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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
82/100

双月、天穹に満つ(20)

『マリー‼』

 サキが落ちていくマリーへ向かって叫ぶ。

 マリーの鎧は灼熱の溶岩の海へ落ちながらも、踵の魔動器を使って何とか中央の塔に戻ろうと宙でもがいた。

 だが、僅かに塔に近づいただけで届かないように見えた。

 そこまで見届けたところで、サキの体は中央の塔の上へ放り出された。力を失って白い腕に引き戻された竜の体が、サキの魔動鎧もろとも中央の塔の上に叩きつけられたのだ。

 竜は暫くの間のたうっていたが、次第にその動きは小さくなり、最後にか細く鳴くと痙攣を始めた。役目を果たした魔法陣とそこから伸びた白い腕が消えても、最早竜が立ち上がることは無かった。

「マリーィィィ‼」

 魔力切れ寸前のサキは竜の死にざまには目もくれず鎧を脱ぐと、絶叫しながら竜の屍を越えて走った。中央の塔の北端まで来ると、溶岩の海に薄鈍色の魔動鎧の頭が沈んでいくところだった。

「嘘……嘘だよね? マリー……こんなの……嫌だよ!」

 サキが涙をこぼして膝から崩れ落ちる。

 その零れた涙が、床についたサキの膝の間に落ちて、塔の縁を掴む白い指を濡らした。

「私もこんなの嫌だよ! 早く助けて!!」

 そこには、塔の縁に片手の指先で掴まってどうにかぶら下がっているマリーの姿があった。

「マリー! 嘘⁉ どうして?」

 サキは喚き散らしながら、マリーの腕を掴むと空っぽの体に残った僅かな力をかき集めて塔の上へ引っ張り上げた。

 二人の少女の体が、どっと音を立てて倒れこんだ。

 二人は手を握ったまま、もう指一本動かせないといった様子で、喘ぎながら夜空を見上げていた。天穹に浮かぶ青い月と白い月は、塔上の少女達と同じように少しだけ輪郭を重ねて、互いに寄り添っていた。その月を見つめる二つの青い瞳と二つの灰色の瞳からは自然と涙が零れたが、二人は流れるに任せていた。

 暫くすると、呼吸を落ち着かせたマリーが口を開く。

「落ちそうになった時、とっさに魔動鎧を脱いで鎧を蹴ってその反動で跳んだの」

「なるほどね。とにかく無事でよかったよ」

 ほっとした様子のサキの言葉に、マリーは小さく笑った。

「本当にぎりぎりだったわ。サキにイチジクを貰わずにお腹が空いたままだったら、きっと塔まで届かなかったでしょうね」

「そりゃ危なかった。高いところは怖くなかった?」

「怖いに決まってるでしょ! でも、大事な友達を失う方がもっと怖いから」

「……うん、そうだね」

 仰向けに寝転がったまま、僅かに首を動かして二人の少女は目を合わせた。お互いに疲れ切った様子で、その顔は汗と涙でぐしゃぐしゃに濡れていたが、口元には清々しい笑みが浮かんでいた。

 どれほどそうしていただろう。塔の中央で物音がして、誰かが上げ蓋を開いて外へ出てきたのが分かった。その人物は塔の縁で倒れこむ二人へ声をかけてくる。

「どうやら王子様と吟遊新人殿は首尾よく竜を退治できたようですね」

 サキとマリーには、声の主を確認せずとも、それが青い髪の少女の声であることが分かっていた。

「私、賢者様に転職したんだけどなぁ」

 マリーが愚痴のように漏らした言葉に、サキはクスクスと笑った。

「なら、教えてあげないとね」

 そう言ってから、サキは大儀そうにゆっくりと体を起こした。ふらふらと立ち上がりながら声の主の方を見ると、予想通りシアンが歩み寄って来るところだった。

「竜退治ご苦労様でした。祝勝会でもしたいところですが、残念ながら時間がありません。すぐ下まで敵性生物の大群が迫っています。幸い、助っ人が食い止めてくれていますが、相手が多すぎます」

 シアンは塔の縁に立つサキの傍まで来て早口にそう告げると、「こちらへ」と言って付いて来るように促し、塔の屋上の中央の方へ戻って行った。サキがシアンについて行くと、シアンは中央の辺りで屈みこんで、何かの操作をするように屋上の一部を指で擦り始める。

「助っ人?」

 サキに遅れて立ち上がり後からついて来たマリーが尋ねると、シアンは「ええ」と頷いた。

「お二人に縁のある方々です」

 その言葉にサキは助っ人の一人の正体が分かった様子で頷いたが、マリーは首を傾げた。

「私に? いったい誰かしら?」

「すぐに会えますよ。それまで生きていれば、ですけどね。ともかく、今は早く魔力を受け取ってこの施設を正常化し、残りの自立装甲兵を起動して敵性生物を駆逐する必要があります。……おや? 何やら施設の魔法陣に仕掛けがされているようですね」

 シアンはマリーが魔法陣を上書きしたことに気づいたらしい。マリーは慌てて弁明する。

「私がやったの。竜を倒すには仕方が無かったのだけど、いけなかったかしら?」

「いいえ、この程度の事は問題ではありませんよ」

 答えながらシアンが立ち上がる。その隣で、先ほどまで指でなぞっていた屋上の一部がせり出してきて、シアンの胸ほどの高さで止まった。さながら何かの台座のような格好だ。

「ですが、よくこんな事を思いつきましたね。地中に魔法陣があると知らなければ思いつかない筈です」

 シアンの言葉にマリーは戸惑った様子を見せる。

「それは……何故かしら、そんな気がしたの」

「……なるほど。まあ、資格を持つ方ならばそういう事もあるのかもしれませんね」

 シアンは一応は納得した様子で、それ以上マリーを追求しようとはしなかった。

「お二人とも、ここに片手を翳して、もう一方の手は空へ向けてください」

 シアンが台座を指さして言うと、二人はその台座に近づいた。サキが右手を台座にかざすと、その左隣ではマリーが同じように左手を台座にかざした。二人が手を翳すのを待っていたかのように、台座が淡く光を放って輝き出す。二人はそれを確認してから、お互いに顔を見合わせて無言で頷きあい、空いている腕を天空へと向けた。

 少女達の頭上から降り注ぐ月光はよりいっそう明るさを増し、三人の影をくっきりと塔の上に落とした。

 サキとマリーは声を掛け合うでもなく、同時に頭上を見上げた。

 天穹では青い月ヴィーレが白夜の太陽のように輝いていた。突如としてその月から光の矢が放たれて、二人の頭上に落ちて来る。

 光の矢を受けた少女たちは、目を開けていられないほどの眩い光に包まれて、そばにいるはずの互いの姿すら確認することが出来なくなった。

 視界が眩い光に覆われた中で、サキは足元から床の感触が無くなり、体が落ち始めるのを感じた。

次回は12/17(土)に更新します。

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