第三章-5『悪魔』
「きー君」
「ンだよ、今──」
「ティナちゃんに合わせてあげてね。そんじゃ」
「は?……あ、おいコラ!」
追い詰められ、反撃に出るべく状況を注視している最中、唐突にセカイから浴びせられたオーダーに、キヨシは目一杯困惑した。
「陛下!」
「──!」
「発言しても、よろしいでしょうか」
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
そうしている間に、交代で表に出てきたティナが、パトリツィアに直接口を利くのだから、二度びっくりだ。当然、驚いたのはキヨシだけではない。下手を打てば取り返しのつかないことになるという状況だけに、カルロッタもまた大慌てでキヨシに耳打ちする。
「ちょっと、キヨシ! セカイに勝手なことをさせないで!」
「セカイじゃねえ……ティナちゃんだ」
「は!?」
「セカイが、ティナちゃんに合わせろって言ってきた」
「な……なんで!?」
「俺だって分からん! 二人で何か話してたみたいだが、それどころじゃなくて聞いてなかったんだ。けど、考えなしに何かするような子じゃねえのは、お前が一番知ってるはずだろ。こうなっちまったからには……セカイの言う通り、ティナちゃんに合わせるしか──ッ!?」
ティナはキヨシの背にピタリとくっつき、ぐっと力を込めて前へ通し始めた。これは即ち、ティナの作戦─か、どうかはまだ分からないが─には、キヨシの存在が重要になってくるということを意味している。
『なんで俺?』と問う間もなく、激しく狼狽するキヨシを置いて、ティナは声高に議会の面々へと語り始めた。
「……議会の皆様。この度は、不躾な入国で皆様をお騒がせしましたことを、深くお詫び申し上げます。皆様の疑念はごもっともですし、今この場でその疑念を完璧に払拭する術を、残念ながら持ち合わせてはおりません。しかしながら、それを前提として尚、友好的な関係を築くことは決して不可能ではない、ということでしたら、今この場でお伝えした上で、証明することができると思います」
「……大きく出たな。しかし、よもや今君が引っ張ってきたその男が、証明であると?」
「恐れながら、その通りです」
セシリオによる疑念たっぷりの返答に毅然と対応するティナだったが、当のキヨシにはティナが何を言っているのかさっぱり分からないし、自分がなんの証明になるやら見当もつかない。いい加減にどういうことなのかと聞きたかったが、時と場がそれを許さず、堂々とした態度をキヨシに強いる。今ここでそれをすれば、『本人が分かっていないじゃないか』となり、ティナの発言から説得力が大きく損なわれる可能性大だ。いや、実際分かっていないのだが。
頭を抱えそうになるキヨシの手を引き隣に立たせたティナは、胸に手を当てて議会の面々、そしてパトリツィアに対して深々と頭を垂れる。
そうして放ったのは、議会、王女を始め、キヨシたちすら愕然とする一言だった。
「改めて、紹介致します。彼の名前はキヨシ・イット……いえ、『伊藤喜々』。この世界とは違う世界からの、来訪者です!」
「ティナッ!?」
「マ、マジかよお前ッ!!?」
騒然としていた議会が、一瞬にして静まり返る。
信じられないことに、なんとティナはキヨシの素性──つまり『異世界転移してきた』という事実を、アティーズのトップたちの前で暴露したのだ。向こうからしても色々な意味で驚くべき発言だろうが、一番驚いたのは他でもないキヨシ本人。
──馬鹿な、信じてなんかもらえるはずが……!!
──そう思いますか?
──うわ、こいつ直接脳内に……!
急展開に絶句するキヨシの頭へ、ティナがテレパシーのように、直接語りかけてくる。
──おたつかないでよく聞いて、そしてよく考えてみてください。キヨシさんは、元いた世界の物をちゃんと持ち込んでいるじゃありませんか。
【ジャケットにいつも忍ばせてるじゃない、"アレ"!】
「──!」
そう、二人の言う通りキヨシは持ち込んでいる。ここまで言われてようやく合点がいき、落ち着きを取り戻した。
「彼が文字を読めないのは、この世界に来て間もないため、言語を理解できていないからです。そして、そんな彼が飛行機の製造に携わることができたのは、それが元いた世界においては汎用的な技術の一つに過ぎないからです。口が通じる理由については、未だ──」
「フ……ハハハ、ハハハハハッ!! 追い詰められて何を言い出すかと思えば。言うに事欠いて『別の世界』! ただの子供かと思えば、中々の大物と見えるな」
一人笑い出したのを皮切りに、議会は抑え気味の笑い声に包まれる。誰からも見て取れる明らかな嘲笑だったが、キヨシとティナはどこ吹く風といった表情。
「あ、あンの野郎ッ……!」
その一方で、ティナへの侮蔑から議会の参加者に今にも飛びかかりそうなカルロッタの前に、マルコが慌てて立ち塞がり、宥め始める。
「非礼は後で必ずお詫びする。だから今この場で暴れるのはッ……!」
「黙らぬか、戯け共ッ!!」
「──ッ!?」
ざわつく議会を一喝し、静寂を取り戻させたのは、キヨシたちに対してどこまでも懐疑的且つ厳しい態度を取っていたセシリオだった。
「相手の言うことがどうあれ、議会は議会。一切の言い分を聞かずに、否定することはできん。今この場においては、彼等もまた議会の参加者であることを心得よ」
「……さっき聞くだけ無駄とか言ってませんでしたっけ?」
「左様。言い分を聞き、その上でそう判断したまでだ。まだ言うことがあるというのなら、それもまたしかと聞き入れた上で……否定しよう」
──あっそ……。
話す機会をくれたのはありがたいが、セシリオの開き直った態度にキヨシはやや納得がいかず閉口した。とはいえ、機会は機会。逸する手はない。
「マルコさん。今その子が羽織ってる黒い服の内側に入ってるもんを取り出して、そうだな……そちらの、セラフィーニさんに渡してもらえます?」
「セレーナ様に? あ、ああ。構わないが……失敬」
キヨシのオーダーに応え、ティナが羽織っているキヨシのジャケットの内ポケットから、中身を取り出した。
「……これは?」
「ただの財布ですよ。ただしこれ一つとっても異世界の超技術てんこ盛り……つっても、この場で証明に使えそうなモンは限られてるけど、マジックテープ式の財布を、これ程愛おしく思ったことないよマジで」
「"まじっく"……? なんだ、どう開けるんだいこれ?」
「力任せでいいっスよ。あ、でも千切るのはナシね!」
「そんな力、僕にはないよ」
──となると、飛行機の尾翼を破壊したのは、やっぱりあのクワガタか。
とぼけたように見せかけて、その裏でキヨシはマルコの力の正体をおよそ掴んでいた。やはり、飛行機を撃墜せしめたのはブルーノという精霊ありきの力のようだ。
マルコは財布をバリバリと音を立てて開け、中身を目で軽くさらい、特別危険そうなものは入っていないと判断すると、セレーナにそれを引き渡した。
「自分たちの目で確認してください。中に入っているのは、俺が元いた世界の通貨類と、それ絡みの道具……あとは店のレシートです」
「れしーと?」
「あ、えーっと……印刷された領収書です、ハイ」
セレーナは中身を卓に一つ一つ並べ、食い入るように見つめ始めたかと思えば、両手で弄んだり、指先で突いて転がしてみたり、果ては銀色のコイン──百円玉で卓を叩いたり。音でも聞いているのだろうか。
ひとしきり見終わって、セレーナは先程まで弄っていた百円玉と、もう一枚百円玉を取り出して見比べ始めた。
「……随分精巧に造られていますね、この硬貨。それに、こんなに小さくて細かいのに、同種の硬貨に出来栄えの振れ幅が全くない……銀貨ですか? その割には軽い気がしますが」
「いえ、そいつは白銅という、銅とあと何かの合金で……え、待て。その量の金属の重さが分かるんスか?」
「これ一枚で、どれくらいの価値でしょうか?」
「聞けよ!……ああいや、はい。えーっと、そうだなあ……一枚で、大衆食堂のワイン一杯分くらい? だったか?」
「なるほど。こちらの男性が描かれた紙も、お金ですか?……レシートの枚数の方が、圧倒的に多いみたいですけど……」
「四席。無礼だ」
「あっすいません」
パトリツィアに窘められ、セレーナは平謝り。他人様の財布の中身に言及するというのは、確かにあまり褒められたことではない。ちなみに、キヨシの財布の中身は電子マネー込みで、全財産一八○七円。貧乏。
「……ちなみに、その紙幣。ちょっとやそっとじゃ偽造不可能な程度には、色々と細工がですね?」
「例えば?」
「照明の光で透かしてみてください。真ん中にそのオッサンの顔が浮かびます」
【きー君、野口英世に謝って?】
「え、えっと。キヨシさん、のぐちさんに謝ってください?」
「あっすいません♨」
「野口様はともかく、確か『透かし』に関しては我が国でも再現可能だったはずですが」
「えっ」
野口英世への無礼はともかく、セレーナ曰く紙に『透かし』を入れるくらいの技術力はあるようだ。
「……凄いな。けどまだまだあるぜッ! ハイ、まずその紙幣を両手で持って右に傾けてください。紙の端に偽造防止の蛍光塗料! おっと左下に同じ色で謎の文字が! 左の文字が数で右は単位を表します。そしてその紙を水平に近くまで傾けるとなんと『千円』は『1000』早変わり! 最後に右上をよーく見てみましょう。野口英世の頭髪から虹の如きカーブが描かれていらっしゃいますが、中には謎の文字が! 文字の意味はどうでもいい、重要なのはこの小さな文字を印刷できる技術力があるかどうかなんですねェ!」
だが、その程度は予測済み。千円札一枚に結集された、元いた世界の叡智を次々に解説していく度、セレーナはそれを試し『ふむふむ』と小さく頷いていた。
間違いなく効いている。
──凄い凄い、キヨシさんは物知りなんですね!
──いや、こんな知識あってもぶっちゃけ日常生活で役に立つこと全くないぞ。
──あ、あはは……。
実際のところキヨシの頭脳というのは、こういう特殊過ぎる状況にでも陥らない限り、役に立たないムダ知識を詰め込みまくった『ジャンク脳味噌』なのは否めない。
とはいえ、今このひとときにおいては間違いなく、役に立ったのだ。
「陛下。このセレーナが判断する限り、彼等の言い分も世迷い言と断ずることは難しいと思われます。この財布一つとっても、我が国では……いや、例えばヴィンツェストですらも再現の難しいものが詰まっていて……飛行機の件も含めて私事ながら、非常に興味深い」
「YESッ! 僕の世界の科学はなんとやらッ!!」
「もっとも──それで"信頼できる"とは、全くなりませんが」
「四席の言う通りだ。仮に本当に別世界から来たとして、だからどうしたというのだ? その世界の技術を売り渡すから、引き換えに亡命を認めろと?」
「うぐッ……」
そう、確かにここまではあくまでも『キヨシの素性』についての信憑性を補強する内容でしかない。これだけでは、今セシリオが言ったような捉え方をされても仕方がないのだ。
故に、ティナの本意はこの先にある。
「……そういう気持ちが、全くないとは言い切れません。それだけで仲良くできたなら、どんなに素敵だろうと思います。けれど、そういうやり方は恐らく、友好からはある意味最も縁遠い……"取引"であるとも思っています。そして、きっと『陛下もそう思っている』のではありませんか?」
「──ッ!?」
突然対話の相手を、議会全員から自分一人に絞られたからか、それとも図星だったからか。パトリツィアは明らかに動揺した。
「お聞きください。私たちはヴィンツェスト中央都から、彼……キヨシさんと共に紆余曲折を経た冒険をしてきました。短い旅路の中でも本当に色々ありましたし、その経緯もお望みとあらば、お話しします。価値観が食い違って、喧嘩したりしたこともありましたけど……それでも、どうにかこのアティーズに辿り着くことができました。全く違う世界の、文化はおろか文明すら共有していない人と信じ合って、助け合って……ここまでやってきました。人同士が理解し合うのは、きっと私たちが思っているよりも簡単なんじゃないかって、思うんです。今日一日で私たちの全部を信用しろなんて、言いませんし言えません。けど、私たちは今日会ったばかりの、『初めまして』の人。だから、これから少しずつ、分かり合いたい。私たちは──そのために、議会でお話しをしたいと思っています」
ティナは改めてパトリツィアに向かって一礼し、最後の一押し。
「『陛下は、いかがでしょうか』」
──そうか、そういう作戦……!
キヨシもカルロッタも、ようやくティナの本意に気付く。
今この場においては、いくら王女といえども、パトリツィアはただの議会の一員に過ぎない。しかし、それはあくまでも『体面上』の話。彼女自身に、少なくとも一定以上の求心力があるのは、ここまでのやり取りを見ただけでも十分に察せられる。ならば、パトリツィア一人を丸め込んでしまえば、周りも同調してくれる可能性は高い──
──とか、考えている内はまだまだなんだろうな。
セカイを通して伝わってくるこの感覚──温かな気持ち。キヨシは確信する。キヨシやカルロッタが"取り引き"の末にギブアンドテイクの関係を勝ち取ろうとする一方で、ティナは、真剣にパトリツィアたちと友好的な関係を築こうとしているのだと。作戦だとか、駆け引きだとか、そういう相手を出し抜こうとするような意図は一切なく、全く素のままで臨んでいる。キヨシが別世界からの来訪者であることを暴露したのも、今ティナが言ったような『別世界の人間とすら仲良くできて、アティーズの人と仲良くできないワケがない』という話の前提以上のことは、何もないのだろう。純真無垢、だからこそパトリツィアの心の細かな動きにも気付き、理解したのだ。
それができなかったキヨシは、やはりまだまだ"真人間"には程遠い。道のりは長く険しい、ということだ。
「……私は──」
ティナの見立て通り、パトリツィアは一連の話に対して何か思うところがあったようで、俯きがちに恐る恐ると言った様子で口を開く──が。
「心を許してはなりませぬぞ、陛下ッ」
人が集まれば、その中には必ずいるのだ。決して交わらない、平行線を往く者が。例えば、このセシリオのような者。
「ティナとやら、歳はいくつかな」
「えっ……」
「いくつか、と聞いているのだがね」
「……今年で、十二になりました」
「フム……では、そのような理想論ばかり並べ立てるのも、年相応と言えよう」
「ッ!?」
この一言だけで、ティナは理解した。『セシリオの心に、自らの声は全く届いていない』と。
「『現実を直視せよ』。先程陛下も仰っていたが……貴様らはヴィンツェストの国民。知らぬであろうな。陛下の両親が誰に、そして如何にして殺されたか!! ヴィンツェストの者に……あの"悪魔共"にだッ!!」
「あ……悪魔だなんて! 私たちは──」
「"責任"があるとは思わんかね?」
「え──」
次第に強まっていく語気に、ティナは気圧されていく。
「『四人の賢者』による国産み以来、我々は誰に迷惑をかけるでもなく、ただひっそりと慎ましく生きていた。そこに入り込んで戦争を起こし、民を殺したのは誰だ? ヴィンツェストだ。それに飽き足らず王を、妃を殺し、陛下を独りにしたのは誰だ? ヴィンツェストだ。国に難民が溢れているのも、未だに奴隷という身分の者がいるのも、それを王宮で使役せねばならぬのも全て……ヴィンツェストの悪魔共が起こした戦争のせいではないか。それをあっさりと受け入れたのでは、我が国民も納得すまい」
次々とセシリオより放たれる恨み節の一つ一つに込められているのは、決してその場の勢いだけではない憎悪。十五年という長いとは言えないまでも、決して短くない時の中で、怒りと憎しみに苛まれ、最早この男は相手がヴィンツェストの国民というだけで許せなくなっているのだろう。これまでのフェアな態度も、立場上いやいや着けている仮面に過ぎず、実の所は始めからキヨシたちを認める気など毛頭無い。そして、このセシリオを止める者もいない。一部の人間は眉をひそめつつも、ただ黙ってティナの心が弱っていくのを静観していた。セシリオの発言は感情論かもしれないが、アティーズの誰もが大なり小なり心中に秘めている事柄なのかもしれない。となれば、『国民』という大きい主語も、全くの見当違いでもないか。
こうなってしまっては、震えて俯くティナに太刀打ちする術はない。自分がヴィンツェストの国民というだけで、こんな展開になるなど全く想定していなかったのだ。
しかし、先を想定できていなかったのは、セシリオも同じだ。
「貴様らがアティーズの国民として、受け入れられる誰もが納得のいく方法があるとすればただ一つ。今この場で、貴様らの同胞による、"人殺し"の責任を──」
「今言ったこと……撤回しろ」
擦り合わせるような鋭い声で、キヨシがセシリオの言葉尻を斬り捨てた。
「『現実を直視せよ』」
──いけないか?
「そっくり返すぜ、お爺様」
──いや、これであのジジイに誰かが協調したら、もう目がなくなる!
「王を殺したりやらなんやら、コイツらはそんなヒデエことはやってねえ!」
──何より、許せねえッ!!
「言うなら殺した本人に言え! フザけるなッ!!」
去来する様々な感情。それらを冷静に処理しているようで、実際は恐らくセシリオと同じように、感情的に動いている。そんなことはキヨシ本人も分かっている。だが、言わずにはいられなかった。明らかな"義憤"が、キヨシを猛烈にプッシュしたのだ。
「……確かに、殺した本人ではないな。だが、同じヴィンツェスト国民として、責任の一端が──」
「やかましいッ!! おたくらがドンパチやってた頃、ロッタはまだガキだったし、ティナちゃんに至っちゃ生まれてもいませんよ。そんな人たちに、大人が勝手にやってた戦争の責任なんかあるもんか! おたくの方が、よっぽど現実見えてねえじゃねえですかッ!!」
「ぬぅッ……!」
キヨシの剣幕に、セシリオは押し返されていく。いや、剣幕だけにではない。キヨシの言うこと自体は至極当然だったからだ。いくらヴィンツェストとアティーズの関係が劣悪だからとて、それはあくまでも十五年前の戦争に端を発するものだ。その十五年前、二人がアティーズに対して不都合なこと、もしくは嫌われるようなことをしたのか? 無論、答えは"NO"だ。片や子供、片や生まれてすらいないでは、議論にすらならないだろう。ヴィンツェストの国民を好く嫌うは勝手だが、セシリオの論調は姉妹のような罪のない人間にまで、代償を支払わせようというもの。キヨシは、それが承服し難かったのだ。
とはいえ、これはあくまでもキヨシがヴィンツェストにもアティーズにも属さない第三者故に、俯瞰して見ることができたからこその意見に過ぎない。キヨシはそこの所も理解はしていた。
「……いや、いい。俺も戦争なんか経験してないから、知ったような口を利くべきじゃない。俺はヴィンツェストの国民じゃねえし、戦争の話を聞いても『気の毒だな』とか、そういう他人事みたいなことを思うだけだ」
「では何故、そうも激昂する?」
「決まってら……おたくがどういう思想を支持してようと勝手だし、知ったこっちゃねえ。それに、俺がどんなに罵られようが『言わせておけばいい』で流してやるが……おたくは、俺の友人たちを明確に、そして公然と侮辱した!」
しかしキヨシにとって、少なくとも──ティナやカルロッタは"他人"とは言えない。
「取り消すのなら、ここで止まるが……さもなくば『言わせておけばいい』なんて話では済まねえッ!!」
一歩、また一歩と、キヨシがセシリオに向けて歩を進めていく。セシリオはまるで意に介した様子はない。キヨシは手錠をされているし、魔法を使ってくるような気配もないからだ。
しかし、セシリオは気付いてはいなかったのだ。キヨシを縛る手錠の鎖が、すでに半分ほど切断されていることに。そしてその断面に輝くのは、真っ白なソルベリウム。このままセシリオが頭を下げなければ──その時だった。
「──ッ!?」
背後から服を引っ張られるような感覚に襲われて、キヨシが振り向くと、ティナがキヨシのワイシャツを摘んでいた。動機は理解できる。キヨシの行動は、身内を侮辱された怒りからのものだったが、大局的な目線で言えば、褒められた行為ではない。止めようとするのは、自然と言えば自然。
しかし明らかに、ティナの手に籠もる力──キヨシを引っ張る力が弱い。『何がなんでも止める』という気概を感じられない。何故か。その理由は、ティナの様子を見てすぐに察した。
ティナは涙を一杯に溜め、顔を紅くして歯を食い縛っている。そして、オリヴィーで燃えた服の代わりに着ている粗末な服の下で、白い炎が切れかかった電球のように瞬いていた。服の下にいろと命じられたドレイクだろう。ティナは何も言わない。『やめて』だとか、『私は気にしていない』だとか、そう言えば、キヨシも一考するだろうに。その理由は唯一つ。
「──────」
無言の隙間から漏れる、静かなる怒気混じりの呼吸。当然だ。ティナとて同じように『悪魔』と罵られたのだから。いや、きっとティナも自分がどう言われようが構わないだろう。しかし、姉が謂われなく侮辱されるのは、絶対に許せない。
そう──ティナも、本当はキヨシを止めたくない。むしろ、一緒になって好き放題やってやりたい。そういう気持ちなのだ。
「キヨシ……大丈夫、大丈夫だから」
「女性を、あまり悲しませるものではないよ」
キヨシの双肩に、後ろにいたカルロッタとマルコの手が置かれる。カルロッタの方はともかく、マルコは恐らく職務として、キヨシを止めに入っているのだろうが、それならば口を利く必要はない。それだけ、思う所があったということだ。
「ぐッ……~~~~~~~~ッッッ!!」
唇から血が滴る。悔しい──という言葉すら生温い。あの畜生を前に、矛を収めなければならない。だが、それはティナも同じ。しかもティナはちゃんと我慢しているのだ。
【きー君、こらえて】
セカイすらも、自制を促す。ならば、キヨシが我慢しないワケにはいかないだろう。
キヨシは溜息を一つ吐き、脱力したように片膝を付いて頭を垂れ、
「……申し訳、ありません。激情に駆られ、議会を中断、させる……などッ……しかし、しかしッ!! あくまで、俺個人の独断です。何卒……何卒…………ッ!!」
許し難い相手に頭を垂れ、許しを請う。屈辱的、と言う他ない。自分を客観視してみると、余計に情けなく感じた。だが、それが必要だというのなら、プライドをかなぐり捨てて我慢する──ティナのように。それを今日、キヨシは覚えたのだ。
「……そんな寸劇で"情"に訴えようという腹か? くだらんな。そしてマルコ・フライド。余計な口を挟むんじゃない」
「……申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
「ぐッ……」
しかし、これでセシリオと一行の溝は決定的になったと言えるだろう。対話の機会は永遠に失われた。
「……話を聞く気も失せてくる。やはり聞くだけ無駄だった。何事も話を聞いてから……そういう認識そのものが、甘かったか──」
「待てッ!!」
呆れ返るセシリオが手厳しい言葉をキヨシに浴びせるのを、今度はパトリツィアが遮った。
「二席……先程、貴公に遮られた私の所感を、皆の前で述べる。構わないな?」
「……無論でございます。陛下もまた、議会の一員なのですから」
「感謝する」
軽い謝辞を述べると、パトリツィアは最奥の席から立ち上がり、皆に宣言するように語り始める。
「まず、前提として……これから話すのは、アティーズの王女という立場のものではなく、アティーズ中央議会の『パトリツィア・レ・アティージア』個人の意見である、ということは強調させてもらう。率直且つ有り体に言えば……ティナ、そしてキヨシの発言そのものには、それなりの説得力を感じた」
「──ッ!?」
パトリツィアの明らかにキヨシたちの肩を持った発言に、セシリオは動揺を隠しきれていなかった。
「確かに、彼女らのような年若いヴィンツェストの子らにまで責任があり、まして"我々"がそれを問えるなどとは、とても思えない。第一、戦争の責任ならば、先代の教皇を断罪したことで払わせたはずだ。責任を言うのならば、最低限彼等のような罪のない無垢なる子らとは、可能な限り友好的に接しようと務めるのが、未来を担う我々の責務ではないか? 恨みを忘れろとは言わないが……」
「し、しかしながら陛下! 現実に……特にこのキヨシは、私に向かって来て──」
「先に挑発したのは貴公ではないか。それが分からない貴公ではあるまい?」
反論をバッサリと斬り捨てられた上、そうまで言われてしまってはさしものセシリオも黙る他ない。
「……つまり。陛下としましては、『彼等の亡命を認めたい』と……そういうことでございますか?」
「そうとも言えない。貴公の懸念もまた、もっともな話だ……故に。まだまだ話を聞く余地はあると判断している」
「私も賛同します。キヨシの行動は愚か、と言う他ありませんが……まだ二席の言うように、"聞くだけ無駄"とまでは思いません。個人的に興味もありますし」
セレーナも『キヨシが愚か』という点に関してはセシリオに同調しながらも、パトリツィアの意見に賛同する姿勢を見せる。
だが、皆分かっていた。その愚かと評されるキヨシの行動はパトリツィアの心に間違いなく響き、突破口を開いたことは間違いない。
"愚か"かもしれないが、少なくとも──セシリオが言うほど、"くだらない"なんてことは、断じてなかった。
「異議のある者?」
「「「異議なし」」」
「セシリオ、お前はどうだ?」
「……いえ」
若干不服ながらも、周囲がそう言うならば同調せざるを得ない。議会制のいいところでもあり、悪いところでもあるが──キヨシたちにとっては好都合。
「議会を続けよう。ではまず……貴公等の軌跡、その旅路の経緯をお聞かせ願う。よろしいか」
「は……はい! よろしくお願いします!」
一行は顔を上げ、今再び議会に向けて対話をする心構えを固める。
と、その時。
「……キヨシさん」
「──────」
「ありがとう、ございます」
「……え?」
窘められる、或いは怒られると思って身構えたキヨシだったが、逆に礼を言われて困惑した。
【にッしッしィ~、照れてンだァ~~~~】
──照れとらんわ!!
【でも、さ。本当にカッコよかったよ? もちろん、我慢したトコも含めてね】
──うー……ん。
ただ間違えてはいけないのは、キヨシの行動そのものは褒められたことではない、ということ。動機が『ティナとカルロッタの名誉のため』だったということ。あくまで矛を収めたこと──『成長した』ということ。ティナが感謝し、セカイが称賛したのは、そういうところなのだ。
イマイチ納得がいかず、しかし伝えられた感謝の気持ちを無碍にもできず。キヨシは困り顔で頭を掻く。
──俺の方こそ……"労い"を…………ありがとう。
ようやく捻り出したのがこの台詞。
ティナは微笑み、錠のかけられた手でキヨシの口元を滴る血を拭う。キヨシはそれだけで、救われた気がした。




