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第二章-52『華麗なる侵入』

 地鳴りと、何かが引っかかる音がした。


「ん? なんだ……グワァッ!!?」


 パオロについていかなかった──あるいは信頼されていなかった空賊たちが、ろくな悲鳴を発することもできずに、降り注ぐゴミの山に押し潰されていく。大部分はヘドロと化した生ゴミのようで、酷い悪臭を撒き散らして悪党たちに降り注いでいった。


「な、なんだァ!?」


「くっ、臭ええ!!」


「早く上行くぞ上ェ!!」


 騒ぎを聞きつけた空賊が、鼻を摘みながら穴を伝って上に昇っていった頃。その穴の途中の壁がボロボロと崩れ、首謀者たちが現れる。


「ろ、路地裏より臭え。ま、ゴミ野郎にはお似合いの末路か……」


「うわー……自分でやっといてなんだけど、ひでー有様ね。とりあえず、人払いはこれで完了よ」


「人払いったって、騒ぎを聞きつけた連中が、ワラワラやってくるんじゃねえのか?」


「もち。ちゃんと見越してるあるよ」


 カルロッタが鼻を摘まみながら壁面をとんとんと叩くと、土が音を立てて盛り上がっていき、空賊たちが昇っていった穴をすっかり塞いでしまった。


「はい、隔離完了。もう少し待ってまた上がってくる奴もこの部屋に隔離するぞ。一応酸素は供給されてるはずだけど、人数が人数だし、死なないまでもろくに動けないでしょ」


「……カルロ、結構えげつないね」


「はン、慈悲深いくらいよ」


 カルロッタが侵入してきた穴も塞ぎ、土をゴミの上に落としてそこへ着地すると、キヨシもソルベリウムを用いて後に続く。降りた先ではすでにカルロッタが、ゴミの中で気を絶っていた空賊を引きずり出し、懐を物色し始めていた。


「さてと、こいつらここの見取り図とか持ってないもんかね」


「おたく魔法で感知できるんだろ? だったら別にいらねーじゃねーか」


「魔法でもなんでも、結局実物を見る以上に正確に知る術はないの。あるとないとじゃ全然違うんだから」


「そういうもんか……あれ、ティナちゃん?」


 見当たらないティナを探して辺りを見渡すもやはりどこにもおらず──と、その時。頭上から聞こえた軽い音にふと目をやれば、ティナがチラチラと顔を覗かせてこちらを見ていた。壁面の穴から出ることができずにいるようだ。まあそれなりの高さ且つ、このゴミの山では無理からぬ話ではあるが。


「おーい、大丈夫か?」


「え、えぇーっと……」


「ちょっと待ってな、すぐに梯子でも作って繋げるわ」


「ま、待って!!……うぅ、どうしよう」


「ああ?」


 要領を得ず、噛み合わない受け答えにキヨシは怪訝な顔をする。何を言っているのやらさっぱりといった態度で肩を竦め黙って見守っていると、ティナはこちらから目を逸らし、何故か頬を赤らめてどうしたものかと困っているようだった。


「……いやその、ゴミが嫌なのは分かるけどよ。カルロッタさん、妹さんのためにその土──」


「うわッ!!?」


 突如、キヨシの提案を遮ってカルロッタの悲鳴が響く。


 ──殺気ッ!?


 背後で起きたことを見ずに把握し、キヨシは振り向き様すかさず攻撃を叩き込もうとした。が、その攻勢が功を奏することはなくあっさりと防がれた上、水弾がキヨシの脳天を穿つ。大事にこそ至らなかったものの、吹き飛ばされてゴミ山の上で仰向けに倒れ伏してしまった。真上で口を抑えて驚くティナの顔がよく見える。


「痛ッてェ!!……ゲッ」


「てッ……めぇ~~~~、お前の仕業か『創造の使徒』!」


 ゴミに押し潰されていた空賊の内三人が、目を覚ましてしまったのだ。カルロッタを二人がかりで抑え込み、キヨシをも潰そうと感情のままに襲いかかってきたのである。


「親分の寝首を掻こうとコソコソやってきたってワケかい。一週間の日限一杯、待ち切れなくなったのか?」


「それ、おたくの同僚に言ってやってくれよ。そうしてくれれば、俺もこんな真似しなくて済んだのによ」


「コイツッ!!」


 パオロの独断先行を揶揄して悪態をつくも、その態度は間違いなくキレた空賊の神経を逆撫でして、鉄拳にて応えるという行動を誘発させようとするが、


「きー君に何をしたのかなぁ? ゴミまみれさん?」


「ひッ!?」


 頭上から響く子供の声に並々ならぬ恐怖を覚えた空賊は、体を捻ってアクロバティックな落下をキメる少女に仰天して体勢を崩し、身体の自由を奪う"ただの手刀"をまともに食らい、ゴミの山に頭から突っ込んでしまった。


 少女はキヨシの胸の中に飛び込み、勝ち気な満面の笑みを浮かべてバチンとウィンクした。


「くふふッ、カッコよかった?」


「ああ、おかげで助かったよ」


 キヨシの危機に、ティナとセカイが入れ替わったようだ。


「このガキッ!!」


「……は、放せこのォ!!」


 カルロッタを抑えていた空賊の内一人が、セカイに襲いかかる。拘束が半減したカルロッタはどうにか空賊から逃れてセカイを守ろうとするが、


「じっとしてて!」


「へ?」


 セカイは手元のカンテラを上へと放ると、飛びかかる空賊に向かって錐揉みで跳躍し、すれ違い様空賊のこめかみを小さな拳で叩いて、まずは一人ダウンさせる。その空賊を踏み台に一足飛びでカルロッタを捕まえているまた別の空賊の前に着地し、


「ズドン♪」


「グフッ!!?」


 セカイの、ティナの体重から繰り出されるとは思えない程に重い一発は、『騎士団長の手管』を使うまでもなく。自分よりも何倍もの体躯を持つ亜人種を一撃で沈めてしまった。


 そして『えっへん』とでも言いた気な表情で、今し方放ったカンテラを片手でキャッチ。ごくあっさりと、あっという間に決着である。


「カルロッタさん、大丈夫? なんともない?」


「え……ええ、まあ。アンタの方こそなんともない?」


「見てたでしょ? あるワケないじゃん。妹さんが心配過ぎてヤバイってのは分かりますけどもー」


「茶化すなこの! そーじゃなくて、このひとときに至るまでの一挙手一投足、ティナにできるとは思えないんだけどってことよ。前も大人二人抱えて峡谷を登ったりしてたし……無理してないだろうな」


「んー、そんな感じしないけどなぁ……」


 そう言いながらセカイは自分の身体をチラリと見回し、なんともないことをアピールした。


 キヨシやカルロッタ、そして身体の持ち主であるティナにとってもだろうが、皆にとって有り得ない事柄も、セカイにとってはどうということもないようだ。所謂『異世界モノ主人公』の特権をことごとく奪っていく少女である。話が違う。


「ったく……つーか卸したてのスーツが早くも汚れたぞ。どーしてくれんだこの──」


 キヨシが頭を振りながら立ち上がった瞬間、視界が真っ白に輝いた。


「わーッ!! トカゲさん何すんのォ!?」


「ドレイク様と呼べッつったろうが、ニセティナァ!!」


 カンテラから吹き出す真っ白な炎が、キヨシを包み込んで焼き尽くしていく。セカイが止めようとしても聞く耳持たず、むしろ炎は勢いを増していった。


「ギャアアアアア!! アッづ──」


 当のキヨシというと。特別フザけたわけでもないというのに唐突に燃やされ、その熱に悶え苦しみのたうつ──


「…………くなァーい!」


「平気なのォ!?」


 ワケでもなく。


「……イヤ、ホント熱くもなんともない。なんだってんだ?」


「ゴミはチッたぁマシになったか?」


「え?」


 ドレイクに言われて、腕を振ってジャケットをよく見てみると、こびりついていた生ゴミやヘドロの塊は焦げ落ち、卸したての一張羅が戻ってきていた。


「おおー……凄いな、どうもありがとう。やっぱ一家に一匹ドレイク君。奥さんもどうです?」


「間に合ってる。こんな口が悪いの、もう一匹なんて耐えられないわよ」


「ハハハ、そりゃそうだあッヅアアアァアーーーッ!!」


 口が滑り、カルロッタと共に今度は本当に焼かれてしまったりもしたワケだが。


「きー君、大丈夫?」


「これが大丈夫であってたまるものかチクショウ」


「それはまあ、そうだねぇ。ドレイク君、もうちょっと手加減してあげて?」


「空から舞い戻った俺ちゃんは、今ゼッコーチョーだからなァ! そいつは無理な相談だぜ。嫌なら嘘ついてねえで、セカイを表に出してチャクラ供給止めればァ?」


「へ?」


「は?」


 丸っきり噛み合わない会話に、セカイとドレイクの頭上に『?』が跳ね回る。


「んん? 私はセカイさんだけれども?」


「嘘つけよお前、でなきゃあ俺ちゃん、魔法ちょっとしか使えねえじゃんよ」


「えぇー? 言いがかりだよォ」


「別に責めてるワケじゃないんだけどな?」


「な、なあ。ちょっといいか?」


 火を手の平で叩いて消し、キヨシは二人の間に入った。二人の認識のズレが、分からないことだらけなセカイの秘密への手がかりになる気がしたからだ。


「お前はセカイなんだな? 俺に誓えるか?」


「当たり前じゃん! ホラ、目を見て!」


 『これが嘘をついている人の目か』という意味合いでそう言って、顔をずいと差し出したのだろうが、キヨシは目の──瞳孔の色で判断する。赤みがかった黒。キヨシと同じ、故郷の人間と同じ色だ。


「ドレイク、間違いないぜ。コイツはセカイ、ティナちゃんじゃないようだ」


「んー……確かにまあ、チャクラの感じはティナっぽくはねえ……このチャクラはなんだ? どっから流れてるんだ?」


 周りくるくると見回してもやはりよく分からないようで、その内諦めてぐったりしだした。ドレイクにも本当に分からないようだ。


「ま、調子いいのはむしろ都合いいんだし。てめえらにとってもな」


「そりゃあまあ、そうなんだが」


「き、貴様等、俺たちを無視してウグッ」


 『騎士団長の手管』によって身体の自由を奪われていた空賊が、カルロッタに殴られて再び意識を手放す。所業を考えると可哀想などとは全く思わないが、キヨシはなんとなく合掌した。


「お、コイツここの見取り図持ってんじゃない。けどさっき感知したのとは随分違う気が……ん? でもこの部屋は載ってるな」


「たぶん、見取り図作った後で無計画に色んなもんを増設しまくってるんだ。似たようなゴミ部屋をいくつも作ってるんだとしたら、おたくの作戦は結構使えると思うぜ」


「よっしゃ、じゃあここに来た奴らを閉じ込めたら次行きましょ」


 カルロッタが例の如く壁に穴を開けて降りていくのに続き、キヨシたちも後に続く。背後のゴミ山から何か恨み節のようなものが聞こえる気もするが、最早どうでも良かった。


「ところでセカイ」


「ん、きー君何?」


「さっきここに降りてくる直前くらいに、ティナちゃんがなんかもじもじしていらっしゃったんだけど。なんか心当たりある?」


 と、危うく聞き忘れるところだったが、降りてくる前にティナが取っていた謎の挙動について、身体を共有しているパートナーへ伺ってみる。


「あるよ」


「聞かないほうがいいヤツ?」


「んーん。でももう済んだことだからいいの! ご馳走様」


「ハア?」


 なんのことやらさっぱりだが、口振りから察するにセカイの欲求の影響下での行動だったようだ。そしてその欲求は満たされたようなので、それについては置いておくことにした。

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