『聖騎士』、週末を想う
誰も知らないのだ。
シルヴァン・エギルに在籍する者全てが。
シオの勇姿を見たことがある者、全てが。
その『事実』を知らない。
シオが、あの鉄板土下座の実妹であることを知らない。
だからこそ、その『大前提』を知らない。
永瀬 詩織が『兄に負けず劣らずの変態クソゲーマーである』という大前提を知らないのだ。
ここからは儂の私見だが、変態クソゲーマーと一口に言ってはみても、さまざまな類型によって分けられるようだ。
例えば、小僧の場合、「ゲームの仕様の隅から隅まで微に入り細に入っては『自己流アレンジ』したのち、逆張りしては愉しみ尽くす」変態クソゲーマーであるとしたら。
小娘は、どのような変態クソゲーマーか。
端的に述べるなら『徹底したロールプレイ』。
永瀬 詩織という少女を突き動かす根源的な衝動。それは、与えられた「役割」を完璧に、あるいはそれ以上に「演じきる(プレイする)」ことへの執着なのだろう。
そして、これは小娘の記憶から参照したのだが……メイガスメイズというゲーム、そのPVを見た時に小娘が想起したのは「ものすごく演じがいのある役割」。
小娘は「若き天才聖騎士という名の舞台装置」を、真摯に想っていたのだ。
「白銀の鎧に相応しい、一点の曇りもない正義、その純潔な精神を以って振るわれるは光り輝く聖剣」、そのようなロールプレイをしてみたくなった小娘は、おあつらえ向きなクランとしてシルヴァン・エギルを選ぶ。選んだ理由はただひとつ。
規模の割に「プレイヤーの質が低いから」。
小僧や金髪ドリル、茶髪坊主に黒髪幼女という規格外のバグ・チャイルドと共に、さまざまなゲームを楽しんできた小娘にとって、ただのアブソリュートやオーバーロードなど敵ではない。
自分含めて、たった四名のバグ・チャイルドしかいないことを知り、成り上がるには最適であると判断し、事実、入団後1ヶ月もかからずに序列四位となった。
そして、クランの象徴としての気高さ、運営やスポンサーが求めるその虚像、『皆が望む理想の聖騎士』としての姿を、現実の肉体以上に精緻に、バグ・チャイルド特有の異常な集中力でトレースし続けてきた小娘。
だが、その『仮面』の裏側に潜む本性は、兄である小僧と同じ、泥を啜りながら理不尽を笑い飛ばす「変態クソゲーマー」の血だ。
(それに、お兄ちゃんだけじゃないよね……お兄ちゃんのあんな姿見たら、花凛さんに勇太くん、ヒナの三人もメイガスメイズに参戦するはず……バグ・チャイルドの数だけはほとんど互角だし、愉しめるよね、きっと——)
小娘は、伏せた顔の下で舌をペロリと出した。
どうやら、小娘にとってのロールプレイとは、単なるごっこ遊びではないらしい。
それは、システムが許容する限界の数値を叩き出し、周囲の期待という名の演出を糧とし、120%の出力でもって『皆が望む偶像』を『仮面』という形で具現化する一種の儀式にして、小娘の『個性』。
その名は——あえて秘密としようか。
然るべき時、明らかにさせていただこう。
「——作戦開始は土曜日の20時。全機天将の同期を確認次第、大平原への進軍を開始する」
気色悪い生き物の宣言と共に、会議室の照明が一段と輝きを増したように感じられた。
この場に来ていた五名の機天将に加えて、追加招集されるのは、残り五名の機天将。
その内訳は、小娘と同じバグ・チャイルドの三名、他二名のアブソリュート。
その五名が加わることで、シルヴァン・エギルはその真の力を発揮する——という状況が、今週末、エル・ドラド・ステップに出現するという流れは間違いなく「異常事態」である。
シルヴァン・エギルという名の巨大な精密機械が、鉄板土下座という突発的偶発的と思われる介入によって狂わされた結果、全てのギアを無理やり噛み合わせ始めたのだ。
そう、獅子の身中にて、可憐で健気な聖騎士を装っては佇む『仮面を被ったバグ』の目論見通りに……くっくっく、実に面白いことを考えよる。
「今のメイガスメイズは退屈だ」と、古参のプレイヤーは口にするそうだ。
彼らのいう「今」とは、メイガスメイズ運営に『ある人物』が関与し始めた「約半年前」から今現在までを指すらしい。
その人物の名は『阿久津 秋夜』、メイガスメイズのエグゼクティブ・プロデューサー。実質的な「最高責任者」である。
そして、「シルヴァン・エギル」リーダーであるジーク、もとい、気色悪い生き物の「実の兄」である。
さて、シルヴァン・エギルというクランでは、十機天将 (セラフィム)だけが、そのことを知らされるそうだ。
メイガスメイズ最大手のクランとメイガスメイズ運営が裏で繋がっていることを、「ズブズブの癒着を行なっている」ことをな。
その内容は、バランスブレイカーになり得る強力なオリジンがどこに眠っているのか。
何故、シルヴァン・エギルが『黄金遺骸の大平原』に固執していたのか。その理由こそが、バランスブレイカーになり得るオリジンであることを、小娘も知った。
その時の小娘の胸中は「……は?」である。
まったく同意見だ、くだらないにも程がある。
よいか……古今東西、ありとあらゆる世界において、絶対的な真理と呼んでしまいたくなるほどの、ある暗黙の了解が存在している。
『ネタバレは大罪である』
だからこそ、撒くことを決めた、「猛毒」を。
「D.D.D界隈」において、ゲームの秩序を「比較的穏便に」壊し尽くしては、混沌という名の新たな秩序を見事なまでに創りあげる異端の神。
『仮想世界の邪神』と呼ばれておる「猛毒」を以て、メイガスメイズという名の箱庭を汚染すべく、小娘は招き入れたのだ。
そう……小僧の「破天荒かつ豪放磊落かつ天衣無縫な変態クソゲーマーっぷり」を幼い頃から目の当たりにしている小娘からすれば、「鉄板土下座事件」など序の口ですらない。
永瀬家のリビングで口にしたように「まだマシ」なのだ、小僧が動いたにしては。
その事実、その証拠は、小娘の記憶で知った。あの小僧、この儂ですら驚くほどにやらかしておるわ……だが、処方箋として役割を果たさせるのであれば、確かに最適であろうな。
もっとも、週末にゆっくりとメイガスメイズを案内したかったのは事実であるようで、小娘は、そこだけは残念に思っているようだ……ふんっ、可愛いところもあるではないか。
顔を上げた時には既に、凛々しくも可憐な聖騎士、シルヴァン・エギルの若きエースアタッカー、「第四機天将シオ」へと戻っていた。
その瞳に宿る熱い輝きを、性格ブスは「クランへの忠誠」と受け取り、吟遊詩人は「好敵手への闘志」と解釈したのだろう。
だが、その輝きの正体は、週末のお祭りを前にして、最高にエキサイティングなステージを期待する、一人の狂った変態クソゲーマーの歓喜が沸き上がらせた熱に他ならない。
「企業の広告塔」、「FDVRスポーツの頂点」、「正解の体現者」、それら全ての看板を背負うシルヴァン・エギルの若きエース。
そんなロールプレイを満喫しているバグ・チャイルドの少女は、心躍らせながら、最愛の兄と大好きな友人たちと戦場を舞うための「光の聖剣」を静かに研ぎ澄まし、週末を想っていた。




