表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/35

#24 激動の中の特別

 彼の顔は、父と会ってから変わった。くもりから晴れに変わった。今の天気と、同じような感じだ。それまでも、明るさはあった。でも、それ以上に熱いものを、彼は掴んだように思えた。グツグツといっている、この鍋の中の光景。それが、私たちの未来と重ならなければいい。そう思いながら、お玉を回していた。


 味噌の香りが、ふわっと香っている。あの、みそちゃんこ鍋は、美味しかった。それには、及ばない完成度だ。でも、この時間はとても優しかった。彼がいて、私がいて、料理がある。それは、幸せのカタチだ。どこにでもあるかもしれない。でも、私には特別な、香りのある風景だった。


 蝉人間は、特別待遇を受けられる。それが、彼との距離を作っている。そう、感じていた。ため息が、口から出た。口以外からも、出ていた。同じ立ち位置なら、自然と分かち合える。それは、そうだろう。悩みのない幸せはない。そう思う。ずっと、唇を甘噛みしていた。


「あのう。ちょっといいですか?」

「何、どうした?」

「行きたい場所があるんです」

「あっ、いいよ。行こうよ」

「すみません。カードを」

「そんな、申し訳なさそうに言わなくていいよ。大丈夫」

「あっ、はい。欲しいものがあって」

「分かった。じゃあ、食べ終わったら行こうか」

「はい」

「遠慮しなくていいよ」

「ありがとうございます」


 蝉人間専用の、サービスをする店。他にも、蝉人間専用の食品のお店などがある。カードをポケットから取り出した。蝉人間の配偶者は、このカードがあれば、サービスが受けられる。真っ黒に光るカードを見つめる。これが、私と彼を結びつけてくれている。これがないと、彼のメリットが減る。だから、感謝しないとだ。


 彼が、私の手を握る。それは、優遇があるからではない。好きが含まれているような、手の触れ方だった。それに、肌が喜んでいた。少し震えていて、ぎこちない動き。ときには、強く力を込めてきたりする。いい意味でも悪い意味でも、掴みきれない感じがした。


 準人間でも、私がいれば存在を認めてくれる。だから、ずっといてあげたい。でも、儚い。彼からは、ずっと愛してるを聞いている。今も言ってくれた。だから、私もこれから、愛してるを口にしたい。鍋のグツグツが、段々と音量を増す。スイッチを急いで押し、ピッと音が鳴る。それからは、換気扇の音だけになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ