1 作戦部隊
「船がついたわ」
副官のアレックス=フレウは写し出されたモニターのわずかな光点を見てつぶやいた。光点は潜入部隊が客を装って乗り込んでいる客船である。
アレックスという名前でよく勘違いされるが、一応フレウの性別は女性だ。艦長のキャンベルの下に配属されてじきに一年。この作戦が終われば本部に異動になるはずだ。もちろん栄転である。
「艦長、船がつきましたよ」
ゴン!
「あっつう……」
後頭部に衝撃を受けて、頭を抱えるフレウ。
振り向くと、目の前に足が浮かんでいた。
艦長のジェームズ・キャンベルの足だ。
「艦長! 何寝てんですかっ!」
戦闘艦の中は無重力だから、どこかに体を結ぶかベルトを絞めてないと体が漂ってしまう。居眠りなんかしたら、それこそどこに行くか、わからない。
「んあ? フレウの声が聞こえる……」
「艦長ぉっ!」
目を剥いて叫ぶフレウ。キャンベルはそんなことお構いなく、伸びをしながら盛大にあくびをした。
「あわわわ……」
――その口に何か突っ込んでやろうか。
なかなか物騒なことを考えるフレウ。
「あー、フレウ」
「なんです?」
「起こす時は、怒鳴らずやれよ」
「艦長ぉっ!」
「ほら、それだ」
フレウの怒りなんぞどこ吹く風で、キャンベルは寝癖のある髪をぼりぼり掻いた。
「そこまで怒鳴るとびっくりするだろ?」
「ああ、びっくりするでしょうね! 艦長席で居眠りなんて私もすっごくビックリですよ!」
「そうか、びっくりか」
「そうです!」
「二人してびっくりというわけだ。こりゃ傑作だ。あっはっは」
「艦長おぉっ!!」
「冗談だよ。本気で怒るなって」
にやりと笑いながら、楽しそうに答えるキャンベル。
「どこがどう冗談だったのか教えてください」
おさまらないフレウにチッチッチと指を振って、キャンベルはメインモニタを見上げた。
「寝てたんじゃなくて、目をつぶってたんだ。そう怒るな。それで? あいつら潜入したか」
「……はい。潜入は成功のようです」
――本気で寝てた癖に……本気で寝てた癖に……本気で寝てた癖に……。
不機嫌な顔のままフレウは答える。
惑星アルカルの強襲戦闘艦、スターホーク級『メテオストライク』。現在スペース・アイから八千キロ、星間航路から外れた小惑星帯の突端に浮かんでいた。スペース・アイに潜入したのはもちろん惑星アルカルの戦闘部隊である。
「それと、さきほど目標の入港も確認しました」
キャンベルは顔をめぐらし、艦内の時計を見た。ASA時間一四時二〇分。パックの水を取り出し飲みほす。ぬるい。
「時間通りですね」
フレウも時計を見やって言った。モニターにはスペースアイがゆっくりと回転している。
「気にくわんな」
無精髭を触りつつ、キャンベルはつぶやく。
「なにがです?」
「なんだってわざわざこのステーションを通したんだ? 普通の輸送ルートから見ればはるかに遠回りだし、中立地帯だから護衛艦もつけられない」
「裏をかこうとしたんじゃないんですか? まさか一般貨物と一緒に運ぶとは、思いませんからね」
「だがこうして、現実に情報が洩れてる。情報が洩れれば一発で終わりだ。余りにリスクが大きすぎる」
キャンベルは目を細めて続けた。
「罠かもしれん」
フレウは再び時計を見た。一四時二〇分。
「作戦開始まであと一〇分です。中止のサインを出しますか?」
キャンベルは顔をめぐらし、メインモニタを見回した。貨物船が出ていこうとしている。紛争地域から遠く離れたこのステーションに、自分たちが戦争を持ち込もうとしているのだ。
「いや。もう引き下がることはできん。毒を食らわば、皿までもだ」
その言葉を水のパックと共にゴミ箱に投げ捨てて、キャンベルは艦長帽をかぶった。
スペース・アイ。ドーナツを二つ重ねたような形のこの宇宙ステーションは、直径二〇〇万キロたらずの恒星、I九四の上空二億五千万キロに浮かんでいる。
I九四は惑星アルカルに近い距離の中立星域にあった。長引く武力対立のため、もっと地の利に富むコロニーASAや、ステーション・ファラシアなどの大型宇宙ステーションは、利用されなくなって久しい。なにせ窓から星間ミサイルの爆発が見えるのである。いつなん時流れ弾がステーションに向かってこないとも限らない。
そのため、惑星アルカルに近いというだけで衛星も持たないI九四に、今や星間航路のルートが移りつつあった。まだ座標を知らせるマーカーなどは敷設されていないが、それも時間の問題である。その場合、ASA十三星域の外れにあるこの中型ステーションは、交易の重要な拠点になるに違いない。
だからだろう。以前とは比べものにならないほどスペース・アイの中央ロビーは混雑していた。ちょうど定期船が到着したせいもある。背広または作業服を着た人が早足に出入りしているが、観光客は全くいない。やはり紛争地域から離れているとはいっても、どこかぎすぎすとした空気が、ステーション全体を蝕んでいる。
■ ■ ■
――このやな予感はなんだ?
惑星アルカル潜入部隊隊長の美影 薫は、忙しく搬出を行うリフトを見ながら考えた。
――潜入に問題はない。しかし何かずっと気になっている……。
艦長のキャンベルも、作戦前に「何か気になったらすぐに撤退しろ」と言っていた。彼も何かを感じたのだろうか。薫達潜入部隊は客を装って侵入したが、既に服を着替えていた。今着ているのはこの宇宙ステーションの所有社エキサミット・アーツのマークが入った作業服である。このステーションで働く作業員はみんな同じ作業服を着ている。
東洋系の名前の通り、漆黒の短髪に、同じく漆黒の瞳。鋭利な印象を与える美人である薫は、現在は作業服のせいで女性には見えにくい。
と、薫は全く予備動作なく懐に手を突っ込み振り返った。
「わあ、射たないで!」
同じくエキサミット・アーツ社の作業服を、こちらはかなり着崩した若い男が、申し訳程度に手を上げて立っていた。いや、無重力の中を浮いていた。
「キム、お前なあ。気配を殺して後ろから近づくなって、言ってるだろうが」
「いやあ、つい。前から言ってるように癖なんですってば。でも隊長、無重力でそんな銃を撃ったら、反動でどっか飛んでっちゃうよ?」
「ギャラリーの手すりに、足引っ掛けて支えるから大丈夫だ」
「くわー、曲芸だね。ホント」
キム・コーライ。身長一六五センチ。東洋系だということを差し引いても童顔で、とても二五には見えない。部隊の副隊長にはもっと見えない。俊敏かつ軽快な動きで、どんな時にも足音を立てない猫のような男である。ちなみにあだ名も『キャット』と言う。
けれどもキムは、『キャット』と呼ばれると途端に機嫌が悪くなった。理由は簡単。本人、猫が大嫌いなのである。それを知ってる薫は、絶対にあだ名でキムを呼ばないことにしていた。『キャット』と呼んで作戦途中にヘソでも曲げられたら大変である。それでなくても、キムにはそれこそ猫のように、気分屋なところがあるのだ。
「どうもヘリオンの連中がいるね。スターカーゴの服着てるけど、運送屋とは思えないすっごく怖い目をしてる。ああいうのを血の匂いを染みつかせてるっていうんだな」
「お前、気がつかれなかっただろうな」
「さあ、どうだろ? おっかない目のオジサンは、とっても勘が鋭そうだったから気がついたかもしれない」
「あのなあ。なんでわざわざこんな格好してると思ってんだよ」
「しょうがないでしょ。だいたい服装だけで身分を騙そうって発想が甘すぎるんだよ。わかる人間には、わかるの。たとえ女装しててもね」
キムは口の減らないことでもピカイチだった。
「そんなことよりヘリオンがいたって事は、いよいよ罠の確率が高まったってことだよ」
人差し指を一本立てて、顔の前に持ってくる。キムも最初からこの作戦が罠だ、罠だと言っていた。
「軍が飛びつきそうなオイシイ情報を流しておいて、のこのこ出てきたところを銃をぶっぱなして逃げる。同時に記者会見。アルカルの連中は民間人のいっぱいいる宇宙ステーションで、こんな事をしちゃったんですぅ」
キムの妙なイントネーションの話を聞いて、薫はニヤッと笑った。
「ふん。戦術的にはいい作戦だが、戦略的には意味がない」
「どうしてぇ?」
「そういう世界的世論に訴える時期はとっくに過ぎてる。もしそういうことを気にしてたら、かなり怪しい情報に反応して、宇宙ステーションに部隊を送ることはしないよ」
キムはまるで子供のように口を尖らせて反論を試みる。
「ASA連合の事務総長が、代表者会談を設置するって言っていたじゃない。今やればタイムリーだから、有利に会談を進められるかもしれないよ」
「無駄だね。こっちはヘリオンの陰謀だって主張して、話し合いが平行線をたどるだけさ。今はまだ、うちの軍部も向こうの軍部も、押し相撲に自信を持ってるからな。ま、とは言えどういう裏があろうとヘリオンの奴らがいるんだな? だったら〈上〉に警告を出しとくのも悪くない」
薫はキムの頭をポンポン叩いて、アゴで天井を指し示した。
その〈上〉にいる、アルカルの強襲戦闘艦、スターホーク級は開発されて三〇年経つ旧型の戦艦である。製造こそ五年前に終了したが、機動力と火力のバランスの良さから長年にわたり、戦場の第一線に配備されてきた。おそらく名器として歴史に残るだろう。
スターホーク級『メテオストライク』は、建造一七年。あちこちガタがきている老朽艦である。
「『スペール』からコールサインです。敵の存在を確認。警戒されたし」
「敵……ヘリオンか」
通信士の報告を聞いて、フレウはうなづく。
『メテオストライク』の今回の作戦は、宇宙ステーションに乗り込んだ部隊、つまり薫達の援護が任務であった。早い話が敵戦闘艦の排除である。
フレウは腕を組むと、首をかしげた。
――敵の存在? ほんとうに『核』があるのか?
1週間前。
情報局はヘリオンによる『核密輸』の情報を手に入れた。アルカル軍首脳部は色めきたった。ASA十三星域での核の保有は、軍事バランスに圧倒的な影響力を与えることは間違いない。未だ保有をはっきり宣言した惑星はないし、保有すると噂される星も、カーミアンとベルディナードの両大国のみなのだ。
他星域からかなりの距離が離れたこのASA十三星域では、星間交流が皆無に等しいため、核の密輸もその技術の輸入もほとんど不可能である。つまり独自開発しなければならないのだが、資金と設備の面でそれをなしえられる惑星はわずかだった。
――惑星同志で核の射ち合いなんて最悪のシナリオだわ。
フレウは苦い顔をした。軍人でも核ミサイルの嫌いな人間はたくさんいて、フレウもその一人である。核は間違いなく最終兵器で、使えばその瞬間全て、敵も味方も勝ちも負けもなくなる。今のこの情勢で星々が核を持つのは火に油を注ぐようなものだった。
――こっちと同じように向こうも戦闘艦を出している可能性が高いわね。だとしたら……。
ゴン!
「あっつう……」
再び後頭部に衝撃を受けて、頭を抱えるフレウ。
振り向くとまたも目の前に足が浮かんでいた。
「艦長! 目をつむってるだけなら、なんで浮いてるんです!? それに艦長席につくときはベルトを絞めてください。ベルトを!」
「む。むあああ。」
空中にフワフワ浮いたままキャンベルはウーンと伸びをした。
「あー、よく寝た」
「だ・か・ら! 寝ないでくださいっ!」
目を吊り上げてフレウが叫ぶ。
「寝てない。大丈夫、大丈夫」
「艦長、今日こそはっきり言わせてもらいます! いいですか。だいたい規律というものは最も位の上、つまりこの艦でいう艦長が手本となって……」
「寝てねーっちゅうに。敵が潜入してるって通信が入ったんだろ? で、その敵はヘリオンだと確認したのか?」
フレウの説教を強引にさえぎって、キャンベルは空中で器用に体勢を立て直した。
「まだです。武装しているらしい集団を確認しただけで」
憮然とした表情のままフレウは答える。
「ふん。するとそいつらも船を出してる可能性が強いな。いっちょ索敵しとくか」
「本艦を察知される可能性もありますが?」
「索敵信号は五秒だけ流す。よっぽど注意してないと気がつかないはずだ。取ってきたデータを解析して敵の船を探る。こっちも敵をすぐに見つけられないが、安全だ」
キャンベルは滑らかに答える。まるでもともと答えを用意していたかのようだ。
――艦長としては優秀なのに……艦長としては優秀なのに……。
恨めしそうな顔で内心フレウは嘆いた。
艦長としてのキャンベルを、フレウは尊敬に値する人間だと思っているのだが、その大きく軍規からはみ出した素行の悪さには閉口する。
それは降下部隊の指揮を取っている薫・ルーベンスも同様であった。どうやらこの二人の軍人は長く付き合いのある友人らしいのだが、類は友を呼ぶとでも言うのか軍人らしくないことこの上ない。とにかくどこまでが冗談で、どこまでが本気かわからないのだ。根が真面目なフレウは、いつもこの二人に振り回されている。
ところが人間とはわからないもので、二人とも驚くほど極地戦の戦術から、国家間の政治的掛け引きに至るまで、裏の裏を見通す優れた洞察力を持っているのだ。素行の悪ささえなければ、二人ともこんな辺境で作戦活動しているような人間ではないのである。
「いいか五秒だ。絶対それより長くするなよ」
キャンベルは念を押すと、フワリと艦長席に戻った。フレウが見ていると、今度はちゃんとベルトをする。がしかし、艦長デスクにわざわざ足をのっけると、帽子を引き下げ、また居眠りを始めてしまった。
フレウはやれやれと首を振ってから、レーダー係に指示を飛ばす。
「五秒きっかり流してください。慎重に」
指示に従ってほんのわずか信号が流された。
■ ■ ■
「確かか?」
「はい。短かったんですが、ほぼ間違いありませんやね」
「位置はどこだ?」
「今、解析させてます。なんせ数秒程度しか飛んでこなかったんで」
「ふむ。宇宙線と取り違えた可能性はあるんじゃないか?」
「向うもそう思ってくれるよう期待したんでしょうよ。でも残念ながら俺を騙くらかすことは、できなかったってことです」
レーダー係の絶対の自信にシャール・アーモンはうなづいた。
「わかった。位置がわかったら教えろ」
「りょーかい」
「どうした?」
背後からきびきびとしたよく通る声が聞こえてきた。しかも女性である。
レーダー係の肩から手を離し、アーモンは振り向いた。一瞬軍服を勢いよく押し上げている胸に目が行く。
「索敵信号を捉えました。流れた時間は数秒と短かったんですが、間違いありません」
「わざわざ悟られないように短くしたか。位置は?」
「現在解析中です。時間が短いため正確な位置を割り出すのは時間がかかると思われます」
「すると、向こうもこっちの位置を掴むためには時間がかかるな」
惑星ヘリオンのガルスレイ級戦闘艦「バンベスト」の艦長、シフォン・ファーレルはその美しい眉目をわずかにひそめた。細面のシャープな顔立ちや、ややきつめの瞳のお陰で男のように見える。
しかし押さえきれぬ艶さのある襟足や、大きく張り出した胸は、否応なくシフォンが女であることを認識させた。
「どうします? 索敵を行いますか?」
「いや、様子を見よう」
少し考えてからシフォンは答えた。
今回の任務は潜入部隊の援護だ。目立つ動きは避けなければならない。敵が索敵信号をほんの一瞬使ったのも、目立つことなく敵の位置を知りたいからだ。解析でこちらのだいたいの位置がわかったとき、敵がどういう動きに出るか、シフォンとして今はまだ様子見である。
女の艦長はASA十三星域ではめずらしい。一六六作戦で目覚ましい活躍を見せたのを皮切りに、シフォンはたった一年半で流星のように第一線に躍り出た。もしシフォンが男だったら、一艦隊を指揮する提督になっていたことは間違いない。
実はシフォンがその功績にも関わらず一艦長に留まっているのは、性別だけのせいではなかった。ある場所で、敢然と軍部批判をしたことがあったのである。しかし不思議なことに軍部はシフォンを無視した。シフォンも核心には触れなかった。ジョーカーは先に切った方が負けである。周りにはわからぬ緊張の中、お互いの腹を探り合う日々が続いていた。
■ ■ ■
スペース・アイは、六本の骨で支えられた円筒形の筒が、二つ重ねたドーナツの真ん中を、貫いた形をしている。設計者の一人が、「まるで大きな目玉だな」とつぶやいたことから、スペース・アイ「宇宙の目玉」という名前になった。
その骨の中に走っているエレーベーターで、二人の男がドーナツの中心にある巨大な円筒形の筒へと降りていく途中だった。
片方は年の頃四〇代。スポーツ刈りの茶色い髪は少し伸びてきている。懐にもう十五年の付き合いになる銃、EG九〇を忍ばせていた。
もう片方の男は年の頃二〇代後半。こちらのジャケットは新品同然。四〇代の男よりはるかに清潔な感じを与える。
『シ-ファン。こちらルーイ』
無線機がわずかなノイズと共に鳴った。イヤホンに手を添えて、若い男が慎重に応える。
「こちらシーファン。感度良し」
『目標の電気シャフトに到着。作業開始』
別動で動いているバックアップ部隊の隊長の声がきびきびと状況を伝えてきた。これから通信と警報のラインを切り、フォワードのシーファン隊を援護するのである。
「よし。次の連絡は一五〇〇時」
『ルーイ、了解』
若い男、エリック・コールは、隊長のバーネットを振り返った。
彼らは惑星ヘリオンの潜入部隊である。つまり潜入している薫やキム達の敵だ。
「時間通りです」
「順調だ。ここまではな」
バーネットが無表情に応じる。
「何か気になることでも?」
「いや。今はない。今はな」
微妙な表現をして、バーネットはポケットからワッペンを出すとジャケットの肩にぺたっと貼った。物流業界大手、「スターカーゴ」のロゴマークが入っている。同じロゴマーク入りの帽子も、尻ポケットから取りだしてかぶった。コールもそれにならう。
重力がなくなってきた。円筒形の筒の中では、残りの部下が待機しているはずである。
十七番格納庫では、既に全員スターカーゴのジャケットを着て、バーネットとコールの合流を待っていた。用意した船もスターカーゴの貨物船そっくりである。
ここまで事前準備をし、正体を見破れないように工作したことは異例であった。その理由は、この宇宙ステーションが地球資本の開発会社「エキサミット・アーツ」所有の物だからである。
一万光年ほど地球から離れたASA一三星域は、地球との交流が全くと言っていいほど無い。だが地球との距離がそれほど無い星域や、希少価値のある鉱物などを産出できる星域は、そうはいかなかった。もちろん植民地のような地位的な差別は皆無と言っていいが、大量消費社会を持つ地球との外交は、政治的、経済的に多大な影響を生む。つまり嫌々でも地球の要望に応じなければならない場面も数多くあるのである。
もちろん地球は完全な自治を独立星系に約束している。発展のための援助もする。しかしある一定の経済発展が進むと、生き馬の目を抜くように企業が押し寄せて、地球勢力の一部に取り込まれてしまうのだ。そのやり方は正に経済侵略と言う表現がぴったりである。
ASA一三星域もここ五〇年の間に目覚ましい発展を遂げてきた。地球資本の企業が少しずつ増えてきてはいるが、一万光年という距離のおかげで、直接地球勢力に取り込まれる可能性は少ない。しかし地球資本の宇宙ステーションで破壊活動が行われたとすれば、話は違ってくる。地球市民の財産と権益を守るため、連合艦隊の派遣を行う口実を与えることになるのだ。
いかに対立しているとはいえ、アルカルもヘリオンもその辺の事情はよく分かっていた。だからこそ地理的条件もさることながら、スペース・アイの周辺で戦闘は行われなかったのである。
バーネットは荷下ろしを指揮していた長身の男に近づいた。限りなく無重力に近い中を、器用に体勢をコントロールしていく。バーネットやの部隊は、無重力の中でも戦闘できる特殊訓練を受けた、精鋭部隊である。
「どうだ?」
「異常なしです」
キースが簡単に答えた。色の抜けた冷たい感じの金髪と、氷の様に冷たく鋭い灰色の目。さらに全身の緊張は、ナイフ使い特有のものである。
バーネットはキースが元赤狼部隊のメンバーだったと聞いていた。赤狼部隊と言えば、危険な潜入任務が主の優秀な部隊だったが、二年前に解散している。今回の任務ではキースの方から志願してきたらしいのだが、志願の理由を明かすどころか通常の会話もほとんどせず、淡々と任務をこなしていた。
「ただ、少し気になる連中が何人か徘徊してます」
キースは深くかぶったスターカーゴの帽子から、ほんのわずか瞳を覗かせて続けた。
「どんな奴だ」
「作業服を着てるんですが、動作と雰囲気が軍隊経験者を思わせます」
「そうか」
「例の物の警備だとすると、つじつまが合います」
ふむ、とバーネットがあごを撫でていると、横からコールが口をはさんだ。
「これが気になることですか」
「うむ……」
バーネットはうなづくだけで答えない。
『シーファン。こちらルーイ』
一四時五〇分だ。予定より一〇分早い。
「こちらシーファン。どうした?」
『電気シャフトで警報装置の線を切ろうとしたんですが、既に切れていました』
「切れてた?」
コールがオウム返しに聞き返し、バーネットの顔に視線を走らせた。
『一応作業はやりましたが、妙です』
「どうしますか?」
コールがバーネットに指示を仰ぐ。バーネットはあごを撫でてしばらく思考した。
「作戦を続行させろ。少し様子を見る」
コールが指示を与えている間に、バーネットはキースに話しかける。
「どう思う?」
キースはひょっとして無視するんじゃないかと思うような時間沈黙してから、ゆっくり顔を向けた。
「誰がやったのか予想がつきませんな。もし奴等がやったのなら、どうぞ襲ってくださいと言ってるようなものだ」
「そうだ。とすると、俺たちと同じ目的の第三の勢力がいることになる」
バーネットは腕を組んだ。キースも眉をひそめ、渋い顔をしている。これで会話が終わりかと思ったらボソリとキースは付け足した。
「今までの情報で予想できる、事態の範囲を越えてますな」
「全くだ。気に食わない。実に気に食わんな」
バーネットがひとりごちる。偶然にも敵方のキャンベルと同じ「気に食わない」という言葉を――。
■ ■ ■
五秒間の索敵から二〇分経って、ようやく解析データが上がってきた。イビキまでかいてるキャンベルを叩き起こして、フレウはデータを見せる。
「ポイント七四九に戦闘艦らしい船が停泊中です。どうしますか?」
「こいつは最終データか?」
「いえ、七五パーセントの解析結果です」
「じゃあ一〇〇パーセントの結果が出るまで待機だ。向こうが動く前に、できるだけ情報を集めとけ。ただ、その船からは絶対目を離すなよ」
「わかってます。それより彼に何か言ってください」
「あ?」
フレウの言葉に艦を操作する飛竜士の席を見る。コンソールにキャンベルと同じように足を乗せ、頭の後ろに腕を組んで天井を見上げている男がいた。
飛竜士のオルス=シュマイケルである。混雑するアルテシア宇宙ステーションの格納庫で、制止命令を聞かずに前の船を次々と神業のようなテクニックで抜き去り、危険航行の現行犯で逮捕された過去を持つ。奉仕活動として軍隊への入隊を裁判所に命じられた言わばお荷物なのだが、キャンベルはその操艦テクニックに目をつけ大抜擢したのだ。
「艦長の真似をして、非常に緊張感を削いでます」
「あいつはあれで仕事がおろそかになることはないからなぁ」
「他の人間に影響が出るんです! なんとかしてください!」
「へいへい」
キャンベルはふわりとシュマイケルに近寄った。
「あー、足を上げるのはよくないぞ。オルス」
たっぷり五秒経ってから、オルス=シュマイケルは目線をキャンベルに向けた。三白眼の上にいつも通り不機嫌そうな表情である。
「さぼってるわけじゃねぇだろ?」
凄みのある低い声が返って来た。
「そうだけど、見た目も結構大事なんだ」
「軍隊は結果だろ?」
「そうだけどな」
「じゃあいいじゃん。あんたは俺の腕を買ってくれたから、手は抜かねぇよ」
「へー、そうか」
「おう、まかせな」
「わかった。期待してる」
満足してキャンベルは席に戻って来た。
「手は抜かねぇとよ」
「そんなこと聞いてないでしょうが!」
フレウは拳をギリギリ握りしめて怒鳴る。
「まー、いいじゃねぇか。あいつは結果を出してもらえれば」
「だ、か、ら! 周りに影響が出る、という話だったんでしょ!」
『は~、暇だなぁ』
キャンベルとフレウの会話に割り込んで、通信が入った。
オリヴィア=オリヴィアの声である。潜入している薫と同じく無重力専門の戦闘部隊の隊長だ。
燃えるような赤毛に焦げ茶の瞳。薫に優るとも劣らない口の悪さと、半袖の改造戦闘服から覗くムキムキの上腕二頭筋が目印の女性である。
「おいこら。独り言を通信で流すな」
キャンベルが答える。
『あ、聞こえた?』
「お前なぁ」
『へっへっへ。なんか、面白いことないか?』
「オリヴィア隊長。今は待機中のはずです。艦長の面倒だけでも苦労してるんですから、これ以上仕事を増やさないでください」
「ちょっと待て、フレウ……」
「スペール隊、ロータス隊、両チームとも無事潜入に成功しました。作戦は順調に進行中です」
キャンベルの言葉を綺麗に無視して答えるフレウ。
オリヴィアの部隊は、もし薫の先発部隊にトラブルがあった場合、作戦を引き継ぐことになっている。
『次は俺の部隊をフォワードにするって話を通してくれよ』
「俺には上への発言権はないよ」
『嘘つけ。あ、そん時はキムを俺の部隊に組み入れてくれな』
「フォワードの話はともかく、キムの事は薫が許可しなきゃな。この作戦が終わったら奴に言ってみろ」
『あいつがウンと言うかよ』
「それはお前次第さ」
『やれやれ』
通信はため息を残して切れた。
「キムって、キム=コーライ?」
「そうだ。会ってるだろ? お前も」
「ブリーフィングで何度か。でも正直、なぜあんなに若い子供みたいな人が、副隊長をやってるのか不思議でした」
「見た目で判断しちゃダメさ。特にあいつはな」
「そうですね。見た目はダメですよね。艦長というお手本がいるのを忘れてました」
「……なんか、いちいち言い方にトゲがないか?」
「そうですか? 日頃の行いがそう思わせるんでしょう」
「……」
反論しようとしたキャンベルを無視して、フレウは艦の状況のチェックに行ってしまった。
キャンベルは半分口を開けたまま、立ち尽くす。
『くっくっくっく……』
押し殺した笑い声が、スピーカーを通して聞こえてきた。
「オリヴィア、通信切ってたんじゃないのか?」
冷たい声でキャンベルが言う。
『今また入れた。ま、頑張れや。人生いろいろあらぁな。ひっひっひ……』
「お前のフォワードの件、俺はなんにも知らんからな」
『あー! そういうこと言うか。性格悪いぜ』
「どっちがだ。人の事をケタケタ笑っておいて」
その時「ピー!」っと音がして、作戦開始時刻を艦内に知らせた。キャンベルは自分の腕時計を見て時間を確認してから、メインモニタに目を走らせる。
「オリヴィア、話は終わりだ」
『あいよ』
通信が切れるのを確認して、キャンベルは艦長席に戻って足を机の上に投げ出した。まことに姿勢が悪い。
フレウがチラリと目を向けたが、盛大にため息をついてモニタに目を戻す。いつものように作戦は静かに始まったように見えた。
■ ■ ■
「見つけました。ポイント二〇二、小惑星帯の端っこに隠れるようにいます」
戦闘艦『バンベスト』では、副官のアーモンが上がってきた解析データをシフォンに報告していた。
シフォンはうなづいて指示を飛ばす。
「よし。ポイント二〇二をマークだ。敵の動きを見逃すな」
時計を見た。一四時三〇分。潜入部隊が奪取作戦を開始する時間だ。
■ ■ ■
「キム! キム!?」
「はい、はーい」
「どこ行ってたんだバカ。例の運送屋が動きだしたぞ。こっちも行動開始だ」
「ねえ、ねえ隊長。僕も面白い情報一つ」
「なんだ!?」
いらいらしながら薫は、キムの腕を取って急き立てる。
「運送屋の他に、黒ずくめの集団がいるよ」
「なんだそりゃ?」
「さあ? でもそいつら港内放送と電話線切っちゃったみたい」
「なあにい!?」
■ ■ ■
ヘリオン潜入部隊長バーネットは、時計に目を走らせる。時間だ。作戦開始。
「いくぞ」
全員銀色の工具箱を持って格納庫を出た。目指すは七番格納庫。そこに核を積んだ目標の船がいる。
しかしその時、無線が鳴った。
『シーファン。こちらルーイ。シーファン。こちらルーイ……』
「こちらシーファン。どうしたルーイ?」
『現在Fブロック。黒い戦闘服の集団と遭遇。どうやら武装しているらしく交戦必至』
なぜか今までよく聞こえていた無線が、ものすごいノイズの嵐に見舞われている。
「ルーイ、ノイズがひどい。もう一度言ってくれ」
『追跡……戦闘……』
「ルーイ、ノイズがひどい。もう一度……」
その時、爆発が起きた。




