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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-11『共鳴する波長』

「くちゅんっ!」


「いッきしッ!」


「うわ、きたね」


 時は昼前。どこか遠くの方でされている自分たちについての勝手な推測を過敏に感じ取ったのか、ティナとカルロッタは示し合わせたかのように、全く同じタイミングでくしゃみをした。露骨に不快感を示すドレイクはともかく、ジーリオは業務の片手間にティナたちを見やり、


「あら。まさか姉妹揃って『悪疫』ではありませんね?」


「い、いえ。恐らくそういうのでは……」


【きっと誰かに噂されたんだね。ハッ、まさかきー君!? なんて言ってたのかなあ~ウフフ】


 ──そ、そうなんですか……?


 どんなときでもお気楽極楽、人生が楽しそうなセカイはくしゃみ一つ取っても超絶ポジティブシンキング。何が凄いって、その予想がドンピシャであることだ。彼女等の知る由もないが。


「しかし、アレね。こうして見ると、一介の召使いがこれじゃあ、変に逆らったりしなくてよかったなあと思うわ」


「ふふ、褒め言葉として受け取らせて頂きますわ」


 セカイの声が届かないカルロッタはそんなことを気に留めることもできずに、ただ目の前に繰り広げられる光景に溜息を吐く。


 その光景というのが、尋常でない。何しろ、暖かな春の陽気の下、空中に浮遊している巨大な泡立った水の塊が、グルグルと回って中の衣類をもみくちゃにしているのだから。やっていることはと言えば、実のところただの洗濯物なワケだが、スケールが違い過ぎる。


【私たちの世界の洗濯機よりスゴいよ。きー君が見たらなんて言うかな】


 ──キヨシさんは、『異世界の技術が遅れてるなんて嘘っぱちだな』って言うんじゃ?


【わ、メッチャ言いそう! ティナちゃんもきー君のことがだいぶ分かってきたねえ】


 ──あはは……おかげさまで。


 キヨシのやや皮肉屋の入った性格は、最早身内全員の知るところ。この程度の脳内再生、セカイでなくてもお手の物だ。


 そんな取り留めない想像も半分に、ティナは水の中へと事前に渡された粉石鹸をパラリと放りながら、


「でもびっくりです。ジーリオさん、水の魔法使いだったんですね」


「あまり、得手とは言えないのですけれど」


「嘘ォ、オリヴィーで別方向にヤバい水の魔法使いと戦ったけど、ソイツだってこんな量の水を使役したりしなかったわよ」


 確かに、人間の何倍とあろう大きさの水の塊を自在に操るジーリオの姿からは、魔法が『不得手』な気配はまるで感じ取れず、不相応に謙遜しているように思える。実際、一度に使役している水の量だけなら、ロンペレをも凌ぐ勢いだ。


 不思議がるティナたちだったが、ジーリオは何でもないかのように、


「この国一帯、特に王宮付近の地域は『ウンディーネの加護』を受けております故。私のような大精霊様と契約をしていない者でも、これくらいは」


「ウ、『ウンディーネ』!? あの──うわッ!?」


 この世界に住む者にとって極めて衝撃的なジーリオの発言と共に、どこからか激しい波の音が響き渡り、南のはるか遠くの空に、蒼白く霞んだ大きな尾びれが突き上がる。


「ええ、かの『四大精霊』ウンディーネ様でございます」


「う、嘘でしょ……!?」


「今のって……」


 ジーリオの口振りからして間違いないだろう。


 かの四大精霊の一角は今、確かにこの国に息づいているのだ。


「この国は、四大精霊と契約を交わした四人の賢者たちが創ったと言い伝えられております。ノーム様が島を生み、サラマンダー様が大地に命を与え、シルフ様は暖かな風を紡いで気候や四季を定めました。彼等は今となってはどこへ行ってしまったのか、定かではありませんが……初代王妃と契約を交わしていたウンディーネ様だけは、今でも守神としてこの国に残り、様々な恩恵を我々に授けてくださっていらっしゃいます。私の水の魔法も、それによって増幅され──」


 ジーリオの口から淡々と語られる『アティーズサーガ』とでも言うべき事実。それは、議会の場でセシリオが触れていた『国生み』なるイベントの詳細だった。


 ノーム、サラマンダー、シルフ、そしてウンディーネ──それらと契約を交わした賢者たちが、その途方もない力を行使して島そのものを生み出し、そこに人々が入植したというのがこの国の成り立ちらしい。それだけ聞くと酷く胡散臭い神話の類にしか聞こえないが、もしも今遠くに見えたのがその一角、ウンディーネの身体の一部なのだとしたら、その与太話は一気に真実味を帯びてくる。


 その話に誰よりも心躍らせていたのは誰であろう、考古学的なムーブができない鬱憤の溜まっていたカルロッタだった。


「ちょうだいちょうだい、そーゆー話もっとたくさん! アタシの考古学的な感性が騒いでヤバ──ブホッ!?」


「ハイ、正午が目前にまで迫っております。我々は皆様の昼食配給前に、この洗濯物を干してしまわなくてはいけません。忙しくなりますよ」


 はしゃぎ倒すカルロッタの顔面に、水塊内部の水流から外れた自分の服が発射されて、その心を無理矢理に我に返す。事故などではなく、ジーリオによって意図されたものであることは、誰の目にも明らかだ。


「ちぇー。いーじゃん、昼メシの仕込みは朝やったんだしィ」


「カルロ! ワガママ言わないの!」


「その前に、ティナ様には別の業務がごさいます」


「へ?」


 ぶー垂れるカルロッタを窘めるティナに、ジーリオは別の業務指示を出す。


「丁度今頃、手配した医師がキヨシ様を診察なさっているはずです。直接出向き、献立をどのようにすべきか指示を仰いで頂けますか?」


「いいんですか? こちらを手伝わなくって……」


「やらなくてはならない事柄ですし……『御奉仕』したいと仰っていましたから」


「あ、アレは違くて! えっと、その……」


【いいじゃんティナちゃん! そろそろきー君欠乏してきてたからねえ。キメたいなって思ってたとこなの。らっきーらっきー♡】


 ──もう! もう!!


 危ない薬か何かの中毒患者の如き言い回しで甘々な台詞を吐くセカイに、ティナは呆れ返った。そもそも、ジーリオの盛大な勘違いの原因はセカイにあるというのに、と。


「まあ、とにかく。申し上げました通り、業務の一環ですので。行ってきてください。なるたけ急いで。もしも万が一、皆様の活躍によって暇が生まれるようでしたら、先程のお話の続きを──」


「マジでッ!? ティナ、はよ行って手伝いに戻ってこいやあ! 駆け足ィッ!!」


【ティナちゃん早くゥ~~~~~~きー君ちょうだいィィイ~~~~】


「は……はい……ドレイク、行こっか……ドレイク?」


 心底呆れ果てて『もういいや』くらいの投げやりな気持ちで、ドレイクと共にこの場を離れようとするティナだったが、間もなくドレイクの様子がおかしいことに気付く。


 南の空──先程ウンディーネの尾びれが天高く昇っていった空の方を、じっと見つめて動かないのだ。


「へ? ああ、ワリイな、なんか言ったか?」


「どうしたの?」


「あン? ああその、なんだ……分かんねえ」


「ええ?」


【ティナちゃんンン~~~~~~ッ】


 ──わ、分かりました分かりました!


 セカイに急かされ、ティナはドレイクを引っ掴んでその場を離れて、王宮へと駆けていく。


 ドレイクに何があったのかを問うことは叶わなかったが、ティナはドレイクとも契約という形で繋がっている。故に、なんとなくだがドレイクが感じていたものが伝わってきていた。


 ドレイクが感じていたもの──それは、『畏敬』の念だ。


 ドレイクはどういうワケか、全くの無根拠なままに、今のがウンディーネであるという確信を得ていた。そしてその上で、ウンディーネに対して畏れを抱き、敬意を感じている。あのドレイクが、だ。


 ──やっぱり、同じ精霊だからかな?


 高慢ちきなドレイクも、相手がかの四大精霊、しかも明確に苦手な水の精霊ともなると、そうなっても仕方がない。


「ん? なんだ?」


「んー、分かんない」


「は?」


 ティナはなんとなく、ドレイクの頭を指先で撫でた。何故そうしたのかは自分でも分からない。だが、撫でられるドレイクはどこか気分良さそうに目を閉じて、抵抗もしなかった。


──────


【いやー、ゴメンねティナちゃん。きー君成分が足りないと、どーも発作起こすみたいで】


 ジーリオのオーダー、その道中。セカイの謝罪内容は、どうにも反省しているんだかしていないんだか分からない、酷く論理的根拠に乏しいものだった。


「えー……そ、それは別に、私とドレイクにしか聞こえていませんし構わないんですけれど……」


「いや俺ちゃんはメッチャ構うわ! ウッセーぞ全く」


【あっはっはっは♨】


 ──な、直す気ゼロだぁ!


 セカイは、ティナが許したのを額面通りに受け取って、飄々とした態度でドレイクの文句を躱す。ティナは本当に気にしてはいないものの、『ドレイクが怒るようなら少し注意した方がいいかも』と、セカイにすら悟られない内心奥底で思った。


「えっと、今は大丈夫なんですか?」


【さしもの私も今ちょっぴり恥ずかしくって、賢者タイム中】


「けん?……~~~~~~ッ!!? セカイさん!!」


【いやいや、そんなに深い意味はないよん】


「むぅーっ!」


 セカイとしてはあまり考えずに発言したのだろうが、キヨシが元いた世界のスラング等の意味も理解できてしまうティナにとっては、顔から火を噴くような発言に聞こえる。文句の一つも言いたいところだが、先の八つ当たりから来る負い目から、強く言い出せない。


 それ以上に、その半面で『もっとお話ししていたい』と願う自分がいることも、ティナは気付いていた。


【ふふ。いいねえ、こういうの。きー君とお話しするのとはまた違う、いいお友達って感じがしてさ】


「……そう、ですね。なんだか、不思議な感じがします」


【不思議? いやまあ、確かに今普通に口に出して喋ってるから、傍から見たら不思議ちゃんに見えるかもだけど】


「いーんです、誰も聞いていないんですから……ではなく! 『不思議』っていうのは、こう……なんだか、ずっと昔から知ってる人と話してるように感じる、と言いますか……」


【んん?】


 初めて会話を交わしてからそう経っていないティナからそう言われて、セカイは少し困惑気味に唸る。それもそうだと感じたティナは、脳内会話に切り替えて、


 ──セカイさんは……丁度カルロと、母の間くらいの人と話しているような感じなんですよね。


【ティナちゃんのお母さんって、アニェラさん?】


 ──はい。ひょっとしたら、キヨシさんも感じたかもしれませんけれど、セカイさんの性格って、なんとなく母に似てる気がするんです。私は少し前まで両親と話すのも苦手で。けど、セカイさんはカルロやドレイクとお話しするくらい、話しやすくって、よく弾んで……とっても楽しいです。初めてお話ししてから、まだ一週間足らずなのに、変ですよね。


 ティナの方も、会話ができるようになって一週間そこらの相手に対して、こんなことを口走ることの滑稽さを理解していた。普通、この手の話というのはもっと段階を踏んで、交友関係を深めてからするものではないだろうか。以前と比べて、ティナは格段に人と話せるようにこそなったものの、それはあくまでコミュ障にありがちな、『一対一なら頑張ってたくさん喋る人』にややクラスアップしたに過ぎない。それ故、相手との距離感を測りかねて、変なことを不躾に話しているのかも──ティナはそういう懸念を持っていたのだ。


【変なんかじゃないよ】


 ──そうでしょうか?


【むしろ、それが普通なの】


 だが、セカイはそんな懸念を『小さなこと』と笑い飛ばした。


【人間関係なんて、大概そんなもんなんじゃないかな? だって、これまで仲良くなれた人たちとの馴れ初めって、別にお互い腹の内探り合いみたいな、慎重な感じになったりしなかったんじゃない? 思い出してみなよ、ドレイク君とのこととか】


 ──えっと……ドレイクとのこと、ですか


【あ、ひょっとして違う?】


 ──いえ、その……はい。確かに、そうだった気がします。ドレイク、そうだったよね?


「あん? ま、少なくともギスッたりはしなかったな」


 セカイの問いに対し、ティナはやや口ごもり気味に肯定の意を返す。セカイは『でしょ?』と得意そうにして、


【波長が合う人とは始めからなんか話せるし、ダメな人は最初からなんかヤな感じするもん。あのクソジジイとか】


 ──ク、クソって、セカイさん……。


【だーかーらっ! 私たちはきっと波長が合うんだよ。ラッキーってことにしとこうよ、ね? 家族相手にも、男の子のきー君やドレイク君にも話しづらいことってあるでしょ? そういうの私は大好物だから、変に気を遣わないでガンガン来なよ。バッチこい、かかってこーい】


 ──えーっと、皆に話しづらいこと……? 具体的には?


【いやん、ハッキリ言わせる気? ティナちゃんのえっち~♡】


 ──セカイさんにだけは言われたくないんですけどぉ!


【あぁん、ゴメンってェ~~これからは気を付けるし、トマトもちゃんと食べるからァ~~】


 ──セカイさん、トマト大好きでしょ! そもそも好き嫌いないし! 偉いなあ!


【へへ~、食べるだけじゃないんだな。見るのも、聞くのも、触るのも、嗅ぐのも好きだよ。五感全部フル回転してはしゃぎ回るのホント大好き! 何でも新鮮味あって最高!】


 ──それってつまり、何でも好きってことなのでは?


【そうとも言うーッ!】


 こうして話していると、やはりセカイはアニェラに似ていると感じた。断じて、猥談を好むなんてことはないが。いや、そもそもセカイが本当にそういうのが好みかどうかすら怪しいものだ。ただこっちをからかいたいだけの可能性の方がずっと高い。


 それがどうにもティナにとっては心地いいのが、楽しくもあり、何故か悔しくもあり。なんにせよ、仕事中のささやかな楽しみにはなりそうだ。


「オイ、今通り過ぎた部屋がキヨシの部屋だぞマヌケ共」


 ──え、嘘!? いけない!


 そうしてセカイとの脳内会話に夢中になるあまり、当初の目的地であるキヨシの部屋を通り過ぎてしまっていた。ドレイクに貶され、慌ててすぐそこの部屋に走り、一呼吸置いて扉を叩こうとした瞬間、


「失礼、しま──」


「ギャワアアアァァァーーーーーーッ!!」


 ──ッ!!?


 扉一枚隔てた先から、静寂を吹き飛ばすようなキヨシの悲鳴が響く。


 酷い既視感に襲われつつ、ティナは驚きのあまりその場に硬直した。

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