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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
53/100

深き孔の底で(12)

「話が逸れてしまいましたね」

 シアンの言葉にサキは物思いから引き戻された。

「色々と疑問に思われる事があるとは思いますが、実はあまりゆっくりしている時間がない状況です。お二人に至急お願いしたい事があるのですが、聞いてくださいませんか?」

 サキは、マリーが自分の方を向いて無言で頷くのを確認すると、自身もシアンに向かって頷いた。

「言ってみて」

「当施設は長い年月を経て機能不全に陥っています。資格を有するお二人には、この問題を解消するための作業に協力していただきたいのです」

「機能不全? そもそもこの不可解な建物は一体何のために作られた物なのかな?」

「詳細を説明すると長くなりますが、この施設上部の七本の塔を使用して、極めて広範囲に敵性生物の出現を抑えることがこの施設の目的の一つです」

――敵性生物……つまり魔物ってこと?

 サキは腕組みをしてシアンの言葉を吟味する。

「不可解な魔物の発生が増えているのは、今まで動いていたこの遺跡が機能不全に陥ったからって事?」

「お話が早くて助かります。施設の機能が低下している隙をついて、塔の効果範囲の外から転送用の装置を使って敵性生物を送り込んで来ている敵性勢力があります」

「敵性勢力、ね」

――何故、混沌の軍勢と言わないのだろう?

 サキはシアンの言葉遣いに違和感を覚えた。何かをはぐらかそうとしている様に思えたのだ。だが、シアンがサキ達を騙そうとしている様には感じなかった。

 サキが違和感を抱いている事を知ってか知らずか、シアンは淡々と話を続ける。

「敵性勢力の目的はこの施設の機能を完全に停止させ、この大陸へ侵攻するための橋頭保を築くことにあります」

 サキは胸の内の違和感に気を取られていて、シアンの言葉に含まれる重大な示唆に気づくのに少しばかり時間がかかった。

「それって……まるで、この大陸の他にも大陸があるような言い方だね」

「他にも⁉」

 マリーが驚きの声を上げたのも無理はない。大陸という物はただ一つのみだというのが彼女たちの常識であり、この時代に生きる人達皆が思い描く世界の姿に他ならなかった。だが、青い髪の少女はその常識をいとも容易く否定する。

「ええ、ここはかつてクレサ人たちが第三大陸と呼んでいた大陸です」

「第三、ってことは少なくとも第一と第二があるわけだ」

「大陸はすべてで五つあります。それらが何故なかった事にされているか、推測は出来ますが、今はやめておきましょう。宗教批判をしている場合ではありませんから」

「聖王がそんな大事な事を隠しているって事?」

 聖王は大陸全土で信仰される中央聖教の宗教的権威である。シアンの発言は、聖王が民衆に世界の真の姿を隠していると言っている様なものだった。

「聖王にとって大事なのは信仰を集める上で有益な事実だけですよ。そうでないものは全て不埒で神の教えに反する異端者の妄言になるのです。おっと、宗教批判はしないと言ったのに宗教批判をしてしまいましたね」

 青い髪の少女はにこにこと笑って、異端審問官が聞いたら卒倒してしまうような辛辣な言葉を吐いた。もちろん、卒倒するだけで済めばよいが、異端審問官が目を覚ましたら発言者は火あぶりにされてしまうだろう。

「私は何も聞かなかった……私は何も聞かなかった……」

 小声で繰り返すマリーの態度は、この時代の小市民の反応としては一般的なものに違いない。

 一方で、サキが持つ宗教観はマリーほど純朴ではないらしく、シアンの辛辣な言葉にも驚きはしなかった。既にミノカの村で、呪い師の老婆からも中央聖教への批判とも呼べる言葉を聞いていて、免疫が出来てもいた。

「で、君の言う敵性勢力っていうのは、この大陸以外の場所から大々的に魔物を送り込もうとしてるって事?」

「はい。そのために事前に小数の敵性生物を施設周辺に送り込んで偵察をしていたようです」

「村の傍にいた犬型の魔獣や、この塔の傍にいた単眼鬼だね?」

「ええ。その他にも偵察がいて、施設外殻部の扉が開いたことを察知して、今度は大量の敵性生物を送り込んできたのでしょう」

「小緑鬼の大群や竜をね。あんな大軍を送り込めるのなら、ここを停止させる必要なんてないんじゃないの?」

「実際の所、この施設の機能は大きく低下していて専用の装置を使っての転送は殆ど抑制できなくなっています。ですが、完全に機能が停止すると専用の装置すらいらなくなるんですよ」

「なるほど、好きな場所に魔物を送り込めるようになるって事か。それじゃ、どこに居ても安全とは言えなくなるね」

「おっしゃる通りです。ですから、この施設の機能を回復させねばなりません。それも、敵性勢力が施設の中枢部に入り込む前に、です」

「それなら、まずはこの建物の中に侵入した魔物を倒すべきじゃないの? 部屋の外の『神兵』たちはお飾りなのかな?」

「当施設の機能が回復しない限り、一時的に周辺の敵性生物を駆除出来ても増援を送り込まれてしまいます。転送用の装置を見つけて破壊できれば良いのですが、すぐに見つかるような場所にはないと考えて良いでしょうから、まずは当施設の機能を回復させるべきです」

「魔物の供給を止めるのが優先って事か。それで、機能を回復する作業ってのは、危険はないの?」

「危険が全く無いとは言えませんが、このままここで敵性生物が殺到してくるのを待つよりは安全です」

「……なるほど、選択の余地は少なそうだね」

次回は9/4(日)に更新します。

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