A-G-終 終わりと始まりの螺旋
最近癖を抑えていたので癖全開でお送りします。
なお、この作品は性質上、ありとあらゆる罵倒語や差別表現が出てきますが、差別等を助長するものではなく、また賛同するものでもありません。ご注意下さい。
「サマラ・バガリーよ。今日この時を以て、私ヴィシャル・ルトゥールは貴様との婚約を破棄する!!」
王立学園の卒業記念式典と言う記念すべき舞台で、私は第一王子であるヴィシャル様より、何度目かの婚約破棄の宣言を賜っていた。
その声は怒りと憎しみに満ちており、私に対する一切の情けを感じられない物であった。
ああ、またか。
またこの結末になってしまった事に対する絶望で、指先が冷えていく。自らの顔が、血の気が引いた事で冷たくなっていく様を、まるで幽体離脱でもしたかのようにどこか他人事のように俯瞰していると、周囲の人間がクスクスと私をあざ笑う音が聞こえてきた。
「ヴィシャル様、お戯れを。何故その様な事を――」
「何故、だと? サマラよ、貴様がベティに対して行ってきた数々の非道な行いを、私が知らないとでも思ったか。聖女でもあるこのベティに対するその行いが、王太子妃として相応しい物であったと本当に思っているのか?」
ベティと言う固有名詞に反応し、その名前を持つ女に視線を寄せれば、それはヴィシャル様の片腕にしがみついており、目を潤ませて彼を見上げていた。
しかし私は見逃さない。
彼女がちらりと此方を見たときに、その口と目をおぞましい三日月形に歪ませ、更にはその汚らわしい口を開いたことを。
その口が『ざ』の後に『ま』と動き、更にその後『あ』に動いたことを、読唇術を会得している私は見逃さない。
「お言葉ですがヴィシャル様。私と言う婚約者がいる事を把握しておきながら、ヴィシャル様をあろうことか房中術で惑わし、奸計を巡らせる者に対する私の行いは至極正当なものであると言わざるを得ません」
ベティ・トレイソン。男爵家の取るに足らない女。初めのころはそう思っていた。
特徴と言えば髪の毛が常識的にあり得ない桃色である事と、まあそれなりには良い見てくれと、ほんの少しだけ光魔法を使えることぐらいしかない木っ端の貴族。それが私の当初の認識だった。
ところがこの女は、学園に入学するや否や、次々と上位貴族令息たちを手玉に取り、瞬く間に彼女を頂点とした派閥を作り上げていく。
彼女は光属性魔法を持った女で、男共を手あたり次第癒して回って好感度を稼いでいたと言うだけだ。癒すと言っても訓練での傷とかは無論の事、ニキビの跡や剃刀負け、更には情事の疲れに至るまで、あらゆるものを治療して回る事で好感度を稼いでいたという。
光魔法自体の練度は低いものの、その桁外れな魔力総量でしょうもない事をしているわねえと油断していたのが私の最初の人生における致命的な瑕疵だった。
「はあ……もうよい。衛兵、この女を捕らえよ。容疑は器物損壊と殺人教唆、及び殺人未遂だ。証拠は揃っている、言い逃れは出来まい」
そう、この売女はあろうことか私の婚約者であるヴィシャル様を篭絡したのだ。桃色なのは髪色だけでなく、脳味噌もそうだったというわけだ。
それに対して私はただ、たかが男爵令嬢風情と言うのに、出過ぎた真似を働いたこの淫らな女に己の立場と言う物を分からせる施しをしただけだ。しかしあろうことかこの女はそれすらも逆手に取り、私とヴィシャル様の仲を裂く暴挙に出た挙句、私の首を獲って見せたのだ。
それが、私の最初の人生の結末。
私の最初の過ち。
「待って! サマラ、どうか罪を認めて謝罪してください! 私は貴方からの謝罪さえ有ればそれで良いのです! そんな、連れていけなんて……」
罪を認めて謝罪しろ、ですって?
不義を働く事の方が罪ではないのかしら? その場合、裁かれるべきはヴィシャル様か? それともハニートラップのような行いをしている彼女か?
何度聞いても不愉快極まりない言葉だ。そして彼女は、それを知っていて的確に私をその言葉で攻撃してくる。
今回はその対策を散々してきたのに、またしても私はあの不愉快な獣に全てを奪われようとしている。相手に対してはもちろん、同じ失態を何度も繰り返す、無能極まりない自分自身にも腹立たしくて仕方ない。
「ベティに今まで行ってきた悪行を見過ごすわけにはいかない。このまま彼女をのさばらせておいたら確実に君は殺されてしまう。俺はベティが、何よりも大切なんだ……」
「ヴィシャル様……」
衛兵に腕を掴まれ、引きずられていく私が最期に見たヴィシャル様の姿は、あの傾国の毒婦と口づけを交わす瞬間であった。
そうして私は毒杯を賜り、前回の生を終えた。
◇
「何故、いつもこの日に戻るのかしら……」
いつも通り過去に舞い戻っていた私は、念のために侍女に今日の日付を確認する。
いつも通り、侍女からの答えは始業式の日だ。
また、巻き戻ってしまった。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
「何でもないわ、ターナ。さ、行きましょ」
侍女に心配され、何事も無かったかのように私は馬車に乗る。行先は学園だ。
私かあの女、そのいずれかが死ぬと、必ず時間が巻き戻る。そして私については、それまでの人生の記憶を残したまま戻る。
私がヴィシャル様と結ばれようと結ばれまいと関係なく、無条件に時間は戻る。
「今年も多くの学びに恵まれると良いですね、サマラ様」
「そうね」
侍女のターナのこの言葉を聞くのも何度目だろうか。
一度学園に戻らず飛び出した事が有ったが、その時以外はほぼ毎回この言葉を聞いている気がする。
「ああ、サマラ。会いたかったよ」
到着した学園で、花のような笑みを浮かべてくれるこの男。ルトゥール王朝ヴィシャル王太子だ。
馬車の扉が開かれると、その男が私に向け手を伸ばし、私はエスコートされながら馬車を降りた。
この笑顔が私に向けられるのは昨日以来だったか。それとも、ここ二年半程だったか。私にはもうよく分からない。
分かっているのは、この男がもうあと一年もしない内に、あの毒婦か私のどちらかにあの毒杯を授ける事。確率は大体半々と言った所か。前回は私が涙と共に毒を啜る事となった。今回は、どうだろうか。
「ヴィシャル様……」
毒杯と言えば。
どこかのタイミングで一度、あの淫売が悪趣味にも私が毒杯を賜る所を見物しに来た事が有った。あれは何度目の人生だっただろうか。
私を嘲笑いに不用意に近づいたあの雌豚に、その時の私は、はしたない事は百も承知で、口に含んだ毒入り葡萄酒を盛大にあの女に噴き掛けた事が有った。言い訳はなんだったかしら。
確か、あまりに面白い顔をされていたので思わず吹き出してしまいましたわとかそんな事を言った気がする。実際あの者はそこらの平民共よりはマシってだけで基本的には愉快な顔付きなのだから嘘は言っていないはず……
いやそんな事より、私の滅多に見せる事の無い下品な行いの結果、彼女は毒を顔面に受けてしまい、一時騒然となったことで刑の執行は一時中断となった。
その人生では彼女はその毒で失明したと数時間後に牢でヴィシャル様に言われ、怒れる彼に私はそのまま斬首され生を終えた。
失明したと聞いた時は本当に気分爽快だった。たまには、はしたない事をするのも良いかも知れないと思ってしまうくらいには。
別の人生では、逆にあの淫獣が毒杯を授けられる所を見に行ったこともある。噴毒事件から何周かした後の人生で、その時は逆にあの豚の悪辣さが暴かれ、国家転覆未遂とかそのような刑で毒杯を賜ったのでその時の意趣返しだ。最もあの女には以前の周回の記憶などあるはずもないけれども。
同じことをされそうになったので、咄嗟に扇で自らの顔を覆い隠し、毒を含んだ葡萄酒を防いだ時のあの顔ときたら!
……まあ、そんな事より今生だ。
「どうした、サマラ」
思わず思いに耽っていると、彼が心配そうに私に声をかけた。
彼が私にこんな顔をすることは、前回の人生では今頃を除いて無かった。
「いえ、その……学園生活になじめるかどうか、少し不安で」
「お前でも不安になる事などあるのだな」
心底驚いた様子で、ヴィシャル様が私に言葉を投げかけた。
「私とて所詮は一学徒ですもの。不安にもなりますし、こうしてそれを吐露する事もございます」
思えば、私はいつの間にかかなり摩耗していた。
この男にも、本音を言えばもう関わりたくない。今まで何度もあの女狐に靡いて行くのを見ているし、何度も裏切られてきた。でも、少なくとも今、私の目の前にいるこの男は間違いなく私の物で、まだ私の事を見ている。実際に私を裏切るかどうかはまだ分からないのだ。そこが厄介だった。
いっそ、100%私を裏切ってくれるのなら私も見切りをつける事が出来ると言うのに。確率的には半々だ。
それに、言ってしまえばこの婚約は政治的な要素が強い。
私の意思で簡単に解消できるわけでもないし、本当は向こうもそれは同じ。あの悪鬼さえ、絡んでこなければ。
「それに……」
あの卑劣で無教養な蛮族のような女に私が敗北する。
そのような事など、あってはならない。この国をけん引するいち貴族として。侯爵令嬢として。
私がそんな事を許さない。
「それに?」
思わず無意識に出そうになった言葉を、寸でのところで引っ込める。
巻き戻りたてでどうも私は精神的に疲れているらしい。これから入学式と歓迎会があると言うのに。
「……お恥ずかしい話ですが、どうも私、柄にもなくまた新しい一年を迎えられると思うとはしゃいでいたみたいで。準備で少々疲れてしまったみたいです」
「ははは、随分とかわいげのある事を言うじゃないか。本当に珍しいな」
疲れている部分だけは事実だが、それでも私は弱みを曝け出すなどしない。
気を引き締め、堂々と学園の正門を通り、校舎へと向かう。
「最近、端から見たら可愛げが余りにも無かったのではと反省する機会がありまして」
「ほう?」
これは、本心だ。
「多少であれば敢えて隙を見せ、油断を誘うのも必要と学びました」
「……本当に反省したのか?」
「うふふ、今のは『可愛げのない』発言と承知の上で申し上げています」
最初の人生で婚約破棄を言い渡されたときに『お前のような可愛げのない女はお断りだ』などとこの男には言われた。
それ以来、ふとしたタイミングで『かわいらしさ』と言う物を意識して行動することを覚えた。私はあの屈辱的な言葉を生涯忘れない。生涯と言うより、何度やり直すことになっても、と言う方が正しいか。だって一生涯どころか今もう何生涯目かも覚えていない。
「何だか今日の君は調子が狂うな」
困ったように笑うヴィシャル様に、かつてあれほどときめいていた心が何とも鈍く反応する。かつてあれほど愛していた殿下だったが、私の心で今燃えるのはもはや恋心では無くなりつつある。
私のやる事は変わらない。
今回も、あの女を徹底的に排除する。
この無限に続く世界が終わるその時まで、嫉妬ではなく憎悪と怨みがごうごうと私の中で延焼するのだ。
「あら、調子の優れない殿下も可愛らしいですよ?」
「本当にどうしたんだ君は……」
まあいい。今度はうまくやる。私が敗北することなどあってはならないのだ。
事実、あったことが巻き戻ってなかったことになったのですから。敗北なんて無かったと言えましょう?
「さ、ヴィシャル様はこの後生徒代表挨拶でしょう? 行ってらっしゃいませ」
「あ、ああ。また会おう」
ヴィシャル様をお見送りして、内心息をつき、校舎を見上げる。
もう何十年と通っている校舎だ。私の人生が巻き戻った回数は両手で収まらない。私は10回目を境にカウントする事を辞めた。
何、成功したこともあるのだ。今度は失敗しない。
次に床にひれ伏すのはお前だ、ベティ・トレイソン。




