殴り合い
声があった方に向かった。
その途中、俺は兵士を3人呼び出してロースターの護衛につけた。
「ロースター、少しここで待っていてくれ」
「いえ、私もいきます」
「大丈夫。すぐ戻ってするから」
ロースターはその場に待機させておいた。
何かあってからでは遅い。
急いで声があった方に向かうと、17歳程度の男数名と、12歳くらいの少女がいた。
「だれだテメェは」
不良の典型的な例だった。
今はまさにカツアゲしてるところだろうか。
冒険者にしては身なりのいい男と、それの周りにいる奴ら。
身なりのいい男の見たことのある顔。
少女も見たことがある顔だった。
確かこいつの名前はラムス。
貴族のとこのボンボンだ。
この少女は前、俺らで助けた少女だ。
その時も裏路地でカツアゲされていた。
ちょうど一年前と全く同じ構図だ。
デジャヴだろうか....
いや、他3人がいないという点では少し違うのだが....
「お前、震電の豊だな」
どうやら顔は知られているらしい。
まぁ、入学試験でお世話になったし当然か。
「他の3人はどうした?」
「今日はいない」
そういうと奴はいやらしく口角を上げる。
「お前も金品全部出せ。そしたら見逃してやるよ」
どうやらこいつは震電の中で俺が1番弱いことを知っているらしい。
俺は少し気になったことがあったので質問してみる。
「お前は金に困るような身分じゃないだろ。なんでこんなことするんだ?」
俺は前から疑問だった。
こいつは貴族だ。
金に困るようなことはないだろう。
なのにいつもカツアゲをしている。
「庶民の少ない金を取った時のあの顔がいいんだよ。金に興味はねぇ」
こいつは真性のクズだな。
当然だがこいつに金は絶対に渡したくない。
ラムス。
本名はバクーラスト・ラムス。
バクーラスト伯爵家の次男。
長男は優秀だと聞くが、こいつは悪い噂しか聞かない。
カツアゲ、暴力、恐喝、さらには殺人までやっているという噂さえある。
こいつにだけは従いなくはない。
俺は殺気を奴に向ける。
「なんだその目は」
奴はこちらを睨む。
あからさまに不機嫌な顔でこちらに近づいてくる。
そしてそのまま俺の頬を殴ってきた。
俺はギリギリで躱わす。
奴が振り終わったタイミングで、俺は右ストレートを奴に打ち込んだ。
その後に始まるのは泥試合。
お互いが防御を捨て、相手の上半身や顔目がけて拳を捩じ込む。
顔が痛い。
1発殴られるごとに痛みが増していく。
その痛みは消えることなく上書きされる。
もうやめたいとも思う。
ここで金を渡したら、もうこれ以上痛むことはない。
ただ、そこでやめてしまったら、ロースターに顔向けできない。
ロースターの婚約者は意気地なしになってしまう。
どのくらい殴り続けただろうか。
俺は殴るのをやめた。
ラムスも殴るのをやめた。
そのまま俺らは互いに後ろに下がった。
「お前なんかに負けるかよ」
ラムスはボソッとそう言った。
「お前なんかに負けるわけないんだ!俺は貴族!お前みたいな汚い平民じゃない!」
次の声は大きかった。
奴の目は血走っていた。
「お前なんかに負けるかよ!」
そういうと奴は剣を抜いた。
「ラムスさん。流石にやばいですよ」
「うるせぇ。俺が平民如きに負けるわけないんだ!」
ラムスの周りのやつが静止させようとするも、ラムスは聞く耳を持たない。
奴は剣を中断に構え、こちらに突っ込んできた。
さっきまでの殴り合いのせいだろう、奴の体の軸はぶれて速度も遅い。
俺は『ワルサーP38』を召喚し、奴の両膝を撃ち抜いた。
当然だ。
相手は近づかなければ剣を振れないないが、こちらはその場で対応できる。
肝心の速度も落ちている。
ラムスは力無くその場に倒れた。
周りにいたやつが急いで治癒魔術を掛ける。
「ここから去れ。2度とこんな事するな」
俺がそういうとラムスは治癒魔術を掛けながらこちらを睨む。
「ふざけんな!俺は貴族だ!お前なんかが楯突いていい存在じゃないんだ!」
こいつは心から腐っていた。
救いようがあるのだろうか。
「どうしたんですか?」
後ろから声が聞こえた。
その方は聞き馴染みのある声でさっきまで聴いていた声。
兵士3人を連れたロースターだ。
「ロースター陛下!こいつが、私を殺そうと!」
ラムスが必死に訴える。
ロースターは変装を解いていた。
「ラムスさん。安心してください。私は全て見ていましたよ」
「じゃあ!」
「ええ、あなたが恐喝をして金品を強奪しようとし、豊さんがそれを止めたら殴りかかり、更には殺そうとした」
「いや...それは....」
ラムスの声に元気がなくなった。
「この事はバクーラスト伯爵にしっかり話させていただきます」
「どうか...それだけは....ロースター陛下」
するとロースターはニコッと笑いながらラムスに話しかける。
「後のことは、バクーラスト伯爵とお話しください」
「どうか、許してください....」
ロースターは笑顔でラムスの取り巻きに話しかける。
「そこの人達、この人を家に連れて行ってください」
取り巻きたちに連れられて、ラムスはすごい速さで裏路地を去った。
「豊さん!大丈夫ですか?今治癒魔術を掛けますから」
ロースターが俺に治癒魔術を掛けてくれた。
痛みが消え、腫れも取れた。
本当にこの世界の治癒魔術は便利なものだ。
ふと前を見ると、そこにはオドオドしている12歳くらいの少女がいた。
さっきカツアゲにあっていた少女だ。
俺は笑顔で彼女を見る。
「あの...ありがとうございました.....」
するとその女の子はそう返してくれた。
「私、シレジアって言います」
「大丈夫だったか?」
「はい、あなたが守ってくれたので。それでこちらの方は本当にロースター陛下なんですか?」
「ああ、本物だよ」
すると彼女は心底驚いたような表情を浮かべてこちらを見る。
「その....大変失礼いたしました」
「いえ、気にしていませよ。それにわが国の貴族があのような行いをしてしまい申し訳ありませんでした」
「いえいえ、そんな....」
シレジアはかなりテンパっているように見える。
「その....お二人はどんな関係なんですか?」
「え、ああそれは....」
どうしようか。
友達?いや、それは厳しいか
「私の婚約者です」
おいロースター、それは公言しないんだろう。
「へ?」
ほら、シレジアも困惑してる。
「秘密ですよ」
そういうとロースターはにっこり微笑んだ。
彼女なりの気遣い(?)だったのだろうか。
「あの....もしよかったらお礼として、うちの店に来ませんか?私の両親は料理店を営んでるんです」
是非行きたい。
さっき運動したので腹が減った。
スイーツは食べたがあれは腹に溜まるものではなかったし。
「あ、でも、ロースター陛下は庶民の店なんて興味ないですよね....」
「いえ、そんなことありません。ぜひお願いします」
するとシレジアは笑顔で
「わかりました!」
と、笑顔で言った。
俺らは店に向かうことにした。
ここからそう遠くはないらしい。
道中で知ったのだが、この子は見た目通りの12歳らしい。
一年前に助けた人と同じ人だった。
「あの時は本当にありがとうございました」
「あの後は大丈夫だったか?」
「はい。今日までは大丈夫でした」
それはよかった。
道中で、ロースターは変装をし直した。
そしてすぐ、俺の手を握る。
「本当に婚約者様なんですね」
「あはは、そうです」
「私の自慢の人です!」
そういうロースターはとても誇らしげだった。




