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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-6『議事録』

「どう思う?」


 一時間後。マルコに連れられて王宮の廊下を行くカルロッタに所感を問われ、キヨシは少し考えてから、心身共に弛緩した覇気の無い笑顔で、受け応えた。


「俺の故郷じゃ『人事を尽くして天命を待つ』という。やれるだけやったンなら、考えたって無駄さ。楽に待ちゃいい。つーかそれしかない」


「そーいうもんか?」


「そーいうもんさ、ドレイク君。あとは強いて言えば、あの子を──」


「ん゛んッ」


 緊張の糸が切れたからか、気を抜いて王女ををうっかり『あの子』呼ばわりしてしまい、マルコにわざとらしい咳払いをさせてしまった。キヨシは『王女本人やセシリオの前でなくて良かった』などと調子の良いことを考えつつ、


「ああ、まあ。王女様を信頼するしかないね」


「ティナさんのほうが、ずっとよくできてるよ」


「分かる」


「あ、あはは……ッ!?」


──────


「……では、ここまでの話をまとめましょう。中央議会五席『マリオ・アガッツィ』より報告させていただきます」


 ほんの少し前のこと。キヨシたちは改めて議会に臨み、これまでの道程、事のあらましを洗いざらい吐き出した。それらの調書を取っていたと思われる男性──マリオが席を立ち、内容を読み上げる。


「考古学者としての研究の最中、禁忌に触れてしまった……と思われるカルロッタは、ヴィンツ国教騎士団に追われる身となり、彼女を探していたティナ、そして偶然連れ立った異世界人のキヨシと共に、追跡から逃れる為にアティーズへの亡命を画策した。そして、その禁忌とは──」


 ここまで読み上げると同時に、高い天井から低い羽音を響かせて、ブルーノがキヨシに向かって急降下突撃を敢行した。


「かァッ!!」


 受けてキヨシ、腕を拘束する錠前をいとも容易く寸断し、自由になった左手を上げ、ブルーノを受け止めてみせた。


 その腕に煌めくは、純白の魔法の石。


「……ソルベリウムを操る力」


 そう、洗いざらいというのはソルベリウム生成能力をも含めて、という意味だ。


 これがアティーズにおける、能力初お披露目。皆、言葉を失ってその馬鹿げた能力に唖然としているようだった。マリオも、ただ調書を機械的に読み上げているだけだ。


「正確には、ソルベリウムを出す力……です。痛ッてェー……」


「お言葉ながら……大して力は込めてはおらぬ……」


「あーのーなーッ!! 俺はおたくの飼い主と違って、なんの訓練もしてない一般人なのォ! しかも怪我人!」


 ブルーノには、キヨシが痛がる様がオーバーに映ったらしく、恐らく自己弁護の意味も含めて苦言を呈するも、キヨシはそれを突っぱねる。それもそのはず、一時的にヴィンツ国教騎士団団長のジェラルドの下で訓練に近しいことはしていたものの、僅か三日そこらのにわか仕込み。その上、先の戦いの傷が癒えていないとなれば、尚のこと。


 だが、そんな弱腰のキヨシを後ろで見ていたマルコは、新たに手錠をかけ直して笑う。当然、それは嘲笑などでは決してなかった。


「しかし、『ロンペレ』を討ち取ったんだろう? 事実なら大したものだ。ただし、失敬。怪我人なのは失念していたよ。様々な衝撃の余り、ね」


「……まあな」


 しかし、キヨシたちがここに至る道すがら成してきたのは、誰から見ても"偉業"と呼んで然るべき所行なのは間違いない。ロンペレについて、アティーズにもその悪名が轟いていたのは、キヨシたちにとっては幸運と言えるだろう。実際に被害に遭った人間からすれば、たまったものではないだろうが


「しかし、聞けば聞くほどそうそうたる一行ですね。この国にも一人しかいない程に貴重な、土の魔法使いに、ソルベリウムを創る異世界人。そして、『大精霊』と契約を交わした、幼い火の魔法使い……それらが暴虐に喘ぐ街に現れ、その力を結集した。まるで、お伽話の一節のよう」


「『大精霊』? 俺ちゃん、ここじゃそんな風に呼ばれンの? ヤだよ、俺ちゃんドレイク様って名前あんだしよ」


 ある種の称賛を惜しまないセレーナだったが、『大精霊』という呼称を不服に感じたドレイクが、ティナの服の下から這い出てきて文句をつける。


「アティーズでは、生き物としての形を持った精霊のことをそう呼んでいます。身近なところですと、ご存知かと思われますが……マルコ・フライドの精霊『ブルーノ』もそうですね」


「えーッ!? 俺ちゃんあの虫ケラと同類──ムギュっ!?」


「ドレイク、明日までチャクラ抜きっ!」


「……案外強い子ですね。全然物怖じしないし」


 ドレイクの無礼過ぎる物言いに怒ったティナが、頭を抑えつけて制裁の後、さらに罰を与える。セレーナは苦笑を隠せなかったようだが、その苦笑は全く奇妙なことに、どこか安らいでいるような、心地良さげな苦笑だった。


 そんな少し緩んだ空気に割り込むが如く、セシリオの咳払いが響く。


「先程キヨシが述べた通りであれば、今やったように手錠程度なら……いや、やろうと思えば懲罰房からの脱出すら可能だったはず。それこそ、監視役のマルコ・フライドを捻じ伏せてでも──」


「俺たちは、話をしに来た。そんな喧嘩腰で、話なんかできないでしょ」


「ほう? 否定しないということは、自信はあるようだな」


「……──────」


 ──こンのジジイ。人の言うことをイチイチ悪意に取るのはどうにかならんのか?


 キヨシは内心セシリオを痛烈に毒づいたが、それを口に出すようなことはしなかった。いや、最早反論する気も起きないというのが正直なところだ。


「……ドッチオーネ空賊団のことは、我々も伺い知っている。特に、そのロンペレというガーゴイルは、聞けばかつてアティーズに攻め入った一団の一人というではないか。不謹慎ながら、溜飲の下がる心地だ。一応、感謝しておこう」


【ホントに不謹慎だよ、あのクソジジイ。アレやっつけるために、きー君がどんなに苦労して、どんなに悩んだか──】


 ──ちょっと黙っててくれ、セカイ。


【思ってるだけだもーんっだ! ベー!】


 そういう気持ちはセカイも同じなようで、キヨシの三割増し程度口汚くセシリオを罵っていた。セカイの場合、表に出ていたら本当に口に出していた可能性も否めないが。


「……話を戻しますが。つまり一行の総意としては、『ヴィンツェスト当局の追跡から庇って欲しい』と、そういうことですね?」


「しかし、素性が知れない人間と言う事実が、未だ揺るがないというのが懸念事項だな」


「懸念事項というなら、まだまだ山積みだ。彼等は元を正せば盗っ人で、しかもンザーロ氏の畑に落着したソルベリウムにも、彼等が関与していた、とあっては……」


「けれど、我々が推論していた兵器の類ではないという話なのでしょう? 彼等の言うことが事実かどうかは、オリヴィーを調べさせれば分かることですし。そこまで警戒する理由もないのでは?」


「四席、そのような日和見主義では……」


「『天変地異の痕跡』、それにチャクラを帯びたマグマともなれば、誤魔化しようはありません。我が国のチャクラ周りに関する知識や技術は、ヴィンツェストの数枚上を行っていますし、すぐに結論は出るでしょう。『人の意志を取り込み、暴走させる何かが潜んでいた』……ということも」


 そうセレーナが口にした途端、キヨシはティナの面持ちが少し暗くなった気がした。ティナが地下で何者かに操られて暴走を始めたことも一応正直に話したが、やはり本人としては、色々と思うところがあるのだろう。無理もない話ではあるが、時間が少しずつ忘れさせてくれると考えて、キヨシは特別何か言葉をかけるようなことはしなかった。もし自分が同じ立場だったら、触れないで欲しいと思うかもしれない、とも考えたのもある。


 そうして他所事を考えている際の挙動が、『不安で気を揉んでいる』とでも見えたのか、パトリツィアはいたたまれない面持ちで、


「話はよく分かった。彼等はもう、退室しても構わないのでは?」


「「「異議なし」」」


「ッ!? オイオイ、最後まで──」


「お言葉ですが……事情を全て伺った以上、あなた方の役目は果たされていますし、例え残って口を挟んだとしても、我々の意見に影響は出ないと思われます。あなた方も確かに議会の一員ですが、議題そのものでもありますから」


 確かに、後からセレーナが言った通り。基本的にキヨシたちは、『議題そのもの』。本来、こうして口を出すこと自体、普通はあり得ないとも考えられる。事のあらましを始めとした必要な情報を提供すればもう用済みだ。


「……それもそうですね。では何卒。行こうぜ、皆」


「待て待て。僕が監視役をしている以上、僕についてもらうぞ」


「勿論」


「ブルーノ、君はここに残ってくれ。彼らは僕が引き続き監視するから、議会の決議内容を、後で僕に知らせるように。いいね?」


「御意……」


 結局、マルコについて大人しく退くことにした。


 と、その時。


「ああ、ごめんなさい。最後に一つだけティナさんに……」


「はい?」


 退室しようとするティナを、セレーナが引き止める。


「その、『大精霊』との仲は……良好ですか?」


「へ? あ、はい。まあ……」


「そうですか。ありがとうございました」


 一見、なんでもない実入りのないやり取りに思える。しかし、ティナが大暴れをしたのはもう周知の事実。ドレイクも関わっている以上、セットで警戒されるのは自然と言える。恐らく、そういう意図の質問なのだと、キヨシは理解した。ティナも同じように受け取ったようで、暗かった面持ちが更に暗くなっていく。


 ──やっぱ、何も言ってやらねーッてのも、アレか?


 さっきまで思っていたことを撤回し、ティナにかけてやる言葉をあれこれと模索しながら、キヨシは皆と共に議会を後にした。


──────



「しかし、なんだ。議会があそこまで荒れたのは、設置から十五年の内で、初めてのことだろうね」


「でしょうねえ。キヨシもよく自制できたもんよ。絶対暴れると思ったのに……って、ちょっと。一応、褒めてるつもりなんだけど?」


「マジィ?……まあ、そうか。スマンな」


 感心しているんだか貶しているんだか分からないカルロッタの物言いを、キヨシはやや後者寄りで解釈していたが、下衆の勘繰りと分かり素直に謝罪した。


 謝罪と言えば、もう一つ。


「……すみませんね、フライドさん。面倒臭い奴を抱え込ませちゃって」


 キヨシは自分がどういう存在なのかを、およそ知っているつもりでいる。密入国するわ、議会で爆発しかけるわで、アティーズの面々からしたら迷惑以外の何物でもないだろう。しかも、その監視役を務めるマルコの気苦労たるや、とキヨシは考え、流石に申し訳なくなってきたのだ。


 しかし、マルコはキヨシの懸念を鼻で笑い、


「……どうかな。皆、君のことを愚かと評するが。少なくとも僕は、そうは思わない」


「ん?」


「今のご時世、他人のために怒ることができる人間は貴重だ。そしてその義憤を、これまた他人のために抑え、制御できる人間はもっと貴重だ。今のカルロッタさんの発言から鑑みるに、そういう精神性が養われるまでに紆余曲折あったんだろうが」


 マルコの推察は見事に当たっていた。オリヴィーの騒乱に関わっていく中で、キヨシは"紆余曲折"という言葉では済まない程の出来事を経験した。仲間たちとの出会い、トラヴ運輸の犠牲、そしてロンペレたちとの闘争──中でも特にティナの叱咤激励は、キヨシの精神性が様々な意味で変わっていくきっかけになった。アレがなかりせば、キヨシが先程止まることはなかっただろう。『引き止められてようやく』ではあるが。


 少しは成長した、ということだろうか。


「もっとも、あのまま突っ込んで、お嬢さん方を泣かせてしまうようなら、とことんまで失望していたかもしれないけどね」


「よくも言えたものです。しょっちゅう女性を泣かせているクセに」


「仕方があるまい、僕はジーリオさん一筋……ん?」


 マルコのキヨシ評に、この場にいないはずの人間の声が割り込む。


「うああッ!? ジ、ジーリオさん!?」


 それも、いまマルコが暴露した、秘めたる愛の対象であるジーリオ──いや、議会前でのあの一幕を鑑みるに、別に秘めてはいないか。


「議会、終わったのですか?」


「まだ続いています。しかし彼等としては、割と好感触だったと言えるのではないでしょうか?」


「あら、それは何よりですわ。私のお菓子を、あんなにも美味しそうに召し上がる方は、そうはおりませんので。是非、仲良くしたいと考えていました」


「……ティナちゃんか」


「よく分かりましたね。して、そのティナ様はどちらに?」


「えっ」


 ジーリオに言われて見回すが、今度はこの場にいるはずの者──ティナがどこにもいない。状況が状況だけに焦燥しつつ、もっと広く見渡してみると、キヨシたちの遥か背後に、やってきたほうを向いて立ち止まるティナの姿を見つけた。いつの間にか歩を止めて、その場に留まっていたようだ。が、どうにも様子がおかしいとキヨシは感じた。キヨシの目に映るティナは、壁に寄りかかり肩で息をして、どこか辛そうに見えたからだ。


「おうい。どーした、ティナちゃん? どっか悪いのか?」


 呼びかけても、返事はない。いよいよもって何かが変だと感じ始めたキヨシは、ティナの様子を窺い始めるが、


「……はふん」


「オ、オイ!?」


 ティナはまたしても、膝から崩れ落ちてドサリと倒れ込む。キヨシとカルロッタが大慌てでティナの方へと駆け寄った矢先、陰から大きな黒い影が羽音を響かせて飛んでくるのを見て、納得した。


「あっ……クワガタ」


 どうやらブルーノが主の言いつけ通り、議会の決議内容を伝えに来たようだ。


「なんだ、いやに早いな。もう結論が?」


「左様……これを」


 ブルーノは大顎に結び付けられた紙片を差し出し、マルコに渡す。恐らく決議内容がそれにしたためられているのだろう。マルコは黙々と読み進め、読み終わるとその紙片をジーリオに回し、


「そう、か……そうなったか。ありがとう、ブルーノ」


「おい、マルコさんよ! 我々の処遇、決まったん……お?」


 マルコはキヨシの質問に答える前に、まず一行の両腕にはめられた手錠を、一人ひとり順番に外していった。


「いいの?」


「ええ。お嬢さん方は、ジーリオさんについて行ってください。僕とキヨシは、こちらの部屋でお待ちしておりますので」


「ハァ? 決議内容はどーなったのよ……ですか?」


「ハハ、行く先でジーリオさんが説明してくださるはずですよ。彼には、僕からお話しておきますので」


「……? まあいいか。セ……ティナ、起きろコラ! 表に出てこいや!」


「表に……?」


 迫るブルーノに気絶したと思われるティナの代わりにセカイを呼び出そうとするカルロッタの言い回しは、当たり前ながらマルコには珍妙にしか聞こえなかったようだ。しかし、困惑するマルコなどカルロッタとキヨシにとってどうでもよかった。


 問題は、倒れたティナの身体だ。


 いくら呼びかけても、セカイすら表に出てこない。二人とも完全に意識を絶ってしまっているのだ。キヨシも心でセカイに呼びかけるが、やはり返事はない。セカイはむしろ、ブルーノを『カッコいい』と評する価値観の持ち主のはずなのだが。


 二人が疑問の答えを出そうとするのを待たず、ジーリオがおもむろにしゃがみ込み、横たわるティナへと両の腕を伸ば──


「アタシが持ちます。妹ですので!」


「あら」


 そうとしたところを、カルロッタがスッと割り込んでティナをさらう。姉の意地、といったところか。


「じゃ、後でね」


 そう言って、カルロッタは先導するジーリオについていずれかへと立ち去っていった。


「さて……キヨシ」


「ああ。聞かせてもらいますよ……議会が出した、結論ってヤツを」


 重要なのは、ここからだ。

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