6 ストーム
『敵艦、CMWを発射しました! 進路変更なし! 衝突コースです!』
「こ、こんな馬鹿な戦い……」
顔色のないアーモン。その顔を滝のように汗が流れてる。と、フラリとバランスを崩した。たたらを踏んでなんとか立ち直る。
「副長、少し休め」
その様子を確認していたシフォンが声をかける。
「いや。大丈夫です」
「ブリッジで倒れられたら士気に障る。サイード!」
「あい」
妙な返事をして男が前に出た。灰色がかった茶色の髪に、碧眼という取り合せの男である。ぱっと目に歳を取っているのか、そうでないのかまるでわからない飄飄とした顔だ。
「アーモン副長を医務室に。代わってお前が副長を務めよ」
「了解。さあ、アーモン副長。医務室へ」
「しかし……」
「大丈夫です。まぁ、お任せあれ」
口調の軽妙さと、石工が削り出した岩のような眉一つ動かさない顔とが、ものすごいギャップを生んでいる。サイードは手早くアーモンを送りだして、シフォンに近づいた。シフォンも意味ありげに目を向ける。
「あれでも、よく保った方だ」
「そうですね。しかし敵も避けませんな」
サイードが眠そうな目でモニターを振仰ぐ。
「避けたら、次の手がない。狙い撃ちにされる」
「あと……三十五秒でCMWが爆発すると。ふむ。この距離ではストームが起きますな。その中で進路変更すると」
「いい手だ。取るべき最善の手と言える」
シフォンはかすかに笑みを浮かべて言った。そんなシフォンにちらりと視線を走らせ、サイードは無表情に応じる。
「嬉しそうですな。上の方々にその笑みをもうちょっと見せれば受けがよくなると思いますが」
シフォンが目を細めてサイードを見る。
「今の言葉は、私に女を武器にしろと聞こえたが?」
静かな口調ながらかすかに怒りを含んでいた。だがサイードは眠そうな目のまま、平然とシフォンの言葉を受け止める。
「立ってる者は上司でも使え、がモットーでして」
「なんだそれは?」
「部下が仕事をするにはそれぐらいでないと、いかんということですな」
「……呆れた奴だ」
シフォンが苦笑し、剣呑だった雰囲気も肩透かしをくって和らいだ。サイードは何事もなかったかのように平然としている。
『ミサイル爆発まで、あと五秒!』
■ ■ ■
『ミサイル爆発!』
アナウンスとともに、CMWの爆発に巻き込まれて、敵の放ったミサイルも誘爆を起こす。同時に破片の津波が艦を襲い、船体が悲鳴を上げた。
キャンベルは器用に身体を浮かせて、揺れを避ける。思わず手すりに捕まって揺れをマトモに受けてしまったフレウと大違いだ。
『ストームです! 敵艦をロスト!』
距離が余りに近かったために、様々な爆発の副産物でレーダーが大きく乱れる。
「回避を! 敵艦はもう、すぐ目の前です!」
その言葉に、飛竜士のシュマイケルが眼孔鋭く振り返った。
「おい。俺は避けねぇぞ。チキンレースで負けるわけにゃいかねぇ」
「そうだな。それに今動けば、逆に危険だ」
キャンベルも答えて、大きく引き下げた艦長帽から、目を光らせた。
『武器管理庫から艦橋へ』
音量が大きすぎて、緊急アナウンスが艦橋にワンワンと響く。
「音量を下げろ! なんだオリヴィア?」
『多弾頭すり抜けなんて芸当、久しぶりに見たからな。こっちもお返ししないといけないだろ』
「何考えてんだお前?」
『敵さんは、ギリギリかすめて旋回する作戦だ。向こうの方が径が小さいからな』
敵艦は最新鋭ではないが、スターホーク級の艦より旋回能力が高い。
『だから擦れ違ったところで側面を攻撃する』
「バカ言え。そんな便利な武器は敵にだってないぞ」
宇宙で戦闘艦同士が、かするほど近くをすれ違うことは、まず無いから当然だ。
『信号弾がある。あれは側面についているからな』
「信号弾って、お前……」
『意外にバカにできないんだぜ。あれでも初速が五〇を越える。当たれば効くぜ』
「ほほぉ」
「んなっ、無茶です!」
「面白れぇ」
笑うシュマイケル。悲鳴を上げるフレウ。
「しかし、できるか?」
キャンベルの問いに、緊急アナウンスを通じて複数の声が聞こえてきた。
『できるぞお』
『やらせろお』
『つー訳だ。やらせてくれや』
「なんですか! それは!」
フレウは怒鳴るが、キャンベルの顔にはいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「まあ、いいだろ。やってみろ」
『りょーかーい』
『まかせろー』
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
フレウは悲鳴を上げるが、キャンベルは平然としたものだ。
「別にはずれても、誰の損にもならん」
「戦闘記録に残るじゃないですか! 後で報告を求められますよ!」
「新しい戦法として、士官学校に呼ばれたらどうしよう?」
「呼ばれません! 処分を受けます!」
「誤作動で、信号弾撃っちゃったことにすればいい」
「適当過ぎるでしょ! 前科があるんだから、信じてもらえませんよ!」
怒鳴るフレウを遮って、アナウンスが入った。
『敵艦確認! 距離一〇〇! 速度五〇! 敵艦、進路を左舷二度変更! すれ違います!』
「来るぞ! 準備は!?」
『ばっちりだー!』
「だから駄目だってば!」
「よしっ、撃てぇっ!!」
キャンベルが怒鳴った。信号弾が四本、発射される。
ズン!
「ピタリだ。当たったな」
「ああああ。報告なんて書こう……」
「あれ? 習わなかったのか? 戦場では臨機応変にが基本だぞ」
「応変過ぎます! 隠密行動の命令なのに、目立ってどうすんですか!?」
「ああ、そうか。船体に信号弾が跳ねて綺麗だったろうな」
「だから! どうしてそういう思考になるんですかっ!」
■ ■ ■
『警報! Eブロック、隔壁異常発生!』
警告音と共に、レッドランプが一斉に点灯した。
「おっと」
サイードが驚いたふうな声を出した。でも顔色は変わらない。激しく動揺していたアーモンとは一八〇度違う反応である。
『同じくEブロック、配電システム異常! 敵の攻撃です!』
「攻撃? 側面から? この距離で? そらまた大した手品で」
「今の衝撃は爆発じゃない。なにか隔壁にぶつかったんだ。あ、そうか。側面発射できるものと言えば信号弾だ。擦れ違いざま近距離発射してくれたんだな」
シフォンは、苦笑して薄い唇に指を当てた。
「ははぁ。信号弾をぶつけてくるとは、いくらなんでも見たことも聞いたこともありませんな」
「全くだ。いや待てよ? もしかすると、多弾頭ミサイルを擦り抜けた返答か? ふん、面白い」
シフォンの口端に不敵な笑みが浮かぶ。
「旋回だ。悪いがこっちの方が、径は小さい」




