#24 激動の中の特別
彼の顔は、父と会ってから変わった。くもりから晴れに変わった。今の天気と、同じような感じだ。それまでも、明るさはあった。でも、それ以上に熱いものを、彼は掴んだように思えた。グツグツといっている、この鍋の中の光景。それが、私たちの未来と重ならなければいい。そう思いながら、お玉を回していた。
味噌の香りが、ふわっと香っている。あの、みそちゃんこ鍋は、美味しかった。それには、及ばない完成度だ。でも、この時間はとても優しかった。彼がいて、私がいて、料理がある。それは、幸せのカタチだ。どこにでもあるかもしれない。でも、私には特別な、香りのある風景だった。
蝉人間は、特別待遇を受けられる。それが、彼との距離を作っている。そう、感じていた。ため息が、口から出た。口以外からも、出ていた。同じ立ち位置なら、自然と分かち合える。それは、そうだろう。悩みのない幸せはない。そう思う。ずっと、唇を甘噛みしていた。
「あのう。ちょっといいですか?」
「何、どうした?」
「行きたい場所があるんです」
「あっ、いいよ。行こうよ」
「すみません。カードを」
「そんな、申し訳なさそうに言わなくていいよ。大丈夫」
「あっ、はい。欲しいものがあって」
「分かった。じゃあ、食べ終わったら行こうか」
「はい」
「遠慮しなくていいよ」
「ありがとうございます」
蝉人間専用の、サービスをする店。他にも、蝉人間専用の食品のお店などがある。カードをポケットから取り出した。蝉人間の配偶者は、このカードがあれば、サービスが受けられる。真っ黒に光るカードを見つめる。これが、私と彼を結びつけてくれている。これがないと、彼のメリットが減る。だから、感謝しないとだ。
彼が、私の手を握る。それは、優遇があるからではない。好きが含まれているような、手の触れ方だった。それに、肌が喜んでいた。少し震えていて、ぎこちない動き。ときには、強く力を込めてきたりする。いい意味でも悪い意味でも、掴みきれない感じがした。
準人間でも、私がいれば存在を認めてくれる。だから、ずっといてあげたい。でも、儚い。彼からは、ずっと愛してるを聞いている。今も言ってくれた。だから、私もこれから、愛してるを口にしたい。鍋のグツグツが、段々と音量を増す。スイッチを急いで押し、ピッと音が鳴る。それからは、換気扇の音だけになった。




