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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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遺跡へ(14)

 二人の少女の姿が高く宙に浮かんだ。マリーは空中で下を見て慌ててサキへ警告する。

「サキ、足元は敵だらけよ」

 放物線を描いて飛ぶ二人が着地しようとしている地点にも、怪物が密集していた。

「大丈夫」

 着地点に居た怪物の一体が、腕を伸ばしてサキの足を捕まえようとした。だが、それよりも早く、サキの足が勢いよく伸びて怪物の頭を強烈に踏みつけた。踏みつけられた衝撃で、怪物の表皮の粘膜が四方に飛び散る。そうして、少女達はもう一度跳躍する。再び空中の人となった二人の背後で、頭蓋をかち割られた怪物は泡を吹いて倒れた。

 同じことをもう一度繰り返し、二人は無事に着地した。地下都市の中心の塔の傍だ。

「よくそんなことが出来るね……もしかして、ここまでそうやって来たの?」

 マリーの知る限り、地下都市の入り口からここまで、どこも魔物がひしめき合っていて文字通り足の踏み場も無かったはずだ。

「慣れればどうってことないよ」

 涼しい顔のサキに、マリーは苦笑する。

「サキ、どうしてそこまでして助けに来てくれたの?」

 マリーの質問の意味が分からない、というようにサキは首をかしげた。

「君が困っているだろうと思ったから。大体の事情は分かっているつもりだよ」

「だからってわざわざこんな危ないところまで?」

「だって、アタシ達友達じゃない」

「そっか……そうだね」

 お互いの予想外の答えが可笑しかったらしく、二人とも遠慮がちに互いを見つめあってから、無遠慮に笑いあった。

「あ、痛っ!」

「マリー? 大丈夫?」

「大丈夫……ではないかも。気が抜けたら急に足が痛くなってきた」

 マリーは青い顔をしてサキに寄り掛かる。相当の痛みを堪えているらしく、その額には脂汗が浮いていた。

「とにかく、塔の中に入ろう。地上の塔と繋がってるように見えるけど、地下側には入り口があると思うんだ」

 サキは剣を鞘に納めると、マリーを抱え上げて塔へ向かって走り出す。

 その背後で、轟音が響いた。

 音につられて振り返ると、今までの怪物、小緑鬼とは別の、巨大な生物が都市の入り口の通路から首を出したのが建物の隙間から見えた。轟音は、その生物の鳴き声だったらしい。

 その生物は、狭い通路――少なくともその生物にとっては――の中では四本の脚で小緑鬼を容赦なく踏みつぶしながら歩いて来たが、広い空間に出ると後ろ足で立ち上がった。その全身は赤銅色の鱗で覆われ、顔はトカゲに似ているがその頭には二本の黒く湾曲した角が生えていた。立ち上がった状態での頭までの高さは、人間の背丈の二十倍近くはある。そしてその背には蝙蝠のような飛膜のある巨大な翼が生えていた。

 その生物が息を深く吸い込むと、顎《あぎと》の中が眩く光った。次の瞬間には、その顎から赤々と猛火が迸《ほとばし》った。その灼熱の吐息で、あの銀の鎧が焼かれるのが見えた。

「ね、サキ……あれって……?」

「うん……」

 マリーの質問を、サキは唾を飲み込みながら肯定した。

「丙種五級、火炎竜……かな」

 さすがのサキも竜を見るのは初めてだったらしく、自信が無さそうに答えた。

 獣のカタチをした甲種、人のカタチをした乙種に対して、丙種はそれら以外のすべてが当てはまる。カタチを持たない粘菌の様な魔物も含まれるが、竜の様に伝説の中に登場するような、巨大で強力な魔物が殆どだった。

「そうだと思った! すごい、物語の本で読んだ竜と同じだわ!!」

 足の痛みを忘れた様子でマリーが声を上げる。その声が聞こえたのか、竜は鎌首をもたげて二人を見た。

 次の瞬間、竜は後ろ足で地を蹴ると、巨大な翼を波うたせ、旋風を周囲に撒き散らしながら飛翔した。空中で一瞬制止してから、宙を滑るように飛んで二人に接近する。

「逃げるよ!」

 サキはそう叫ぶと、マリーを抱えたまま駆け出す。叫んでいる間にも竜は二人の背後にまで接近して来た。塔には竜が通れるほどではないが、人間が通るには十分な大きさの入り口が扉もなく口を開けていた。竜が飛来するよりも僅かに早く、マリーを抱き抱えたままサキはその入り口に駆け込んだ。

 塔の中は、外と同じように星明かり程度の光が差している。入り口からそのまま通路が延びていて、左右に部屋の扉の様なものが等間隔に並んでいた。だが、それらの扉には目もむけずに、サキはずんずんと奥に進んだ。背後からは、竜の嘶きが響いてくる。その嘶きに微かに悔しさの様なものを感じるのは、気のせいだろうか? サキがそう考えながら、さらに足を進めると、手すりが目の前に現れた。手すりの向こうは、上下に吹き抜けになった広い空間になっている。手すりに沿って左右には、地上から下りて来るのに使った階段と同じように、吹き抜けの壁面に沿って螺旋状の階段が設えられていて、それで上下の階に移動が出来るようである。

 サキはマリーを抱き抱えたまま、手すりから身を乗り出して吹き抜けの下を見下ろした。奈落の底まで繋がっていそうな程、深くまで縦穴が続いていて床が見えなかった。 マリーは小さく悲鳴を上げると、サキにしがみついて文句を言った。

「ちょっと、サキ。お願いだから下を覗くなら私にそう言ってからにして」

「あ、ごめん。でも、穴に落としたりしないから大丈夫だよ」

 サキは弁明しながらマリーを床に下ろす。マリーは手すりを掴んで左足一本で立った。暗くて分かりづらいが、顔色は良くないようである。少し呼吸が戻ったので、鎮痛の効果もある身体強化の術を薄くかけているらしい。それでも、片足が折れていることを考えれば、顔色が悪いのは当然だろう。

「もちろん、そんな事をするとは思って無いけど、心の準備が必要なの」

 マリーの抗議にサキはもう一度謝罪した。

「さて、どうしようか? 流石の竜もここには入って来られないだろうから……」

 言いながら竜の方を振り返ったサキの視界の中で、紅い炎がチラリと光った。火炎竜の顎から炎が漏れ出そうとしているところだった。

「竜は入って来れないけど、炎は入って来れそうね」

 マリーの言葉にサキはこくりこくりと二度頷いて、大慌てでマリーをもう一度抱き上げると、手すりを飛び越えて奈落の底へ飛び込んだ。間一髪のところで、落下して行く二人の頭上を灼熱の吐息が通りすぎていった。

「ちょっと、サキ! お願いだから落ちるなら私にそう言ってからにして!!」

 マリーの悲鳴が吹き抜けのなかにこだました。

次回は7/30(土)に更新します。

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