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鉄板土下座、叱られる

 2076/06/03(水) 23:11 永瀬宅

 

「……ねえ、お兄ちゃん」


 低く、温度を欠いた声がリビングの空気を震わせる……おそらくはそのような心情で声をかけたであろう、黒髪の少女。


 だが、すぐ近くのカウンターキッチンで夜食のカップ麺をすすっていた「兄と呼ばれた小僧」に、その気持ちは、まったくもってこれっぽっちも届いていないようじゃった。


 なんせ、かろうじて箸だけは止めたものの、「んー?」と、緊張感の欠片もない空返事だけ……再びすすり始めたからの。


「ここに映ってる『最前線に初心者装備で来た挙句、ギロチンブーメランなんていう地雷武器の上で土下座しながら時速300キロ以上は出してるバグの塊みたいな不審者』……なんか私の知ってる人に背格好がものすごく似てる気がするんだけど……どう思う?」


 黒髪の少女が突き出した端末。


 その画面には、夕陽を背にした崖の上で「土下座」を解き、ギロチンブーメランを地面に突き立てながら一息ついてはニヤつく例の不審者の姿。


 つまり、今夜からメイガスメイズを始めると告げていた、黒髪少女の兄の分身たる「ノア」、すなわち「小僧」の姿が静止画で刻まれていた。


 そう、この黒髪の少女こそが、小僧にせがみ、メイガスメイズをプレイするようにお願いしたという、小僧の実妹。


 メイガスメイズにおいて、頂点の一角を占める四大クランが一つ、「シルヴァン・エギル」。


 そんな組織からの期待を一身に背負う若手のエースであり、人気配信者として名を馳せる『シオ』という女性メンバーがいる。


 彼女の本名は、詩織。苗字は、永瀬。


「エギルの良心」、「エギルの清楚枠」とも呼ばれる聖騎士。


 その正体は、前代未聞の大暴走によって、あっというまに時の人となった小僧、「鉄板土下座」の実妹である。


 麺をズルズルズルっとすすっては飲み込み、隠すつもりも誤魔化す気も悪びれる様子もなく、小僧は、その口を開く。


「バグじゃねーよ、仕様の範疇。合理的だろ?」


「これのどこが合理的なのよ! 20万人の前で、お兄ちゃんが土下座して滑走してった私の身にもなってよね! 運営の公式配信を足したら50万人だよ⁉︎ 学校の友達がチャットで『ねーねー、あれって詩織のお兄さん?』って聞いてきた時の私の絶望、わかる?」


「そうだよーって返事したらいいじゃん」


「ダメに決まってるでしょ! 肯定したら、巡り巡ってクランのみんなに迷惑かけちゃうんだから! というか、なんで土下座なのよ! せめて普通に立ちなさいよ!」


 小僧は呆れたように肩をすくめると、カップ麺の容器を置き、熱っぽく語り始めた。

 

「いいか、詩織。馬には馬の、自転車には自転車の、乗り物に応じた最適解の騎乗スタイルってのがあるだろ? ギロチンブーメランの最適解は、土下座なんだよ」


「……は?」


「スケボーとかスノボみたいに両足で立つと重心が高くなって不安定になるし、そもそも足だけであの暴れ馬を操作しなきゃならないから難易度が爆上がりする。かといって、うつ伏せで寝そべると、ギロチンブーメランを横置きに固定しなきゃいけないから、空気抵抗は減るけど直進しかできなくなる……まあ、最速は横置きうつ伏せ一択だけどな」


 小僧は、手近にあったリモコンをギロチンブーメランに見立て、お嬢ちゃんにわかりやすく解説していくようだ。


「でも、移動手段に使うってんなら曲がれなきゃ意味がない。操作性と速度を高い次元で両立しようと思ったら、膝を畳んで重心を下げつつ、両手両足で四点の接地面積を確保できる土下座が、ギロチンブーメラン騎乗における唯一無二の最適解なわけだ」


「……」


「つまり、俺はふざけてるんじゃなくて、メイガスメイズの物理演算に対して誠実に向き合った結果、あのスタイルに辿り着いたんだよ。わかるか?  あの土下座は、機能美なんだ……」


 まるで世紀の発見をした学者のようなドヤ顔で堂々と言い切る小僧の姿に「あー……やっぱり始まったか……」と呟き、お嬢ちゃんは天を仰ぐ。


 何かの間違いであってほしいとでも思ったのだろう、視線を下げては端末を覗くお嬢ちゃん。


 画面の中で言葉通りの火花を散らす「機能美(土下座)」と、目の前の「変態クソゲーマー(兄)」を交互に見比べ、お嬢ちゃんは深いため息をつく。


「……お兄ちゃん。な○うの優しい読者なら『理屈が通ってて面白い』って言ってくれるかもしれないけど、リアル妹から言わせてもらうと『ひらに謝りながら爆走する初心者装備の不審者』だからね?」


「謝ってねーよ、加速してんだよ」


「そもそも! 土曜日まで大人しくしてね、って言ったよね? なんで——」


 小僧の記憶によると、「どうしてもお兄ちゃんとメイガスメイズ、やりたいの!」と、ねだりせがんだのは、お嬢ちゃんである。


 渋々ながら小僧に承諾してもらったお嬢ちゃんはすかさず、「土曜日まで大人しくしててよね? 私が、色々案内するからね?」と伝え、そのことにも小僧は応じたようじゃな。


「いや、大人しいだろ?」


「……え?」


「俺が遊びに行こうと思った場所の途中に、詩織のとこのクランがいるっぽいから、一目見てから行こうと思っただけだし……」


 小僧の言葉を聞いたお嬢ちゃんは、考えるそぶりを見せ……数秒後。


「……言われてみれば確かに」と呟いたことから推察するに、小僧にしては大人しい方であった、そういうことなのだろう。


 もっとも、唐突な闖入者の存在にシルヴァン・エギルの突撃部隊が呆気に取られたり、結果的に大規模な魔法や魔術が阻害されたり、挙句の果てにはそんな滑稽な醜態をのべ「50万人」の試聴者に目撃されて驚きと爆笑の渦に巻き込んだりと、正常な感覚であればとんでもない被害だと思うのは当然だろう。


 それにしても、中々便利なものだな、インターネットという奴は……のう、小僧?


「……でしょ?」


 メイガスメイズ内と同じように、脳に届く儂の言葉に小声で反応する小僧。


 おそらく、本来ならば「異常事態」ともいえる状況に、あっさりと順応する小僧は、やはりどこかイカれておるな。


「んー……お兄ちゃんが絡んだにしては、まだマシ……かな?」


「だろー? それにしても、思ってたよりも面白いな、メイガスメイズ」


「でしょでしょ!」


 機嫌が治ったお嬢ちゃんの様子に、小僧は満足げにスープを飲み干し、「あの後、ベアリング代わりに骨を仕込んでもっと安定したから、そのうち見せてやるよ。おやすみー」と、お嬢ちゃんからすれば中々に不穏であろう言葉を残し、小僧はその場を後にした。

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