1。
私こと、アリルん家は、僻地ロアール領がタミル村の外れ、彷徨いの魔の森の山奥深く。偉いエラーい魔法使いのお母さんとお父さ……まあ、良いか──と、住んでんだぞー、と。
「……」
「ねぇ、聴いてる!? ロザリオ?」
「ふにゃぁ?」
「ダメか……」
私は、アリル。この世界で言うところの見た目は十七才の女の子。実年齢は、秘密ー。てへ。魔法使いのお母さんからは、もうちょっと賢そうな話し方をしなさいって言われるー。えへへ。
けど、いつになったら猫のロザリオと話せるんだろ? お母さんは、魔法使いだから鳥や獣──魔物とだって話せるのに、私は、いつまで経っても話せない。
お家から少し離れた森の奥のお花畑で、お供に連れて来た猫のロザリオに寝転んで話し掛けてたら、なんか眠くなって来ちゃった。
(──ピヨピヨ、ピピピ……)
「ほわ~。良いお天気……」
小鳥さんの鳴き声は聞こえるし、お空は晴れてて温かいし。なんだか、眠っ……。
「って、ハッ!! いっけなーい!」
慌てて私が起き上がると、お花畑のピンクの花びらが幾つか散って、お膝に乗っかった。猫のロザリオも。
とは言っても、魔法使いの娘である私は、全身、黒装束に身を包んでいるのさ。えへへ。
でもでも──、想い出した。私は、この魔の森に生えてる惚れ薬になるキノコ──コロリ茸を採って来るように言われてたんだっけ。お母さんに。
「んー。無いよねー……」
「ふにゃご……」
私は、偉大なる魔法使いメロメローネこと、母上様に仰せ使われコロリ茸を探しに来たんだけどなー。んー。無い。猫のロザリオも、相変わらずのとぼけ顔だ。
鬱蒼と生い茂る魔の森の樹海。お母さんのブジカエルの結界魔法が無ければ、マジで死ぬっ!! そんくらいヤバい場所なんだけど、以外に私ん家は、近い。いやいや、そうは言っても油断は禁物よ! だって、ブジカエルの結界魔法のおかげで、雑魚モンスターのエンカウント率がゼロなだけなんだから……。
「ふにゃあ!!」
「ろ、ロザリオ!? ──って、あれ?」
恋愛成就の惚れ薬になるコロリ茸を探してたら──、人?
「ん、んー……。た、谷底に落ちたか……。痛!」
「大丈夫ー? 死んでない?」
「な!? だ、誰だよ? お前!」
「あ、アタシは、アリルよ!」
──な、なんと! 青い髪色に、エメラルドグリーンの星の瞳をした王子様みたいな人が、川原に倒れているじゃあないのっ! スラリとした長身!! 見た目の年齢も私と同じくらい! おそらく女子なら、誰もが目を惹くわっ!!
私が、あれこれ考えてると──。最初に発見した猫のロザリオが、黒い毛並みを身震いさせた。それから、チロチロとピンクの舌先を出して、その人へと近づいた。私も遅れて、ロザリオの少し後ろから声を掛けた。
「痛! マズいな……。身動きが」
「まぁ! お膝から血が滲んでいますわ!!」
「動くな。お前は、この森の魔女か?『彷徨いの魔の森』には魔女が棲んでいると聞いたぞ」
私は、ブジカエルの結界魔法のおかげで、この樹海の森の谷底に落ちてもポヨヨンと浮くから死なないけど。この王子様みたいな人は、あの崖から、この川原に落ちたのかしら。
けど、動くな!──って、あんまりじゃない? 心配してあげてるのにー。まあ、私はお察しのとおり、魔女ですけど。
「魔女だとしたら、王国政府に連行だ。けど、魔女だろ? 魔物が徘徊する魔の森に、街の女と変わらない服装。生きていられるはずが無い……」
「い、いやー。ま、まさかー。そんなわけないよー。アハハ……」
ヤバいヤバいヤバい!!
この人、魔女狩りの人だー!! 違う国のS級冒険者さん? だったら、マジヤバい!!
このまま放っておいて、死なす?
私の悪魔的思考が、フル加速して演算を繰り返す。けど、私は、もともと賢くなんて無いから。回らない頭の中で、それでも、目の前のこの人を生かすべきか死なすべきか──、それだけを考える。
けど、魔女狩りのもしもの時には、大魔女メロメローネことお母さんのテイムの呪い魔法が発動する。お母さんが飼い慣らした魔の森に生息するボス級の魔物が、一斉に魔女狩りに来た敵──冒険者たちを食い散らかすって仕組み。
でも……。
目の前のこの人が、魔物に食い散らかされるのなんて、見たくない。心が壊れそうになる。けど、私だって、連行されて死ぬよりツラい拷問とか嫌だ。どうして、魔女って言うだけで、連れ去られなきゃイケないの? そっちの方が、悪くない?
一瞬、足もとにいる猫のロザリオの顔を見たけど、黒い毛並みを震わせて、金色の瞳を私に「ふにゃあ……」──と、向けて鳴くだけだった。
「ハァハァ……。死ぬのか、俺……。お前は、魔女。容赦しないよな?」
「ち、違うよー? で、でも、魔女の疑いかけられて、拷問とかは、や、嫌だな」
出血が酷い。膝だけでなく、頭の後ろからも血が流れている。
どの道、この人は死ぬんだ。助からない。
なら──。イチかバチか。
そう考えた時、私の身体に流れる魔女の血が──、頭の中で、グルンと爆ぜた。
(な、なに……。あ、頭、が……──)
──私の頭の中に、私と同じ顔した、もう一人の自分がみえた。
それから──、
何か、急に意識が、途切れ──て。私に、話かけて、いた……。
「フフン。アリル? 初めまして。もう一人のアリル──黒アリルよ? よろしく……」
「え?え? あ、頭──? い、意識が遠のいて……」
「おやすみ、アリル。ここからは、黒アリルの時間よ? 安心して?」
◇
私こと、黒アリルが考えるに──。
──回復の魔法。
もしも、魔法が成功して、この人が命を取り留めたとしても──、私を襲えば結局魔物に食べられる。いかに、S級の冒険者と言えども、単独でボス級の魔物に一斉に襲撃されたなら、骨さえも残らないだろう。
この『彷徨いの魔の森』を攻略するのは事実上、不可能。
何故なら、延々と続く何体ものボス級の魔物の一斉襲撃を退けるには、S級の冒険者をボス級の魔物の個体数以上に配備しなければならない。
そして、S級冒険者たちは、世界に10人と居ない。もしも本気で、『彷徨いの魔の森』を攻略するなら、国と国をあげた凄惨な戦争になるだろう。中には、物理攻撃を寄せ付けない回復力の高い悪魔と呼ばれる魔物も存在する。
対抗手段となる魔法は、魔王大戦以来、この世界で滅びかけている。『彷徨いの魔の森』に封印された『魔法』と言う存在。使えるのは、高等悪魔種族と、私とお母さん──それと、お父さ……まあ、良いか──だけ。世界は『魔法』をめぐり、『兵器』を誕生させた──。
──故に、単独撃破は、事実上無理なのだ。
もしも、生きて『彷徨いの魔の森』を抜け出るには、私たち魔女と呪いの契約を交わさないとイケない。命と引き換えに。
他言は無用。
秘密を暴露すれば、契約は不履行とみなされ、呪いが発動──。即座に死ぬ。
私の視線の先で横たわる王子様みたいな姿のこの人。
私に流れる魔女の血。アリルから、私こと黒アリルに交代したばかりなせいか、急に心が冷えるのを感じた。
(そっか。アリル、この人のこと気に入ってたんだ……)
私の頭の中のアリルは、まだ、眠っているみたいだった。
「助けて、くれないか……」
私の足もとに転がる王子様みたいな人。その声が聞こえた。
星のようなエメラルドの瞳が震えている。
もうすぐ、死ぬんだ。この人。
今度は、心臓の鼓動が爆ぜて、私は身動きが取れないままに、立ち尽くしていた。
(──アリル? もう目覚めようとしているのかしら? 身体が拒んでる……。よっぽど、王子様のこと気に入っるのかしら? 黒アリルとしては、アリルに従うまでだけど?)
この人を──、生かすべきか、殺すべきか。
黒アリルとしては、前者は皆無。
だけど──、アリル本人が何て言うかしら? まぁ、私こと黒アリルも、本人には違いないんだけど……。




