深き孔の底で(8)
「あれは……魔杖騎兵か!?」
リュードッグが叫ぶ。
魔杖とは、攻撃魔術を放つことが出来る杖状の魔動器に魔石を繋いだものである。非常に高価なうえに使い手を選ぶために数を調達できない魔動鎧と違い、魔杖は安価で――あくまで魔動鎧に比べればであるが――使い手を選ばない。これを歩兵に持たせ、装甲魔動機兵の後ろから火力支援をさせて火力不足を補うのが戦場での常套戦術である。この魔杖を騎兵に持たせたのが魔杖騎兵であり、騎兵の機動力と魔杖の火力を兼ね備えていた。魔杖騎兵はその強力な火力を、その高い機動力をもって敵陣の任意の地点に打ち込むことが出来るのだ。しかし、装甲魔動機兵に守られて後方から火力支援を行う魔杖歩兵とは異なり、軽装なうえに機動力を生かすために他の兵種とは独立して運用されることが多い魔杖騎兵は、その機動力以外の防御手段を一切持たない。敵味方の位置関係を正確に把握した上で敵に対して一方的に攻撃ができる地点へ部隊を導く指揮官の采配と、それを実現する兵士の高い練度があって初めて機能する兵種と言えた。
その魔杖騎兵の一団が、一列横隊となって杖から魔術を放ち小緑鬼の群れの背後から痛撃を加えながら近づいてくる。敵との距離が迫ったところで、速度を落とすことなく有機的に左右二手に分かれた。別れた背後からは、薄鈍色の鎧の一団が現れる。中央の一体を先頭として左右に四体ずつ斜めに並んだ楔型の陣形で、合計九体の装甲魔動機兵が魔杖の攻撃を受けて壊乱状態となった小緑鬼の後方に突撃を開始した。装甲魔動機兵たちが敵陣を蹂躙する間にも、二手に分かれた魔杖騎兵は、怪物たちとの距離を保ちながら村の東西を北上し攻撃を続けた。騎兵たちは撃ち果たして空となった魔杖を放り投げると、背負っていた予備の魔杖を引き抜いて攻撃を続ける。村の北で合流するとその場で円を描いて移動しながら北側の敵に攻撃を加え、再度二手に分かれると村の東西を南下し始めた。その一連の運動には一切の淀みがなく、間断なく攻撃を加え続けている。
防壁の内側に居る村人たちはまだ状況が分かっておらず、絶え間なく響く爆音と魔物の進攻が不意に弱まったことに戸惑い、互いに目配せしあっている。その村人たちに向かって、リュードッグは振り向いて叫んだ。
「援軍だ! おそらくキノハ駐留の公国軍でござろう」
数瞬の時をおいて、村人たちから歓声が上がった。防壁の中に居た六人の兵士も同様である。
リュードッグは防壁の上から、戦いの趨勢を見ていた。小緑鬼たちは、新たに現れた勢力から身を守ることに手いっぱいで村への進攻を続けることは困難となっていて、リュードッグの傍に魔物が寄って来る事もなくなっていた。村人たちも恐る恐る防壁へ上ると、その向こうで繰り広げられる一方的な戦闘を目の当たりにして再び歓声を上げる。
「良かった! 大公様は我々は見捨てられてはいなかったんだ」
片腕で苦労しながらも防壁をよじ登って来たヨナが眼下の状況をみて歓声を上げた。
「うむ。おそらくポロ殿の歎願が功を奏したのでござろう。それにしても、恐るべき練度の兵たちでござるな」
兵を褒めたたえるリュードッグの声が聞こえたのか、九体の装甲魔動機兵の内の先頭に立って突撃してきた中央の一体が防壁のすぐ外まで近寄り、リュードッグに話しかけて来た。
『見事だろう? この俺が手塩にかけて育てた部下達だからな』
彼はどうやら、兵士の一団の指揮官の様である。防壁の南側一帯は、すでに彼と彼の部下によって安全が確保されていて、勤勉な彼の部下達はさらに安全な領域を広げるために左右に散っていった。戦闘は彼等に任せておけば問題無いようだ。
「貴殿が指揮官殿かな。まったく見事でござった。いや、それよりも先に礼を言うべきかな」
『礼には及ばんさ。領民を助けるのは職分の内だからな。それに、敵軍の中に孤立した部下も見捨てるわけには……ってあんた、リュードッグじゃないか?』
指揮官の男は慌てて、鎧の面貌の前面を開けた。その中から、一文字に鼻筋を横切る刀傷が目を引く中年の男の精悍な顔が現れる。本来、背面側から装着するのが一般的な魔動鎧には顔を外に出すような機能は無い。だが、指揮官用の機体には、戦場での士気高揚を促すために、顔を出すことが出来るようになっている場合があるのだ。
「ふむ、どこかで会ったことがござるかな? すまぬが身に覚えがござらん」
申し訳なさそうに言うリュードッグに対して、男は責める様子もなく頷く。
「ああ、そうだろうさ。俺は十六年前の戦役であんたに救われた兵士の内の一人さ。俺にとっちゃ命の恩人はあんた一人だが、あんたにとっちゃ助けた兵士なんて数えきれないほどいるだろうからな」
「ほほう、戦役のおりの縁でござったか。覚えておらずすまなんだ」
「謝らないでくれ。こっちが勝手に覚えてただけさ。まあ、忘れるわけもない。昼間、散々な目に遭ってあんたに助けられた俺は、野営地であんたに礼を言いに行ったんだ。そしたらあんた、なんて言ったと思う?」
「さて、何と言ったのかな」
「あんた、こう言ったんだ。『若いの、礼を言うなら手土産の一つも持参せんか。例えばこう、飲むと陽気な気分になる水とかな』ってな」
そう言って、男はガハハと笑う。
「とんでもない話じゃな。本当にそれがしがそう言ったのでござろうか?」
「ああ、間違いない。そんで、酒保から葡萄酒をくすねて行ったらあんた、『でかした若いの、さあ飲むぞ』って言ってな。持って行った量の何倍も酒を飲まされて、次の日は二日酔いで死にそうな目にあったぜ」
男はもう一度ガハハと笑った。今度はリュードッグもつられて笑う。
「フム、そんな事もあったかもしれぬな。こちらは名乗る必要は無さそうだが、おぬしの名を聞いても良いかな?」
「俺はガサキマ・ブドー。城塞都市キノハ駐留軍の副司令で、キノハ城主兼駐留軍司令でもあるゴルデ・カデミ・ムールン様の補佐を務めている。その城主様が行方不明になっちまったので探しに来たのさ」
次回は8/21(日)に更新します。




