20_引き際_後編
その夜、ライガは書類の束に埋もれ残業をしながら考える。
「引き際か...。」
木印から鉄印に昇格するには、単純に依頼数をこなせば昇格できるのだが、鉄から銅、銅から銀へと上がるには、冒険者ギルドが数か月に一回開催するの昇格試験を受けて、それに合格する必要がある。
銅になる試験が300パクロ、銀になる試験には1000の試験代がかかる。
鉄印は特に、あまりお金がない層なので、無料で試験を受けさせたいのはやまやまだが、この層は一番人数が多く、タダで開催してしまうと、誰も彼もが“とりあえず”参加してしまい、収集がつかなくなることが目に見えている為、本当に受ける気がある人の為にもカネで制限をかけている。
それに、ちゃんとその実力があれば、依頼をこなせている、
イコール試験代も問題なくちゃんと出せるという、ある種“試金石”ともいえるだろう。
ちなみに、その試験代は、会場費やらポーション費やら、給水代やら、職員の特別手当やらなんやかんやで、大部分が経費として飛んでいくので、決してギルドが丸儲けしているわけではない。まあ、ちょっとは、儲けてはいるけれど...。
試験方法は、銅試験の場合は、受験生が二人一組となって打ち合いをする。それを試験監督が見て回り、合格か不合格かをその場で言い渡す。この試験は彼らの剣筋を見て判断するので、勝ち負けはあまり関係ない。負けても合格の場合もあるし、逆に勝っても不合格になる事もある。
銀試験の場合は、銅試験と比べ、人数も少なくなるので、ギルド職員の中で腕に覚えがある職員が実際に相手となり、直接見極める。クワッツ冒険ギルドでは主にギルマス、副ギルマス、そして研修センターで剣の講義を担当しているブノワ、他数名の講師達が担当する事が多い。
ちなみに金以上の昇格に関しては、実力だけでなく今までのギルドへの貢献度や、人格等を鑑みるなどまた別の昇格規定にある。
昇格試験において、ライガはというと、毎回裏方に徹している。
人数が多い為、冒険者ギルドの敷地内では、収まり切れないので、近くの衛兵の訓練施設を借りて行う為、事前に兵団の用地使用許可の申請書の準備をしたり、試験募集をかけたり、職員のお弁当の手配をしたり、当日使う備品の確認をしたり。
当日も、朝から案内の看板を建てたり、事前に準備していた備品を会場に持って行ったり、拠点や受付などのテント設営、何かあった時のギルドへの連絡係などで何かと忙しい。
ちなみに、ミシカは今回はギルド残留組だ。事前に案内した衛兵の訓練施設ではなく、勘違いしてそのままギルドに来てしまう冒険者が毎回必ずある一定数いるので、そこは、ミシカを始め、残っている職員にお願いして、訓練施設に行くよう案内してもらっている。
そして、ライガは今、マーサと共に借りた訓練施設のグランドの端で受付係に勤しんでいる。
「次の方どうぞ~。はい、ここにギルドカードをかざしてください。お支払いは、ギルドカードで良いですか?はい。では、これがゼッケンになります。必ずつけて、あちらでお待ちください。」
「次の方どうぞ~。ギルドカードをここに置いてください。お支払いはギルドカードで良いですか?はい...あ、残高が足りないですね。残り現金でお願いします。え、今、持ち合わせがない?困ったな。誰かに借りるか、簡単なクエストを関してから来てください。はい!次の方どうぞー!」
と順調に(?)受付が進んでいく。
受付がひと段落すると、あとから遅れてくる受験者達をマーサにお願いし、ライガは、緊急用ポーションの準備をしたり、給水の準備をしたり、試験監督用のスコアボードを確認し、試験監督に渡したり...と別の準備を始める。
そろそろお昼のお弁とうも到着する頃だろう。
ライガの準備が終わる頃には、試験はとっくに始まっていた。
銅試験の後の銀試験の準備まで、ライガは少し手が空くので、「たぁー!」とか「おりゃー!」とか声が響いている会場を見回ることにした。すると、昨日商人ギルドの外で受付嬢と揉めていた少年が試験を受けているのを見つけた。
ゼッケン番号で名前を確認する。
“リノ 16歳 銅試験:10回目”
え、銅試験10回も受けてるの?
と声に出したいのをグッと抑え、驚いていると、
「あ、またあいつ踏み込みが一歩遅い...。」と小声で試験監督の一人ブノワが呟いている。
ブノワが彼の事を知っているという事は、きっとまじめに研修センターの講義を受けていると思われる。
研修センターの講義だけでは、確かに一流の冒険者にはなれないが、一応ある一定のレベルにまでは引き上げられる。少なくとも銅印位までは。
ってことは、あの受付の女の子が言っていたように”才能“が本当にないのかもしれない。
「なあ、ライガ」と隣にいたブノワがライガに声を掛ける。
「お前、何回目の銅試験で合格した?」
「俺ですか?一回目ですよ。でも俺の場合、特殊なのであんまり参考にしない方が良いかと。」
「だな。ふー、教え子に不合格を言い渡すのはつらいな。しゃあない、行ってくるか。」
と大きくため息をついて、ブノワは一歩踏み出す。
「43番アンリ合格! 44番リノ不合格!次の者に入れ替われ!」
さて、俺もそろそろ次の準備に取り掛かるか...。
□
日もだいぶ傾き、職員達は、この後の打ち上げを話題にしながら、撤収作業に勤しむ。ライガも回収したゼッケンの枚数を数えているが、枚数が足りない。
「すみません。ゼッケンが足りないんで、ちょっと探してきます。」
試験終了の回収時、毎回ゼッケンの枚数はそろう事がない。
ようやく合格してうれしさのあまり付けたまま、夜の街へ祝杯に行ってしまう者、また不合格になって自棄になり、投げ捨てて帰ってしまう者。
理由は様々だが、会場を一回りすると、3、4枚は大抵見つかるので、探しに出たのだった。
最終的には、ゼッケン番号から名前がわかる為、回収もしくは紛失代を請求するので、問題ない。だが、紛失したならしたで、無くした分のゼッケンの手配を後日しなければならないので、できるだけ、回収したいのが本当の所だ。
(ちなみに、過失による損傷やその日中に紛失を申し出た場合は請求しない。)
おや?あそこで夕日に黄昏ているのは...。
「すみません。ゼッケンの回収にご協力いただけますでしょうか?」
とライガは申し訳なさそうにリノに話かける。
「あ、ああ。すみません。」
とノソノソとゼッケンを脱ぎ、ライガに渡す。
「なあ、あんたさ。ここの試験って、受けたことあんの?」
「ええ、まあ。」
「何回目で合格?」
「えっと、一回目でしたね。」
「マジか~。そんなに細せえのに...。」
まあ、ギルマスたちに比べればね。
「今日さ、ブノワ先生にお前そろそろ考えた方がいいって、言われちまってよ。」
「はあ。」
先生も思い切ったな。
「何か心残りがあるんですか?」
「ガキの頃な、守るって約束したんだ...。だが、俺にはまだ守れるだけの力がねぇ...。」
「守るって、何から守るご予定なんですか?」
「え?」
「いや、私はあなたが誰を何から守りたいのか存じませんが、人によって冒険者になる事が必ずしも守ることに直結しているとは限らないと思うんですけどね。」
とライガはリノの顔を見ると、リノは“目から鱗ッ!”という顔をしていた。
え?何?ひょっとして、今気がついたの?
だって、冒険者ってことは、直接的には、魔獣から守るって事だし、広義では、治安を守るって意味にもなる。守りたい相手が同じ冒険者って事なら、まあ、わからなくはないが、多分彼が守りたいのは、商人ギルドの受付をしている“あの”女の子だ。
だったら、別に冒険者に固執する必要はないし。いや、でも他に深い事情でもあるかもしれないが。
まあただ、力が全て!と思い込んでいる冒険者が多いのは、確かだ。
「一度、ちゃんと“その方”と話をした方が良いと思いますよ。」
「ああ、そうだな...。」
「ああ、それと修復センターのバールがあなたの“研ぎ”やこだわりを大層褒めてましたよ。」
と最後にライガはリノに言うと少しうれしそうな顔をして、ライガの元を去ったのだった。
リノが冒険者を辞めた事を人伝に聞いたのは、その後、ほどなくしての事だった。
「おーい、ライガー!回収終わったかー!?飲みに行くぞー!」
「はーい!」
ちなみに、ライガはこの日、引き際を誤り、翌日またしても、ポーション片手に二日酔いに苦しみながら、今回の昇給試験の残務業務を行ったのだった。




