第三章-2『聴取』
「俺の名はキヨシ……牢屋に捕まっちまったぜ。やれやれだぜ」
「誰に向かって話してるんだい?」
キヨシが檻の中で、今現在置かれている状況を虚空に向かって説明するのを見て、外の青年は怪訝な顔をする。
「誰にも。この台詞が抜群に合う状況なんて、この機会を逃したら一生巡ってこなさそうだからな。是非言ってみたかったんだよねェーッ」
──ソルベリウムを手錠や鉄格子に割り込んで生成させれば、脱出は簡単だが……印象が悪くなるだけだ。よっぽど追い詰められない限りは、大人しくしてねえと……。
とぼけた口調で青年を煙に巻く裏で、キヨシの頭はフル回転していた。
現状、キヨシの右手の力はアティーズの人々には悟られていない。この事実が恐らく、キヨシ一行にとっての鬼札と成り得る。そうやすやすと切る手はない。第一、脱獄なんてしようものなら相手の心象にも関わるというもの。
ここは何もせず、ただ見に回るべきだ。
「で、看守さん。俺が牢屋に入るのはいいとして、連れの姿が見えねえのはどういうこったい」
「ここは牢屋ではなく、兵士用の軽い懲罰房さ。別に何かしたワケでもない人間に、罪人と同じ扱いをするなんて、色々と問題だろう? 随分酷い怪我人でもあるようだしね。それと、僕も看守じゃない。本来の持ち場はここじゃないのさ」
言われてみれば確かに、青年はこの世界の文化でいう"看守"というにはどこか小綺麗な身なりをしているように、キヨシは感じた。間違いなく偏見だろうが。
「……しかし、こう言っちゃ悪いけれども。おたくに怪我人を案ずる優しさの類があるなんて、思いませんでしたよ」
「心外だな。今こうしているのも、あくまで業務上こうせざるを得ないというだけの話だ。僕とて、人の心くらい持ち合わせて──」
「俺たちが来るのを分かっていて撃墜したくせに?」
「──ッ!」
キヨシが不意打ちで浴びせた推理に、青年は明らかに動揺した。
「何故、そう思うんだい?」
「普通に考えれば当たり前の話ですよ。おたくがどういう魔法を使うか分かりませんけど、俺たちが乗ってきた乗り物は、航空力学ってヤツにある程度則って、結構な速度で飛んでたんだ。それをドンピシャ撃ち落とすなんて、待ち構えていた以外に有り得んでしょう。ゲーム脳に冒されてると、危うく見落としそうになっちまう……あなた方がどういう経緯で我々の来訪を予見したのか、非常に興味があるんですがね?」
「……君たちには、本当に驚かされるな。何かの機械で空を飛んでやってきて、こちらの動向をそこまで見抜いているとは。だがその推理はほんの少しだけ、事実と相違がある」
「ん?」
「その辺りは、その内分かるとして……そこまで分かっていながら、こんな態度を取られたのでは癪だったろうね。すまなかった」
「……それは、まあ。いや、そこはどうでもいい。お騒がせしたのは事実っスからね。けど、俺の連れ──あの姉妹に手荒な真似してないでしょうね」
「え? あの二人、姉妹だったのかい?」
青年がこんなことを口走るのも無理はない。ティナとカルロッタは姉妹ではあるが、血の繋がりは全くない故に、外見は全く似ていないのだ。
とはいえ──何も知らないとはいえ。二人を取り巻く実情を知っているキヨシの表情の端から、隠しきれない不快感が滲み出る。青年はその辺りを感じ取ったのか、ばつが悪そうに目を逸らした。
「……まあ、安心したまえよ。年端のいかない子もいることだし、女性の扱いは女性に任せ、丁重に対応させてもらってるよ。もうしばらくしたら、今日中に会えるはずだ。もっとも──」
淡々と語る青年の顔つきは、さらにばつが悪そうになっていく。ここから先、我々が受ける仕打ちを思ってのことではないか、とキヨシが疑っていると、青年はそれらを振り払うかのようにふうっと息を吐いて、
「その時は手錠つきで、"陛下"の御前だが、ね──あ、コラ!」
「ん?」
足下に落ちる青年の視線を追っていくと、鉄格子の隙間をするりと抜ける、愛らしい小さな獣が視界に入る。
「みゃーっ」
「……猫?」
──────
「手錠かけられて、目隠しまでされたときにゃどうなることやらと思ったけど……まさか、お茶まで出るとは」
「飲まないの?」
「飲めるか! 何入ってるか分かったもんじゃない……って、食うな食うな菓子を!」
「メチャうまー! 超絶品だよォこれはーッ!」
「な、泣く程か? つか、食うにしても行儀悪過ぎ! クッキーのジャムを舐め回すな! ドレイクもセ……ティナを止めてよ!」
「えーッ、面倒クセェーッ」
「ったく、どいつもこいつも……」
一方その頃。カルロッタとセカイはキヨシとはまた別の場所に通され、目隠しを解かれると目の前に用意されていた茶と菓子に面食らっていた。カルロッタは一服盛られている可能性を考慮して、それらには一切手をつけなかったが、セカイは感涙しながら菓子をもさもさと貪っている。なお、ティナは気絶しっぱなしだ。
「応接間よね……どう見ても」
手錠はかけられっぱなし、監視の目がすぐそばにあるとはいえ、受けた対応はカルロッタの想像を大きく外れていた。
「そんなに警戒しなくても、何も入っておりません。強いて何か入ってる、とすれば──」
未だ警戒を解かないカルロッタの背後から女性がスッと近寄り、カルロッタの前に置かれた紅茶をくいっと飲み干した。『毒は入っていない』と言いたいようだ。
「おもてなしの真心、でしょうか」
「誠、恐縮の至りでございます」
「ンー! ごっつぁんデス」
──ティナの身体で変な喋り方すんな!
親指を立てて菓子の味を称賛するセカイを内心毒づくカルロッタだったが、余りにも美味しそうに食べるセカイを見て、結局口をつける。クッキーは美味しいし、紅茶の香りも相性抜群だ。
「……そちらの方は、『ヴィンツェストの良い所』の出身のようですね」
「──! どうしてそう思うの?」
「今、お召し上がりになった際の細かい所作。良き教育と躾を受けた証拠ですが、あまり手慣れてはいないところを見ると、言ってしまえば『他所行き』のために学んだ作法。恐らく、普段はそこまで礼節を気にしてはいないのでしょう。重要なのは、その作法からおよそヴィンツェストの風土が見て取れること。さて……ヴィンツェストの国民が、遠路遥々この島国に如何様な用事で?」
──おッそろしい女ね……。
フィデリオの教育の賜物──ヴィンツ式の礼儀作法だけで、ここまで読み取れるものかと感心半分、恐怖半分といった複雑な心地になる。
カルロッタの方へと寄ってきたこの女性──カルロッタのちょっとした挙動から、完璧なプロファイリングをキメたこの女性こそ、真心のこもったおもてなしと称したお茶菓子を用意した女性だ。今自分たちがいる場所がどういう場所なのかは定かではないが、見たところ『大きな家の使用人』といった印象を受ける。だが無論、ただの使用人でないことだけは確かだ。
「逆に聞くけど……その国を騒がすヴィンツから来たヤバイ奴ら相手に、なんだってまたこんな対応?」
「別に、国は騒いでおりません。あくまで貴女方の存在を知るのは、国防兵と陛下を含めた王宮の高官のみ。この応対に関しましては、まあ……正直に申し上げれば、『反応を見ていた』といったところ。毒を警戒するということは、それなりの立場の人間である──と推察致しますが。あなた方は、どのような?」
「ヘイヘイ、メイドさん。人のこと聞くんなら、まず自分から!」
「ティナ!」
「いえいえ、もっともなお話です」
女性はセカイの要求に応え、スカートの裾をつまみ所謂『カーテシー』の所作をとった。
「ジーリオ。ジーリオ・アレマンノと申します。立場の話をするならば……『王宮の使用人』、そして『王女の侍女』、といったところでしょうか。以後、お見知り置きを」
「ジーリオさん、ね……ん? "王女の"……!? アティーズの王族は、前の戦争で一人になったって聞いてたけれど、ひょっとして……」
「ええ、その王女様──陛下と各分野の頂点で構成される議会によって、国を治めております。何せ、陛下はまだまだ年若い身でございます故」
「てゆーか! 貴女が王族に仕えてるってことは──」
「お察しの通り。ここはアティーズの王宮──この国の頂点であり、中心でございます」
「オイオイ。俺たちが自分で言うのもアレだが、そんな大事な場所にこんな得体のしれない奴等、普通連れ込むか?」
「申し上げました通り。全て議会による決定でございます」
カルロッタは愕然とする。なんと今自分たちがいるこの場所こそ、アティーズという王国のトップがいる場所だったのだ。普通に考えれば、一行のような不審者を通して、しかもまるで歓待するかのような応対をするなど理解に苦しむが、その辺りをドレイクがツッコむと、どうやらこれで筋書き通りなのだという。
だが、これでハッキリした。アティーズ側が、キヨシたちがやってくるのを知っていたのは決定的だ。となれば当初の予定通り、下手な嘘を吐いたりはしないことだ。少なくとも、相手がこちらのことをどこまで知っているのか分からない内は。
「私のことはお話致しました。それでは、貴女方のことを」
「私たちの身の上話ってなると、ヴィンツェストからの亡命希望者ってなるわ……です。アタシはカルロッタ。そんでこの子は、妹のティナ」
「はいはーい、ティナちゃんでー……!」
頭の悪そうな自己紹介を始めるセカイを、いよいよ持ってカルロッタが眉間にシワを寄せて睨みつける。これ以上、ティナの品位に関わるような真似は許さない、ということだ。当然セカイはそれに気付き、素直にそれを聞き入れる。
「オホ、ン。初めましてです、ティナです」
「俺ちゃんはドレイク様だぞッ!」
「ドレイク様です、ハイ」
──お、おどれらァ!
本人としては頑張っているつもりだろうが、ぎこちない敬語表現にカルロッタは呆れ返った。カルロッタもかなり取って付けたような敬語を喋っているが。
「カルロッタ様、ティナ様、ドレイク様様、と……お連れ様は?」
「馬鹿にしてんのかテメエーッ!!」
「ええい、だァーッてろトカゲ!……連れの名前はキヨシ。アタシの研究材料よ」
「キヨシ……私よりも、風変わりなお名前ですね。して、研究と申しますと?」
「アタシ、考古学者志望ね。ヴィンツェストで白い目で見られるのに嫌気がさして、アティーズの国民になりに来たってワケ……です」
「考古学。なるほど、マルコの報告にあった空飛ぶ乗り物は、研究成果……というワケですか」
「マルコ?」
一人で納得した様子のジーリオの発言に、知らない人の名前が出てくる。物知りた気な顔をする二人と一匹を見て、ジーリオは『あら、いけない』といった風な仕草をした後、
「『マルコ・フライド』。あなた方を連行した青年ですよ。今は、お連れ様の収監場所にいらっしゃるはずです」
「収監……? ちょっと待ってよ! きー君、牢屋に入れられてんの!? ザケんじゃないこの──もががッ!」
「あーもう、ウロチョロすんなら黙ってなさい!」
『聞き捨てならぬ』と暴れ出す寸前のセカイを、カルロッタが羽交い締めにして抑え込む。『騎士団長の手管』をみだりには使わなくなった辺り、少しはセカイも成長したといったところか。二人がどういう関係か知らないジーリオは、そんな二人の様子に穏やかな微笑みを浮かべた。
「ふふ、仲の良い姉妹ですこと。それはともかく、妹様が想像なさっていらっしゃるような、手荒な対応は断じてしておりませんので、どうぞご安心くださいませ。今後の展開次第では、怪我の治療にも協力させていただくやもしれませんので」
「……? どーいうつもり?」
「と、言いますと?」
ジーリオはカルロッタの意図するところを測りかねている様子だが、カルロッタからすれば、ジーリオの言っていることは最初からよく分からない。それは、隣で聞いているセカイやドレイクも同じだ。
「アタシたち、もう辞めるつもりとはいえ、ヴィンツェストの国民よ? 非積極的な受け入れどころか、そこまでしてくれるなんて……ウマい話過ぎて、逆に不気味よ」
「私も、そう思いますわ」
「は?」
「ただ、繰り返しになりますが。此度の対応は全て、議会による決定の下にさせていただいております。唯一決まっていないのは、『貴女方の最終的な処遇』について」
「生きるも死ぬも、今後次第……って、言いたいワケですね」
「恐れながら、その通りで──あら?」
足下に落ちるジーリオの視線を追っていくと、愛らしい顔を尖らせて、ジーリオに向けて威嚇する獣が、カルロッタたちの視界に入る。
「フギャーっ!!」
「……猫?」
「猫ッ!?」
【あ、身体とられちゃった】
そこに猫がいると認識した瞬間、ティナの意識は急速浮上した。
冒頭の挿絵には元ネタがあるパロディであることを、ここに明記します。というか八割がたトレースです。本当にすみません。詳細は活動報告にて記載しますので、こちらへ。
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