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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-1『出オチなんて最低』

「……ああ。ここまで本ッッッ当に、長かったなあー……」


 飛行機の最前席にて、カルロッタはこれまでの短くも過酷な旅路を思い、深い深い溜息を吐く。


 キヨシが目覚め、そこから更に飛行すること数時間。カルロッタが操縦する飛行機は、目標たる島の影を捉えた。


「見えたぞ、アティーズッ!!」


 一行はついに、アティーズへと至ったのだ。


「やった……ついにやったぞ! 国の風潮、家族の反発、騎士の追跡に空賊その他と色々あったけど! めげずにやってきた甲斐があったってなもんよ! あーもう、涙出そ──」


「はいティナちゃん"UNO"って言ってないィィィーーーッ!!」


「……あ?」


 感無量、といった心地でくっちゃべるカルロッタの後ろの座席から、激しく空気を読まない叫び声が大空に響き、カルロッタの全身に漲っていた活力は抜けていく。


「ちょっ!? キヨシさん、言う時間くれないじゃないですかぁ!」


「負けが込んでっからって、ガキ相手に恥ずかしくないのかねぇー、このクソ白髪は。大人げねぇでやんの」


【ティナちゃん、代わって代わって! きー君やっつけるから!】


「王様と相棒みたいなムーブやめーやあぼッふ!」


「キヨシさァーんっ!?」


 風の魔法による周囲の気圧制御能力が向上し、操縦席周りが無風状態が保たれているのをいいことに、ソルベリウム製の分厚いカードでゲームに興じるキヨシの脳天へと、カルロッタの鉄拳が振り下ろされた。


「見えたっつってんだろがアホ共ォ! 何やってんだテメエら!」


「俺の故郷における、由緒正しき決闘手段だ♨」


「やかましゃアァァ! いいから着陸に備えんかい!」


「それはいいんだけどよ」


 かち割られかかった頭をさすりながら、キヨシは真剣な面持ちでカルロッタの方を振り返る。


「どうやって入国するつもりだ? 普通に堂々と入って、正規の手続きをするつもりなのか?」


 そう、キヨシの言う通り。これから一行はアティーズへと入国するワケだが、ただそれだけでもいくつかの障害が予想される。


 まず、明らかに入国方法が正規ではないこと。キヨシが言うように、仮に手続きなりなんなりをして入国するにしても、今キヨシたちは航空機という、誰も所有していないものでアティーズに近付いている。普通の人々がアティーズへ入国する場合は、船舶を用いているのだ。そしてさんざっぱら話題に上がっている事柄だが、ヴィンツェストとアティーズは非常に仲が険悪だ。キヨシたちがヴィンツェストからの来訪者であると一目で見抜かれる可能性は低いにしても、懸念材料の一つには十分成り得る。


 が、そんな懸念や疑念がのしかかる重い空気を、カルロッタは『だからどうした』とでも言わんばかりに笑い飛ばして、


「当然! アタシゃアティーズでは清廉潔白に生きるんだから」


 ──どの口が言うんだこの女……。


「取り敢えず、入国自体はアティーズの国土のどっかしらに着陸して、身の振り方はそれから考える」


「俺たちがヴィンツから来たことはどうする? 黙ってるのか?」


「いや。そこを隠してもしょうがないし、嘘ってのは後でバレたときが一番ヤバイからね。で、この飛行機に関しても隠し事とかはせずに、全部詳らかにするわ。アタシたちしか所有してないブツだから、案外恩を売れるかもしれないしね」


 確かに、理屈は理解できる。ヴィンツェストの国民だったのを隠したとして、後々何かの拍子に露見すればどんな言いがかりをつけられるやら、分かったものではない。飛行機に関しても、現在技術を独占している状態故、これをアティーズの偉い人やらにそっくりそのまま渡してやれば、『技術の発展に寄与した』という実績から信頼を勝ち取れる可能性は高い。


「うーん、『国土に着陸してから』って簡単に言うけど、上手くいくかな……」


 しかし、それを聞いて理解した後でも、ティナの面持ちはどこか暗い。入国する以前の問題が残ったままだからだ。


「あー? 何を心配──」


【言えてる。だって十数年前まで──】


「ちょっと待て、被ってる被ってる」


 ティナの中にいるセカイと、カルロッタが発言するタイミングがもろ被りして、キヨシとティナの頭をくらりとさせる。カルロッタにはセカイの声が聞こえていないため、時々こういうことが起こるのだ。


「何、セカイが喋ってんの? 脳ミソで喋ってないで口動かせや」


【えー、面倒くさーい】


「あはは……め、面倒だって」


「面倒なのがセカイかこっちかの話なんだケドォ……で、何?」


【だってほら、少し前まで喧嘩してたんでしょ? 近付いてくる物体なんか、即! 撃ち落とされる気がする】


「セカイさん、撃ち落とされないか心配なんだって。確かに……」


「まっさかー。いくらなんでもそこまではしないってェ~。仮にそうしようたって──」


 キン、と高い音が聞こえたかと思うと、一瞬だけふわりとした浮遊感を覚えた後、飛行機は急速に落下を始める。ゾッとして恐る恐る三人と一匹が背後を見やると、『そこにあったもの』がなくなっていた。


 尾翼だ。尾翼部分がごっそりと、あたかもその部分だけが消滅──いや、切断されたかのような綺麗な断面を残して、なくなっていたのだ。その断面は下前方から空に向けてと見られる形状。そして、前方にはアティーズ──何がどうなっているかなど、明白だった。


「……その『まさか』じゃねーかクソッタレ!! どーすんだロッタこの女ァ!!」


「るッせェェェーーー!! アンタこそ、この飛行機の技術担当だろが!! こういうときどうするか考えてよ!!」


「俺は墜落現場の調査にしか詳しくないの! 俺を頼るなら墜ちてから頼って♡」


「ヒィイイイイィィィああああーーーーーーーッ!!」


「皆、落ち着いて……あーもう! 喧嘩は無事に降りてから──」


 片や喧嘩を始め、片や高所恐怖で恐慌するというパニック状態に陥る機内で、一人冷静だったティナが声を荒げて頭を冷やすように訴えたその時。


「──くひぃッ!?」


【熱ッ!?】


「ぐげァッ!?」


 ティナの口から絞り出すような声が漏れ、ドレイクの口から閃光と共に炎が爆発的に放出され、半壊した機体は急加速。落下軌道が前方へと大きく変わった。


「と、取り敢えずこれで国土までは到達できるか」


「よっしゃ! ナイスティナちゃん!」


「へ? あ、今のはその、違──」


「風のチャクラで、できるだけ安全に"墜落"させる! 軽傷で済むように備えなさい!!」


 ティナが何かを言おうとするのも待たず、状況は動き続けていた。カルロッタが叫ぶように呼びかけ、ドレイクが住処のカンテラに戻ったのを確認すると、高度がどんどん落ちていく飛行機の台座に手をかざし、風のチャクラを全開にして備える。


「墜落は何回も経験してるんだ! 任せなさいッ!」


「頼もしいけど頼もしくない!」


 何に備えているかなど、問うまでもない。


「ぐァァァああああッ!!」


 墜落する瞬間、今この一時だ。


 機体がアティーズの海岸部分へと衝突し、搭乗している一行が投げ出されるその瞬間、全開にしていたチャクラが発生させた風がキヨシたちを包み込み、クッションとなって身体を守る。当然、この風はカルロッタの意思。カルロッタは機体の保護は完全に投げ捨てて、全員を守ることを最優先としたのだ。


 それでも『完璧に』というワケにもいかなかったものの、なんとか"軽傷"で済んだのだから儲け物といったところだろう。それと引き換えに、飛行機の方は原型を留めない程に破壊し尽くされてしまったが、危うくキヨシたちがそうなっていたと考えるとゾッとする。


「痛ッ……た、助かった。皆、大丈夫ですか!?」


「ああ、どーにか……ッ!! ロッタ!」


「分かってる!!」


 安心も束の間。ブン、と低い音が連続して響き渡り、こちらに近付いてくるのが聞こえるとキヨシとカルロッタはすぐに立ち上がり、音のした方に向けて半身の姿勢で身構える。音はどうやら空、特に現在太陽が登っている方向──西の方から聞こえているようだ。


 ──なんだ? なんの音なんだッ!?


 キヨシは音の正体を見破ろうと、自分のこれまでの経験や記憶の中から一致する音を見出そうとするが、生涯で聞いてきたどの音にも該当しない。それ即ちこの異世界特有の存在が発している音、ということになる。


 しかし、その予想は外れていた。太陽をバックにぐんぐん大きくなっていく黒い影は、キヨシが、というよりもキヨシが住んでいた故郷の人間にとって、非常に馴染み深いシルエットだ。キヨシは一目で正体を看破できた。


 それは、赤みがかった黒の体色に六本足、一対の大顎を持つ、『カブトムシの好敵手』。


「ク、"クワガタ"ッ!!?」


 クワガタムシが、その刺々しい大顎をいきり立たせて突進してきていたのだ。相手がクワガタ、というのは些末事。問題は、それが通常の四、五倍──より分かりやすく言えば、そこそこ離れた距離からでも羽音が聞こえる程のサイズのそれが、明らかにキヨシたちに対して敵意を持って、襲いかかってきている、ということだ。


「ク、クソッ! 結局こうなるのか──痛ッ!?」


 クワガタムシを迎え撃つべく、キヨシは腕を上げて身構えるが、その瞬間肩に刺すような鋭い痛みが走る。どうやら、『リハビリが必要になる』という話は本当のようだ。


「ふんッ!」


 並び立つカルロッタはそうなることを予見していたらしく、大地を強く踏み鳴らして土の遮蔽を構築した。しかし、墜落してきたキヨシたちを追跡してきたということはつまり、飛行機の尾部を破壊したのもこのクワガタムシと推測できる。即ちその威力は抜群、ということ。咄嗟に作った土壁など、触れただけでバラバラにされて、容易く突破されてしまった。が、突破されるその瞬間、確かな隙が生まれる。


「クワガタには、"これ"とッ!!」


「ギッ!?」


 その隙を突いて、深く屈み込んだキヨシの左拳によるかち上げが、クワガタムシの顎にクリーンヒット。


「相場は決まってんのさ!」


 クワガタムシは回転しながら、ティナの頭を掠めて背後に飛ばされていくが、相手が空中にいるのも相まって手応えはあまり感じられない。その証拠に、クワガタムシは空中で体勢を立て直して、再びキヨシたちへと向き直った。


「なんなんだよ、あのデカイの! つーかクワガタのくせにホバリングしてるし! この世界のクワガタっつーのは、どいつもあんななのか!?」


「そんなワケないでしょ!」


 やはりというかなんというか、あのクワガタムシのサイズはこの世界においても異常なようだ。しかし、カルロッタにもアレが何なのか分からないとなると、攻略はかなり厳しくなる。大きいとは言っても人間と比べればそう大したことはないが、あのパワーは侮り難い。下手を打てば何が何やら分からない内に、この場で全員八つ裂きだ。


「はふん」


「ッ!? どうした、ティナちゃん?」


 と、ここでキヨシたちの後ろにいたティナが、とても間抜けな声を上げてドサリと倒れる。


「むむむ虫おっきな虫さんがががわわっ私の亡骸はどうか故郷の大地にぶくぶく……」


「うぎゃアアアーーッ!! しっかりしろティナァーーーッ!!」


 オリヴィーにいた頃にも聞いていたが、ティナは大の虫嫌い。それはクワガタムシのような、キヨシの主観ではカッコいいと言えるものでも例外ではなく、それが頭を掠め飛んでいったショックでブッ倒れてしまったようだ。ドレイクが必死に身体全体を使って、ティナの顔面をペチペチと叩き気つけを試みると、


「……はッ!? きー君大好き!」


「ヤベえぞ! ティナ頭打ったっぽい!」


「ドレイク君酷ーい!」


 開口一番の愛情表現。ティナが気絶し、身体の主導権がセカイへと移ったのだ。


「で、今どうなってんの? なんか降りた直後辺りからティナちゃんの意識がゴチャゴチャしてて、私もちょっと記憶が──わ! デッカい『ミヤマ』じゃん、カックイイ!」


「虫博士かよ」


「私は『ギラファ』が一番好きなんだけどね。あの殺人的なハサミの形状ったら──」


「言ってる場合か!」


「きー君はどお?」


「聞けや! ちなみに『ブルマイスター』!」


 セカイはティナとは逆にクワガタムシには目が無いらしく、空のクワガタムシを一目で『ミヤマクワガタ』であると断定し、目を輝かせる。こちらを見ているクワガタムシの目は、キヨシからすると呆然とも冷ややかとも取れるような目をしているように感じたが。


「戻るんだ、ブルーノ」


 そうして気の抜けた睨み合いを続けていると、突如聞こえてきた男性の声に反応して、クワガタムシはゆっくりと降下を始め、内陸側から歩み寄ってくる双剣を携えた青年の眼前で静止した。


「相手方の正体も分からない内から、突っ込むものではないよ。ブルーノ」


「はい……誠にすみませぬ……」


「次から気を付けろよ。海の方に連絡頼む」


「承知致した……」


 ──喋った! てことは……ドレイクと同じ"精霊"!


 青年からブルーノと呼ばれるクワガタムシは、青年の苦言を聞き入れて丁重に謝罪し、海岸に沿って飛び去っていく。


「……間もなく、海路を張っていた国防兵たちがこちらに駆けつける。変に抵抗はしないで欲しいな」


「しないよ。おたくぜってえ強いもん」


「お褒めに預かり恐縮の至りだ。そちらのお嬢さん方も含めて、同行してもらうよ。いいかい?」


「分かってる。けれど、その前に言っておきたいことが一つあるんだけど……」


「一応聞く。なんだい?」


 青年はやたらとフレンドリーに声をかけてきたが、キヨシの方はあくまで警戒を解くことなく、しかし素直に従うことにした。キヨシが仕切っていることに何か言いたげなカルロッタを手を挙げて制しつつ、キヨシは真剣な面持ちで、


「俺たちは……"敵"じゃない」


「……それを決めるのは、僕の役じゃないな」


 それでもと、キヨシが一縷の期待を込めて放った一言も、青年はオブラートに包んだ言い回しで切り捨てる。


 クワガタムシのブルーノが飛んでいった方から、幾人もの鎧を着込んだ男たちがすぐそこまで迫っていた。

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