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僕の護るべき星

AIの力を借りつつ、シチュエーションやセリフは自分でこだわって修正・加筆しています。

 午後六時半。

 僕の父である、一条家の執事がディナーベルを鳴らす音が聞こえた。広い邸宅の廊下や各部屋に届くよう、澄んだ美しい音を響かせる。

 僕は小食堂のすぐ隣にある配膳室にこもり、台所から料理を皿に盛り付けをしていた。ベルの合図とともに夕食の知らせをしに聡様の部屋に行く。


「聡様、巧でございます。夕食の時間です」

 扉はすぐ開き、聡様の少し眠そうな顔が見えた。

「もうそんな時間…?まだゆっくりしていたいのに」

 呑気な聡様に僕は苦言を呈する。


「そのお姿からは、あまりやる気が伝わってまいりませんね。今日は広樹様のお見合いもありましたし、旦那様も見えます。一条家のご子息として、矜持を持ってまいりましょうか」

「巧、お小言はいいよう――」

「小言じゃありません、聡様なら出来る筈です!」

 聡様は黙って、部屋に入るよう僕に促す。


 聡様はいささか疲れているようだ。それもそうだろう、広樹様のお見合いだけでも疲労感はある筈だ。それに加えて僕の尻ぬぐいまであの叔父相手に頑張ってきたのだから。だが、そこは一流華族である一条家の次男。あとひと踏ん張りしていただかないと。

 聡様は鏡に映る自分の姿を見て、ため息をつく。


「今夜はお父様も席につかれるのだろう?まあ今日は自分でもよくできたと思うけど、父様はどう思うかな……」


「旦那様の御前ゆえの緊張、賢察申し上げます。……は先ほど『今日の成功はすべて聡の機転のおかげだ、今夜はお父様にしっかり伝える』と、本当に嬉しそうにお話しされてました。……聡様をいつも気にかけておいでになる広樹様のためにも、今宵はどうか、胸を張って食堂へお進みください」


 聡様は襟元を触り、照れくさそうに笑う。

「兄様は、本当に優しい。分かったよ。父様の前でも堂々としてみせるよ」


 僕は聡様の笑顔を見て、微笑身を返す。

「聡様のそのお姿、広樹様もきっとお喜びになります。皆様がお待ちにございます」



 今日の夕食はスープがトマトをベースにした、色鮮やかなポタージュ。メインは財閥側から贈られた最高級牛肉のビフテキ、マッシュポテト添え。それに料理人が急遽作った「アイスクリーム」。今日はだいぶハイカラな感じのメニューが並んでいる。


 そのメニューを満足げに見渡し、当主の旦那様がワイングラスを傾けながら広樹様に問いかける。

「して、広樹。あちらのお嬢様はどうであった?財閥の娘とはいえ、少しお転婆という噂も聞いたが……」


 広樹様は少し耳を赤くしながらも、目を輝かせて答える。

「いえ、素晴らしい方でした。学習院で学ばれているだけあって、実に見識が広くていらっしゃる。私が高等科での話をしましたら、じっと耳を傾け、鋭い質問までされて……。ただの深窓の令嬢とはまるで違います」


 旦那様は「ほお」、と言ったまま、髭に手をやる。

「ですが、私の体調を気遣うあまり、席が沈みそうになった折、すべて聡が機転を利かせて救ってくれたのです。聡が居てくれなかったら、お見合いは上手くいったかわかりません。今宵はどうか、彼を褒めてやってください」


 聡様は、服の襟元に手をやり、緊張で身を固くする。

「兄様、僕はただ……」

 刹那、旦那様の鋭い視線が聡様に突き刺さる。

「……ふん。次男のくせに出しゃばった真似を、と思ったが……。結果として広樹の窮地を救い、我が家の面目を保ったというのであれば、大目に見よう。よくやった」


 聡様は目を丸くし、顔を上げる。

「……!勿体無きお言葉にございます、父様」

 広樹様も、我がことのように嬉しそうに笑う。


「よかったね。お父上もこう仰ってくださっている」

「はい!」


 元気な聡様の笑顔が見られた。



 僕は給仕の手伝いとしてワインを注ぎに動く。聡様のグラスにはレモネードをそっとお出しする。手を伸ばした瞬間、聡様と目線が合う。


「ありがとう、巧」


 聡様のその一言は、いつもの主従としてのねぎらいを超えて、どこか心からの安堵と、僕に対する全幅の信頼が籠められているように聞こえた。僕たちの視線はほんの一瞬だけ交錯する。


「滅相もございません、聡様」


 僕は声のトーンを落とし、ただ淑やかに頭を下げる。洋室の食堂の天井から下がる小さなシャンデリアの明かりが、旦那様の白髪交じりの立派な髭と、広樹様の誇らしげな笑顔、そして聡様が召されている家着の肩の線を穏やかに照らしていた。


 旦那様は、グラスに注がれたばかりの赤ワインを一口含み、喉を鳴らす。その厳格な視線が、再び食卓の中心へと戻った。


「広樹。面目が保たれたからとて、お前自身が油断していたことに変わりはない。お見合いが上手くいったと油断するな。先方は名門の御令嬢だ。結納を交わすまでは、学習院に居る時も、我が家の長男としての品格を一時いっときたりとも忘れるでないぞ」

「はい。肝に銘じます、お父上」


 広樹様は居住まいを正し、先ほどまでの柔和な笑みを引っ込めて、次期当主としての凛々しい顔つきに戻られる。厳しいお言葉ではあるが、旦那様の手元にあるステーキを切り分けるナイフとフォークの動きは、どこか先ほどよりも滑らかで、上機嫌であることを物語っていた。


 僕はそっと足音を消しながら、給仕のワゴンへと下がる。傍らでは、お屋敷の古参の女中頭が、主人の動向をじっと見守りながら、料理の皿を下げる頃合いを計っていた。

 聡様は、僕が注いだレモネードにそっと手を伸ばし、グラスを持ち上げる。次男というお立場ゆえ、普段はお屋敷の中でも一歩引いて過ごされることが多い聡様。


 今日ばかりは、旦那様――お父上から掛けられた「よくやった」という一言の温かさを噛み締めるように、小さく喉を鳴らしてレモネードを飲み干された。その横顔は、学習院の中等科に通う、まだあどけなさの残る少年のそれだった。


 旦那様の前での緊張をどうにか乗り越え、聡様の部屋に戻ってきた。僕は聡様の学生服のボタンを外し、声を潜めて会話を始める。


「聡様、本当にお疲れ様でございました。旦那様の前での堂々たるお振る舞い、ご立派でしたよ」


 ベッドにどさりと腰掛けながら、

「本当に緊張したよ。お前が夕食前に『胸を張れ』と言ってくれなかったら、お父様の威圧感に負けていたかもしれない。……でも、これで少しは叔父上の鼻を明かせたかな」


 僕は周囲を警戒するように声を一段と低くして、

「……左様にございますね。まさか叔父様が、広樹様のお見合いの席に、あのような痴態を見せるなど、聡様の咄嗟の機転がなければ、今頃お屋敷は大変なことになっておりました」


「僕は僕で失敗はしたけどね。叔父様の痴態は見るに絶えなかった。叔父様の所為で兄様のお見合いが上手くいかなかったら、どうしようかと思ったよ」


 叔父の政公の醜態はひどかった。聡様の失敗も、大騒ぎをした叔父が悪いのだ。普段から庶子の聡様を下に見ている叔父は、聡様の些細な失敗をどうしても誇大に騒ぎ立てたかったのだろう。


「……ですが、あの場にいらした皆様、政公様の醜態こそが不名誉の本質であると、とうにご理解されてます。聡様がご自身を責める必要など、微塵もございません」


 僕はベッドの脇へと静かに歩み寄り、主人の足元に膝をついた。


「それに、広樹様もきっと感謝されているはずです。政公様のあのような暴挙を、聡様がいたからこそ丸く収まりました」


「……巧はいつも僕を買い被りすぎる」


 聡様は自嘲気味に息を吐き出し、額を片手で覆った。前髪の隙間から覗くその瞳には、重圧から解放された安堵と、それでも拭いきれない緊張の残滓が揺れている。名家、そして庶子という立場。普段から叔父たちに日陰者扱いされてきた彼にとって、今日の「主役」を救う大立ち回りがどれほど身を削るものだったか、僕には痛いほど分かった。


「これで広樹様のご縁談も、良い方向へ進むことでしょう」


 そう微笑みかけながら、僕は心の中で冷徹な計算を巡らせていた。

 今回の件で、叔父である政公の信用は失墜した。対して、窮地を救った庶子の聡様の株は、一族の内で確実に上がったはずだ。


「聡様。明日からは、またお忙しくなりますよ。どうかゆっくり今夜はお休みください」


「そうだね。また忙しくなるね」


 聡様は静かに微笑んだ。

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