「第2話 ラブレター 後編」
幼稚園に通っていた頃。好きな男の子がいたことを今でも覚えている。名前は思い出せないけど……
いつも遠くから眺めるだけで、特に話したりはしなかった。その男の子は、少し泣き虫なところがあった。いつ見ても、一回は泣いていたように思える。友達は、男なら泣いてるんじゃない。なんて言っていたけど、私はそうは思わなかった。別にその男の子は、すぐ泣き止んだし私よりは強い子のように思えた。
『……ぅ……うっ……』
また泣いている。転んで泣いたり、サッカーボールが顔面に当たって泣いたり、イジメられて泣いたりしていたけど、すぐ泣き止んでいたのが凄いと思った。私なら、一度泣いたらしばらく泣いていた。誰かに慰められて、気がつくと眠っている。そんな感じだった。たぶんみんなもそんな感じだったと思う。
私がその男の子が好きになったのは、そんな強いところだったと思う。泣かないのが強い子だって言うけれど、別に泣く子が弱いってわけじゃないと私は思った。自分に素直で、無理に強がって我慢するより、泣きたいときには泣く、怒りたいときには怒る。私はそういう、素直な子が好きなんだ。
「……今でもそう」
そんなある日、親から引越しの話しを聞いた。私が幼稚園を卒園する頃に、引越しをするんだと。私は怒った、みんなと離れ離れになりたくないって、一晩中泣いていた。普通だったら、新しい家とかいつもと違う新鮮なところに行けるんだから、喜ぶんだろう。
「………でも」
引越しする前日。
好きな男の子から手紙を貰った。
正確には、ただの紙切れだったかな。
クレヨンで一言書いてあった。
【だいすき】って…今見ると、すごく汚くて読めないくらいだった。なんであの時は読めたんだろう、と不思議に思う。その男の子の一生懸命な気持ちが伝わったんだろうな、と思う。貰って読んでいるうちに、その男の子は走り去ってしまった。私も、まさかあの子も私のことが好きなんだって知ったとき、とても驚いて、何も言えなかった。
「それと」
私が彼を見ていると、たまに目が合うけど、すぐに目を逸らしちゃうから嫌われているのかと思っていたからでもある。
でも結局、何も言えず私は引越してしまった。貰った手紙だけは、しっかりと持っていて、今でも保管している。
「それに……」
今日たまたま拾った手紙を眺める。人生2度目のラブレター。本人に直接渡されたわけじゃないから、本当に貰って良かったのかな、なんて考える。私の名前が書いてあったから、一応読んでみた。
「…………」
もう一度、読んでみる。声に出して。
『―宮本理奈さんへ―
突然こんな手紙を渡されても困るかもしれません。
あまり話したこともないし、あまり勇気もなくて、手紙を書いて伝えようと思い、書きました。素直に言います。僕は、あなたの事が好きです。こんなこと、手紙じゃなくてちゃんと口で言えって思うかもしれません。だから、ちゃんと伝えたいので、今日の放課後に3年1組の教室で待っていてください。』
何度見ても、やっぱり名前が書いてない。
「いったい誰から何だろう……」
私もバカだよなあ……もう外も暗く、最終下校時刻もとっくに過ぎている。でも、ここで帰るときっと後悔すると思う。前に渡された手紙の返事ができなかったことにも後悔している。そんな幼稚園の頃なんか忘れろよ。なんて思ったりもするけど、なかなか忘れることができない。
「はは……」
普通、こんな時間に誰も来ないよね。落とし物を拾っただけだし、今日の放課後って、いつなのかわからない。たぶん、今日何だろうと思う。
時計を見る。8時35分。
「……もう帰った方がいいのかな……」
家に連絡してないから、心配してるだろうな……
そう思い、振り返る。
ガラッ
突如、教室のドアが開いた。私は驚いて、一歩下がる。
「ハァッ…ハァッ…」
その人物を見て、さらに驚いた。
「か、神山…君?」
「ハァッ…ハァッ…、こ、ここに…いたんだね…良かった…」
僕は、息を整えながら言った。
「ど、どうしたの? こんな時間に学校なんか来て…」
「……宮本さんこそ、こんな時間まで、何でいたの?」
おそらく、ラブレターを読んで、待っていてくれたんだろうと思うけど。まさか、こんな時間まで…
「……うん。それはね、誰かさんから、ラブレターを貰ったの…正確には、拾ったんだけどね」
やっぱり……、まあ、それくらいしか理由はないんだろうけど。
「あ、その…ごめん!」
「でも、この手紙。名前が書いてないのよね…って、何で謝ってんの?」
「いや…その…って、ええっ!? 名前書いてなかった?」
「うん。ほら」
そう言って、手紙を広げて見せてくる。
「……一つ聞いていい?」
「うん」
「誰からの手紙かわからないのに、ずっと待ってたの?」
「そうだよ」
「ふ、普通、こんな時間になってるんだから、家に帰るとかしないの?」
「うん。気が付いたらこんな時間だったから、今から帰ろうとしてたの」
「来るかわからないのに、待ってたんだ…」
声が震えているのがわかる。誰からかもわからない、来るかもわからないのに、ずっと…その人物が来るのを待ってたんだ……こんなにも、待たせてしまった自分は、情けない…すごく情けない……
「私ね…ラブレター貰うのって、実は2回目なんだ」
「2回目?」
「幼稚園の頃かな…好きな男の子から、ラブレター貰ったの、手紙というより、ただの画用紙に一言だけ書いて千切って渡してきたんだけどね」
あれ……? 気のせいかな…?
「へー…好きな男の子から……」
「それでね、私その男の子に返事をしようと思ったの…だけどその男の子は、ラブレターを渡してすぐに、逃げ出してしまったの…次の日に私引越しちゃって、結局それっきり、返事もできなかった……」
彼女の言っている男の子が、どうも自分と重なるのは気のせいなのだろうか…?
「でね、私決めたの。また次に、ラブレターを貰ったら、必ず返事をするって…前にできなかったとき、すごく後悔したのを覚えてるから…せっかく、両思いになれたのにって」
「…………」
僕は何も言えなかった。
「……それよりさ、よくここに私がいるってわかったよね」
「え…と。クラスの連絡網で、まだ宮本さんが帰ってないって聞いて…」
「え? 連絡網? あちゃー、お母さん行動早すぎだよ…じゃなくて、神山君がここに来た理由は?」
「…………」
やっぱり言うべきだろう。こんな時間まで待ってくれたんだから…僕が勇気を出さないと…
「ねえ?」
「それは……その手紙を書いたのは…僕だから…」
「え? そうなの? ……ああ、どうりで、私がここにいるってわかるのは、手紙を読んだ人か、書いた人ぐらいだもんね」
なんか、少し怒ってるように感じたのは気のせいだろうか……
「言い訳はしないけど……ごめんなさい! こんな時間まで来なくて」
僕は、土下座をする勢いだった。
「……別にそんなに謝る必要ないと思うけど」
「え…だって…」
「まあ確かに、こんなに待たせる奴は、いったいどこのどいつだって、少し怒ってたけど」
やっぱり、怒るよなあ…
「でも、ちゃんと来てくれてホッとした。このままずっと、待ちぼうけになるかと思ったから…」
「ごめん……でも、その、待っててくれて、僕も嬉しかった」
「神山君もドジよねぇ…手紙落としちゃうなんて、もし私じゃなくて他の誰かが見たらどうなってたか」
「僕もそう思う……でも、もしかしたら、宮本さんが拾ってくれたのかも知れないって考えたりもしたんだ…」
「…それで、連絡網でまだ私が家に帰ってないって聞いて、確信したってこと?」
「確信じゃなかったけど…なんとなく、ここにいるかも知れないって感じがして」
「ふーん……」
それから、少し沈黙してから
「私ね……自慢じゃないけど、いろんな人に告白されてきたの……でもね、誰とも付き合う気になれなかったの…何でかわかる?」
宮本さんが、誰とも付き合わないのは、好きな人がいるからだろうと、中島も言っていたが、僕もそう思っていた。
「他に…好きな人がいるから…かな?」
「それ、さっきも言われたなあ…」
「中島に?」
「? 良くわかったね」
「いや…その…昼休みに中島が言っていたのを聞いたんだ。放課後に屋上で、宮本さんに告白するって」
「やっぱり、神山君も聞いてたんだ」
「え? 神山君もって…」
「私も聞いてたんだ…たまたまだけど、教室に入ろうとしたときに、ね」
……僕は、少し驚いた。
「じゃあ……」
聞いていたということは…
「うん。賭事をしていたのも聞いてた。私を彼女にできるかどうかで…」
「……あ、そういえば、中島の告白ってどうなったの?」
「私がここにいる時点で気付かない?」
あ、中島フラレたんだ…
「あ、でも中島と連絡つかないって聞いたんだけど…」
「……さあ? 私が付き合えないって、断ったらすごくショック受けてたみたいだけど」
いったいどんなフラレ方したんだろう…少なくとも優しくないというか、心に突き刺さるくらいのダメージがあったのだろう。
「そ、そうなんだ…」
「それで話しを戻すけど、私が告白して来た人と付き合わない理由としては、好きな人がいるってのもそうだけど…」
宮本はここで一呼吸置いた。
「私ね…本気で好きになってくれる人が好きなの…中島君みたいに、賭事をして遊び気分で告白して来た人とは、絶対に付き合いたくないの」
「…………」
「いい加減な人は嫌いだし、あと…告白の仕方でだいたいわかるかな」
「告白の仕方…?」
疑問に思ったことを聞く。もしかしたら、聞けば何か参考になるかも。
「まぁ…それは、おいといて」
そんな僕の考えを読んだのか、宮本さんは話しを変えた。
「神山君の告白を聞かせてもらえるかな?」
来た……
大丈夫…ちゃんと思いを伝えなくちゃ…叶うかもしれない希望を失わないようにしないと……
「……初めて会った時から、ずっと好きです。一目惚れというやつです…でも、それはきっかけで、宮本さんのことを、意識するようになりました…」
言ってて、少し恥ずかしい感じがした…緊張して、上手い言葉が見つからない…
「一つ聞いていい?」
僕が黙り込んでいると、宮本さんが聞いて来た。
「私を見たっていつ? 1年のときと2年のとき、同じクラスじゃなかったよね?」
「う、うん…だからその…1年の時、宮本さんが転校してきたときに、可愛い女子が来たって、男子とかが騒いでて…それで、僕も見に行ったんだ…宮本さんのクラスに」
「そうなんだ……」
宮本は少し俯いた。
「僕は、その後も宮本さんを見て来て…外見とかだけじゃなくて、内面とか…いろんなとこが、好きになったというか…その…」
「…………」
宮本さんは黙って、僕の言葉を待っていた。
「憧れでもあったんだ…」
宮本さんが顔を上げた。
「憧れ……?」
「うん…。僕は勉強面でもそれほど頭良くないし、運動神経もあまりない…それに、みんなと仲良くできるなんてこと…僕には出来ないことだった…それら全てが出来ちゃう宮本さんが羨ましくて、憧れでもあったんだ…」
「…………」
宮本さんは、また俯いてしまった。言葉が悪かったかな…
「頭のいい人なら他にもいる。みんなからの人気者だっている。運動が得意な人だっている。僕と同じで、出来ない人もいる。可愛い女子もいる。じゃあ、それら全てが出来るなら、誰だって好きになる…そんなことはない…」
一旦ここできる。
「たぶん僕は、宮本さんだから好きになったんだと思う。仮に、宮本さん以外にも同じことができる女子がいたとしても。宮本さんが勉強とかできなくても…僕は宮本さんのことを好きになってたと思う…いや、絶対そうなってた」
「絶対……?」
宮本さんがこちらを見る。僕は小さく頷く
「僕の直感がそう言ってる」
あやふやに答える。
「直感……ね」
「実を言うとね。僕もラブレターを書いたのは、生まれてから2度目なんだよね」
「2度目?」
宮本さんが、さっきの僕と同じ反応をする。
「小さい頃…幼稚園に通ってた頃かな…僕には好きな女の子がいました。その女の子とは、たまに目が合うけど、恥ずかしくて目線を逸らしてしまうほどでした。ある日、その女の子が僕に声をかけて来ました…一度だけ…」
宮本さんの目が少し驚いたような目になる。
「あ………」
私は、一度だけ好きな男の子に声をかけたことを、今でも覚えていた。人っていうのは、一度意識しちゃった相手に声をかけるのに、すごい勇気がいるんだと実感したときのことだ。
そう、それは――
『あ、あたしにも、サッカー教えて』
私は、何でもいいから、一度話しをしてみようと思った。ちょうどその時、彼がサッカーの練習をしていたので、サッカーの話しをしようと思った。
『え……? ぼく、そんなにサッカー上手じゃないから…他の子に教えてもらえば?』
『……他の子は、もう試合はじめちゃったし…』
『ん〜……じゃあ、ちょっとだけなら』
『ありがとう』
結局は、その時だけの会話だった。その男の子は、言ってた通り、そんなに上手いというわけではなかった。でも、私にはそんなのはどうでも良かった。ただ、話せるきっかけが欲しくて…
「その女の子は、それ以来話しかけて来ることはなかった。まあ、教えた時に自分が、どれだけ下手くそなのかってのが良くわかった…だから、こっそり練習したんだ」
「…………」
その話しを聞いて、私は確信した。これは偶然なのだろうか? あの時の男の子が、今…目の前にいる。
私は、幼稚園の時に引越して、中学の1年生の時にこっちに戻って来た。それは、父の仕事の関係でもあった。私は、こっちに戻って来ると聞いた時は本当に喜んだ。それと同時に不安もあった。みんなは、幼稚園、小学校とずっと一緒に過ごしてきた…でも、私は幼稚園のとき引越したから、覚えている人はいるだろうか? いや、覚えていないだろう。
「幼稚園の頃の事、覚えてたんだ…」
「うん……僕にとって、忘れられない思い出だから」
「……てことは、私は2回も神山君にラブレターを貰ったってことだよね」
「うん…そうなるね」
「でも、名前は覚えてなかったんだ」
「あ…いや、その…ごめんなさい」
「別にいいけどね…私も覚えてなかったし」
「あ、そうなんだ」
「うん…それで、返事なんだけど…」
これはもう…あの時から決まっていたことなんだ…あの時できなかった返事も含めて…
「私で良ければ、付き合います」
10年という、長いような短いような時間があったけれど…やっと言えた。普通の人だったら、忘れてしまうかも知れないけれど…少なくとも、私にとっては大切な思い出なんだ…
初恋は、たいてい実らない…中には実る人もいるだろうけど…私は実った人を見たことはない。
「長い間…待たせてごめんね。神山君」
「宮本さん……」
「ねえ、その宮本さんって呼び方変えない? 何か他人行儀みたいでさ」
「え、あ…そうだ…ね。え〜とじゃあ…なんて、呼んだ方がいいかな…」
「神山君の呼びやすいのでいいよ」
「えと、じゃあ…宮本…さん」
「も〜、変わってないじゃん」
「え、え〜と…その…」
「もう…今は宮本さんでいいよ…もうちょっとしたら変えてね」
「うん」
「あ、やばっ。もうこんな時間…早くみんなに連絡しないと」
時刻は、9時15分だった。
「うん、そうだね…」
「早くここを出よう。警備員の人とかに見つかったら、大変だよっ」
ちょうどその時、廊下で足音が聞こえた…
「やばい…まだ、足音は遠くだけど…すぐに行かないと」
「なんか、こういうのって、ちょっとスリルがあって楽しいんじゃない?」
「そう言ってる場合じゃないんだけど…」
結局僕たちは、無事外に出られた。
「もうちょっとスリルがあった方が良かったのに…」
「はは…」
宮本さんって、ホラー好きなのかな…
「宮本さん」
「ん?」
僕は手を差し出す。宮本さんは、それを握ってくれた。
「帰ろう、送ってくよ」
「うん」
なんか大変な1日だったけど、無事上手くいって良かった。
宮本さんが、僕が昔好きになった女の子だったのには驚いたけど…やっぱり、幼稚園の頃に、ああいう思い出がなかったら、この恋は、叶わなかっただろう…ラブレターから始まり、ラブレター終わった。そんな感じだ…でも、僕たちは、ここから始まるんだ。いつまで続くかわからないけど…ずっと一緒にいられたらいいな…そう思いながら、宮本さんを見る。
「あ……」
宮本さんと目が合う。もしかして、同じこと考えてたのかな…
これからも、いろんな思い出を作って行こう。そして、いろんな思い出を二人で語り合おう。思い出の日々を。
その頃、連絡のつかなかった中島は――
「俺が……フラレた……フラレた……フラレた……」
フラレたショックで、屋上で固まっていた。
ガチャン
その時、屋上の扉が開いた。
「そこで何をしている」
「……………はっ」
ようやく我に戻った中島だが
「ちょっと、話を聞こうじゃないか。警備室まで来なさい」
「わ〜ん! 宮本〜好きだ〜!! ど〜してわかってくれないんだ〜!!!」
「ち、ちょっと、君! 離れなさい!」
「好きだ〜! 宮本〜!!」
「ぐ……いいから、早く来なさい!!」
まだ正気に戻っていない、中島は警備員にそのまま連れて行かれた。
この物語を読んでくれた方、ありがとうございます。今回の話しはどうだったでしょうか。あんまり、上手く書けていないんじゃないかという不安もかなりありますが、今回も頑張りました。




