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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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深き孔の底で(18)

 遺跡の復旧作業を請け負ってから数分後、三人の少女の姿は昇降機の最下部の部屋にあった。

「この昇降機で塔上まで十数分ほどで到着します」

 シアンが部屋の中央を指さしながら言う。

「ずいぶん早いんだね。降りてくるときはもっと時間がかかったけど」

 サキの言葉に、シアンは「ええ」と頷いた。

「当施設が休眠状態の間は魔力の供給量が限られる事や安全確保が難しい事から、低速で運転していましたが、緊急事態のため高速運転に切り替えます」

「溶岩はここまで来ないのでしょ? そんなに急ぐ必要があるの?」

「はい。敵性生物の中枢部への侵入を防ぐために、お二人がこの中央塔へ入った後、中央塔への通路の隔壁を閉じました。ですが、この隔壁は外殻部の扉とは異なり耐久度は高くありませんので、敵性生物の侵入を長い時間防ぐことは出来ません」

「なるほど、急がないと魔物が雪崩れ込んで来るって事ね。そういえば竜はどうなったの? まだその隔壁ってやつの外に居るの?」

 シアンは首を横に振った。

「いいえ。竜型の敵性生物の姿はありません。竜型は危機察知能力が高いので、侵入口が溶岩流で塞がれる前に脱出したようです」

「そもそもあの竜は何処から入って来たの? アタシ達が通った入り口はあんなデカブツが通れるほど大きくなかったけど?」

「広げたんですよ。劣化オリハルコン鋼の壁は非常に頑強ですが、開口部の周りは薄くなっていて竜の攻撃を完全に防げる程ではありませんから」

「なるほど。時間的にはアタシが入ったすぐ後にあの竜が来たって事かな。何にせよ、竜が居ないなら少しは隔壁ってやつも長持ちしそうだね」

「はい。竜が残っていた場合は今頃もう破られていたでしょう。とはいえ、今のままでもあまり長くは持ちません」

「なるほど、それじゃ急がないといけないね」

 サキがそう言ってから、マリーを促して青く光る半透明の板に近寄ろうとしたとき、頭上からカランと高い音が響いてきた。

「何の音?」

 少しおびえた様子でマリーが頭上を見上げる。

「魔物かな?」

「いいえ。敵性生物は中央塔へは侵入していません。ですが、マリーさんと一緒に施設に入った方(・)々(・)が隔壁を閉ざす前に中央塔へ入ったようです」

――シアンは一体どこまで遺跡内のことを把握しているのだろうか?

 口ぶりからすると、マリーやサキが内部に入った時からその存在を把握しているようだ。サキはそんな事に寸時気を取られたが、その思考は長くは続かなかった。

 サキが考えている間にも音は段々と近寄って来た。何者かが竪穴の縁に沿って続く階段を下りて来るのが分かった。シアンが隔壁を下ろしたのはだいぶ前のことで、その直前に塔に飛び込んでこの階段を下りて来たのならば、今頃到着するのは時間的にもあっているように思われた。

「装甲魔動機兵だ」

 サキは囁いた。彼女の視線の先には、宙に螺旋を描く階段をゆっくりと降りてくる薄鈍色の鎧の姿が見えた。

「私を追ってきた城主の護衛の一人みたい。まさか、こんなところまで追ってくるなんて」

 驚いて告げるマリーだったが、彼女の推測に誤りがあることは鎧から発せられた言葉ですぐに判明した。

『マリィィィ! そこを動くな!』

 装甲魔動機兵の人口声帯からマリーの予測とは異なる言葉が発せられて、部屋に反響した。

「マリー、あの人はもしかして……?」

 半ば答えを予測して尋ねるサキに、マリーは頷く。

「できれば『お兄様』には会いたくなかったわ……」

 階段を下りて来た薄鈍色の鎧は、床までの距離が短くなると、それまでの緩慢な動きから一変して階段から飛び降りた。風を巻き上げて着地すると、睥睨するようにあたりを見回す。

「どうしてあなたが魔動鎧を着ているの?」

 疑問を投げかけるマリーに、ゴルデはフンと鼻を鳴らして答える。

『軍用の魔動鎧は皆、上官の割り込み命令に隷属するように作られているのだ。私専用の制御結晶を通して配下の装甲魔動機兵に対して鎧を脱いで私に譲れと言えば、嫌とは言えないのだよ』

「それじゃあ、もともとその鎧を着ていた人はどうなったの?」

「さぁ? なぜ私がそんなことを把握せねばならん。まあ、今頃怪物どもの腹の中なのは間違いないだろうがな」

 ゴルデはさも当然のように、そう言い放つ。

「本当にこの最低の男が君のお兄さんなの?」

「残念ながらね……」

 サキの大声に対して、マリーは消え入るような声で返事をした。だが、魔動鎧の強化された聴力の前では小さな呟き声でも丸聞こえだ。

『そっちの品の無い男は誰だ? いや……貴様もしかして女か? そう言えば妹を迎えに送った男を追い払ったのが、年寄りと若造だという話だったな。なるほど、若造ではなく小娘だったというわけだ』

――若造、ね。マリーを攫いに来た男はアタシが女だって気づいていたはずだ。この男は別の人からこの話を聞いたんだ。

 やはりそれを伝えたのはミノカの村人ポロなのだろう。しかし、そうだとするとあのマリーを攫いに来た男は今頃どこにいるのだろうか? サキの頭の隅にはそんな疑問が沸いたが、今は目の前のゴルデに対峙する必要があった。

「迎え? あんな危険な男を寄越しておいて、誘拐の間違いじゃないの?」

『関係の無い者は黙っていてもらおう。これは私と妹の問題なのだから。 それに、小娘一人連れ出す事も出来ないような奴の何が危険なものか。名の知れた傭兵だというから仕事を任せたのに、全く役に立たなかった。まあそんなことは良い。さっさと妹をこちらに渡してもらおう。そうすれば痛い目に遭わずに済む』

「痛い目、ね。遭わせられるものなら、どうぞ」

 サキは、腰に下げた剣を引き抜くと、切っ先をゴルデに向けた。

『愚かな。そんなナマクラで魔動鎧と戦えるとでも思っているのか?』

 ゴルデはそう言うと、己の敗北など微塵も予測していないように笑う。

「さて、ね。やってみなけりゃ分からないだろう?」

「サキ、大丈夫なの?」

 マリーは不安げに声をかける。マリーでなくともそうしたであろう。魔動鎧が持つ戦闘能力は魔物の比ではない。段平《だんびら》一本でどうにかなるような相手ではないのだ。だが、サキは余裕のある笑みを崩さなかった。

「大丈夫だよ。あんなのにアタシは負けない。マリーは離れていて」

次回は9/25(日)に更新します。

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