわくワールドの一員て事だ。


「卑怯だぞガルザ。そういう昔の話はよせ! ほんとによせ!」


 ガルザは口を抑えてた私の手をすげない仕草で払い落とすと、今度は反対に私の左右の頬を両手でつまんで引っ張ってきた。いたい!


「ひゃにひゅんだよひゃめよ!」

「ああん? 何言ってるかわからねえなあ」

「いひゃいひゃよ! ひゃか!」


 さすがガルザだ。容赦がない。人の頬をぐにぐにと引っ張りながら今日一番の笑顔を浮かべている。私はガルザの手首を掴んで引き離さそうと抵抗するのだが、意にも介していないのかびくともしない。


 散々遊ばれた後でやっと手を放してもらい。私は痛む頬をさすりながらガルザを睨んだ。


「ううう。この野郎……」

「で、今度はなーにを企んでんだ?」

「絶っ対教えてやらん!」


 心の底から叫ぶと、ガルザは鼻で笑った。その目は(どうせすぐにバレるぜ)と語っている。人の気も知らないでこのやろう。


 と多少腹は立ったが、ガルザはそれ以上追求はしてこなかった。

 そして気がついたら新聞はぐしゃぐしゃになっていた。

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