第二章-65『終焉─私たちの英雄─』
「ティナさん。お姉様の固定、完了しました! 動力のソルベリウムを」
「はい、ありがとうございます」
ティナはリオナから緑のソルベリウムを受け取り、台座にはめ込む。機体に光の線が走り、飛行待機状態に入った。
あとは、機を待つのみ。
「ドレイクは私の身体にくっついてて。リオナさんは中央座席に搭乗してください。操縦は……私がやります」
「可能なのですか?」
「はい。仕組みは製作中に何度も聞きましたし、魔法で制御しているので、直感的に動かすことができます。『ティナが操縦』」
「……了解しました、お任せします。『ティナさんが操縦』」
【あっ、カッコイイ! 私もやりたかったなー、『アイハブコントロール』みたいなヤツでしょそれ!】
操縦席にてティナが形式的な意思伝達を行っていると、脳内からセカイが茶々を入れてきた。浮ついた態度に少しムッとしたティナの心情がダイレクトに伝わったが、それでもセカイは『くふふ』と笑う。
【大丈夫、気を張らない方が上手くいくよ。そんなにムッとしなくても、きー君のピンチに颯爽と登場する王子様役は、ティナちゃんに譲ったげるって。目覚めのキスは、譲らないけど!】
──そういう意味じゃ……え、王子様? キキッキッキッキッ、キス!? ダダダ、ダメですよ!? 私の身体なんですからっ!
【あっはっは!! キスくらいで動揺し過ぎだって!】
──し、したことあるんですか?
【イヤ全然♨】
──なんですかそれぇ! もう……フフっ。
【およ?】
またぞろ緊張で固くなったティナの気を紛らわそうと戯けたセカイだったが、笑みまで溢れるとは想像もしておらず、ほんの少しだけ驚いた。ティナもまた、自分がここまで落ち着いていることに、セカイ以上の驚きを覚える。不思議な感覚だった。
──いえ……本当に不思議なんですけど、こんな時に不謹慎だと思うんですけれど……ドレイクと出会った時も思ったんです。『お話するのって、楽しいな』って。
【ん?】
──私、キヨシさんと出会うまで、知らない人とお話しするのもできなくて。今でも目を合わせたりすることはできないんですけれど……。
「オイオイ、俺ちゃんこんなんと同レベルなワケ? 傷付くわー」
【ドレイク君ヒッドーイ、私の心もズタボロボンボンになっちゃうよ。でも嬉しい、私もいっぱいお話ししたいな! もちろん……きー君も一緒に】
──はい。だから、キヨシさん。
【きー君】
二人の願いは、共通していた。それは、一人の男を思う、切なる想い──
──【生きて戻って!】
──────
「うッシャアアアァァァアァアァアアーーーーッ!!!」
地下で降り注ぐ大粒の雨を、キヨシは狂ったような叫び声と共に左腕を突き出して掻き消す。風のチャクラの残量も減ってきたのか、出発したとき煌々と輝いていたソルベリウムも、今や淡い光を放ち瞬くのみ。
「フンフンフンッ!」
「グッ……この! このォッ!!」
水弾は防ぐことはできても、水のビームカッターは防ぐことはできない。さらに言えば、水弾も全てを掻き消し切れるワケではない。同時に複数方向となればどうにもならない。それに加えて、地べたを右往左往するキヨシの足元から、容赦なくマグマが吹き出て襲い来るという三重苦。見て避けるしかないが、キヨシは身体能力に優れているワケでもない、しがない専門学校生──手負いの身体も相まって、限界がやってくるのも時間の問題だ。
時に掠り、時に転び、見方によっては見苦しく、泥臭い戦い方。様々な意味で、キヨシには猶予がなくなっていた。
「ハッ。まるで歯応え感じねえ。未だに諦めの色が見えねえから、ほんのちょっぴりマジになって観察していたが……三人で来たときの方が、よっぽど脅威だったぜ?」
「ハッ……ハッ…………!!」
一呼吸吐く度に、ロンペレの攻撃によってつけられた傷から、濡れタオルを絞ったように血が流れ出す。
「……もう身体中ガタガタだな。首筋と腹の傷は意外に浅かったみてえだが、もう随分出血してるはずだ。目も霞んできたのか、たまに距離感分からなくなってるもんな。今掠った弾がその証拠だ」
全くロンペレの言う通り。最早散々見せつけられてきたが、流石に戦いの勘には、やはり並外れたものがあるようだ。
しかし。彼にはいくつか、大きく見誤っていることがあった。まず、キヨシが『手管』のソルベリウム一辺倒でロンペレを倒そうとしていると思っていること。だからこそロンペレは、キヨシとは一定以上の距離を置き、生成したソルベリウムの射出にも、細心の注意を払っている。普通は考慮にも値しない、付け入る隙には成り得ないように思えるかもしれない。
正直な所、キヨシはかなり困っていた──『ロンペレの押しの弱さに』、だ。
「フ……フフフッ…………ハッハッハ…………!」
「うん?」
「……笑えるなあ、ロンペレ。偉そーに高い所から俺を見下してるけどよ。いつまで手こずってんだ? その身体中ガタガタで血ィダラダラの、遥かに格下の男に対して……そんなに一緒に死にたいのか? テメエも感じてるはずだ。この身体中が煮立っているような感じ──もう、爆発まで一分とない」
「何を言い出すかと思ったら。テメエと違って、俺は水の魔法が使える。ここに居残り続ければ死は必定だが、水で時間稼ぎつつ、採掘基地から脱出するくれえワケねえんだよ。あと一発でも撃ち込まれりゃ、そのまま倒れっちまうようななりで、口先だけは立派な──」
「なら、撃ってみろ」
「…………!!」
ロンペレの嘲りを遮ってキヨシの口から放たれたのは、明らかな挑発だった。
「一発で仕留められると言うなら……俺はここから一歩も動かない。撃てッ」
その証とでも言わんばかりに、キヨシは左足を引いた半身の姿勢を取ってから、右手を振りつつポケットに突っ込み、生成したソルベリウムで両足を地面に固定した。ロンペレはやや溜息交じりにキヨシに向けて手のひらを向け、いくつかの水のビットを収束させ始める。
地面から、壁面から、赤き血潮の如きマグマがどくどくと流れ出るのに合わせて、キヨシは自分の心臓の鼓動が早く、強くなっていくのを感じていた。
──……これで、どちらにしても全てが終わる。だが、総仕上げを成功させるには…………。
キヨシは今、狙い通りの"最良"、そして狙いが滑る"最悪"の分かれ道に立たされていた。そしてその"最良"の道にすら、それなりの覚悟を要する。そう考えるとキヨシにも震えが来るが、それも一瞬だけ。アレッタを始めとしたトラヴ運輸の面々や騎士とその家族、アニェラ、カルロッタ、ドレイク、そしてキヨシの生涯において最も親しく、そして最も素敵な二人──ティナとセカイのことを思うと、すぐに震えは止まった。
皆を守るためならば、命すら惜しくはない。キヨシは、心からそう思ったのだ。
キヨシの魂が叫ぶ。誰にでも──ロンペレに対してですらない、自分自身に送る覚悟の言葉。
──死ねッ!!
ポケットから引き出されたキヨシの右手が放ったのは、輝く二つのソルベリウム。さらに、取り出す動作と指を振る動作を一つにまとめ、コンパクトに攻撃へと移行──
「させねえ」
だが、ロンペレはそれを見逃さない。ロンペレがすかさず発射した大きな水弾は、キヨシの右肩を目掛け、孤を描いて飛んでいく。
迫る水弾を見たキヨシは、焦るどころかニヤリと笑う。慢心の消えたロンペレは、ただ純粋に闘争と向き合っている。キヨシの怪しい動作を見逃したりはしないし、必ずそれを潰そうとするだろう。キヨシは、ここまで読み切っていたのだ。
「──ッ!! そのソルベリウムの形ッ!!」
キヨシが生成したソルベリウムは、右腕を覆う形状をしていた。しかし、今までの近接戦闘や防御に用いていたそれとは全く違う──肩周りまでを完全に覆った、とても分厚い、まるで戦車の外装のように堅牢な"筒"。そしてよく目を凝らして見れば、肩周りを構成するソルベリウムは、周囲から噴き出すマグマと同じ、橙の光を放っている。
異変に気付いたロンペレは血相を変え、水弾をこちらに引き戻そうとしたが時すでに遅く。キヨシの右肩を捉えて炸裂した。
──この"量"が必要だったんだッ!!
ところで──銃弾はあるが、拳銃は使えないという時でも、敵を狙撃する方法がある。
筒の端に銃弾を込め、薬莢部分を叩いて強い衝撃を与えると、火薬が炸裂し、筒に沿って銃弾が飛んでいく。キヨシがやろうとしているのは、理屈上はそれと同じものだった。
この場合、言葉を置き換えるならこうなるだろう。銃弾は『手管のソルベリウム』、衝撃を与えるのは『炎のソルベリウム』、そして火薬は、全く奇妙な話だが──『大量の水』。
「あば、よッ!!」
キヨシの肩を覆った、橙に輝くソルベリウムに水のビットが触れた瞬間、蒸気の噴出と共に右の籠手が粉砕されて、『手管』が乗ったソルベリウムの破片がロンペレに向かって超高速で撃ち出された。キヨシは大量の水で構成された弾をあえてその身に受けて、瞬間的に蒸発させて水蒸気爆発を起こしたのだ。そして自身の右腕を砲身として、本命である『手管』の乗ったソルベリウムを撃ち出した。
「ぐア゛ァァアァッ──────!!?」
しかし、先の例えに則るならば、砲身自体も無事では済まない。当然、怪我を最小限に抑えるための工夫もしたが、それでも莫大なエネルギーから身を守るにはほど遠く、キヨシは肩から首筋にかけて火傷を負った上、反動で右肩の関節が外れてしまった。最早これ以上の継戦は不可能だ。
これでダメなら、今度こそキヨシの完全敗北が決定──ロンペレは生き残り、オリヴィーは崩壊するだろう。
──ッ!! そう来たかッ!!
だが、虚を突くのには成功していた。
さしもの闘争の化身も、こんな自らを打ちのめすような無茶苦茶なやり方は、完全に想定外。弾丸は、これまでキヨシが射出してきたそれとは比べものにならない速度を得ている。少なくない驚きにより反応も遅れた。散弾は間に合わない。飛行による回避も間に合うか否かの、微妙なタイミングだ。足を固定したのも、強烈な反動に耐えるためのもの。キヨシが取った行動に、無駄な行動は一つもない。
キヨシは一度逃した勝機を、苛烈なまでの痛みと引き換えに、再び手にしたのだ。
──だがな、キヨシ・イット。そうやって遠距離からの狙撃に出ること自体は、想定してんだよ!!
故に、ロンペレはもっと確実な手段を取った。水弾を引き戻すことを試みる傍ら、滞空していた水のビットも、ごく少量ながら急速に引き戻していたのだ。『手管』は魔法的に制御されたものも無効化するが、ソルベリウムに貯められた『手管』は、一度効果を発揮すると、力を失ってしまう。残るのはただの石ころ一つ、どうとでも対処できる。
十分に間に合うと、ロンペレは培ってきた技巧の経験から確信した。
──見事な策だ。だがギリギリ上回ったのは俺の方だッ!!
否、まだ終わっていない。
──もしそれが『ギリギリ』なら……俺の勝ちだッ!!
「ッ!!?」
キヨシが発射の反動で押し込まれた右腕と連動して突き出していたのは、左腕の籠手。瞬く深緑が、消える直前に最高の輝きを放ち、採掘基地に嵐を呼ぶ。
吹き荒れた最後の風は、辺りに散らばった暴竜のチャクラが過貯蔵されたソルベリウムを吹き飛ばし、水のビットを次々に蒸発させていくだけでなく、弾丸の追い風となり僅かな、しかし確かな加速を与え──勝負を分けた。
「なッ……んだと──ッ!!」
余裕から一転、絶体絶命の危機にまで追いやられたロンペレは、身を翻して緊急回避を試みた。
「いけェェェーーーッッッ!!!!!」
「うおおおおッッッ!!!!!」
二人の叫び声が木霊し、そして純白の光を放つソルベリウムがロンペレの顔面を掠め飛び──背後の壁面に突き刺さった。
この間、およそコンマ数秒。
「──────!!」
直撃を狙ったソルベリウムは、ロンペレの眉間を大きく外れた。だが──壁面から崩れ落ちるソルベリウムからは、光が失われていた。
それが意味するのは、ただ一つ。
「カ…………ぁ……ッ…………!!?」
弾丸が掠って血が流れる顔に、ただただ"驚愕"を完璧に体現した表情を浮かべ、三人がかりでも倒すことの叶わなかった異形がぐらりと崩れ落ち、地に落ちていく。
ロンペレに、『騎士団長の手管』を叩き込むことに成功したのだ。
「かァッ!!」
キヨシは、外れた右腕を左手で掴み無理矢理振るって、ソルベリウム生成能力で周囲の地面を大地から切り離す。
時は来た。
──…………馬鹿なッ……!!
「『馬鹿な』。ぐギッ……ハァ、ハァ…………そう言いたそうな顔してるな」
「……な、に…………!!」
ロンペレは、キヨシに敗北したという事実を受け入れることができずにいた。当然だ。キヨシは有体に言って弱い。ロンペレを相手するには力不足と言わざるを得ない、遥かに格下の男。本来、敗北する道理のない戦いだったはず。そんな男から、十五年前のアティーズで味わった敗北を、再び与えられたのだから。
だが、ロンペレが敗北したのもまた、キヨシからすれば当然なのだ。
「なんで負けたのか、ワケも分かんねえまま。ただ死んでいけ。貴様にはソイツが似合いさ……」
キヨシをここに導いてくれたのは、リオナとジェラルド、そしてカルロッタだ。左のチャクラは、アレッタのもの。右のソルベリウムは、セカイから貰った力だし、火のチャクラはティナとドレイクが残したもの。今ここにいるのは、確かにキヨシのみだ。だがロンペレなどとは、背負ってるものの数も、重みも、格も段違いなのだ。キヨシは今、ティナやセカイを始めとした仲間たちの力添え、そしてその生死すらも背負っている──命を預かっている。負けるワケにはいかない。
ただ戦いの愉悦のみを求めて戦う男に、勝てる道理などありはしないのだ。
『最後に立ち、相手を踏みつけにしている者が勝者である』。それがロンペレ自身が謳った勝利の条件。キヨシは別にロンペレを踏みつけになどしていないが、生殺与奪の権利をキヨシが握っているのは間違いない。
勝利したのは、『創造の使徒』──キヨシ・イットだ。
「……ク、ソ。十五年ぶり…………だな。やっぱ……『負ける』ってのは……ヤなもん、だ。これから『死ぬ』ってのも……」
マグマの猛りが最高潮を迎え、地に伏し飲み込まれる寸前のロンペレに、キヨシは目もくれずに上を睨む。そんな様子を見たロンペレは、キヨシの強さの根源を垣間見た気がした。
キヨシが口走った要因も、勿論あるだろう。キヨシの強さの本質──それは、目的へと向かう意思の強靭さ。キヨシは目的ためならば、自分の持っているものを全てなげうち戦うことができるのだ。どんな痛みを受けようとも、彼から何を奪おうとも、キヨシを止めることは絶対にできない。
ようやく気付いたキヨシの強さの秘密に、ロンペレはある"興味"を抱く。
──自分の命でさえも、か?
唯一無二にして、誰にも否定をさせない絶対の存在──命。キヨシは、いざなればその"自分の命"すらも捨てるのだろうか? そんな疑問が浮かんできたが、
──愚問だな。
キヨシの眼差しを見て、その疑問は霧散した。キヨシは今からそれをしようとしているのだと理解したからだ。
「ぐッ……おおッ──おおおおおおッッッ!!」
キヨシが苦悶の叫びと共に、左手で引っ掴んだ右手を振り抜く。
次の瞬間、ロンペレの視界は真白に染まった。
──────
「ッ!! 離陸します!」
「了解!」
地上にて時を待っていたティナが、把握していた時間三十秒前の段階で加速をかけ、やや魔法的な浮遊気味に、再び朝日で白んだ大空へと飛び立った。
「衝撃に備えてッ!!」
「衝撃──うわッ!!?」
ティナが警告するや否や、眼下の砂漠で轟音と共に砂が巻き上げられ、地下から超巨大な白い腕が天に向かってぐんぐん伸びていく。周囲に及ぼす影響も凄まじく、地を離れ空中にいるティナたちにすら、まるで機体をバットで思い切り殴られたような衝撃が襲いかかり、機体のパーツ接合部分がギシギシと軋んでいるのを感じた。
あの腕が、キヨシが生み出したソルベリウムの腕であることは、間違いない。
「こんなことまで可能なのか。まるで……空を支えているようだ」
「そうです、か? 私には──空を衝いているようにも、思えます」
「それはさておき……見たところ、とても楽観視できる状況ではなさそうですね」
「はい……ソルベリウムが、完全に壊れてません」
本来、キヨシが想定しティナが把握していた作戦上では、穴を開けるために生成したソルベリウムは、マグマが帯びているチャクラによって破壊されるはずだった。確かに巨腕は橙に発光を始め、所々からマグマが吹き出てはいるが、完全破壊には至っていない。これでは、キヨシが昇ってこられない。
「……ダメ、だったのでしょうか」
「でも……気配は感じます。それに、ちゃんと昇ってきて……生きてるのは、間違いないです」
【だね……よかった…………】
──セ、セカイさん!? 大丈夫ですか!?
どこまでも伸びていく巨腕を見上げていると、セカイの声が急激に弱々しくなっていくのを感じ、ティナは心中で身を案じる。
【うん、やっぱり……あんまりソルベリウム作ると、眠くなるみたい。私、もう完全に意識落ちちゃうから……きー君、を…………】
──セカイさん……承りました。どうかゆっくり、お休みください。
返事は返ってこなかったが、安らぎと温もりが心に染み渡っていく。これがきっと、今のセカイにできる最大級の感謝の形なのだろう。
「ティナさん、見てください。腕が!」
「え──」
リオナの声で現実に立ち返り、促されるままにティナが見たのは、そびえ立つ巨腕が、指先からぼろぼろと朽ちていく様だった。
「崩れていく……どうやら、無用な心配だったようですね」
だが、安堵するリオナを他所に、ティナはこの現象に対して違和感を覚えていた。
──よかった……よかった、けど。なんだか崩れ方がおかしいような……。
ティナの身体を操っていた暴竜がチャクラを流し込んで破壊したソルベリウムは、真っ二つに割れたり、時には内側から爆ぜたりと、どこか力任せな印象を受ける壊れ方をしていた。しかし、目の前で崩れ去っていくソルベリウムは、風に曝されて塵になっていくかのように、消滅している。それ以前に、地下から昇り来るマグマによって破壊されているのなら、指先からではなく根本から破壊されるはずだ。
「ティナさん! 使徒様の位置を!!」
「は、はい! えっと……いけない、もう随分上まで飛んでる!」
「なんと!」
「上昇しますっ!!」
しかし、今は答えの出ない疑問に立ち止まっている場合ではない。
キヨシの気配を感知しある程度の位置を特定、急行して辺りを見渡す。すると噴火で吹き飛ばされた岩石群の中に、服を真っ赤に染めた白髪の青年を、二人とも視認した。
「見つけた!!」
「キヨシさんっ!!」
すでに意識はないようだが、噴火に巻き込まれながらも、キヨシは燃えるソルベリウムが所々にくっついている状態ながら、五体満足で生存していた。『無いよりはマシ』とソルベリウムを身体の表面に生成して、鎧としたのだろう。
ここまでは作戦通り──問題はここから。
「ティナさん、頭を下げて!!」
「う、うわっ!?」
先に落下へと転じ始めた火山岩が、容赦なく飛行機を襲った。今一歩のところで、またしても障害に阻まれ、頭を抱えそうになる。しかし、諦めるワケにはいかない。頭を抱えては、戦うための手がふさがってしまうのだ。
「リオナさん、排除をお願いします!」
「了解!!」
ティナの号令でリオナが機外へ飛び出し、風のチャクラを全開にすると、雨あられと降り注ぐ火山弾が飛行機の周囲を滑り落ちていく。だが、当然それだけでは防げない巨岩も一つ、二つと出てくる。
「リオナさんっ!!」
「心配──無用ッ!!」
リオナの大槍がひとりでに回転しながら滞空を始め、飛んできた巨岩を串刺しにした。そのままリオナの周囲をぐるんと回って、二つ目の巨岩に勢いよくぶつかり双方粉砕される。無論、全てリオナの制御下での出来事だ。いとも簡単に道が拓けてしまった。
「や、やった! リオナさん、一気に接近しますので機体に戻って──」
ドクン、と全身を強く叩かれたような感覚。
「んっ──くひっ!!?」
それと同時に全身を突き抜ける甘い衝撃と、溢れる力に、ティナの口から裏返った声が漏れる。地下で味わったあの感覚──暴竜の強大な力の残滓がティナの中に残っており、感情の昂りと共に身体の奥底から這い出て、再びティナを虜にしようと襲いかかってきた。
──ダメッ!!
「うぐギッ!?」
誘惑を跳ね除け、心という容れ物に自分の精神で蓋をして抗おうとするが、蓋の隙間から出てきたチャクラが、ジャケットの下に隠れていたドレイクに伝播し、炎となって無理矢理放出され、真正面にいたリオナが巻かれてしまった。
「ぐぁッ!? 何をッ!?」
「リオナさん!? ち、違──」
被害は軽微なものだったが、大きな罪悪感がティナの心を支配し、危機察知能力を大きく鈍らせた。
「ッ、ティナさん!!」
「え──」
リオナが気付き、声を上げたときにはもう遅い。ティナの右側頭部から入る軌道で、ティナの頭よりも一回り大きな火山岩が高速で落下してきているのにティナは全く気付かなかった。自分の身に迫る危機を察知する間もなく、ティナが自分の頭を失うか否かの瀬戸際、飛行機の水平儀が右に傾き、ティナの視界に、大きな猛禽類の足が突っ込まれる。
「う゛あああああああああッッッ!!!!!」
その足は怪鳥音と共に思い切り前へと突き出され、迫る火山岩を粉々に蹴り砕いた。唖然とするティナとリオナの前で広げられたのは、ボロボロに荒れ果てた薄緑色の翼。
「アレッタさん!?」
異変を察知したアレッタが、駆けつけたのだ。
「状況がさっぱりだけど急いで! 長くは守れないぞ!」
「……!! リオナさん!!」
「掴まりました!!」
リオナが機体外装を掴んだ事を確認し、ティナは動力に強く念じて機体性能ギリギリの加速をかける。
──死なせないッ!!
ここに集った者たちに共通しているのは、キヨシの覚悟とは真逆の、しかし確かな覚悟だった。
「今です!!」
「おおおッ!!!」
リオナが超高速で飛行する機体から、魔法の力でさらなる加速をかけてキヨシに向けて飛び立つ。この時点でキヨシの身体はすでに落下に転じ始めている。普通に受け止めればキヨシとリオナ双方に少なくないダメージが生まれるだろう。そこでリオナはすかさず、受け止める直前風の魔法でキヨシの落下の勢いを殺し、安全に確保できる手筈をも整えていた。
しかし、そうしてリオナが掴んだのはキヨシの"右腕"。これが良くなかった。
腕を掴んだ瞬間、伝わってくる妙な手応えで、リオナは瞬時に把握した。
──脱臼……!!?
そう、キヨシの右腕は肩の関節から抜けてしまっていたのだ。その状態で右腕を掴んで引っ張るのはマズい。しかし、落下させるワケにはいかない。この矛盾する二つの思考がぶつかりあった結果生まれた当惑により、掴んだ手からキヨシの腕はずるりと滑り落ちていく。
「し、しまったァッ!! アレッタさんッ!!」
咄嗟にアレッタを呼んでカバーを頼もうとするも、アレッタは飛行機周りの火山岩の対処で手一杯。万全の状態なら対処もできただろうが、アレッタはこの一週間近くロクな生活を送っていなかった故、大きく力が削がれていた。
もう、ティナしかいない。
ベルトを外し、操縦席から身を乗り出して、縋るような思いで落下してくるキヨシに手を伸ばす。
だが、その手は届かず、満身創痍のキヨシは無情にも落ちていった。
「ダメ──────ッ!!」
ロンペレは打倒した。オリヴィーの滅亡も防いだ。しかしキヨシの命は今、目の前で失われようとしている。
全てが破綻したかに思えたその時だった。
「……えっ?」
機体後部から黒い腕が伸びて、キヨシの身体を鷲掴みにして受け止めた。
「なんて……悲痛なツラ、してんだ」
「──カルロぉ!!」
「コイツは、アタシの大事な……"研究材料"だ。勝手に死なれちゃ困るのよ」
目を覚ましたカルロッタが、リオナやアレッタが破壊した火山岩の破片を集め、無骨な太腕を構成して、落ちゆくキヨシを掴まえていた。そのまま空いた中央座席に叩き付けるように押し込んで黒腕を破棄すると、アレッタがキヨシの身体をベルトで固定。
「離脱して! 早くッ!!」
「うんっ!!」
飛行機を大きく旋回させ、アレッタとリオナも後に続いてその空域から急速離脱した。
──────
「リオナさん、先程は大変──」
「私などより、使徒様の方がずっと重症です。急いでヴァイオレットさんの所に担ぎ込みましょう」
「……はい! ドレイクもゴメンね。後で色々お話したいこともあるから……」
「ケッ」
「私もゴメンな。本当はもっと早く到着するつもりだったんだけど……やっぱ、キツくて」
「いやいやいやいや、大殊勲でしょう。危ない所を助けていただいたのですから」
「はい。ありがとうございました、アレッタさん」
数刻後──安全な空域まで到達し、全員ある程度の落ち着きを取り戻した頃。ティナは先程の狼藉を謝罪したが、リオナもドレイクも、大して気に留めていないようだ。安堵半分、罪悪感半分の複雑な気持ちを携えつつ、中央座席で沈黙を続けるキヨシを見やる。
「全く、呆れ果てた強運。本当にロンペレを斃し、生きて戻ってくるとは。五分より遥かに悪い賭けだと思っていたんですがね」
「アタシには不運な奴に思えるけど? どういう星の下に生まれたら、こんな目に遭うんだか」
「ハハ、違いありませんね──おっと、失敬。不謹慎の極みでした」
「言ってやれ言ってやれ。命知らずの馬鹿野郎にはお似合いってもんよ」
「もう、カルロったら……ふふっ」
強運というのも不運というのも、的を射ている。キヨシは助かったのかもしれないが、代償としてとことんまで追い詰められ、『ヒドイ』というのも生温い目に遭った。そう考えると、とても『めでたし、めでたし』とは言えない。というか、キヨシが聞いたらキレ散らかすだろう。
「でも……もし、本当に命知らずの馬鹿野郎だったとしても。白黒のおかげでオリヴィーは救われたんだよね?」
「ん? んー……ま、そうなるか?」
「だったらさ!」
アレッタは飛行機にゆっくりと取り付いて、翼についたゴツゴツとした手でキヨシの頭を優しく撫でる。
「少なくとも、オリヴィーに住んでて、トラヴ運輸で働いてた私にとっては……白黒は"英雄"だよ」
「……"英雄"」
「ねえ……」
「アレッタさんにとってだけじゃありません」
英雄、と聞いてイマイチピンとこない様子のカルロッタとリオナだったが、彼女らと違い、ティナは確固たる想いを持って、こう結んだ。
「私は、オリヴィーの人じゃありませんけれど──私にとっても、キヨシさんは"英雄"です。キヨシさんは……『私たちの英雄』ですよ」
「本人は、『ガラじゃねー』って嫌がるんじゃねえか?」
「……ふふっ、そうだね」
ドレイクもまた、キヨシという的のど真ん中を射抜いてケケケと笑う。それに釣られ、皆静かに微笑んだ。
「ま、何にせよ。この戦い──」
が、静寂もそれで終わりだ。
「アタシたちの勝ちだ!!」
「おおおーーーーーッ!!!」
カルロッタが勝鬨を上げると、皆天に拳を突き上げる。
こうして、『オリヴィー抗争』は決着し──『創造の使徒とその一行』の勝利で幕を閉じたのだった。




