「第1話 ラブレター 前編」
それはまだ、僕が幼稚園に通っていた頃―
「これ、よんで」
好きな女の子に、初めて書いたラブレターをあげたことがあった。
「これなに?」
その女の子は、素直に貰ってくれました。その手紙には一言だけ―
『だいすき』
と書いた。まだ幼稚園児だったし、上手い言葉が思いつかなかったし、あまり多く字は書けなかった。
「じゃ、じゃあな」
僕は、恥ずかしくなってその場から逃げ出してしまった。返事なら今じゃなくてもいいや。何て思っていた。まだ無邪気な子供と言えど、好きな女の子相手だと緊張してしまうのは、仕方ないことだと思う。
でも、その女の子は、引越しが決まっていたらしく、次の日には引越してしまった。結局、手紙は渡せたけど、返事は貰えなかった。別に付き合いたいとか思っていたわけじゃない、ただ僕の気持ちを知って欲しかっただけなんだ。
でも、その女の子とはそれきり、会うことはなかった。あまり話したことのない女の子だったし、名前なんてあまり覚えていない。僕の初恋は、何も起こることなく終わったんだ。
――それから、10年が経ち僕、神山太一は、人生2度目のラブレターを書いて、好きな女の子に渡そうと計画していたのだった。
「……やっぱり、緊張するなあ…でも、渡さないと何も始まらないよね」
勇気を出して、僕は学校へと向かった。
――桜通り
ここは、僕が通っている、東山中学校への一本道だから、生徒はみんなここを通る。もちろん、あの子も―
「7時45分。もうすぐかな…」
相手がいつも通る時間は、ここ1週間調べて分かったことである。
「僕って、ストーカーとかだと思われないよね…」
など、少し不安になるけど、気にしてられない。
「大丈夫。手紙を渡すだけだから…」
ブワッ
突然、強い風が吹いた。僕は後ろを振り返ってみる。
「来た」
目当ての女の子。同じクラスで人気が高く、男子からも女子からにも好かれている。名前は、宮本理奈。生徒会の仕事だかなんかで、毎日早く登校してるから、だいたい一人である。
「よし!」
自分に気合いを入れて、彼女の方に声をかけようと、少し歩くスピードを落とす。僕が前にいるんだから、振り向いて歩いて行ったら変に思われそうだから。
もうそろそろいいかな? と思った瞬間―
「!?」
彼女の後ろからもう一人現れた。男子生徒のようだ。
「あ…」
その男子は、僕でも知っていた。男子の中で一番カッコイイと言われてる。中島和樹だ。
なにやら、宮本さんと楽しく会話しているようだ。宮本さんが笑っている。
「か、かわいい…」
って、違ーう! など自分にツッコミを入れる。中島がいたら、手紙渡せないよ……
「……諦めるか」
諦めて、後ろの笑い声を背中に受けながら、僕は早足で学校に向かった。
教室にはまだ誰も来ていなかった。やっぱり8時前だと来てる人はいないんだな…
「はぁ……」
結局手紙を渡すことはできなかった…学校の方が、生徒がいて、渡すことなんて到底無理なんだよなあ…
「それに」
2組の中島とはどうなんだろう…僕や宮本さんは1組だけど、あいつと話すことなんてあるんだろうか?
ガラッ
「!」
「あ、神山君。もう来てたんだ、早いね。おはよう」
「え? あ、ああ、うん。おはよう。たまには早めに登校もいいかなって…」
「ふ〜ん」
や、やばい…心臓がバクンバクンいってる。あ、手紙渡すなら、今がチャンスなんじゃ…
「あ、あの―」
「おーい、宮本ー」
「あ、今行くー」
僕の声は、中島の声で消されてしまった。そのまま、宮本さんは教室を出て行った。
シーン……
誰もいなくなった教室は、とても静かだった。
……宮本さんと中島って、あんなに仲良かったんだ…。もしかして、付き合ってるとか…?
不安が押し寄せてくる。もし、そうだったとしたら、僕の手紙は全く意味ないってことになる。ただの友達ってことも考えられるし、結論を出すのは早いか…
「……ち」
でもなあ……
「…いち」
う〜ん……
「太一!! 聞いてんのかコラア!!!」
「うわぁ!!?」
あ、あれ? いつの間にか、クラスに人がかなり来ていた。時間は――
「俺のことは無視かなあ? 太一」
「あ、ごめん…」
こいつの名前は、佐伯 庸平。小学3年生ぐらいからの親友である。
「その様子だと、フラれたか?」
「ぇえ!?」
ちなみに、こいつに隠し事をしても無駄だ。すぐにバレるからだ。この学校のだいたいの噂や情報を集めているから、今のとこ、こいつの知らないことはほとんどない、と思う。
「べ、別にフラれてなんかいないよ」
「んじゃ、何を考えていたんだ? 暗い顔して」
「く、暗い顔、してた?」
「してんじゃねえかよ、今も」
「は、はは…」
庸平に聞いてみようかな。知ってるかも知れないし。
「あ、あのさ…宮本さんって、誰かと付き合ってたりする?」
「いや、誰とも付き合ってないはずだぜ。つうか、付き合ったって話しすら聞いたことねえからな」
「そ、そうなんだ」
少し安心した感じがした。「…にしても」
「え?」
「宮本ってすごいよなあ。今までで告って来た奴、全員フッたんだぜ。付き合う気があるんなら、とりあえず付き合ってみて、合わなければ別れるって奴が多いんだけどさ、宮本の場合それもない。男子とも結構仲良いみたいだし、付き合っててもおかしくねえんだが…」
「告って来た奴ってどのくらいいるの?」
ちょっとした疑問を聞いてみる。
「俺ら3年生の男子がほとんど。2年からもされたことはあるらしい。んで、今年入って来たばっかの1年坊主からも数人されたとか」
「す、すごいね…」
そんなに告白されて、一度も付き合ったことがないってのもすごい。
「宮本って、テニス部だからな。宮本目当てでテニス部に入部した奴もいるみたいだ。どっかで親衛隊みたいなのを作ろうとしてる連中もいた」
なんか、次元が違うな…
「まあ確かに、頭も良くて、可愛くて、周りにいる野郎達を簡単におとしちまうオーラ? みたいなのがあるからな…親衛隊だのファンクラブだのを作りたいという気持ちもわからなくもない」
「なんか…僕が入る隙がないね」
「ところでお前よお、ラブレターは渡せたのか?」
「ギクッ」
「朝、登校してるときにさりげなく渡すとか言ってなかったか?」
「いやあ、その…」
「そのために、俺が調べてやったよなあ? 宮本の登校時間」
「いや…その…」
「手紙を渡す練習にも付き合ってやったのに」
「いや…だって、中島と…一緒だったから…」
「言い訳はいいんだよ。中島なんか放っておいて、宮本に手紙を渡すことぐらいできただろ」
無理だよ…
「中島は、誰かと付き合ってたりする?」
「中島? 今は誰とも付き合ってないと思うぜ。最近まで、誰かと付き合ってたって話しだけどな」
「ふ〜ん…」
まさか、宮本さん狙いじゃないよな…
「んでお前は、いつラブレター渡すんだ?」
「うぅ…ラブレターラブレターって言うなよ…誰かに聞かれたらどうすんだよ」
「はは、ワリィワリィ」
そんな会話をしてるうちに、予鈴がなった。
昼休み――
「お前どうだった?」
2組から中島がやって来て、男子達と会話をしている。
「ダメ、全然ダメ」
「やっぱりな〜、俺もダメだったもん」
「宮本って、誰とも付き合う気ないのかな」
どうやら、宮本の話しをしているようだ。
「ダメだな、お前ら」
と中島が言った。
「俺が思うに、宮本は、好きな奴がいるんだよ」
好きな奴? これは、僕も興味を抱いた。
「好きな奴って、誰だよ」
一人の男子が聞く。
「それはなあ、俺だ」
「はあ?」
何だ…自分で言ってちゃせわないな。
「今朝も仲良く二人で登校。その後も委員会の仕事とか一緒にやったけど。ずっと笑顔だったんだよ」
「誰にだって、笑顔を見せるだろ」
「違うんだよな、俺にだけ見せてくれる笑顔だった。普段作り笑いだとしたら、俺と一緒の時は、本当の笑顔みたいな」
「自分がモテるからって、妄想すんなよ」
「何おう! だったら今度は、俺が告ってやるよ」
「お! ついに、告る気になったか」
「俺が、宮本の彼氏1号になってやるよ」
「どうせフラれて終わりだろ」
「だったら、賭けようじゃねえか。俺がもし、宮本と付き合ったら、お前ら全員で俺に何か奢れ。フラれたら、俺が奢ってやっから」
「いいぜ。ただし、安いのは無しだぜ?」
「ああ、千円以上の物な」
「おお! 太っ腹〜、ゴチになりま〜す」
「まだ、告ってねえだろ」
ガラッ
その時、宮本が教室に入って来た。中島が宮本の傍に歩いて行く。何やら話している。
「お、戻って来た」
「今日の放課後、屋上に呼び出した」
「おおっ、さっそくか。んじゃ、待ってっからな、いい報告を」
「ああ、俺にとってのいい報告をな」
その時、予鈴が鳴ったので、中島は教室に戻って行った。
「…………」
僕は何気なく、宮本さんの方を見る。その表情は、いつもと違うような気がした。
5時間目終了後――
「はぁ……」
僕は、自分の書いたラブレターを眺めていた。今日渡すつもりで持って来たのだが、今だに渡せないでいる。
「おい! 太一、早くしろよ。体育の先生、遅刻するとすぐ筋トレさせっからなあ」
「あ、うん。今行くよ」
手紙を急いで机の中に入れて、教室を出て行く。しかし、手紙はちゃんと入っていなかったのか、床に落ちたのは、気付くことはなかった。
授業終了後――
「あー、やっと終わったねー」
「松本先生、うるさいよね」
「あれは、聞き流すしかないっしょ」
男子より先に、女子達が体育の授業を終えて教室に戻っていた。
「ん? 何だろう、これ…手紙?」
一人の女子が、手紙を拾ってしまった……
そして――
「あれ? ない、ない」
ラブレターが見当たらない。僕は焦った。
「ん? どした」
そこに、庸平がやって来た。
「ラブレターが無いんだよ」
「あー…まだ、渡してなかったんだ」
「あれを誰かに見られたら最悪だ〜」
「さっさと渡さないからそうなんだよ」
ど、どうしよう……
放課後――
「はぁ……」
結局手紙は見つからなかった。これはもう、誰かに見られたんだろうなあ……庸平の言う通り、早く渡さないからダメなんだよね…僕はそのまま、家路に着いた。
「ただいま〜」
玄関扉を開ける。
「あ、お帰り〜、お兄ちゃん」
妹の美雪がちょうど2階に上がろうとしていたところだった。
「ちゃんと告白できた?」
「えっ?」
突然変なことを聞いてくる。
「その様子だとフラれた?」
「ちょ、お前、何で知ってんだよっ!? つか、フラれてないし」
「随分と熱心にラブレター書いてたじゃん」
「お前…勝手に部屋に入ったのか」
「いや…部屋の前に行ったら、渡す練習してたから」
「うっ……」
聞いてたのか……
「フラれてないって、上手くいったって感じじゃないし、結局手紙を渡すことができなかったってことよね」
その通りだよ……渡さなかったというより、なくして、渡せなくなったってことなんだよな……
「……一人にしてくれ」
「はいはい、どうぞお休みになってくださいな」
僕は部屋に入り、鞄を投げ捨ててベッドに横になった。天井を見上げる。なんか、とても嫌な予感がした。
屋上にて――
「好きだ」
俺は宮本に告白した。宮本は俺の好みのタイプだし、付き合ってみたいとも思っている。他の奴らを全員フッていることから、もし俺の告白を受け入れてくれたとき、あいつらに思いっきり自慢できると思っていた。今告白したのは、あいつらと賭けをしているからでもある。
「…………」
宮本はずっと黙っていた。どうやら、悩んでくれているようだ。今までの宮本に対しての印象だと、あっさりフル奴だと思っていたから、悩んでくれているということは、チャンスがあるという風に思った。
「なあ、俺は本気で告白してるんだぜ?」
少し攻めてみようかと思い、口を開いた。
「はっきり言って、俺は君と付き合いたいために、今までの彼女と別れたんだぜ」
まあ、別れたのは相手がウザイと感じたからだったが、今はこう言った方が効果的だ。
「…………」
それでも宮本は何も言わない。
「君が今まで、告って来た男をフっていたのは、他に好きな奴がいるからだと、俺は思うんだ」
これは素直な答え。
「俺は君に嫌われてはいないと思ってるんだけど。今朝みたいに普通に会話したし、ねえ…俺じゃダメかな」
できれば早く返事が欲しい。賭けに勝って、あいつらに奢ってもらうんだ。今月ピンチだからな……などと考えていると、ようやく宮本が口を開いた。
「ねえ……」
「ん……?」
「私が今まで、告白して来た人達をフっていたのは、他に好きな人がいるからじゃないかって、言ったよね」
「ああ」
「確かに、私には好きな人はいるわ…でも、その人はどこにいるかわからないの……ずっと前に告白されて以来、会ってないの」
「……その男以外とは付き合うつもりはないと?」
「………別に、その人じゃないとダメってわけじゃないんだけどね……」
「じゃあ、俺でもいいじゃないか? 俺はてっきり、好きな人がいるから付き合えないって言われるのかと思ってたよ。でも、他の奴でもいいってんなら、俺と付き合わない? 軽い気持ちでは言ってない。本気で言ってるんだ。俺は、君が好きだ。だから、付き合って欲しい」
「………私は――」
ブー、ブー
「……ん?」
マナーモードにしていた携帯が鳴った。時刻は夜8時を過ぎたとこだった。
「はい」
『太一、大変なことになった』
「大変なこと?」
『宮本がまだ、家に帰っていないらしい』
「え?」
宮本さんがまだ家に帰っていないって……友達と遊んでるとか?
『今、クラスの連絡網で回ってる。みんな知らないらしい』
「みんな知らないって…じゃあ、宮本さん一人が家に帰ってないってこと?」
『そうだ。放課後に、中島が宮本に告ってから姿が見えないみたいだ』
そう言えば、放課後に屋上で中島が宮本さんに告白するって言ってたな。
「その中島も知らないって?」
『……実はよ、その中島とも連絡がつかないんだ』
「えっ?」
ってことは? 宮本さんと中島が二人していなくなったってことか?
『とにかく、知ってること何でもいいから、教えてくれ』
「…………」
あれ? 何だろう……こんなことを考えてしまう。もし、なくした手紙が誰かに拾われたとしたら…その手紙はどうなったんだ? 手紙は封筒に入っていて、封筒には、【宮本さんへ】って書いたような……上手いこと手紙が宮本さんに渡ったとしたら……宮本さんがいるのは……
「あ……」
『どうした? 何か分かったのか?』
「確信じゃないけど、心当たりがある」
『何だ?』
「僕、今からそこに行ってみる! 見つかったら連絡するから!」
僕は一方的に通話を切った。そして、駆け出した。
この物語を読んでいただき、ありがとうございます。ちゃんと書けてたかは不安ですが、これからも頑張って行こうと思います。




