4 連合事務総長
『――番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。
ASA十三星域標準時間一五時一〇分頃、アルカルに近い中立星域にある宇宙ステーション、スペース・アイで爆弾テロがありました。現在スペース・アイは通信不能になっており、死傷者の数も不明です。
またこの宙域で戦闘艦二隻による格闘戦が行われているとの情報もあり、救援活動への影響が心配されています。
近隣のアルカルとヘリオンは、七年前の星域紛争から武力をともなう対立が続いており、ASA十三星域における「火薬庫」と呼ばれています。近年両国は星間弾道ミサイルを含む武装化を行いつつあり、緊張は近隣惑星にまで広がっていました。
ASA十三連合のフレリック・ヘンダーソン事務総長はこの事態を重く見て、先日、両国の大使を呼び、和解への代表者会談の設置を呼びかけたばかりでした……』
パチンとテレビの画面が消えた。ほとんど同時に事務官がドアをノックし、返事も聞かずに入ってくる。
「ちゃんと許可を得て入って来たまえ。マイスター事務官」
ASA十三連合事務総長フレリック・ヘンダーソンは、分厚い眼鏡の向うから妙に瞳孔の小さな灰色の目で、ジロリとマイスターを睨んだ。
今月六〇才の誕生日を迎えるヘンダーソンは、ASA十三星域の二つの大国の一つ、ベルディナードの外務次官を経て、連合の事務総長に就任した。もちろん事務総長として中立の立場を崩す事はできないが、それでも多分に政治的影響力を各方面に与え得る。
前任の事務総長マクレガーは、もう一つの大国カーミアンの出身で、事務総長辞任後カーミアンの首相にまで上り詰めた。マクレガーにできたのならヘンダーソンにもできる。年齢的にヘンダーソンにはチャンスがそうない。ここで和平の立て役者として功績を上げる事が、首相の道を照らす輝かしい光となるはずだった。
「申し訳ありません。急いでお伝えする情報がありまして」
たいして済まなそうな顔を見せず、マイスターは軽く頭を下げた。
「そういう時こそ礼節を守らなければな。それが大事なことなのだ。緊急事態の時こそ落ち着く。急ぐときこそ礼節を守る。わかるかね?」
つまらないことを偉そうに言って、ヘンダーソンは深々と椅子に座り直した。冷めかけた紅茶に手を伸ばす。
「で、なんだね?」
「スペース・アイ四Sは、恒星I九四へ向けて落下しています」
「ら、落下だと!?」
ヘンダーソンの手は、そのまま伸ばした格好で凍りついた。
「はい。脱出可能限界高度まであと四時間ほどです」
マイスターの冷静な声が、どこか空虚だった。
「……落下はもう止められないのか?」
「残念ながら不可能だということです」
――なんということだ……よりによって地球資本の宇宙ステーションを……。
I九四という辺境の小さな恒星、衛星を一つも持たないその星の軌道に、なぜエキサミット・アーツ社が宇宙ステーションを建造したかは謎である。だがそんなことはこの問題の本質ではない。地球資本であること。それが一番重要な点なのだ。
和平の呼びかけは完全に無視された。面目を失ったことに気づいてヘンダーソンは、怒りでギリギリと歯ぎしりをした。
「アルカルとヘリオンの大使はまだ来ないのか!?」
顔を上げるなり、事務官に咬みつくヘンダーソン。
「はっ。もうすぐいらっしゃると思いますが」
「何をやっているんだ。非常事態だぞ!」
唾を飛ばして激怒する事務総長。自分の功績が台無しにされた。そしてこちらが重要なのだが、母国ベルディナードの影響力に傷がついたことが、なによりまずい。
卓上のインターホンが鳴った。女性の事務官が機械的に来客を伝える。
「アルカル、ヘリオン両大使がいらっしゃいました」
ヘンダーソンは直立不動のウォルターにチラリと視線を投げ、大きく息を吐いて立ち上がった。同時にインターホンに手を伸ばす。
「今、行く」
■ ■ ■
ASA十三連合のだだっ広い会議室。
右と左の席に対面するようにして、ヘリオンとアルカルの両大使が着席している。
立体通信で会談する事も可能だったが、ヘンダーソンはわざわざ連合本部まで両国の大使を呼びつけてみせた。ヘンダーソンにとって、怒り心頭の表現を示したつもりだったが、両大使には、それが子供じみたヒステリーのように写っていた。
服装は、ヘリオンの大使が軍服、アルカルは背広だったが、ヘリオンのルー・アダムズよりアルカルのステファン・ギレットの方が、目つきが鋭くよっぽど軍人の様だった。
そのギレットは去年大使に着任したばかり。まだ三十半ばのエリートである。鋭さとそれを支える才能が、全身から満ち溢れているため、周りにいるものはむやみに緊張してしまう。それはまるで、冷気の衣をまとっているようだった。
一方、ヘリオンのルー・アダムズは今年五十五才。大使として二〇年近く活動してきたベテランだ。こちらは逆に柔和な外見ながら、腹の底を読ませない老獪さが特徴である。
ヘンダーソンは眼鏡の奥から二人をねめ付けると、重々しく口を開いた。
「つまり、両国とも全く今回の件に関して、関係が無いと?」
ヘリオンのルー・アダムズがうなずく。
「少なくとも我が国に関しては、そのとおりです。問題の宙域で作戦行動中の艦船は、ただの一つもありません」
笑みすら浮かべるルー・アダムズを、ヘンダーソンは真っ正面から見据えた。
「報道機関の情報とは、かなり違うな」
「彼らの情報は当てになりません。スキャンダラスに煽り立てるのが商売なんですから。それに、移動中だった船が救援信号を聞きつけて、急行したのかも知れません」
「確認できないのか?」
「我々も先ほどテレビで事態を知りましてね。今大急ぎで情報を集めてる最中です。しかし少なくとも、戦闘行動中の戦闘艦は一艦もいないと断言できます」
「戦闘の事実は絶対無いと断言するわけだな」
「ありません。こちらが攻撃されない限り」
ルー・アダムズは悠然と構えている。ヘンダーソンは、ちらりとステファン・ギレットに目を走らせた。
ギレットは軽く目を閉じたまま、微動だにしない。もちろん眠っているわけではなかった。眠るにしては、全身から発する緊張感が強すぎる。冷気の衣も一段と冷えて、そのうち超伝導を起こして火花が飛びそうだ。
「アルカルはどうかね? 大使」
ギレットが目を開けた。三白眼だが別に怒っているわけではない。どうやら人より白目の部分が多すぎるようだ。
「確認中です」
返答は簡潔だった。ヘンダーソンは居心地悪くみじろぐ。
「もし、戦闘の事実が確認されたら、どうするつもりかね?」
「何の理由も無く、戦闘になる事はありません。もし戦闘があったのなら、それはそれ相応の理由があります。そしてその理由は、アルカル側には一〇〇%ないと断言します」
「もちろんヘリオンにもありません」
ヘンダーソンはますます不機嫌になって、二人の大使を睨みつけた。
スペース・アイの落下は、現実に確認されている。それがアルカルとヘリオンの対立によって引き起こされた事は、火を見るより明らかだ。和平会談を反故にした上に、地球資本の宇宙ステーションまで落としておいて、謝罪の一つもないとはどういうことか。
ヘンダーソンは憮然としたまま、深呼吸をするように大きく息を吐きだした。
「では、確認できたら次は、報道機関より早く知らせてくれ」
精一杯の皮肉は通じたのか、どうなのか。チラリと見た時計は一六時二八分。脱出可能限界高度まで、あと四時間九分だった。
■ ■ ■
「早くしろっ! バカヤローッ!」
キャットウォークから身を乗り出して、ラルフ・クラレンスは怒鳴り声を張り上げている。身を乗り出しても、無重力だから落ちる心配はない。
惑星アイオーンの衛星であるCL七は、銀河警察の駐留衛星になって、もう四半世紀経っていた。アルカルとヘリオンの紛争が始まる前は、惑星バルモアにセドリック駐留衛星があったのだが、戦場に近すぎるということで、一時放棄されてしまい、もう六年が経っている。
スペース・アイが通信不能になってから二五分。救援要請の自動通信が入ってから、既に八分が過ぎている。セドリック放棄の後、スペース・アイに最も近い衛星となったCL七では、救援の第一陣が出発しようとしていた。近いといってもこのCL七からスペース・アイまでは、実に四時間近くもかかってしまう距離である。一分一秒争う救助活動に、この距離は絶望的であった。
「このケイブを開けなきゃバハムートが出せないんだよ! 早くしろ! 早く!」
怒鳴りまくるラルフ。がしかし、エアロックの方へ動きかけた船が、また停止する。
「ばかやろう! 早く出せと言ってるだろう! なにやってんだ!」
目をむくラルフに、巡査部長のハッサンが近づいた。
「主任! 出動の中止命令が出されました。課長が上にあがって来いと……」
「出動中止とはどういうことだ!?」
問答無用で胸倉をつかまれ、ハッサンは目を白黒させる。
「いやですから、今入った情報で、スペース・アイのすぐ外で戦闘が行われてるという情報が入りまして、それで……」
「戦闘だと!?」
ラルフの目がいっそう鋭さを増す。
「アルカルとヘリオンか?」
「いやまだ、どこの艦船かわからないんですが、とにかくASA連合の方に連絡を取って、判断を仰ぐということに……」
そこまで言った時には、既にラルフにハッサンの言葉が耳に入っていなかった。
「ヤロウ……」
半眼で唸るようにつぶやくと、キャットウォークに取って返し、下にいる作業員を怒鳴りつける。
「なにしてるグズグズしないで出せ!」
「しゅ、主任!」
「それと巡視に出てるファビットを呼び戻せ。グリーンスリーブスも発進準備だ」
「中止命令を無視する気ですか!? スペース・アイでは武装戦闘艦の戦闘が行われてるんですよ? 余りに危険過ぎます。ここは連合艦隊の出動を待って……」
「何言ってやがる! 連合艦隊の出動なんぞ待ってたら、助かる命も助からないだろうが!」
「しかし命令では……」
「そんなもんクソ食らえだ!」
ラルフはハッサンの手を振り払うと、今隔壁が開いて格納庫から出てくる船に近づいた。
火力は軍の船に劣るが、銀河警察の武装艦である。
「主任!」
「こいつの次はバハムートだ! 急げ!」
――今度こそ戦争しかできない戦争バカどもを、刑務所に叩き込んでやる!
ハッサンの手を振りほどき、ラルフは炎のような意志を瞳からほとばしらせた。




