新世界へ
最終話です。
「えいっ」
クオレが投擲したナイフは、小ぶりのワイルドペッカリーの眉間に吸い込まれていった。ドゥッと木々を揺らしながらペッカリーが倒れる。ペッカリーはフォレストボアよりも小型だが、闘争心があり、素早く動く獣だ。葡萄やイチゴを好んで食べるため、ボアに比べて肉は柔らかく臭みも少ない。
「おっ!」
「やったな、お嬢!」
「初めての狩りが、ワイルドペッカリーかよ!」
クオレの狩りについてきていた冒険者共が、ワラワラとペッカリーに群がり、血抜きやら解体を始める。血を見ても青ざめるでもなく、嬉々として解体の方法を学ぶ少女を見て、俺、ロッソは呆れた声を上げた。
「おい!周囲の警戒が疎かになってんぞ!」
「アイアイ!キャプテン!」
はっと立ち上がり、周囲の威圧を始めるクオレに周りが騒ぎ出す。
「お嬢の気迫に襲ってくるような獣はいないっす!」
「そもそも醸し出してる風格がな!獣が寄って来ないんだから、なかなか狩りができねえ!」
「もうダンジョンの方がいいと思うの!行く?行っちゃう!?」
「行かねぇよ!威圧は抑えろっつてんだろーが!お前らも煽るな!」
クオレたちがタンタン村に来てから約三か月が過ぎた。
公爵領を出る前から、ドルティエ達が準備していた新しいこの住処はまだ小さい。冒険者と連合国からやってくるマリオンの息のかかった商会だけが、細々と取引を続けていたような場所だが、この地の持つポテンシャルは大きい。
山があり、川があり、森がある。ダンジョンは3つもあり、危険はあるが戦利品には事欠かない。まだ街道らしい道は出来ていないが、まっすぐ西へ突き進めば、マリオンの故郷であるパルモーレにたどり着く。その間にある草原や荒野は、まだまだ開拓の余地もあり、公爵領からついてきた人々の手によって大きな街になり、いずれは国になるだろう。
そしてゆくゆくは連合国に仲間入りするつもりだ。帝国軍もここまではおいそれと進んでは来ないはず。
公爵領からクオレ達と旅を続けてきた人々は、揃ってここに定住することを決めた。
クオレの冒険者生活も次第に馴染んできたようだ。時々興奮しすぎて龍気を飛ばすから、恐れを成した獣が森から出て来なくなったのが問題になったが、最近はそれも順調にコントロール出来てきた。クオレが落ち着いたことによって、龍脈の動きも、ここ最近はかなり安定した。
一気に人数が増えたことで、連合国からも商人や働き手の男たちもやってくるようになった。
斥候の話では、メル=ヴォイス聖王国は壊滅状態で、事実上国は解体された。まだ魔物の上位種がうろついているから、帝国も様子を見ているようだが、龍脈が落ち着けば、ダンジョンと化した鉱山に戻っていくだろう。とはいえ、帝国にとっては、メル=ヴォイスのミスリルが全く手に入らなくなり、じわじわとダメージを与えているようだ。焦る帝国が、あの地の鉱山を目指したところで、ミスリルが残っているとは思えないが。
帝国のある南東に向けてはどうなるかまだわからないものの、魔物がタンタン村のある北西に向かうことはおそらくないだろう。
なぜなら、ここにはクオレがいる。竜の気配に近づこうとする魔物がいたら拝んでみたい。
「一体何年かけてこの計画を練っていたんだか」
「クオレが第一王子の婚約者に選ばれてからよ」
独り言を言ったつもりのロッソに返答を返したのはマリオンだった。
「マリオン様」
「クオレが龍脈に落ちる前からね。あんなバカ王子に娘を差し出すつもりなんて毛頭なかったもの」
解体を楽しんでいるクオレ達を見ながら、マリオンは静かに微笑んだ。
「あの子にはもっと自由でいてもらいたかったから」
魔力が少なくても、努力次第で強くなれることを実践してみせたクオレの母マリオン。聖王国とは正反対の、魔力主義の連合国で生まれ、おそらく苦労をしてきたのだろう。だから、クオレにも剣術や体術を教え込んだという。
そして、クオレは今、魔力も持っているし、龍脈がしっかり背後についているのだ。
「史上最強だもんなぁ。かなり自由でいられんじゃねえの?」
「それはそれで、いろいろしがらみが出てくるのよ。だから、ロッソ。貴方がしっかりあの子を守ってね」
「……いやぁ……。俺の方が守られそうなんだけど?」
お嬢様が冒険者になると言った時には驚いたが、クオレは荒っぽいこの村にすっかり馴染み、すっかり大将のような貫禄を身につけた。いや、元々か。こいつはとにかく元領民たちに異常なまで好かれている。合わせて、ケンカっ早いというか、血の気の多いところが冒険者の連中にも好かれて、向かう所敵なしな状態だ。
ドルティエ様とマリオン様には、精神面でまだまだ叶わないヒヨッコだが、それまで一番強かったこの俺がクオレの下についたって事は、誰にも逆らえないっていうことだ。
俺の竜人としてのプライドはズタボロだが、竜には敵わないから仕方ない。
「貴方竜人でしょ。しっかりしなさいな」
「気づいてたのか」
「ええ。昔、会ったことがあるのよ。貴方と同じ気配がしてたわ」
ええ……。気配でわかるのか。魔力が少ない割に、この方はやっぱり侮れない。
しょぼい村だったこのタンタン村は、もう町といってもおかしくない規模になっている。何せいきなり五百人増えたのに加えて、この3ヶ月の間に、例の聖王国から命からがら逃げ出してきた人も定住し始めたからだ。
ドルティエ様とマリオン様がテキパキと人を動かし、家を作り、外壁を作り、商人が増え、小さいながらも連合国にも認められた。今はまだ、連合国に属する "冒険者街" 扱いではあるが。
逃げ出してきた人々の中に、辺境伯だったという貴族やらもいて、ドルティエ様を王にと求めているらしい。
というのも、マリオン様がニュルンベル連合国の一つ、パルモーレのお姫様で、お父上が国王、兄君が連合ギルドユニオンの総裁を勤めているのだとか。そりゃあ、つええよなぁ。
ってかよ、聖王国の王家って破滅願望でもあったのか?そんな人たちを足蹴にして無事でいられるとでも?めっちゃ後ろ盾の強い家族じゃねぇか。国が滅亡してもおかしくなかったよな。
で、そのお二人が今、連合国へ向かってこの村を国にしようと頑張ってるというところで。俺がクオレの教育係に任命された。ギルマスからもお願いを受けた。
国から連れてきた五百人のうち三十人ばかりが高ランクの冒険者なんで、そいつらに任せればいいのに、歳の近いやつで、クオレを「お嬢様」扱いしない人間の方がいいとか抜かしやがって。
「ここ、タンタン王国とかふざけた名前になるんじゃねえよな?」
「やだ、こどもの国みたいでかわいい!」
「お嬢がいいならそれでいいじゃねえか!クオレ・タンタン王女様!」
「ヤメロ!全然威厳がねえだろーが!」
クオレは笑い転げている。
これが世界最強の竜だなんて、信じたくねえ。
「3か月、持たなかったかぁ」
クオレは沈む夕日を見ながら、メル=ヴォイスの方向に視線を向けていた。
最初に崩れたのは王城だったと聞いた。蜘蛛に占拠された王城は、今やダンジョンと化し誰も入れなくなった。数人の騎士が逃げ出して、城下町の人間を連れて南東に向かったらしい。彼方には帝国がある。魔力のない人々でも受け入れてくれるだろうと商人がいった。優遇はされないだろうが、生きていけるだけマシだ。
それから教会からゾンビが生まれたらしいが、教会を出て一月もしないうちに自然に淘汰していったのだとか。
神を信じる人々は女神様の思し召しだと祈りを捧げた。
大型の魔獣は幸いどこにも出てこなかったらしい。一月ほどで蔓延していた瘴気病も下火になった。とはいえ、半数以上が死んだので、残った人々で遺体を燃やし続けたらしい。王宮のあったあたりでは、第二王子の亡霊が出ると噂になり、誰も近寄らなくなった。夜になると、母を探して徘徊しているらしいが、実際に出会ったものはいない。
元公爵領は、魔物に荒らされ未だに魔獣が闊歩しているらしい。あれほど王が渇望したミスリル鉱山はダンジョンになった。帝国はダンジョンを踏破するため冒険者を募っているという。
龍脈の去った鉱山で、魔銀鉱が発見されるとは思わないが。まあ、好きにやってほしい。
マイルズと聖女の行方は不明のまま。
ただ、クオレには見えていた。ダンジョンの奥深くに丸くなって眠る聖女と、その聖女を囲むオークの集団を。
「幸せそうだし、まあいっか」
龍脈が同意するように寝返りをうった。
そこでしかめ面をしたロッソが坂を登ってきた。龍脈の動きを感じたのだろう。またダンジョンの中が変動する、と苦味きった顔をする。
「ロッソ」
「よぉ、クオレ。飯の準備始めるってよ」
「わかった。今行く。今日のご飯はペッカリー?」
「いや、レインボーバードが先だ。ペッカリーは特製ワインに寝かせるってよ」
「やった!ペッカリーシチュー大好き!」
「だから、それは明日!今日は鳥の丸焼きだ」
「それも好きだからいいや!」
クオレは笑いながら、ロッソと共に新しく作られ始めた街へと駆け出した。
もう、彼女が振り返ることはなかった。
第一章はこれで完結。最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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