深き孔の底で(14)
「あれは!?」
リュードッグとキノハ駐留軍の副司令官ガサキマはそろって口を開けたままマコク山の山頂を見つめた。
嵐がもたらす暗闇の中で、山頂が赤々と光っているのが浮かび上がって見えた。無数の光の点が、火の粉のように山頂から盛んに飛び上がり、放物線を描いて山の中腹に降り注いでいる。無論、それは火の粉などではない。その光点の一つ一つが、灼熱の溶岩の塊なのである。
大地の鳴動は止まず、人々は不安げに山頂を見つめた。駆逐されかけて逃げ惑っていた小緑鬼達すら、足を止めて火山の噴火を見上げていた。人間とはかけ離れた彼等の顔付きであっても、呆然としているのが表情から分かった。
「なるほど、近頃増えたという地震はこの予兆であったわけでござるな」
腕を組んで納得した様子で頷くリュードッグに、魔動鎧から顔をのぞかせたままのガサキマは不安そうに尋ねる。
「感心してる場合か? この村は大丈夫なのか?」
山頂からは溶岩が溢れ出て、見る間に山の中腹までを赤く染め上げていた。
「さて、だいぶ山頂からの距離はあるものの、どうでござろうか……」
リュードッグは暫く口ひげを弄りながら思案していたが、やがて考えがまとまったらしく口を開く。
「あの山は以前にも噴火したと聞く。たしかに、あの山の中腹の辺りは元は溶岩であったと思われる岩だらけでござった。しかし、西の森の辺りはそうでもない。数百年前に溶岩が流れて来ていたら、もっと岩が多い筈。それゆえ、以前の噴火では溶岩がこの辺りまでは流れて来なかったと思って良かろう」
「なるほどな。するってぇと、前回と同じ程度の噴火だと仮定すると、この村に居る分には問題ねぇって事か」
「左様。森が乾いていたら火事になっていたかもしれぬが、幸いにも今夜はこの通りの雨でござるしな」
そう言って安堵する男たちの視線のかなたで、黒々とした塊が山頂から飛んでくるのが見えた。それは初めのうちは小さな点の様であったが、見る間に近づいてきて巨大な岩の姿を現した。無意識のうちにリュードッグは暗視の術を強めた。ガサキマも同様にしたらしい。二人が闇を覗いていると、村長の屋敷と西の森の中間の大麦畑の中に、すさまじい音を立てて巨石が突き刺さった。岩が大地に接触する刹那、西の森に逃げ込もうとしていた小緑鬼の生き残りが下敷きになるのが二人には見えた。
「……ああいう岩が飛んで来たら、頭上に降ってこないことを願うしかござらんな」
「……ああ」
灼熱の溶岩に包まれた山の姿は、暴力的でありながら奇妙な程美しくもあり、人々は己に危険が及ぶ心配が少ないと知ると、ただ呆然と大自然の驚異に目を奪われていた。リュードッグとガサキマでさえそうであった。
暫くそうしてから、リュードッグはガサキマに視線を移して言った。
「さて、ではそれがしはそろそろ行かねば」
ガサキマは驚いた表情でリュードッグを見る。
「こんな時に行くってどこへだい?」
「あそこでござる。あそこにそれがしの主人がおるゆえな」
リュードッグは視線を再びマコク山に戻した。その表情は先ほどまでの茫然としたものではなく険しいものになっている。
「おいおい、正気か!? あんなところ、近づく前に黒焦げになっちまうぞ。あんたにゃ悪いが、あんたの主人って人はもう生きちゃいないだろうよ」
「もしそうなら、おぬしの上官もまた生きておらぬという事になるな」
「は? 何故そうなるんだ?」
「何故ならおぬしの上官もおそらくあそこ居るからの」
リュードッグの言葉にガサキマは寸時驚いた表情を浮かべてから、深くため息を吐いた。
「おいおい……本当か?」
「この状況で嘘を吐いても仕方がござらぬ。しかし、おぬしの上官がどうかは知らぬか、それがしの主人、サキ様は生きているとそれがしは信じておる」
「状況は絶望的だぞ? あんなところに居たら万に一つも生きてはいないだろう」
「それがしはサキ様を信じると決めた故、絶望的であろうとも信じるのみ。武人の信念とは、本来そうあるべきものと存ずる」
「そんな風に考えられるあんたはすげぇよ、リュードッグ。しかし、あんたがいくらサキって人を信じたところで、助からん時は助からん。その時はどうする?」
ガサキマの質問にリュードッグはカッカと笑った。質問が詰まらな過ぎて、かえって可笑しいとでも言いたげだ。
「その時は、追い腹を切るだけのことでござる」
主人を追って自決する、リュードッグは事も無げにそう告げた。
「そんなことをして何になるんだ?」
「老いぼれが一人死んだところで、何にもなりはせぬ。だがこれは、臣下としてサキ様を一人で送り出した時に決めた事。サキ様が死したのちに、主人を守れなかった不忠の臣として生き恥をさらすつもりはござらん。けじめの問題でござる」
「恐れ入るよ。俺も殉死したくなるような主人に出会いたかったもんだ。まあ、大公様はその器だがな」
ガサキマは、直接の上官であるゴルデはそうではないと暗にほのめかした。
「おぬしの歳ならばまだ遅くは無いだろうさ。それはそうと、それがしが追い腹を切ると言ったのはあくまでも可能性の話。サキ様が生きておられると考える理由はある」
「まさか? どう考えても望みは薄いように思えるが」
「あの山の中腹には、クレサ帝国時代に建設された古い遺跡がある。その遺跡はただの石で作られているように見えて、実は劣化オリハルコン鋼で作られておる。お主、劣化オリハルコン鋼は知っておるかの?」
リュードッグの質問にガサキマは首を横に振った。
「いいや、知らないね。だが、オリハルコン鋼というのは聞いたことがある。クレサ帝国時代に作られていたという金属だろう? とんでもなく強靭な武具を造るのに使われたとか」
「それだけ知っておれば十分よ。劣化オリハルコン鋼はそのオリハルコン鋼を精製した時の残りカスで作った物。オリハルコンの精製には製鉄よりもはるかに高い温度が必要と聞くゆえ、本来のオリハルコン鋼はもちろん、劣化オリハルコン鋼であっても、溶岩ごときの温度でどうこうするような代物ではない。遺跡の中に居れば、生きている可能性は十分にある」
それはあくまで遺跡の中に入ることが出来ればという話ではある。しかし、リュードッグはサキやマリーが遺跡の中に居るという事を信じていた。
リュードッグの言葉に、ガサキマは再び深く息を吐き出した。
「そういう事なら、俺も行かねばならないな。上官殿も生きているかも知れないからな。しかし、地上から近づくのは難しいぞ」
「左様……とりあえず、近づけるところまで近づいてみて、手を考えるしかござらぬな」
相談しあう二人の背後で、甲高い笑い声が響いた。振り向くと、黒い外套を羽織った呪い師の老婆がいた。
「馬鹿だねぇ、あんた達。あんな所、近づけるもんかね」
老婆はそう言ってまたヒ、ヒと笑った。
次回は9/11(日)に更新します。




