白い薔薇の誓い10
僕は、聡様に連れられて屋敷に入る手前のところまできた。そこには広樹様に綾子様が立って僕らを待っていた。僕は、庭に体を伏し、声を震わせながら、
「広樹様、そして綾子様。この度は不調法なる僕のために、過分なるお力添えをいただき、誠に、誠に有り難うございました。本来であればお家の体面を汚した罪で暇を出されても文句の言えぬ身の上。この御恩、一生忘れません」
と、二人に告げた。聡様、広樹様、綾子様があっての僕だ。綾子様の声が聞こえる。
「頭を上げなさい、巧。お礼を言うべきは、わたくしたちの方です。あなたが弟を、そして一条家の誇りを守ってくれたのですから。これからも、あの頼りない15歳の弟を支えてやっておくれ。……ねえ、広樹?」
僕は綾子様の命に従って、頭をあげると、広樹様が頷くと、
「ああ。巧、貴殿の今日の忠義、しかと見届けた。いずれわたくしが家督を継いだ暁には、貴殿を我が家の『筆頭執事』として迎えたい。それまで、しっかりと見習いとしての務めに励み、我が自慢の弟の良き相談相手となってくれ」
柔らかでいて、威厳のある口調に僕は広樹様の度量の大きさを見た。この人が家督を継いだのなら、一条家は安泰だ。
僕は再度頭を下げ、
「……っ!勿体なきお言葉、身に余る光栄に存じます。この命、一条家のため、そして何より聡様のために捧げ、粉骨砕身の覚悟で励みます!」
と、お二人に誓った。
「頭をお上げなさい、巧。貴方の誓い受け取りましたわ。聡は貴方にしか護れないわ、頼んだわね」
綾子様が僕に優しく微笑みかける。
「かしこまりました。森井巧、命を賭して聡様をお護りいたします」
聡様は、
「大袈裟だなー巧は」
と、笑う。その笑顔を僕は護りたいのだ。その為ならば本当に命を懸ける。
「さあ、もう用は済みましたわ。ここで解散といたしましょう。巧は聡についていてあげてくださいな」
「はい」
僕は綾子様の指示通りに聡様の傍に立つ。それを見た綾子様も広樹様も満足げに微笑む。聡様は僕を引っ張って屋敷に戻る。
「聡様、本当に貴方という方は無茶ばかりなさる。少しは僕の苦労も考えてください」
「でも、巧を救うには直談判しかないと思ったんだ。叔父様はちょっと怖かったけどね」
笑いながら舌を出す聡様。こういう聡様だから僕が護らなきゃと思うのだ。
「お二人の力添えが無かったら、聡様まで三日間謹慎になっていたところですよ。心臓に悪いことはお止めください」
僕は聡様を制したはずだが、聡様はどこいく風全く聞いてない。
「早く部屋に戻ろう、巧。話したりない事がいっぱいある」
「まったく、聡様は…」
「お小言は後で聞くよ、巧。早く部屋に帰ろう」
聡様が急かすので僕はそれに倣って急ぐ。
「巧!良かったな、出られたんだな」
屋敷の中に入ったら、学生服姿の書生、山口さんから声を掛けられる。
「ええ。聡様が直談判なさって。それに広樹様も綾子様も口添えしてくださって――」
「綾子様も?いいなあ綾子様に気にかけてもらってて」
山口さんから見て、少し年上の綾子様。あの美貌で凛々しさと温かみがある女性だ。惹かれるのも無理はない。
「例の件はちゃんと進んでるぞ、巧」
「ええ。了解しました」
聡様は「例の件?」と、小首を傾げる。聡様にはとても言えないな。僕と山口さん、そして綾子様との秘密だ。
「じゃ、またな巧。聡様の部屋に行くんだろう」
「ええ。山口さん。ご心配おかけしました」
僕と山口さんはそこで別れる。聡様は訝しがる。
「巧、山口と話してた「例の件」って何?」
「申し訳ございません。聡様、それは秘密でございます」
「僕にも言えない事?」
聡様の顔が曇る。明らかに不信感を持たれている。
「左様でございます。僕は聡様の執事ですが、この一条家の執事でもありますので」
僕は聡様に一礼した。
「そうやって僕との関係に線を引いてさ…昔の巧はそうじゃなかった」
「過去は過去でございます。今は一条家の執事見習いの身分ですので」
聡様は不機嫌そうだ。しかし言えないことは言えない。
「さあ、聡様部屋に行きましょう」
僕はそう促したが、聡様はへそを曲げてしまったようだ。
「聡様、先程、伯爵様方の前で堂々たる態度だったじゃないですか。誇らしかったですよ、僕も」
「それはそれだよ、巧の前ではあんな感じでは居たくない。僕たち幼馴染じゃないか」
「それがいけないのです、聡様。聡様は一条家のご子息で僕は奉公人にすぎません」
僕は聡様に、身分の差があると諭した。聡様はご不満のご様子。しかしこればかりは納得してもらうしかない。
「巧は僕を護るために命を賭すって言ったけど、僕だって巧を護りたい」
それはとても嬉しい言葉だ。だが、それは危険な思想を孕んでいる。華族たるもの一奉公人に振り回されてはならない。高貴な人間だからこそ、自身の感情や一時の波風に惑わされず、常に泰然自若としていることだ。今回の一件で聡様には手を焼かせてしまったが。
「ありがたきお言葉でございます。そのお言葉だけで僕は十分です」
「巧…――」
僕は再度部屋に行くことを促す。
「部屋に行きましょう、聡様」
聡様は俯きながらコクリと頷いた。
階段を上り、奥に向かって歩けば聡様の部屋だ。僕は聡様よりも先に部屋の扉を開ける。聡様は部屋に入って、すぐ茶卓に備え付けの椅子に腰かける。僕にも向かい側に座るよう呼びかける。
「今日は一日長かったな。でもさ、巧、兄様のお見合いが上手くいったのは、僕たちが、叔父様の動きを封じ込めたからだよね。実質、僕と巧のおかげじゃない?お相手の方も僕たちの事褒めてたしね」
僕はクスリと笑って、
「おっしゃる通りにございます。あの日、叔父様に毅然と立ち向かわれた聡様の『男振り』には、陰で見ていらしたお姉様や若旦那様も、大変感銘を受けておられたんじゃないでしょうか」
聡様はふふんと得意げに胸を張った。僕は悪戯っぽい声音で聡様の耳元で囁く。
「――ですので聡様。近いうちに、広樹様のお相手のご実家から、たくさんのご令嬢が集まる『お祝いの夜会』が開かれるかもしれませんよ」
「え?!」
「あの日の一件で、聡様が『ただの天真爛漫な子供ではなく、家を想う情熱的な若君』だと、伯爵夫妻の間でも密かに評判になるかと。次の夜会では、聡様を求めて声をかける方々で、それこそ……」
僕は、極上の笑みを浮かべ、
「――それこそ、『引く手あまた』になること間違いなしでございますよ。さあ、今から社交界のダンスのステップをおさらいしておきましょうか、聡様?」
「げえっ!勘弁してよ!」
聡様は顔を青くする。僕はその反応を楽しみながら、
「お茶を持ってきますね」
と、言って聡様の部屋を後にした。
「あら、巧くん大丈夫だったの?」
お見合いの席に居た女中に僕は声を掛けられる。聡様と広樹様、綾子様が助けてくれた話をすると、女中はいたく感動し、「一条家の奉公人で良かったわね」とやや涙ながらに語る。
「今回のお見合いでほぼ決まりでしょうしね。広樹様のお相手。気品もあって利発そうな方で良かったわ」
僕もそうですねと続く。
「前回があまり良くなかったから心配してたの、広樹様ご病気がちでもあるし」
そこは僕も一番懸念点だと考えていたところだ。それ以外は申し分ない。このまま話が進んでいくことを願いたい。
「まあ、聡様には巧君が居るから安心だけどね」
「でも今回聡様に助けられてしまいました。情けない限りです」
僕は唇をかみしめる。
「今回は仕方ないんじゃないかしら。聡様も巧君が大切なのよ」
「それはありがたい事ですが――」
僕は俯く。すると、
「あら、それはそれでいいんじゃないかしら。聡様だって幼馴染の巧君には特別な想いがある筈よ」
女中はあっけらかんとそんなことを言い出す。
「何を言っているのですか!僕と聡様は主と従者の関係で――」
「それはそれじゃない。聡様は少なくてもそうは思ってない筈よ」
この女中まで聡様と同じようなことを言い出した。
「僕は聡様の影なのです。聡様があっての僕なんです。主従であり、僕は聡様を護り、付き従うまでです」
女中はうん、うんと頷きながら、
「聡様も巧君に対してそう思っているんじゃないかしら。私の目にはそう見えるわ」
「――それでは主従が逆転してしまいます。僕は聡様の執事ですから」
「そうね、それはわかるわ。でも聡様の気持ちもわかってあげて。巧君が大事なのよ」
僕は反論することにも疲れて、女中の話を聞く。
「わかってあげてね、聡様の気持ち」
「善処します…」
僕は、そう言い残し、その場を去った。




