第二章-51『作戦開始』
予定のポイントに着陸後、カルロッタが飛び降りて土壁を生成し、キヨシとティナも後に続いて陰に入る。目を閉じ、地面から何かを感じ取ろうとしている様子のカルロッタは、すぐにふぅっと息を吐いて、
「……土から気配が伝わってこない。アタシたち以外、誰もいないよ」
「そんなことできるのか。便利だなオイ」
「木伝いでもなんでも、地面に足がついていれば……だけどね。前にアンタを植えたことあったでしょ」
「あー……そう言えばそんな事もあったっけかね」
ファーストコンタクトの際、このように地上のキヨシの気配を感知して、地面に引きずり込んだのだとカルロッタは言う。以前からどうやったのか不思議には思っていたが、『まあ魔法なんてそんなもんだろ』で納得していた。
「地図で見ても分かりやすい隙だけど……抜かれるだなんて、思ってもいなかったんですね」
「肝心要で甘っちょろいなあ、パオロのおじさんは」
「あ、あはは……おじさんかどうかは分かりませんけれど」
どうやらパオロはこの平地に人員を置いておくようなことはしなかったらしい。ティナの言う通り、そもそもあの空域を突破されると思っていなかったのか、それともただ着陸位置を想定していなかっただけか。どちらにせよ好都合だ。
「よし、じゃあ先を急ごうぜ」
「キヨシさん、その前に」
「あ? な、なんだ?」
「キヨシ、アンタ何隠してんの?」
「うッ……」
『無用な心配』とリオナが言う以上、二人には話すべきでないと思っていた。故に、キヨシはトラヴ運輸が襲撃されていることを黙っていたのだが、言動の節々から隠し事を見破られたようだ。
「……私たちにも関係あることなのね?」
「それは……」
「『聞かないほうがいい』……だとか、そう思ってるワケ? あんまり人を嘗めるなよ」
「どうか、お話ください。キヨシさんがそう思うっていうことは、きっと重要なことだと思うんです」
二人に真剣な眼差しで詰め寄られキヨシは一歩、退きそうになる。
トラヴ運輸にはアレッタを始めとした従業員たちの他に、二人の母親であるアニェラも残している。そのアニェラもなかなかの女傑であるし、騎士団長ジェラルドもついてはいるものの、キヨシたちが遭遇した空賊と同等の人数が、別働隊として強襲しているのだとしたらと二人に想像するのを強いるというのは、後に差し障るし、何より忍びない。キヨシはそう考えていた。
しかし彼女らの眼差しはキヨシの浅慮をあっさり飛び越え、言葉以上に効果的にこう訴えかけてくるのだ。
『私を信じて』と。
「……異世界モノの女ってのはこう、例外なく強い気がするんだけど、なんなんだろうな?」
「わ、私はそこまで強くはありませんけれど……」
「アタシは超強いぞ」
「分かった、強者のおたくらには話すべきだ……落ち着いて、聞いてくれ」
──────
「……嘘…………」
信じられない、といった表情で茫然自失──予想通りの反応だった。親友と親が待つ場所を攻撃されたなどと聞かされては、そうもなろうというもの。
「キヨシさん、今すぐ戻りましょう!! 元々期限は明日なんですから、今からでも十分間に合います!」
「ダメだ、当初の予定通りにすべきだぜ。アイツらのやり方はもう分かっただろう。期限なんて、あってないようなもんだ!」
「けどっ!!」
キヨシが間髪入れずに意見を斬って捨てたのが、ティナには非情に見えたのかもしれない。とはいえ、キヨシが言うこともまたどうしようもない事実ではある。今更戻るなど、それこそパオロたちの思う壺だろう。
「止せよ、二人共ッ!」
「ッ──カルロ……」
意見のぶつかり合いを制したのは、カルロッタだった。
「……キヨシの言う通り、先に行こう。リオナが『心配は無用』って言ったんならそれを……何かしらの手を打ったって信じて、行くしかない。皆のためにも」
キヨシもティナも、カルロッタの発言──いや、変化に驚かされていた。
カルロッタは元々、育った家を出奔し唯一人で生きていくことを決意していた人間。親友を頼ってオリヴィーに来てはいるものの、当初はその親友に対して何も言わずに協力を取り付けようとするなど、何かと自分本位で危うい面があった。
しかし今のカルロッタにはそれがない。この街での出来事を経て、自分以外の人間のことを考え、そして信じることを学んだのだ。
「……ん、何よ。二人してその生暖かい目は」
「いやあ……成長したなあ、カルロッタ姉さん……なんて思ったりして」
「『カルロッタ姉さん』ン!? お前セカイだろ!!」
「ち、違う違うっ! そうじゃないよぉ!」
「オイオイオイカルロッタ姉さん、あんまり妹をいじめるもんじゃないぜ」
「アンタがカルロ……つーかアンタさっきアタシのこと"ロッタ"って呼びまくってただろ!!」
「あ、そうだっけ? まッ! 先を急ごうぜ、皆のためにも」
「このッ……~~~~~!!」
カルロッタの手の平を、ひょいと首を傾けて避けるキヨシ。その寸劇にティナが口元を抑えてクスクスと笑っていると、ティナの服の襟がもぞもぞと蠢き出し、
「ヒィー……」
「……あ。ドレイク、起きた?」
「ンヒッ……ヒハハホホオ、オ。お? ここはどこ? 俺ちゃんはドレイク様?」
「そうそう、ドレイク様。寝ぼけてないで行くよ、空はもう終わりだから」
どうやら、リオナの魔法爆発で吹き飛んでいる間、いよいよ墜落すると思ったのかティナの服の下で気絶していたらしい。気つけでティナの指先で頭を撫でくりまわされてようやく意識が明瞭としてきたようで、いつものごとくティナの頭上に居座り始めた。
「よし、じゃ行くか」
「おっと、待ちな」
「なんだ?」
「突入なんだけど……一つアタシに考えがある」
「? 突入に考えもへったくれもあるか?」
「じゃあ聞くけどさ。真正面から入るって選択肢あると思う?」
言われてみればそれはそうだ。確かにカルロッタの言う通り、ロンペレを発見し再起不能にするまでの間、誰にも見つからないという目標を達成するに当たって、おそらく最初にして最大の難関になるのは侵入するその瞬間。見つかる可能性が一番高いのは、十中八九入り口だからだ。
「……しかし、そうは言ってもなあ」
「だから考えがあるんだって。二人共、ちょっとそこにいて」
カルロッタは言うや否や飛行機から離れていき、あるポイントで先程と同じように地面に伏せ、目を閉じた。
そうしてしばらくそのままでいたが、『で、結局何がしてえの?』とキヨシが声をかけようとした瞬間、カルロッタの腕から土気色のもやが一気に噴き出し、乾いた音と共に周囲の地面が深く沈み込んだ。
「……とまあ、このように。採掘基地は地下深く続いていってるワケでしょ? 私の魔法で掘り進めて、別の入口を作っちゃえばいいのよ。普通に掘ってたら酸欠起こすと思うけど、大地と精霊から空洞の位置を聴いて、そこから空気を貰えば大丈夫だと思う。連中も、流石に呼吸には気を使ってるだろうしね」
「……カルロ、こうやって創造主様の生家に」
「うッ……うっさいなぁ。いいからとっとと来な。ティナとドレイクには灯りをやってもらわなきゃ」
そう、カルロッタはこの国で極めて稀な土の魔法使い。国にとっては頭の痛い話だろうが、今回ばかりは役に立ちそうだ。
「やるなァ、ロッタさん」
「ああもう、またロッタって呼ぶ!」
「悪かったって。ティナちゃん、カンテラ持ってきな」
「は、はい」
キヨシが先に飛び降り、ティナを受け止めて穴の底に降ろすと、カルロッタはあの日と同じように横穴を掘り進め始めた。とは言ってもあまり長いこと掘る気はない様子で、転ばない程度にではあるが急激に下へ下へと進んでいっているようだ。
「……しかしなんだな。こうやって地面を押し退けて進んでいくってのを目の当たりにすると、土の魔法がレアだってのも納得だ。こんなんが何人もいてたまるかってって感じだ」
「そう? 私の父親は土の魔法使いだったわよ?」
「え? おたくの父親って言うと……フィデリオさん、魔法使いだったのか」
「父さんは魔法使いじゃないぞ」
「ん、となると……あっ」
触れてはいけない場所に触れてしまいそうになったと感じ、キヨシは目を逸らし口を閉ざす。
「……別に平気よ。もう十年以上も前のことなんだから」
ティナやアニェラとの仲睦まじい様子を見ているとつい忘れそうになるが、カルロッタと彼女らとの間には血の繋がりがない。カルロッタは確か、件の戦争で滅んだどこぞの村唯一の生き残りだと、聞いてもいないのにフェルディナンドがペラペラと喋り腐っていた。
「そういうもんなのか?」
「……なんせ、五つまでの話よ。もう朧気だし、皆が亡くなった日の記憶なんか、よっぽど酷かったのかすっぽ抜けてる」
「……それはまた、なんつーか」
「今更同情するようなのはやめてよね。ホントになんとも思ってないんだから。何より今は──」
キヨシが若干そういった気分を匂わせていると、カルロッタは土の掘削を中断し、隣を恐る恐る歩くティナを引っ張り寄せてニカッと笑ってみせる。
「今はティナがいて、母さんがいて……あとまあ、父さんもいる」
「……えへへ」
少々困惑しながらも、ティナも気恥ずかしさが入り混じった表情ではにかんでいた。関係良好とは言えず思うところがあるからか、ついでのように扱われているフィデリオは若干気の毒な気がしないでもないが、それでもなお家族としての愛情のようなものは残っていると、キヨシは感じた。
「……あの、キヨシさん?」
だからこそ、何も言えなくなってしまう。キヨシにとって尊ぶべき、そして全く無縁の感情だったからだ。
「なんでも。それよりか、大地君はなんて言ってんのォ?」
「"大地君"て。アンタは土の友達か何かか」
「俺の友達の友達みてーなもんだろ。で、どの程度掘る気なんだ?」
溜息を吐きながら、カルロッタが壁面に手の平を押し付けると、まるで豆腐か何かを押し潰しているかのようにズブズブと肘まで沈んでいく。
「……そんなに深くない位置に、通路っぽいのがいくつかあるけど、随分不規則っていうか……かなり乱雑に掘ってるみたいね。ちょっと細工して放っておいたら、勝手に何人か生き埋めになってくれそうな感じするぞ。アタシたちも気をつけないと」
「元々、ゴミ処理のために掘ってたらしいからな……らしいっちゃらしいが。まあ、ブッ潰す方法の目処がたったな」
「うふふ、今から楽しみよ」
このカルロッタらしからぬ粘着質な笑みを見るに、この一週間弱の間に相当鬱憤が溜まっていたようだ。これは巻き添えを食わないように注意を払う必要がありそうである。
「部屋周りの基礎は割としっかりしてるみたいだから。そっから入りましょ」
「それで、お部屋の深度はどれくらいか、大地さん……じゃないや。えっと、精霊さんはなんて言ってるの?」
「ティナまで……もういいか、それで。通路の端っこにいくつかあるみたいだけど、多分これキヨシが言ってたゴミを突っ込んでる部屋だと思う。構成員と遭遇することはなさそうだけど……どう?」
「んー……ちょっと」
「いやどす」
「アタシも」
「コイツらヤル気あんのか?」
三人の意見がバッチリ一致したが、カンテラの中で光っているだけのドレイクには、この嫌悪感が伝わらないようだ。まあ、確かに手段を選んでいる余裕などないのだが。
「……で、ここでまたちょっと相談。そのゴミ部屋直下にまた別の部屋があるみたいなのよね。で、そこから伝わってくる気配を探ってみると、人数は多く見積もって十人ってとこ。もちろん、よっぽど酷い衝撃とかがない限りは、ゴミ部屋の底が抜けて落ちたりはしない程度に深い位置にあるみたいだけど……」
「カルロ……まさか」
「使えると思わない?」
ティナの何かを察したような怪訝な顔に、カルロッタはまたしても粘着質な黒い笑みを浮かべていた。
このようにして、キヨシたちは採掘基地に襲来したのだった。




