2。
気が付くと──、私は、暗黒色に光る小さな護身用の呪刀をこの人の首もとに、沿わせる様にして突きつけていた。
なんだか変な夢を見ているみたいだ。私が私じゃないみたいな。
けど、『黒アリル』──って、もう一人の私が、頭の中にいたような……。なんだか、もう一人──私じゃない私の中の心の冷たい部分を感じて、話すと言葉にトゲを突き刺さしてしまうように感じた。
「最期に名前くらい聞いとくよ。名前は?」
「ハァハァ……。ブ、ブレイド……。閃光のブレイド」
「ふーん。通り名って、ワケ? カッコ良いんだね」
(──く、口、悪ぅ……。な、なんか、私じゃないみたい……。『黒アリル』?のせい?)
そう思った矢先──。
──『黒アリル』が、私から主導権を横取りしようとした。頭の中で。
「はいはい。アリルちゃん。もう一人の貴方──私こと『黒アリルちゃん』にバトンタッチのお時間ですわよ?」
「えー?! ちょ、や、やめてよ!!」
「はいはい。良いから、良いから。お眠りなさい……」
◇
私こと、『黒アリル』が想うに──。
──先月も居た。こう言う人たち。
俗に言う騎士団か何かだろう。やたら、何とかの誰それとか言う。お母さんから聞かされてたけど、正直、ウザい。
けど、名前には誇りがあるらしい。それぞれの人生を象ったような。私にだって、アリルって名前がある。けど、語るほどでもない。アリルは、アリル。私は、私。アリルも黒アリルも、二人で一つ。
「あんたって、死ぬの?」
「どうやら、そうみたいだな……」
この人のエメラルドグリーンの瞳が震えてる。風前の灯火。
少し風が吹いて、私たちのいる谷底の川原を渡った。真っ赤な鮮血が、太陽の光を受けて、石ころに流れ落ちる。血の匂いがした。それとは別に、涼やかな顔をしたこの人の青い前髪が、風に揺れている。
どこか、諦めたように──、この人が幽かに笑っているように見えた。
「ハハ……。助けてはくれない──、か」
先月も、見殺しにした。
一個団体の騎士団だったとは言え、ただの人間の集まり。
S級冒険者──。そう言ってたっけ? 笑える。
強そうな人も居たけど、心に惹かれるものなんて無かったから。
そうやって、また、何処かの誰かが死ぬ。称号とか階級なんて、意味は無い。
ただ、転がるのは屍だけ。まだ、探せばその辺にあるだろう。
「意識が、朦朧として……。短い人生だった」
『魔法』なんてものを求める連中には、ロクなヤツが居ない。例え、それが国からの命令だったとしても。
私たちだけじゃない──他人の幸せを踏みにじる奴は許せない。誰であろうと。結果的に。必ずそうなるから。それが、『魔法』なんだ。この『彷徨いの魔の森』の封印を解くことは許されない。
「最期に、言い残すことは?」
人間としての価値──。
──私、黒アリルのお眼鏡にかなうかどうかで、生きるか死ぬかの運命が決まる。
なんてったって、ここは『彷徨いの魔の森』。
かつての魔王……の魔力そのものを、そのまままるっと、それ以上に凝縮させ保存している禁断の地。
いわば、この世界における最高峰のラストダンジョン──魔王城みたいなもの。
攻略は不可能。勇者なんてものは、もはやこの世界には、存在しないワケだから。
いわば、私とお母さんとお父さ……まぁ、良いか──が、世界の均衡を守る番人なワケ。
誰かを助けた事なんて、一度も無い。
青い前髪が風に揺れるエメラルドグリーンのこの人──が、最期の力を振り絞り、肺に残っていた僅かな空気を吐き出して、何かを言葉にしようとしていた。この人の口もとが、幽かに動き始めた。
「──魔女は、可愛いかった……」
◇
「!?」
「ふにゃご?」
「──……えええぇぇっ!!? えええぇぇっ!!?」
「あ、アリル?」
「ちょ! どきなさい! 『黒アリル』!! 私に変わって!!」
「えっ!? キャッ!!」
(あり得ないあり得ないあり得ない! ぜーったいに、あり得ない!!)
私は、我に返って、存在すら忘れていた猫のロザリオを足もとから拾い上げ──ワシャワシャ!──と、撫で散らかした。
そして、頭の中の私の『主導権』を、『黒アリル』から私──こと『アリル』へと奪い返した。
シーンとしていた『彷徨いの魔の森』に、川原のせせらぎの音が聞こえる。
それから、動揺してた私は、もう一度「ふにゃご!」と鳴いた猫のロザリオを黒装束の服の中に押し込んだ。
服の中で、暴れる猫のロザリオと私の素肌が合わさって──私の心臓の音がドクンドクン──と、波打つのがはっきりと分かった。
悪魔に心臓を生贄に差し出した時みたいに。
「ちょ! もっぺん、言って!!」
「いや、意識が……」
改めてお顔をよーく見ると──、青くサラリと光る髪の毛に、星を宿したエメラルドグリーンの瞳。そして、儚く色白な素肌に、血色の乏しい唇──って、どうしよ!? 死んじゃうっ!?
「はわわわ……。ど、どうしよ、どうしよう!!」
王子様の背中から、どんどん血液が溢れ出してる。川原の石ころが、真っ赤だ。
「ロザリオ!!」
「ふにゃあ?」
ロザリオを、黒装束の懐から取り出して、ガシッと掴んで抱きしめる。
ロザリオの黒い毛並みは柔らかく、この子の心臓の鼓動が私の胸に伝わる。
「ど、どうしよ、ロザリオ!! ──って、王子様ぁ!! 死んじゃ、ダメー!!」
「……」
もはや、王子様は、返事しなかった。
もっぺん、あの言葉を聞きたかった。
人間は、魔女を恐れる。だけど、私だって、お友だちとか恋人とか──って、イケないイケない!!
今は、目の前のこの王子様を……。
「ダメ……。魂が身体から浮き出てる」
魔女には、当然、魂とか霊的なものが見える。悪魔だって使いっぱしりにしちゃうんだから。魔法を使いこなすんだし。見えて当たり前。
けど、そんなこと考えてる場合じゃない!!
「蘇生魔法にゃ……」
私の胸もとから、声みたいなのが聞こえた。
「──え? ロザリオ?」
「だから、蘇生魔法にゃ。アリル」
黒い毛並みの猫のロザリオを抱き上げると──、ロザリオの金色の瞳が私の目を見て、しゃべった。