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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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深き孔の底で(5)

 声を掛け合ったわけではないが二人は同時に目を開いた。壁に手を添えたままの姿勢で、互いの姿が目に飛び込んでくる。部屋全体が昼間の陽光の下のように光に満ちていて、暗順応した二人の目には眩しく感じられた。

 目を瞬かせながら二人は巨大な部屋全体を見渡した。壁面のレリーフも天井の竪穴も、すべてが光の下に姿を現している。特別な光源は見当たらない。天井も床も壁も、それ自体が仄かに光を発しているようだった。壁面の一部、二人が手を触れた部分だけは例外で、扉の形ではっきりと強い光を放っていた。

「これって一体……?」

「……遺跡が目覚めたのかな」

 サキは無用になった光源の術を消しながらマリーに答える。

「目覚めた?」

「そう。きっとこの遺跡は、最低限の機能だけが動いている状態で休眠していたんだ」

「休眠? 一体どういうこと?」

 マリーの問いかけにこたえる代わりに、サキは老婆から聞いた伝承を口に出す。

「『双月、天穹に満つる時、古の扉開かれん』……村の呪い師のお婆さんに聞いた伝承だよ。聞いたことある?」

「初めて聞いたわ。双望月の夜に扉が開かれるっていうのは……」

「この遺跡の事だろうね。双望月の夜に何かが起こるのを待ってたんじゃないかな? とにかく、この先を見てみよう。きっと何か分かるはずだよ」

 二人は頷きあうと、同時に扉に添えた左手にそっと力を込めた。扉が音を立てて開くのを想像したが、その想像に反して壁自体がフッと消えて無くなった。

「消えた⁉」

「……空間魔術の応用かな。詳しい仕組みは分からないけど、壁がある空間と壁がない空間が重ね合った状態にしておいて、切り替えてるんだと思う」

 二人は互いに手を握り合って扉の向こうへと足を踏み入れた。

 そこは、長い通路になっていた。通路の幅は扉よりも広く、扉の手前と同じように通路全体が一部の闇も許さぬように光を放っている。通路の先には閉ざされた扉があり、別の部屋につながっているらしいことが遠目にも分かった。

 だが二人の眼を引いたのは、通路の突き当りではなく側面であった。

 そこには、人の倍ほどの背丈の銀の鎧が、向かい合ってずらりと並んでいた。そのすべてが、両の手で逆手に剣を持ち、胸の前に掲げるような姿勢をとっていた。ざっと百体は並んでいるだろう。

「これは……魔動鎧……?」

「ううん、違うわ。これは人が装着して使う魔動鎧じゃないみたい。サキと会う前に、上の街のところでこれと同じものとあったわ。でも、人が中に入ってる感じはしなかった」

「そういえば、確かにアタシも地下の街に入った時に遠目にこれと同じものが魔物と戦っているのを見たよ。魔動鎧だと思っていたけど、違うとすると……」

 サキの脳裏に二番目に見た壁画の、混沌の軍勢と戦う巨大な鎧の図柄が浮かんだ。

「そうか。これは『神兵』なんだ」

 それは神話の中にだけ登場する、秩序の神が使役する、恐れを知らず痛みを覚えず混沌の軍勢と戦う鋼の兵士たちである。

「『神兵』? あの神話に登場する『神兵』がたくさん居るってことは、この塔は神様が作ったって事?」

 塔という言葉は、最早この遺跡を現すには正しくないようにサキには思われた。だが、今はそれを訂正しようとは思わなかった。

「分からない。けど、何かしら関わり合いがあるのかもしれないね」

 彫像のように屹立した鎧たちが突然襲い掛かってくるような予感が脳裏をかすめて、二人はどちらからともなく握り合った手に力が入った。

「行こう。行って、この先に何があるのか見届けよう」

 マリーが頷くのを見届けると、サキは大きく一歩踏み出す。悪い予感に反して鎧が二人に殺到してくることは無かった。通路に響く自分たちの足音だけを聞きながら、二人は鎧の間を通り抜けて突き当りの部屋にたどり着いた。

 そこには通路の入り口と同じような光る扉が行く手を遮っていた。入り口の扉を開けた時と同じ要領で、二人同時に扉に触れると扉が消えた。

 部屋の中は巨大な空間だった。昇降機のあった部屋も巨大に感じられたが、その数倍の広さがあった。だが、その広さよりも目を引いたのが、奇妙な部屋の形状である。その部屋には床と壁と天井に境目が無かった。その部屋は球状になっていたのだ。

 二人が歩いてきた通路の扉は、球状の部屋のちょうど真横に口を開けていて球体の中心へ向かっていた。その通路は球体の中心へ至るためだけに、端が部屋の壁に一体化している以外には何の支えもなく宙に浮いていた。

 マリーは床に両手をついて、おそるおそる通路の縁から下を覗き込んだ。球状の部屋のため入り口付近ならば通路から落ちても丸みのある傾斜を滑り落ちるだけで済むかも知れないが、少し部屋に踏み入った場所で通路から落ちたら無事では済まないだろう。

 そのマリーとは対照的に、サキは腕を組んで立ったまま無造作に下を覗き込むと感嘆の声を上げ、更にぐっと大きく身を乗り出してもう一度感嘆の声を上げた。誰かが背中に軽く触れただけで、真っ逆さまに落ちてしまいそうな具合である。その様子にマリーの方が青い顔をして、サキの外套の裾をそっと引っ張った。

「ね、そんな事よりどうしよう?」

 裾を引かれて振り向いたサキに、マリーが話しかける。サキがマリーの話を聞きながら通路の端を離れた事で、小さく安堵のため息を吐いた。

「どうもこうも……」

 サキが通路の先へ眼を向けると、マリーもつられてそちらを向いた。通路は球状の部屋の中心で円形に広がっていて、その円盤の上に光る球体が浮かんでいるのが見えた。

「この先に向かうしかないんじゃないかな?」

 サキの言葉にマリーが無言で頷くと、二人の少女は並んで歩き出した。悠然と歩くサキの肘にマリーは軽く掴まって足元を見ないようにして歩く。マリーが見上げた部屋の上部だけでも、壁面に無数の扉があるのが見えた。しかし、そこへ向かう通路は無いのだ。部屋の中心部の直上にはほとんど水平になった扉までついていた。どうやってその扉へと向かうのか、マリーならずとも不思議に思う事だろう。

「不思議な物が多すぎて、理解が追い付かないよ」

「そうだね。どちらからと言えば上の街はおまけで、この部屋がこの遺跡で最も重要な部分なんじゃないかな。そう考えれば、部屋の前に『神兵』が並んでいたのも分かる」

 二人は話しながら部屋の中心に近づくと、光る球体を見上げた。

 その球体は金属で作られているようで、人の視線より少し高い位置に支えもなく浮かんでいた。白銀に輝く薄い金属の帯が、十重二重に巻きつき、さながら繭の様であった。その帯の隙間から光が漏れ出ていた。

「これは……?」

「何かの仕掛けかな」

 サキは恐る恐る球体に手を近づけた。

「サキ、気を付けてね」

 心配そうに後ろから声をかけるマリーに対して、振り返って小さくうなずくと、サキは手をすっと伸ばした。

次回は8/13(土)に更新します。

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